日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十三話『夢魔』 急

 全ての手(て)筈(はず)は整った。

 航(わたる)を捕えている第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)には、第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)が甲(きのえ)家が本格的に謀(む)叛(ほん)の動きを見せているという虚報を届ける。

 甲(きのえ)家の別宅へ麒(き)乃(の)神(かみ)を向かわせる為(ため)だが、そのままでは甲(きのえ)家の次代である甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)も誅(ちゆう)されてしまうので、これが虚報だと裏付けなければならない。

 この為、十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)と丹(に)桐(どう)士(あき)糸(つら)が甲(きのえ)家に赴(おもむ)き、甲(きのえ)家の今後について話し合う様子を見せ、時系列的に甲(きのえ)家が当主の死を受けて動くことなどあり得ない、という状況を作る。

 

「では、行って参ります」

 

 車寄せの前で、見送りに来た龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)に対して十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)は小さな頭を下げた。

 これから彼女は甲(きのえ)家の別宅に向かうのだ。

 

「十(とお)桐(どう)、済まないね」

「此(こ)方(ちら)の台詞(せりふ)で御座いますよ、龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下。これから我々は貴女(あなた)様の姉君を騙(だま)し、お住まいに賊を招き入れる手引きをするのですから」

 

 二人は互いに微(ほほ)笑(え)み合った。

 

「まったく、殿下は大変な連中をお預かりになり給いましたな」

「本当にそう思うよ。聞いていた顔触れも変わってしまうし……」

 

 当初、龍(たつ)乃(の)神(かみ)が聞いていたメンバーは七人である。

 そこから二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)と折(おり)野(の)菱(りょう)が死んでしまい、代わりに雲(くも)野(の)兄妹が加わった。

 

「その変わった二人、例の研究所から連れ出されたとか……」

「ああ。大体の話は聞いている。奴(やつ)らの人体実験だろう……」

「つまりあの双子は神(じん)皇(のう)陛下の複製人間(クローン)ということですな。なんとも畏れ多いことをやらかしたものです」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は眉根を寄せた。

 父親の複製人間(クローン)を制作されたのだ、心中穏やかではあるまい。

 

「あの双子は本人達の望み通りこのまま明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)へ送る。皇(こう)國(こく)に留め置けば大変なことになるだろうから」

「それが宜(よろ)しいでしょう」

 

 皇(こう)國(こく)に於(お)いて、神(じん)皇(のう)は神格化されて崇敬の念を集めている。

 その複製人間(クローン)が叛(はん)逆(ぎやく)者の手で作られたとあっては、本人がどのような目で見られるか。

 本人達も言う様に、皇(こう)國(こく)で真(まと)面(も)に生きていけないことは論を俟(ま)たないだろう。

 

「無駄話が過ぎましたな。では、そろそろ……」

「ああ、頼んだよ」

 

 十(とお)桐(どう)は再び龍(たつ)乃(の)神(かみ)に一礼した。

 彼女の周囲の空間に黒い穴が開き、彼女を呑(の)み込(こ)んで消えた。

 十(とお)桐(どう)は能力で別宇宙の法則を適用した異空間を作り、そこを経由すれば擬似的な空間転移によって移動出来るのだ。

 

⦿

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は部屋へ戻ろうとしていた。

 丁度、弟の蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)が姉の麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)に甲(きのえ)家謀叛の虚報を連絡しているだろう。

 そうなれば、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)に外出の許可が出来る。

 

「姉様が無(む)茶(ちや)を始めていなければ良いが……」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は元々、麒(き)乃(の)神(かみ)が航(わたる)を連れて行くことを認めていない。

 条件さえ整えば、魅(み)琴(こと)が航(わたる)を奪還しに行くことは一向に構わない。

 しかし同時に、彼女は姉が一筋縄でいく相手でないことも能(よ)く知っている。

 

「彼女には呉(くれ)々(ぐれ)も言っておかないとな。姉様と鉢合わせないようにと……」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は待合室の扉を開け、中へ入った。

 

「……どういうことだ?」

 

 中の様子を目にした龍(たつ)乃(の)神(かみ)は困惑した。

 そこに居るはずの麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は居らず、居ない筈(はず)の人物が三人居たのだ。

 

 弟の蛟(みずち)乃(の)神(かみ)が居るのは解(わか)る。

 しかし、彼が手を取っている繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)と、両脇で首を傾(かし)げている雲(くも)野(の)兄妹の存在は謎だった。

 

「賢(けん)智(ち)、また女性を誑(たぶら)かしているのかい?」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は呆(あき)れて溜息を吐(つ)いた。

 女(おんな)誑(たら)しの弟が誰彼構わず粉を掛けるのは今に始まったことではない。

 

「君(きみ)は本当に節操が無いね。彼女は明日祖国へ帰る身だよ」

 

 尚(なお)、航(わたる)を誘惑した龍(たつ)乃(の)神(かみ)も他人のことを言える立場ではない。

 

「繭(まゆ)月(づき)さん、だったね。弟の甘言を真(まと)面(も)に取り合うと傷付くだけだよ」

「さっきから酷(ひど)いな、姉様。一寸(ちよつと)悩みを聞いてあげようとしただけさ」

「どうだか……」

 

 因(ちな)みにではあるが、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の質が悪いところは、彼が百パーセント善意で女を誑(たら)し込(こ)む、ということである。

 彼は何も、都合の良い言葉で騙そうとしている訳ではない。

 本当に感じたまま相談に乗り、優しくし、好意の言葉を掛けるのだ。

 誰にでも、気軽に、分け隔て無く。

 

「それで、どういう状況か説明してもらおうか」

「哀(かな)しい眼(め)をしていたんだ、彼女が……」

 

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)は繭(まゆ)月(づき)の手を握ったまま、自身の胸の前へと持って来た。

 

「どうやら、僕(ぼく)に誰か喪(うしな)った大切な人の面影を見たらしい。だったら僕(ぼく)は、僕(ぼく)に出来るなら、少しでも寂しさを埋めてあげたい……」

「いや、あの……大丈夫ですから……」

 

 当の繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)が一番困惑していた。

 確かに、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の言うことは当たってはいる。

 

 最初の切(きっ)掛(かけ)は繭(まゆ)月(づき)は雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)からトイレに行きたいと外から呼び出されたので、付き添いに廊下へ出たことである。

 その際、何故(なぜ)か二人は兎(と)黄(よ)泉(み)の兄・雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と鉢合わせた。

 そして雲(くも)野(の)兄妹に導かれるまま、繭(まゆ)月(づき)は待合室までやって来てしまったのだ。

 

 そこで繭(まゆ)月(づき)は、今度は蛟(みずち)乃(の)神(かみ)と出くわした。

 驚いたのは、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の見目形が彼女の亡き恋人・紅(あか)夜(や)こと有(あり)明(あけ)孝(たか)也(や)によく似ていたことだ。

 

「それで、驚いている隙に付け込んだという訳かい」

「だからさっきから人聞きが悪いよ。話を聞こうとしただけじゃないか」

「まあ、そういうことにしておこうか」

 

 見たところ、繭(まゆ)月(づき)もただ戸惑っているだけで、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)に心惹(ひ)かれているという訳ではなさそうだ。

 先程龍(たつ)乃(の)神(かみ)自身も言ったとおり、どうせ明日には繭(まゆ)月(づき)を始めとした拉致被害者達は帰国するのだ。

 ならば、このまま誑かすには時間が足りないだろう。

 この話は一旦ここまでで良い。

 

「賢(けん)智(ち)、それともう一つ訊(き)きたいことがある」

「ああ、僕(ぼく)もそっちの話を先にしたかった。あの麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)とかいう女性だけど、本当に他人の言うことを聞かないね」

 

 すっかり捨て置かれていたが、本来この場に居るべきなのは繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)ではなく麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)だった。

 しかし、先程も述べた様に彼女の姿は無い。

 明らかに、彼女はフライングして邸(てい)宅を飛び出したのだ。

 

「賢(けん)智(ち)、君(きみ)はふざけているのか? 何故止めない?」

「止められなかったのさ」

「君(きみ)が? 姉様のことは仕方が無いとしておくが、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の民が君(きみ)を突破出来るとは考えられないな」

「僕(ぼく)も信じられないよ。しかし、飛び出していく彼女の速度と馬力は尋常じゃなかった。屹(きつ)度(と)、僕(ぼく)達で取り囲んでいた時もその気になれば簡単に押し通れたんじゃないかな」

 

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の表情は先程までと打って変わって、到底冗談を言っている様には見えない。

 

「どちらにせよ、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は出て行ってしまったのか」

「勿(もち)論(ろん)、後は追ったよ。しかし、すぐに見えなくなってしまった」

「そうか……」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は目を伏せた。

 こうなってしまっては、魅(み)琴(こと)がこれ以上の厄介ごとを増やさずに無事航(わたる)を回収して帰って来ることを祈る他無い。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)が紫紺のドレスを身に纏(まと)い、憤慨した様子で自身の邸宅の正門へ向かっている。

 苛(いら)立(だ)っている為か、庭に侵入して息を潜める魅(み)琴(こと)に気付いていないらしい。

 しかし、魅(み)琴(こと)は麒(き)乃(の)神(かみ)の姿からただならぬ気配を感じていた。

 

(龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下が忠告するのも解る。あの女、正面からぶつかれば勝てるかどうかは五分五分だ。腹立たしいけれど、此(こ)処(こ)は衝突を回避するのが正解か……)

 

 魅(み)琴(こと)が見ている前で、麒(き)乃(の)神(かみ)の姿が消えた。

 

(目にも留(とど)まらぬ超速で移動した。おそらく、あの加速を体感すると生身の人間は耐え切れずに死ぬし、神(しん)為(い)を身に付けていても並大抵の大きさでは気を失ってしまう。自分一人の移動でしか使えないだろう)

 

 魅(み)琴(こと)は麒(き)乃(の)神(かみ)がこの場から消えたことを気配から確かめると、屋内へと足を踏み入れた。

 気配を殺し、人に出くわさないように麒(き)乃(の)神(かみ)の寝室へと向かう。

 間取りを聞いていたお陰で特に迷うことなく、魅(み)琴(こと)は目的地へと辿(たど)り着(つ)いた。

 

(此(こ)処(こ)か……)

 

 魅(み)琴(こと)は扉を開け、そして中の光景を見て瞠(どう)目(もく)した。

 寝台(ベツド)の上では全裸の航(わたる)が俯(うつぶ)せで尻を突き上げている。

 その脇では二人の女装した美男子が人形の様に虚(うつ)ろな目で虚空を見詰めている。

 

「航(わたる)!!」

 

 魅(み)琴(こと)は慌てて航(わたる)の元に駆け寄り、彼を抱き起こして寝台(ベツド)から降ろした。

 

「どうしたの航(わたる)!? 何をされた!?」

 

 疲弊しきっている航(わたる)には、最(も)早(はや)答える気力が無いといった様相だった。

 魅(み)琴(こと)は激しい怒りでわなわなと震えている。

 綺(き)麗(れい)な顔が羅刹、或(ある)いは般(はん)若(にや)の様に歪(ゆが)む。

 凄(すさ)まじい力で踏み締められた床は天井まで罅(ひび)割(わ)れ、邸宅全体を揺らした。

 

「あの女ぶち殺してやる!!」

 

 魅(み)琴(こと)は今にも弾け出さん勢いで激(げつ)昂(.こう)した。

 放っておけば間違い無く麒(き)乃(の)神(かみ)を追い掛けて殴り掛かる、そんな趣だった。

 しかし、そんな彼女の肩に航(わたる)の力無い手が添えられる。

 

「魅(み)琴(こと)……帰ろう。日本へ帰ろう……」

 

 嗄(しゃが)れた声で訴える航(わたる)の様子に、魅(み)琴(こと)は我に返った様に落ち着きを取り戻した。

 そして怒りを抑える低い声で側に控えている二人の女装男に呼び掛ける。

 

「そこのお前ら、航(わたる)の服を寄(よ)越(こ)せ。それと化粧落としも……」

 

 二人に反応は無い。

 魅(み)琴(こと)は再び怒鳴った。

 

「動け共犯者共!! お前らだけでもぶち殺されたいか!!」

 

 邸宅全体を震わせる様な剣(けん)幕(まく)に二人は飛び起きる様に反応し、慌てて行動を起こした。

 頤(おとがい)望愛(のあ)は恐る恐る化粧落としを魅(み)琴(こと)に差し出し、宍(しし)妻(め)娼(しょう)也(や)は震えながら寝室を出て着替えを取りに行った様だ。

 

「これではっきりした。やはり皇(こう)國(こく)は敵だ。もう何の後ろめたさもなくなった……」

 

 魅(み)琴(こと)は怒りに震えながら航(わたる)の顔の化粧を拭いていく。

 側に居られなかったことを悔やんでも悔やみきれない、そんな悲痛な嘆きの混じった怒りの表情だった。

 

「ごめんなさい……。貴方(あなた)を何度も何度も酷い目に遭わせてしまって……」

「悪いのは君(きみ)じゃ無い……全部僕(ぼく)だ……。服は自分で着られる……。早く、帰ろう……」

 

 その後、受け取った服を着た航(わたる)を連れて魅(み)琴(こと)は麒(き)乃(の)神(かみ)邸を後にした。

 航(わたる)にとって地獄の様な夜だったが、どうにか終わりを迎えられそうだ。

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