日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十一話『皇族』 序

 超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)同士の戦いを制し、甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)の暴挙を止めた岬(さき)守(もり)航(わたる)は、撃破した敵機の墜落によって跡形も無く崩れた本館の付近に機体を着陸させた。

 見下ろす先では自機から這(は)い出(で)た甲(きのえ)が呆(ぼう)然(ぜん)と天を仰ぎ、その脇で水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)と推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)が見限った主に冷たい視線を送っている。

 

 その様子を見ながら、航(わたる)は段々と冷静になってきていた。

 自分がとんでもないことをしでかしてしまったと、少しずつ自覚し始めていた。

 

「僕(ぼく)はなんてことをしてしまったんだ……」

 

 航(わたる)は後先考えずに甲(きのえ)邸に押し入り、その主である公爵を完膚なきまでに叩(たた)きのめしてしまったことを後悔していた。

 早(さ)辺(え)子(こ)の境遇を小耳に挟んで怒りを覚えたこと、助けようとしたことに間違いがあったとは思えない。

 だが、流(さ)石(すが)にもう少しやりようがあったのではないか――航(わたる)は頭を抱えた。

 

「拙(まず)いな。何が『とっちめて不問にさせれば済む』だ。不法侵入に、暴行に、脅迫に、強要……ただの犯罪者じゃないか。こりゃ完全にヤバい……」

 

 航(わたる)はどうやって言い逃れるか必死に考える。

 しかし、頭を捻(ひね)っても良い考えは浮かんでこなかった。

 

「これ、無理じゃないか? 深(み)花(か)様の力で他のみんなが無事に帰れれば御の字ってくらいかな。僕(ぼく)は……どうしようか……」

 

 ふと、航(わたる)は気付いてしまった。

 今、彼は何としても助かりたいとは思っていない。

 

 航(わたる)が何としても帰国しようという意思を強く保っていたのは、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)にもう一度会いたかったからだ。

 帰国後、想(おも)いを伝えたかったからだ。

 しかし、その魅(み)琴(こと)は今頃皇(こう)國(こく)の第一皇子と食事を楽しんでいるだろう。

 航(わたる)は既に魅(み)琴(こと)を横から掻(か)っ攫(さら)われた気でいた。

 

「困った……助かりたいとちっとも思えない……」

 

 七夕の夜、満天の冷たい星明かりを機体の背に感じながら、航(わたる)は世界が静かに閉じていく様な錯覚に包まれていた。

 誰よりも会いたかった魅(み)琴(こと)を盗(と)られてしまうのならば、もう生きていても仕方が無いのではないか。

 心はあの時、拉致される直前に海へ身を投げること考えたあの時の気持ちに戻っていた。

 

「あの時はまだ、ごく普通の大学生だったんだがな……」

 

 何も無い遠い処(ところ)へ来てしまった――航(わたる)はそう胸に感じて溜息を吐いた。

 

⦿

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は甲(きのえ)に背を向けた。

 茫(ぼう)然(ぜん)自(じ)失(しつ)となって膝を突く甲(きのえ)には、今や彼女を制する威厳も迫力も皆無である。

 

「悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……悪夢だ……」

「ふむ、この男はもう駄目だな」

 

 推(つき)城(しろ)が甲(きのえ)から踵(きびす)を返した。

 今の早(さ)辺(え)子(こ)にとってはまだ彼の方が甲(きのえ)よりも気掛かりである。

 

「推(つき)城(しろ)様、何(いず)処(こ)へ?」

「水(み)徒(と)端(はた)君、苦労を掛けたな。甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)はもう終わりだ。この事態は直に収まるべき形へ収まるだろう。私(わたし)はその前に、真の主である能(のう)條(じよう)緋(ひ)月(づき)内閣総理大臣閣下の許(もと)へと戻る」

「能(のう)條(じよう)閣下の……そうですか……」

「同時に、皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)も近い内に抜けることになるだろう。能(のう)條(じよう)閣下と皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)の荒(あら)木(き)田(だ)殿は対立関係にあるからな。君(きみ)も今から身の振り方を考えておいた方が良い。甲(きのえ)公爵家との蜜月関係が壊れる原因になってしまった以上、君(きみ)の党での立ち位置は非常に悪くなる」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は再び甲(きのえ)に目を遣った。

 相変わらず上の空の甲(きのえ)は、何か権勢を恣(ほしいまま)にする為(ため)に必要な覇気を完全に失った様に思える。

 航(わたる)の如き「下郎」に完全敗北してしまった今、政治権力者としても再起不能かも知れない。

 

 今度はミロクサーヌ零(れい)式(しき)を仰ぎ見る。

 早(さ)辺(え)子(こ)にとって、寧ろ航(わたる)の去就の方が一大事である。

 身の危険を顧みず助けに駆け付けてくれたことは感動的であり、力になれるものならなりたいが、展望が全く見えない。

 

「岬(さき)守(もり)様……」

「案ずるな、水(み)徒(と)端(はた)君。収まるべき形へ収まると言っている。それよりも問題は君(きみ)だ」

 

 推(つき)城(しろ)はいつになく早(さ)辺(え)子(こ)に対して親(しん)身(み)だった。

 結果的に早(さ)辺(え)子(こ)を甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)の下に付けてしまったことに、思う処があるのだろうか。

 

「甲(きのえ)公爵がこうなってしまった以上、最(も)早(はや)隠す必要もあるまい。君(きみ)にとって最大の関心事について教えよう」

「最大の関心事……もしや……!」

「君(きみ)の姉についてだ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の心臓が高鳴った。

 彼女は抑(そもそ)も姉を捜し求めて皇(こう)道(どう)保(ほ)守(しゆ)黨(とう)に入り、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に潜入し、そして甲(きのえ)公爵家の女中となったのだ。

 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)から抜ける際、姉の捜索をやめるように命じたのは甲(きのえ)だったと聞いている。

 確かに、それならば最早姉の居場所を知らされない理由は無いだろう。

 

「姉のこと、何か御(ご)存(ぞん)知(じ)なのですか?」

「君(きみ)に口止めしていたのは、探り続けることで或(あ)る人物に辿(たど)り着(つ)かないようにする為だ。居場所が判明すれば、君(きみ)は形(なり)振(ふ)り構(かま)わずその御(お)方(かた)に無礼を働くかも知れない。そう考えてのことだ。甲(きのえ)公爵もまた、失礼だが新華族の男爵令嬢如きが関わることは許せないと考えた。だがこの後のことを思えば、一層はっきり伝えてしまった方が良いだろう」

 

 推(つき)城(しろ)は早(さ)辺(え)子(こ)の方へ振り向いた。

 

「君(きみ)の姉は今、皇族に仕えている。第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)殿下の近衛侍女が一人・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)としてな」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は瞠(どう)目(もく)した。

 どういうことか――早(さ)辺(え)子(こ)がそう問い掛けるのを待たず、推(つき)城(しろ)は闇の中へと消えて行ってしまった。

 

(姉さんが、そんな……信じられない……)

 

 姉の居場所として告げられた場所は、早(さ)辺(え)子(こ)を困惑させた。

 俄かに信じられないのは、次期神(じん)皇(のう)の近衛という立場が非現実的だからではない。

 それが事実だとすると、姉の行動が理解し難(がた)いのだ。

 

 もし獅(し)乃(の)神(かみ)に仕える意思が偽りであり、叛(はん)逆(ぎやく)者として機を窺(うかが)っているとすると、姉は皇族を手に掛けようとしていることになる。

 逆に、心から獅(し)乃(の)神(かみ)に仕えているとすると、姉は仲間を捨てて皇族の下に付く恩恵に温(ぬく)々(ぬく)と与(あずか)っていることになる。

 早(さ)辺(え)子(こ)に残された道は、姉と断絶するか、姉に幻滅するか、二つに一つである。

 

「姉さん、私(わたくし)は一体どうすれば良いのですか……?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は一人、夜の空を見上げた。

 

⦿

 

 航(わたる)はミロクサーヌ零(れい)式(しき)のハッチを開け、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)から機体の外へ出た。

 そのまま瓦(が)礫(れき)の山と化した本館の付近へ着地し、早(さ)辺(え)子(こ)の許(もと)へと駆け寄る。

 

「早(さ)辺(え)子(こ)さん、傷はもう良いのですか?」

「暢(のん)気(き)なものですね、岬(さき)守(もり)様。貴方(あなた)、一体これからどうなさるおつもりですか?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は呆(あき)れ果(は)てた様子で航(わたる)の視線を甲(きのえ)の方へ誘導した。

 

「これは悪夢である……これは悪夢である……」

 

 甲(きのえ)は完全に上の空、茫然自失である。

 

「あれじゃ僕(ぼく)のやったことを不問にさせるのは無理だなあ……」

「その様なこと、本当に出来るとでも思っていたのですか?」

「頭に血が上ってたというか……冷静に考えたらそうなんですよね。なんとかなりませんかね?」

「助けて頂いたことは誠に有難く、それ故に大変恐縮なのですが、私(わたくし)は貴方(あなた)という御(お)方(かた)が解(わか)らなくなりました」

 

 航(わたる)と早(さ)辺(え)子(こ)は、それぞれ異なる溜息を吐いた。

 夜空に向かって風が逆巻いている。

 それはまるで、事がまだ終わっていないとでもいう様な不穏さであった。

 

 七夕の月と星が妙に明るい。

 甲(きのえ)邸は本館が失われ、光を失っている。

 にも拘(かか)わらず、航(わたる)と早(さ)辺(え)子(こ)は互いの顔を何の不都合も無く見つめ合っている。

 そんな中二人の背後から、よく通る鈴を転がす様な女の声がした。

 

「これはこれは、随分な惨状になったものですね」

 

 振り返った航(わたる)と早(さ)辺(え)子(こ)の目に入ったのは、一人の背の高いグラマラスな美女だった。

 紫紺のドレスを身に纏(まと)った白い素肌と、長く艶(つや)やかな黒髪が月明かりを浴びている。

 その姿を見て、早(さ)辺(え)子(こ)は驚(きよう)愕(がく)に瞠目していた。

 

「あ、貴女(あなた)様は! 何故(なぜ)貴女(あなた)様がこの様な場所に!?」

 

 女は二人に向けて黄金の扇を翳(かざ)した。

 

「二人とも頭が高い。跪(ひざまず)きなさい」

 

 瞬間、航(わたる)と早(さ)辺(え)子(こ)は女の前に並んで膝を突いた。

 航(わたる)は女のことなど知りもしないが、不思議とそうせざるを得ない何かを感じていた。

 この女、只(ただ)者(もの)ではない。

 航(わたる)は心臓が早鐘を打つのを感じていた。

 

「御無礼を致しました。第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)殿下」

 

 早辺子がそう言葉を発したのは、今自分達が何者を目の前にしているのか報せる為だろう。

 麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)は凜(りん)とした立ち姿で航(わたる)達を見下ろしている。

 

「御(お)前(まえ)は水(み)徒(と)端(はた)男爵家の令嬢・早(さ)辺(え)子(こ)ですね。してそこの者、名(な)告(の)りなさい」

「岬(さき)守(もり)航(わたる)と申します。貴女(あなた)方のいう、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)より参りました」

 

 この女には逆らえない――航(わたる)は強くそう感じていた。

 仮に今、麒(き)乃(の)神(かみ)の足が航(わたる)の頭に乗せられ、ヒールで踏(ふ)み躙(にじ)られたとしても、喜んで受(う)け容(い)れてしまう気がする。

 そんな航(わたる)の無防備な心に、更なる問いが投げ掛けられる。

 

「明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の民・岬(さき)守(もり)航(わたる)、これは御(お)前(まえ)の仕業ですか?」

「……はい」

 

 航(わたる)は素直に答えざるを得なかった。

 最早言い逃れ出来ない、一巻の終わり――そう思われた。

 しかし、麒(き)乃(の)神(かみ)からは意外な言葉が返ってきた。

 

「それはそれは、御手柄ですね。褒美を取らせねばなりません」

「え……?」

 

 航(わたる)は麒(き)乃(の)神(かみ)の言葉が能(よ)く理解出来なかった。

 罪を咎(とが)められると思ったが、それどころか褒められたのか。

 と、その時背後から、甲(きのえ)の悲鳴が聞こえてきた。

 

「ひぃぁあっ!! 殿下、鯱(しやち)乃(の)神(かみ)殿下! 何を!?」

「那(な)智(ち)、その者は水(み)徒(と)端(はた)の隣に並ばせなさい」

 

 軍の儀礼服を着た屈強な男が甲(きのえ)を早(さ)辺(え)子(こ)の隣に無(む)理(り)矢(や)理(り)坐(すわ)らせた。

 正気に戻った甲(きのえ)の言葉に拠(よ)ると、どうやらこの男も皇族らしい。

 

 男は麒(き)乃(の)神(かみ)の隣に並んだ。

 そこへ更に、三人の男女が歩いて来る。

 

「うわぁ、甲(きのえ)邸、跡形も無くなってるじゃん。ウケる」

「まさか本当にこんなことを……」

 

 高校の制服を着た派手なギャルと、控えめなシャツとスラックスで纏めた青年だった。

 そしてもう一人の女は、航(わたる)の見知った人物である。

 

「岬(さき)守(もり)君、やはり此(こ)処(こ)へ来ていたんだね」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)が現れたことを知ると、航(わたる)は身が竦(すく)む思いだった。

 彼女の忠告を無視して、あろうことか甲(きのえ)公爵邸に自分から乗り込んだのだ。

 叱責を受けるのも止(や)む無しである。

 

 そんな航(わたる)の思いを余(よ)所(そ)に、来訪者達は横一列に並んでいく。

 早(さ)辺(え)子(こ)は驚愕を隠せない様子で呟(つぶや)いた。

 

「まさか皇族方が五人もこの場へ……」

「私(わたくし)達だけではありません。皇太子殿下も直に来ますよ」

 

 皇太子――その言葉に航(わたる)は目を見開いた。

 此(こ)処(こ)へ来る直前、魅(み)琴(こと)を食事に誘った男だ。

 その男も来るということは、会食はもう終えたのだろうか。

 魅(み)琴(こと)はどうしたのだろう。

 

 その時、航(わたる)は全身に強烈な圧を感じた。

 顔を下に向け、姿を見ていないにも拘わらず、とんでもない男が現れたのだとすぐに解った。

 

「折(せつ)角(かく)良いところだったのに……婚約の契りを結ぶところだったのに……」

 

 二米(メートル)を超す、凄(すさ)まじい体格の偉丈夫が肩肘を張って歩いてきた。

 背中越しに伝わる存在感を振(ふ)り撒(ま)きながら、男もまた列に並んだ。

 

「扨(さ)て、全員揃(そろ)いましたね」

 

 六人の男女が航(わたる)と早(さ)辺(え)子(こ)、そして序(つい)でに甲(きのえ)の前に揃(そろ)い踏(ぶ)み、只(ただ)事(ごと)ではない様子で三人を見下ろしていた。

 崩壊した甲(きのえ)邸で、何かが執り行われようとしていた。

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