日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十一話『皇族』 破

 瓦(が)礫(れき)と化した甲(きのえ)邸本館を背に、航(わたる)と早(さ)辺(え)子(こ)、序(つい)でに甲(きのえ)が跪(ひざまず)いて頭を垂れている。

 その前に居並ぶ六人の男女を取(と)り纏(まと)める背の高い女――第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)が航(わたる)に告げる。

 

「岬(さき)守(もり)、面を上げなさい」

 

 どういうことかと怪(け)訝(げん)に思いながらも、航(わたる)は顔を上げて居並ぶ六人の姿を瞳に映した。

 この中の誰かが魅(み)琴(こと)を誘った男だ――その相手はすぐに判(わか)った。

 

(こいつか! こいつが皇(こう)國(こく)皇太子! 尋常じゃない逞(たくま)しさと美しさ! 圧倒的な特別感! こんな相手と張り合える訳が無いじゃないか!)

 

 航(わたる)は皇太子と思(おぼ)しき偉丈夫を見ただけで如(い)何(かん)ともし難(がた)い敗北感に襲われた。

 この男と同じ空間に居るだけで、自分の矮(わい)小(しよう)さを嫌という程思い知ってしまう。

 絹糸の様な白金色の長髪、天を突く様な長身、茶金色の強(きよう)靱(じん)な肉体、深紅と柳(りゅう)緑(りょく)の眼(め)、薄青い唇、身震いする程に絶世の美貌――その全てがこの世の者とは思えぬ別次元の格を見せ付けている。

 そんな航(わたる)の思いを余(よ)所(そ)に、麒(き)乃(の)神(かみ)は航(わたる)に語り掛ける。

 

「扨(さ)て、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の民である岬(さき)守(もり)は私(わたくし)達(たち)のことを知らぬ筈(はず)でしょうね。一つ自己紹介といきましょうか。私(わたくし)は第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)聖花は蠱(こ)惑(わく)的(てき)な微(ほほ)笑(え)みを湛(たた)え、航(わたる)を見下ろしている。

 

「余は第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)は簡潔に名(な)告(の)ったが、それだけで充分に航(わたる)はその名を胸に刻み付けた。

 

「第二皇子・鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)」

 

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)は甲(きのえ)を引っ立てて航(わたる)達の隣に並ばせた男だ。

 格好からして軍人だろうか。

 

「妾(わらわ)のことはもう知っているね。一(ひと)先(ま)ずこの場は任せてくれ。悪いようにはしない」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)は航(わたる)を特段責める様子も無く、真面目な話をする時の顔で航(わたる)を見ていた。

 

「第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)。こんなことになるとは思わなかったね」

 

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)――やはりこの青年も皇族のようだ。

 ということは、もう一人もそうだろう。

 

「第三皇女・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)。ねー、私(わたし)様(さま)は明日も学校なんですけど。とっとと終わらせちゃおうよ」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)は不機嫌さを隠そうともせず不平を零(こぼ)した。

 今、航(わたる)達の前に皇子皇女六名が揃(そろ)い踏(ぶ)みである。

 この光景は、皇(こう)國(こく)貴族といえども日常で却(なか)々(なか)お目に掛かれるものではない。

 

「扨(さ)て、岬(さき)守(もり)」

 

 第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)が口を開いた。

 

「御(お)前(まえ)は水(み)徒(と)端(はた)がそこの甲(きのえ)から虐待を受けていると聞き、義憤に駆られてこの場へ押し入り、甲(きのえ)を成敗した。すると甲(きのえ)は、あろうことか超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に乗り込み発進させ、その暴を振るわんとした。そこで御(お)前(まえ)は、皇(こう)國(こく)臣民に被害が及ばぬよう、残された超(ちょう)級(きゅう)に乗り込み、早急に撃墜してこれを鎮めた。十(とお)桐(どう)と推(つき)城(しろ)の報(しら)せを総合すると、そのような流れとなりますが、相違ありませんか?」

「なっ!? 何を仰(おつしや)いますか殿下! 推(つき)城(しろ)? 何をあの男は出(で)鱈(たら)目(め)を!」

「お黙りなさい甲(きのえ)。私(わたくし)は今、岬(さき)守(もり)に問うているのです」

 

 航(わたる)に語り掛ける麒(き)乃(の)神(かみ)の声は澄み渡っており、聞いているだけで安らかな心地良い気分にさせる。

 おそらく彼女はその美貌・所作・そして語り口で、皇(こう)國(こく)では広く忠誠を集めているのだろう。

 

「はい。概(おおむ)ね仰るとおりです」

 

 特に間違いは無いと思ったので、航(わたる)は素直にそう答えた。

 すると、麒(き)乃(の)神(かみ)は手を叩(たた)いて喜んだ。

 

「素晴らしい、誠に素晴らしい! 当(まさ)に日本男児に相(ふ)応(さわ)しき英雄の器!」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)に続き、他の皇族達も拍手で航(わたる)に喝采を送った。

 その様子に、甲(きのえ)は狼(ろう)狽(ばい)して顔を上げ、麒(き)乃(の)神(かみ)に抗議する。

 

「お待ちください殿下! この者は……この下(げ)賤(せん)の者は唯(ただ)の狼(ろう)藉(ぜき)者(もの)で御座います! この甲(きのえ)の館へ押し入り、乱暴狼(ろう)藉(ぜき)を働いた暴漢! 誅(ちゆう)されて然(しか)るべき者を湛えるなど信賞必罰に悖(もと)る、あってはならぬことですぞ!」

「甲(きのえ)、御(お)前(まえ)に面を上げる許可を出した覚えはありませんよ」

 

 拍手をやめた皇族達に睨(にら)まれ、射(い)竦(すく)められた様に甲(きのえ)は再び顔を伏せた。

 麒(き)乃(の)神(かみ)は扇で口元を覆い、そんな甲(きのえ)に問(と)い質(ただ)す。

 

「下賤の者、ですか……。そういえば御(お)前(まえ)は隣に控える水(み)徒(と)端(はた)のこともそう呼んで蔑(さげす)んでいたそうですね……。水(み)徒(と)端(はた)、事実ですか?」

 

 皇族達の視線が、今度は早(さ)辺(え)子(こ)に集まった。

 早(さ)辺(え)子(こ)は緊張から固(かた)唾(ず)を呑(の)み、小さな声を絞り出す様に答える。

 

「はい……然(さ)様(よう)で御座います」

「で、殿下? 何故(なぜ)今そのようなことを?」

「痴(し)れ者(もの)め!」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)は甲(かん)高(だか)い声を張り上げ、夜の空気を震わせた。

 決して大きな声ではないが、この場の空気を凍り付かせる響きがある。

 甲(きのえ)は迫力に気(け)圧(お)され、震えて縮こまった。

 

「水(み)徒(と)端(はた)家を新華族として遇するは陛下の宸(しん)旨(し)に拠(よ)るものです。政権奪還に際し、功ありとお認めになり給(たも)うたが故に、新華族として授爵される運びとなったのです。爵位の違いこそあれど、そこに込められ給(たま)いしは陛下の大いなる感謝と敬意です。これを蔑むは、陛下の御(み)心(こころ)を踏(ふ)み躙(にじ)るも同然! 何の権(はかり)があって新旧の華族を差別するのですか御(お)前(まえ)は! 身の程を弁(わきま)えなさい!」

 

 第一皇女の言葉である、甲(きのえ)も何一つとして言い返せない。

 下賤と見下す二人の前で叱責される屈辱が早(さ)辺(え)子(こ)越しに航(わたる)まで伝わってくる様だった。

 

「ああ、水(み)徒(と)端(はた)も面を上げて構いませんよ」

 

 重ねて、甲(きのえ)は唯一人頭を下げさせられるという待遇に置かれた。

 そんな中、屈辱を噛(か)み締(し)めながらも彼は言葉を絞り出す。

 

「この甲(きのえ)、申し開く言葉も御座いません。誠の不徳と、お叱りを甘んじて受ける他無く、以後の改(かい)悛(しゆん)を以(もつ)て御容赦頂けるよう願うばかりで御座います。しかし畏れながら殿下、それでも尚この岬(さき)守(もり)という男が狼藉者であるという事実は何ら覆りませぬ。如(い)何(か)なる理由があろうとこの男のしでかしたことは不法侵入及び暴行。到底、看過される訳には……」

 

 甲(きのえ)は尚(なお)も未練がましく訴える。

 尤(もつと)もこの論理自体は、早(さ)辺(え)子(こ)は勿(もち)論(ろん)のこと航(わたる)自身すら覆せると思えなかった。

 しかし麒(き)乃(の)神(かみ)は甲(きのえ)に向けた蔑みの眼を絶やさぬまま、尚も言葉を続ける。

 

「そういえば十(とお)桐(どう)は『甲(きのえ)卿(きよう)に唆された』とも申していましたね。また、同じく御(お)前(まえ)に乗った六摂家当主は揃(そろ)って命を落とすか、それに近い状態となっている。随分と妙ですね」

「な、何を!? 麒(き)乃(の)神(かみ)殿下、一体何を仰いますか!?」

 

 甲(きのえ)は再び顔を上げて瞠(どう)目(もく)した。

 何か恐ろしい運命を予感している様に、顔面蒼(そう)白(はく)となっている。

 

「皇(こう)國(こく)秩序の番人たる六摂家当主が粗方排除されたこの状況、叛(はん)逆(ぎやく)者にとってはさぞ僥(ぎよう)倖(こう)でしょう。尤も、それだけで打ち崩せる皇(こう)國(こく)ではありませんが、もしその盟に皇(こう)國(こく)最大の貴族である甲(きのえ)公爵家が加わったとなると、非常に面倒なことになりますね。そして摂関家が帝(みかど)に弓を引く事態ならば、先の革命の折に公(く)殿(でん)家が前例を作っています」

「ま、まさか殿下! この甲(きのえ)が謀(む)叛(ほん)を企(くわだ)てていると!? 違う! それは断じて違います! こればかりは天地神明に誓い、断固として否定させていただく!」

 

 事(こと)此(こ)処(こ)に至り、皇族がこの場に揃って現れた理由が判明した。

 それを知った甲(きのえ)は半ば悲鳴の様な声で容疑を否認し、水(みず)飛(し)沫(ぶき)を撒(ま)く獣が如く必死に首を振っていた。

 

「登録された私軍とは別に、最新鋭の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を複数保持していたこと。自身も操縦士として訓練を受け、更には同様の能力を持つ水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)を、彼女の知りたがっている不都合な情報を伏せて無(む)理(り)矢(や)理(り)従わせていたこと。それらは近日中に事を起こす準備であったと、能(のう)條(じよう)の密偵であった推(つき)城(しろ)より報告が上がっているのです」

「推(つき)城(しろ)が!? な、何かの間違いだ! 決してその様なことは御座いません! この甲(きのえ)を陥れようとする罠(わな)だ!」

 

 甲(きのえ)は半狂乱となって麒(き)乃(の)神(かみ)に縋(すが)り付(つ)こうとする。

 その甲(きのえ)を、麒(き)乃(の)神(かみ)は「汚らわしい」とばかりに冷たく蹴飛ばした。

 そして打って変わった甘い声で、再び航(わたる)に語り掛ける。

 

「その企てを未然に防ぎ、大逆に巻き込まれるところだった水(み)徒(と)端(はた)を救った。更に、追い詰められた不忠者の乱心から臣民を完璧に守り抜いた。これは当に大手柄です。よくやりましたよ、岬(さき)守(もり)」

「いや、えっと……」

 

 航(わたる)は困惑していた。

 何やら訳の分からぬうちに事態が丸く収まろうとしている。

 早(さ)辺(え)子(こ)もまた、急展開に付いていけないと行った様子で航(わたる)と顔を見合わせた。

 しかし、彼女の表情にはどこか安(あん)堵(ど)の色が見て取れた。

 

「扨て、後はこの者の処分ですね」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)は塵(ごみ)を見る眼で甲(きのえ)を見下ろしている。

 その有様、既に甲(きのえ)を臣下と思っていないのだろう。

 

「で、殿下……。甲(きのえ)は、甲(きのえ)はこれまで皇(こう)國(こく)の為(ため)に尽くしてきました。確かに、至らぬ点が多々あったのは事実、それは認めざるを得ませぬ。しかし、これはあんまりだ。この甲(きのえ)とて、神(じん)皇(のう)陛下の臣としての誇りがある。その甲(きのえ)に対し、この仕打ちはあんまりで御座います!」

 

 今、航(わたる)は不思議と甲(きのえ)が憐(あわ)れに思えた。

 そう感じているのは航(わたる)だけだろう。

 甲(きのえ)の哀願は真に迫っており、本当に冤(えん)罪(ざい)だと思えるが、叛逆者の汚名を着せられるというのは、当に甲(きのえ)が航(わたる)達にした仕打ちそのものでもある。

 そういう意味では、この結果は甲(きのえ)の因果応報といえるのかも知れない。

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)の言うとおりに甲(きのえ)を逆賊として処し、航(わたる)はそれを誅したのだという形にすれば、一連の行いも不問になるかも知れない。

 甲(きのえ)を陥れようと、自らの利を取るのがこの場は正解なのかも知れない。

 

「あの、麒(き)乃(の)神(かみ)殿下」

 

 だが航(わたる)は動かずにはいられなかった。

 屹(きつ)度(と)これは、愚にも付かぬ行いである。

 航(わたる)には時折この様なところがあり、よくトラブルを招いてしまう。

 だがここで流されてしまえば、甲(きのえ)が叛逆者になった方が都合が良いからと口を噤(つぐ)んでしまえば、何か自分の中から大事な「資格」が消(き)え失(う)せてしまう様な、そんな気がした。

 

「殿下、それはやっぱり駄目じゃないですかね?」

 

 航(わたる)の言葉に、麒(き)乃(の)神(かみ)は心底から驚いた様に目を丸くしていた。

 彼女だけでなく、この場の誰もが航(わたる)の発言に驚(きよう)愕(がく)を隠せない様子だった。

 

「岬(さき)守(もり)様!? 貴方(あなた)、本っ当に何を仰るのですか!?」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)などは若干怒りを交えてすらいた。

 皇族に意見すること、自分が助かる有難い話を無下にしようとしていること、その全てが信じ難(にく)く、容認し難いのだろう。

 

「狂人……」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は自分の見立てを確かめて納得した様に呟(つぶや)いた。

 そんな、様々な驚愕に包まれる場にあって、航(わたる)は一人意を決して立ち上がった。

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