日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十話『天敵』 急

 (きのえ)(てい)の本館から、使用人達が列を成して出て行く。

 ()()()からの(しら)せを受け、執事の子爵・(くろ)(こう)()(ふな)(かず)が避難誘導を買って出ていた。

 

「皆さん、慌てないで、落ち着いて」

 

 公爵家の使用人ともなると、()(すが)に訓練が行き届いている。

 とはいえ、事態は一刻の猶予も無い。

 こうしているうちにも敷地内の打球(ゴルフ)場ではフェアウェイに大穴が開き、地下から何かの飛び出す準備が進んでいる。

 このまま(きのえ)(ちよう)(きゆう)が猛威を振るえば、最悪の場合は市街地の区画一帯が消し飛ぶ。

 本当の意味で安全を確保するには鎮圧が大前提である。

 

(くろ)(こう)()様」

「おお、()()(はた)君。よくぞこの事態を報せてくれましたぞ」

「こちらこそ、お聞き入れ頂きありがとうございます」

 

 ()()()が避難の状況を報告しに来た。

 使用人達の迅速な対応もあって、既に本館は(もぬけ)(から)となっていた。

 だがその時、打球(ゴルフ)場に開いた穴から一機の(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)が飛び出した。

 (こう)(こく)の軍が採用している最新鋭の機体・ミロクサーヌ(れい)(しき)である。

 

「むぅ……! やはり()()(はた)君の言うとおり、公爵は御乱心なさったのか!」

(くろ)(こう)()様、周辺住民への避難勧告を手配してください。(わたくし)は逃げ遅れがないか、今一度本館を見て参ります」

「承知しました。しかし()()(はた)君、貴女(あなた)も深入りせずに早く離れるのですよ」

 

 ()()()は本館、(くろ)(こう)()は避難の列へと、それぞれの持ち場へ急いだ。

 

 

 

  ⦿⦿⦿

 

 

 

 (わたる)(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)の格納庫へと辿(たど)()いた。

 目の前には一機、()(つの)(みや)警察署で見た機体「(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ミロクサーヌ(れい)(しき)」が仁王立ちしている。

 その向かいにはもう一機の機体が収められていた形跡があり、更には天井が開いて夜空の月が(のぞ)いている。

 (わたる)(はる)か上空に、目の前の機体と同じ(ちよう)(きゆう)()(ちら)へ振り向こうとしているのを見た。

 

「急がないと……!」

 

 (わたる)(しん)()で強化された身体能力に任せて機体を駆け上がった。

 操縦室へ続くハッチにさえ辿り着けば、開け方は熟知している。

 脱出に利用したミロクサーヌの後継機だけあって、(あら)(かた)の機構は同じであったことが功を奏した。

 

「よし、これなら動かせるぞ!」

 

 (わたる)は操縦室「(なお)()()(だま)」内の操縦席「(あらみ)(たま)(くら)」に着き、(そう)(じゆう)(かん)となる両脇の(たま)を握り締めた。

 そして(しん)()を機体と接続し、実戦機動状態へと持って行く。

 それだけで、(わたる)はこの機体の優れた性能を体の芯から感じ取る事が出来た。

 

(すご)い機体だ。ミロクサーヌ改を明らかに上回っている。機動力だけじゃない。(きつ)()、破壊力も脱出のときに戦った相手の機体より上だ!」

 

 それは同時に、この機体と同型の(ちよう)(きゆう)を駆る(きのえ)が暴れた場合にはとんでもない事態になる事を意味していた。

 今、(わたる)の両肩には周辺住民の命が()()かっていた。

 

「必ず止める!」

 

 (わたる)は機体を猛スピードで上昇させ、一気に地上へと飛び出した。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 ()(こと)()()(かみ)の食事も済み、料理長の挨拶も終わった。

 流石は皇太子が()(よう)(たし)にするだけあって、料理の味は非の打ち所のない絶品であった。

 しかし、ある一点に()いて()(こと)を満足させるには程遠かった。

 

(量が少な過ぎる……)

 

 ()(こと)の場合、(むし)ろ手頃なファストフードを山積みにした方が良かっただろう。

 (ある)いは、大好物のあんぱんを用意すれば何も問題無かった。

 しかし、流石にそれは場違いな要求だろうし、()()(かみ)に分かる(はず)が無い。

 そんなことは百も承知なので、()(こと)は不満を(わざ)(わざ)表に出したりはしなかった。

 

()()かっただろう? ()(よい)の料理には農産・畜産・海産で最高の環境から食材を育み採取する過程から、料理として提供されるまでの全てが超一級にして超一流なのだ。その全てに、最終的に食す俺達を夢見心地に誘わんとする努力と心遣いが行き届いている。その恩恵に(あずか)れること、(おれ)(なれ)も、誠に果報者だとは思わんか?」

 

 ()(こと)を見詰める()()(かみ)の笑みは、相変わらず子供の様に屈託の無いものだった。

 心底からの幸福に満ちた、消すに忍びない笑顔である。

 

「はい。とても素晴らしいことかと……」

 

 ()(こと)の答えを聞き、()()(かみ)は満足気に(ます)(ます)笑みを輝かせた。

 

(おれ)はな、自分の幸福は既に味わい尽くしている。故に、今は他の者が(おれ)と同じ幸福を味わっている時こそが至福なのだ。その時まさに(おれ)(なれ)(なれ)(おれ)であると実感出来る。だから他に何か要望があれば遠慮無く言ってくれ」

「ありがとうございます。ですが、もう存分に楽しませていただきました」

 

 ()(こと)は考える。

 おそらく、普通の人間にとって彼に見初められたことはこの上無い(ぎよう)(こう)であり、この一時は手放しに至福そのものなのだろう。

 目の前の男の浮き世離れした(おお)しく(たくま)しく()()(うるわ)しい姿と、究極ともいえる絶大な社会的地位、そしてあまりにも純粋で善良な人柄に、心()かれる者は数多いだろう。

 

 だが()(こと)の心には、それを素直に受け止められない影があった。

 そうとも知らず、()()(かみ)は話を切り出してくる。

 

(うる)()()(こと)よ、()く聴くが良い。(おれ)(なれ)が望むなら毎日でもこの様な幸福を与えたい、共に分かち合いたいと思っている」

 

 空気が張り詰めた。

 ()()(かみ)が何を言わんとしているか、(わか)らない()(こと)ではない。

 

(おれ)(なれ)(きさき)として迎えたい」

 

 その瞬間、()(こと)()()(かみ)の他に三人の視線を感じた。

 (しき)(しま)()は、頼むから断ってくれるなと切に訴えている。

 ()(りゆう)(いん)の眼は不快感に満ちている。

 そして(かい)()(いん)の眼は、()(こと)の出す答えに注視しているといったところか。

 

 ()(こと)は目を閉じた。

 ここで婚約を受けてしまうと、もう彼女は引き返せない。

 それは(さき)(もり)(わたる)との、他の(あら)ゆる日本国の人間関係との決別を意味する。

 

(けれども(わたし)には、ここで断るという選択肢は無い。(わたし)には使命がある。こんな絶好の申し出を受けないなど、絶対にあり得ない……)

 

 ()(こと)(おもむろ)に口を開き、答えを返そうとした。

 しかしその時、突然何処(どこ)からともなく電話の鳴る音がした。

 

「おいおい、誰だこんな時に?」

「も、申し訳御座いません……」

 

 懐から電話を取り出したのは()(りゆう)(いん)だった。

 両脇から(しき)(しま)(かい)()(いん)の白い目が彼女に突き刺さる。

 彼女は電話端末の画面を見ると、顔を青くして()()(かみ)(うかが)う。

 

「何だ、(おれ)の電話ではないか。今取り込み中だ。後にするよう伝えておけ」

 

 どうやら()()(かみ)は己の電話を近衛侍女である()(りゆう)(いん)に預けているようだ。

 しかし、()(りゆう)(いん)は遠慮がちに電話を()()(かみ)へと差し出す。

 

「ですが殿下、御相手を御覧ください……」

「何?」

 

 ()()(かみ)は画面の表示を確認すると、溜息を吐いて()(りゆう)(いん)から電話を受け取った。

 

(うる)()()(こと)よ、席を外す。(しば)し待て」

 

 ()()(かみ)は席を立ち、壁際へ移動して電話を取った。

 何やら小声で()めている内容が()(こと)の耳に聞こえてくる。

 

「姉上、いくら貴女(あなた)でも無粋ではないか。今夜の(おれ)の予定は伝えた筈だろう」

『その点は申し訳御座いません。しかし、それどころではないのです。皇室の一大事やも知れません。今すぐに(わたくし)達と共にお集まりください』

「今すぐ? おいおい冗談だろう、今一番肝心なところなんだぞ」

『繰り返しになりますが、それでも連絡しなければならなかったのです。これは(わたくし)の意向ではありません』

 

 ()()(かみ)の口が止まった。

 同時に、()(こと)もまた片眉を上げた。

 話の内容から、皇太子である()()(かみ)が姉から無理を要求され、しかもそれは更に上の人物からの命令だということらしい。

 

(つまり、()()(かみ)(えい)()を呼び出している相手は……)

 

 ()(こと)と同様、()()(かみ)もそれを察したらしい。

 

「あいわかった。そういうことならば是非も無しか……」

 

 電話を終えた()()(かみ)は神妙な面持ちで席に戻って来ると、()(りゆう)(いん)に電話を返した。

 

「良いところだったが父上から緊急招集を受けた。答えはまたの機会に聞くとしよう。(しき)(しま)()(りゆう)(いん)、会計は済ませておけ。(かい)()(いん)()()の邸宅に彼女を送り届けよ」

 

 ()()(かみ)はそう言い残すと、足早に食卓を後にした。

 取り残された()(こと)は、言い様の無い(あん)()(かん)に包まれていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ミロクサーヌ(れい)(しき)の操縦室「(なお)()()(だま)」から下方に自らの邸宅を見下ろし、(きのえ)()(くろ)(かつ)て無い怒りに震えていた。

 

「おのれぇぇっ……! (だい)(こう)(きのえ)()(くろ)だぞ。世が世なら(みかど)になっていてもおかしくない、皇別摂家の当主! (こう)(こく)貴族の頂点! 議会と軍を牛耳り政治権力の長に返り咲く男! 世界の支配者、王になるべき男だ! あんな餓鬼に()められて良い筈が無い。あんな餓鬼一人、(ひね)(つぶ)せん訳が無い!」

 

 ミロクサーヌ(れい)(しき)の右腕、光線砲ユニットの砲口が真下、拷問部屋のある地下室の方へと向けられた。

 

「思い知れ! (きのえ)公爵家の権力、(だい)(こう)の絶大なる力をぉぉっっ!!」

 

 砲口の奥が光り、強大なる破壊の暴が解き放たれようとしていた。

 しかしその時、同じ地下格納庫から飛び出してきたもう一機のミロクサーヌ(れい)(しき)が、日本刀をもした切断ユニットで光線砲発射寸前の右腕を斬り落としてしまった。

 

「なぁあっっ!?」

 

 (きのえ)(ろう)(ばい)したが、すぐに状況を察した。

 怒りは更に高まり、怒髪天を()く勢いだ。

 

「おのれ(くそ)餓鬼! (だい)(こう)(ちよう)(きゆう)を勝手に動かすとは良い度胸だ! ならばそのミロクサーヌ(れい)(しき)を貴様の(かん)(おけ)にしてくれるわ!」

 

 (きのえ)は軍隊の中で勢力を伸ばす極右政治団体・(こう)(どう)()(しゅ)(とう)と関わりを持っている。

 その中で、彼は(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)の基本的な操縦を身に着けているのだ。

 職業軍人ではないとはいえ、同じ機体同士での対決ならば自分に一日の長がある――(きのえ)がそう考えるのも無理は無いだろう。

 

 しかし、(きのえ)の機体が相手を追うべく振り返ったその瞬間、(じゆう)(おう)()(じん)に飛び回る(わたる)の機体が目にも(とど)まらぬ速さで(きのえ)の機体の左腕、下半身を斬り落とす。

 それは(きのえ)の思惑とは真逆の光景だった。

 

「ひ、ヒイイイイッ!? ()()な! まるで動きに付いて行けない!」

 

 (わたる)の機体は、(まさ)に鬼神の如き強さだった。

 あまりにも一方的な展開に、(きのえ)は何も出来ないまま機体の致命的な部位までも失う。

 背中に備わった、雷鼓の様な飛行具までもが斬り落とされてしまったのだ。

 

「だ、駄目だ制御出来ない! お、落ちる!!」

 

 (きのえ)の機体は(まっ)(さか)(さま)に墜落していく。

 

「は、早く脱出を! だ、脱出は確かこうして……ま、間に合わない! うわああああああッッ!!」

 

 (きのえ)は素人、慣れていない脱出操作に手間取っている間に機体が(きのえ)公爵邸の本館に激突し、本館はバラバラに砕け散ってしまった。

 ()(れき)の山の中、ミロクサーヌ(れい)(しき)の胸から操縦室「(なお)()()(だま)」が(こぼ)()ちる。

 その中から、(きのえ)()(くろ)はボロボロになった体を()()させた。

 

「あ、悪夢だ……。これは悪夢である……」

 

 (ほう)(ほう)(てい)で命辛々逃げようとする(きのえ)を巨大な人影が覆った。

 彼が見上げた先には、自らを撃墜したもう一機のミロクサーヌ(れい)(しき)が降り立っていた。

 

「ヒイィッ、ヒイイイイイッッ!!」

 

 ()(はや)(きのえ)の命運は尽きた。

 しかし、現実を認められない(きのえ)(なお)(わる)()()きをしようとする。

 

「つ、(つき)(しろ)! (つき)(しろ)は何処に居る!」

「は、()()に」

 

 折れた(やり)の柄を携え、(つき)(しろ)(さく)()(きのえ)の背後へ()(さん)じた。

 

(つき)(しろ)、何をしておる(だい)(こう)を守れ! あの不届き者を成敗せよ!」

()(よう)なことを(おつしや)いましても、(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)が相手となりますと、身一つで相手をするのは(いささ)か以上に役者不足ですな」

「何!? 肝心な時に使えぬ(やつ)め! ええいならば()()(はた)! ()()(はた)ァ!!」

「此処におりますよ、御主人様」

 

 丁度、本館に誰も取り残されていないと確認して出て行っていた()()()もまた(きのえ)(もと)へやって来た。

 

「貴様は(ちよう)(きゆう)の操縦が出来る筈だな! 主の命令である! あれを(たた)きのめせ!」

()(こと)()ですが、御主人様。既に当邸宅に安置されておりました三機の(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)は全て出払っております。一機は()(つの)(みや)警察署にて、一機は(ただ)(いま)の被撃墜を(もつ)て破壊され、最後の一機は今まさに我々が(たい)()しております」

 

 ()()()(きのえ)に冷たく言い放つ。

 どの道、今の()()()(きのえ)の命令を聞く筈が無い。

 

「莫迦な、莫迦な! あり得ない! こんなことがあってはならぬ!」

 

 (きのえ)は苦し紛れに強大な(しん)()の光を両掌に形成すると、ミロクサーヌ(れい)(しき)に向けて解き放った。

 光の柱はミロクサーヌ(れい)(しき)をすっぽりと包み込んで夜空へと走り抜けて行ったが、機体には傷一つ付かない。

 

「お忘れですか、御主人様? (ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)は強力な(しん)()()る悪影響を受け付けません」

「な、ならば生身だ! そうだ(いち)(どう)(きよう)! (いち)(どう)卿ならば(ちよう)(きゆう)とも渡り合える筈! (つき)(しろ)、今すぐ(いち)(どう)卿に連絡せよ!」

「事前にお伝えしておりましたが、他の六摂家当主とは現在一切連絡が付きませぬ」

 

 (つき)(しろ)の宣告もまた冷たかった。

 この男は既に(きのえ)を完全に見放しているらしい。

 

()()が! どいつもこいつも肝心な時に何故(なぜ)役に立たん!」

「御主人様、六摂家当主方を一気に差し向けられたのは些か戦力の()(しゆう)(ちゆう)で御座いましたね。仮に三名に個別に連絡し、(いち)(どう)卿は温存しておけば話は変わったでしょうが……」

 

 ()()()の声は弾んですらいた。

 (きのえ)の醜態にさぞ胸が空く思いなのだろう。

 

「み、()()(はた)! それが解っていて何故(だい)(こう)に意見具申の一つも無かった!」

「新華族という偽物の貴族出身の男爵令嬢という()(せん)の身ですので。皇別摂家の当主、旧華族の頂点たる(きのえ)公爵閣下に意見するなど()()がましくてとてもとても」

「キ、キイイイイイイイ!!」

 

 追い詰められて()(すべ)のなくなった(きのえ)は頭を()(むし)って絶叫する他無かった。

 どこまでも愚かな男の金切り声が(むな)しく夜空に響いていた。

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