日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十四話『愛と哀しみの夜想曲』 急

 (こう)(こく)首都(とう)(きよう)(おお)()区、(はね)()国際空港。

 (わたる)達はVIP専用と思われる特別待合室に通され、出発について空港の事務員より説明を受ける。

 

「当空港には六つの滑走路が存在し、一般にはその内四つが使用されております。残る二つの滑走路は、政府要人の急な外遊や有事に()ける軍の利用を拡張する目的で用意されたもので、普段は使用されておりません。港内の混乱を避ける(ため)、皆様にはその二つのうち第六滑走路から離陸する飛行機に御搭乗いただきます」

 

 (こう)(こく)(わたる)達を極秘の内に日本国へ返したいと考えているらしい。

 そこで、一般の旅行客と接触しない様にこの様な措置が執られたのだ。

 

 その時、別の事務員が特別待合室に入ってきた。

 二人の事務員が何やら小声で連絡を譲受し、(わたる)達にその内容を告げる。

 

「皆様、もう間もなく首相官邸と(たつ)()(かみ)邸よりの乗用車で()()れ様方が合流される見込みです。つきましては、滑走路へお進みになってお待ちください」

「滑走路で合流するのですか?」

 

 根尾が()(げん)そうに事務員へ尋ねる。

 

「そのような指示を(うけたまわ)っております」

「誰からですか?」

「首相官邸よりです」

 

 (わたる)もまた、根尾と同じく不可解に思った。

 このまま待合室で()(こと)()()と合流すれば良かろうものの、何故(なぜ)(わざ)(わざ)滑走路へ移動するのか。

 

「官邸の誰ですか?」

 

 (わたる)は事務員に尋ねた。

 どうにも嫌な予感がする。

 事務員は首を(かし)げて答える。

 

「外務省の(そう)(げん)氏ですが、それが何か?」

「そう……ですか」

 

 まだモヤモヤするが、(ひと)()(わたる)達は指示に従うことにした。

 もしここで「総理秘書官からです」と答えられていたら、(つき)(しろ)の存在から疑念は一気に深まっていただろう。

 結果、(わたる)達の運命は大きく変わることになる。

 

⦿

 

 夜の闇に滑走路の灯が土瀝青(アスファルト)の星が如く光っている。

 搭乗予定の航空機も十人での帰国にしては少々(おお)()()な存在感を放ちながら(わたる)達を出迎えた。

 

 そんな、夏の熱気が立ち込める滑走路で待機していた(わたる)達の(もと)へ、二人の男女がやって来た。

 ()()(そう)(げん)に連れられてきたのだ。

 

(たつ)()(かみ)邸の()(さん)(かた)は未着のようですね」

 

 (そう)(げん)(わたる)達の顔触れを見渡して言った。

 

()()()()えずお前もこっちに来いよ」

 

 (わたる)(そう)(げん)の後に控えたままの()()を手招いた。

 しかし、()()はその場を動こうとしない。

 

「いや、(おれ)()()で良いのだよ」

 

 ()()は神妙な面持ちで、()()()()()()しさを醸し出していた。

 そして(かた)()()み、(そう)(げん)に申し出る。

 

(そう)(げん)さん、話を済ませてしまいましょう」

「それは全員が(そろ)ってからの方が(よろ)しいのでは?」

「いや……」

 

 ()()は渋い表情を浮かべ、一瞬後めたそうに目を伏せた。

 

(うる)()のことは待たなくて構いません。さっさと終わらせてしまいたい」

「何のことだ? 一体なんだって言うんだ、()()

 

 (わたる)()()の様子に、言い様の無い不穏さを感じていた。

 いや、(わたる)だけでなく、()()(しん)()も同じように眉根を寄せている。

 そんな(わたる)達を、()()は思い詰めた様な目で()()ぐと見詰めていた。

 

「今から説明するのだよ」

(かしこ)まりました。では、残りの方々の到着は待たず、お別れの挨拶を始めましょう」

 

 (そう)(げん)が告げた言葉に、(わたる)達は動揺から一様に(どう)(もく)した。

 

「ち、ちょっと待ってください。何ですか、別れって……?」

「聞いたとおりなのだよ、(さき)(もり)(おれ)(こう)(こく)に残り、帰化するのだ」

「な、何を言っているんだお前!?」

 

 (わたる)は理解が全く追い付かなかった。

 ()()は突然何を言い出すのか。

 聞き間違いを疑った方がまだ自然である。

 (わたる)は努めて穏やかに()(ただ)そうとするが、動揺から声が大きくなってしまう。

 

「帰化って、(こう)(こく)臣民になるっていうのか?」

「そうなのだよ」

「冗談にしても笑えないぞ、それは」

 

 ()()は冗談を言う様な男ではない。

 彼の変に無駄な(まと)()目さは(わたる)()く知っている。

 そして問い詰めるのは何も(わたる)だけではない。

 

(さき)(もり)君の言うとおりだ。何を考えている、()()君!」

 

 ()()(わたる)の後から割り込んだ。

 (ふた)()(しん)()(まゆ)(づき)も、(びゃく)(だん)さえも()()を取り囲み、皆して詰め寄る。

 そんな面々に対し、()()は冷静さを装って答える。

 

「冗談などではないのだよ。悟ったのだ、(おれ)の居るべき場所は日本国ではなく、(こう)(こく)の方なのだと。日本人の誇りを守る道はあっちでは(ひら)けないのだと。既に(のう)(じよう)首相閣下も了承済みで、(じん)(のう)陛下も快く()()れてくださるだろうと太鼓判を押していただいている」

 

 ()()は淡々とした口調で言った。

 しかしその()には並々ならぬ情念が渦巻いている。

 (わたる)には到底信じられなかった。

 正気の判断だとはとても思えなかった。

 

(のう)(じよう)に何を言われたんだ? 帰国を諦めざるを得ない理由があるのか? (ぼく)達に出来ることなら何でもするから早まるなよ」

「何も言われていないのだよ。(むし)ろ面談の時、()(ちら)から色々と相談させていただいた」

「相談……だって? 何故(のう)(じよう)に?」

「一昨日から色々と考えていたのだよ」

 

 ()()の表情に次第に感情が表われだした。

 ()(けん)(しわ)を寄せ、怒りとも憎しみとも(かな)しみとも取れる複雑な負の感情を刻み付けている。

 

「このまま日本で生きていたって何も無い。誇りも歴史も伝統も国柄も、何もかもじわじわと奪われていくだけだ。信念を持った(まと)()な愛国者は極めて少なく、大抵は左翼共に()()く言い包められて大切な物をどんどん切り売りする敗北主義者か、出来もしないことを(うた)い上げて敵対者を口汚く(ののし)るしか能の無い商業扇動家しか居ない。ただでさえ多勢に無勢なのに()()(しん)(ちゅう)の虫や無能な味方ばかりで、もう日本に望みなんかないのだよ!」

()()君、(きみ)は自分で何を言っているのか(わか)っているのか!」

 

 ()()は声を荒らげていた。

 一昨日といえば、彼は()()と話をしており、険悪に途切れている。

 ()()の心に邪念が生まれたのはその時だろうか。

 

(おれ)が何を言っているか? 何を言ってもどうせ聞き入れてなんかくれない癖によくそんなことが言えますよね」

「なんだと?」

(おれ)が何度、誰かに国を(うれ)える心を訴えてきたと思います? でも真剣に取り合われたことなんか一度も無い。良くてなあなあで()()()され、(ひど)い時には一笑に付されてきた」

 

 ()()の視線が(わたる)(ふた)()に向いた。

 (わたる)は瞬時に、今まで()()から国や政治のことを熱心に話されたことを思い出した。

 確かに、(わたる)()()からそういう政治的な話を持ち掛けられることに(へき)(えき)していた。

 だが同時に()()がそういったことにのめり込んで人生の道を踏み外す様な気がしたから、あまり深入りしないよう何度も忠告したのだ。

 

「いつもそうだ。日本が日々国を思い(いそ)しんできた(おれ)に与えてきたものはいつも、侮蔑と、嘲笑と、挫折感と、疎外感ばかりだ……!」

 

 しかしどうやら、それが(かえ)って()()を傷付け追い詰めていたらしい。

 (わたる)には、自分がどうすれば良かったのか分からなかった。

 そんな(わたる)達を見渡し、()()は乾いた笑みを浮かべた。

 

「でも(こう)(こく)は違う。(おれ)の言葉に(しん)()に耳を傾け、敬意を払ってくれる。(いち)(どう)様は(おれ)のことを婿養子に迎えたいとまで言ってくれたし、(のう)(じよう)閣下も目に涙を(にじ)ませて感動してくれた。(こう)(こく)は国を愛する者の価値を知っている。守るべき日本の価値を知っている」

 

 ()()の訴える声に、徐々に哀しみが(こも)っていく。

 

「あっちの日本人は愛国者をどれだけ冷遇しても良いと思っている。最後まで後回しにしても良いと思っている。技術者や研究者と違って、たった一つの祖国を捨てることなど出来なかったからだ。今まではそうだった。だが(あい)(にく)、今はもう一つの、より強くて偉大で(しか)るべき敬意を払ってくれる日本が存在するのだよ。(おれ)達は別に、金なんか求めちゃいなかったのに……」

 

 (わたる)は言葉を失った。

 思っていた以上に()()の心は極まっていた。

 言葉を素直に受け取ると、(わたる)のことも内心では憎々しく思っていたということになる。

 哀しみを訴える()()に対し、逆に(わたる)はそんな哀しみを覚えた。

 

 だが、そんな中で激しく食って掛かったのは()()だった。

 彼は()()の胸倉を(つか)んで怒鳴る。

 

「何を()()なことを言ってる! 今からでも遅くはないから考え直せ!」

「何故今更引き留めようとするんですか? 莫迦なことばかり言う様な男が自分から出て行くんです。厄介払いしてしまえば良いじゃないですか」

「そうはいくか! (きみ)は本来の(まと)()な判断力を失っている! (こう)(こく)がどれだけ異常な国か、合法性に(こだわ)(きみ)が分からない(はず)が無い!」

 

 ()()()()の目を真っ直ぐに見て、切迫した様子で訴える。

 

「今まで(こう)(こく)でどんな目に遭った? (はん)(ぎやく)者と認定した相手を、私軍を持った貴族が当たり前の様に殺しに来る国だぞ? (こう)(こく)は法治国家・国民国家と呼べるか極めて怪しい国だ! それでも(きみ)はなりたいのか、『(こう)(こく)臣民』に!」

 

 一気に(まく)()てた()()は肩で息をしていた。

 ()()は目を背け、少し思う(ところ)がありそうな様子を見せている。

 

 (わたる)は考えた。

 ()()の言う様に、()()は自分の判断を迷い無く信じている訳ではなさそうだ。

 (こう)(こく)は決して真面ではない――それを訴えれば、()()の心を取り戻せるかも知れない。

 

()()……」

 

 (わたる)は静かに口を開いた。

 

()()(ぼく)は昨日の夜、身に覚えの無い()(ほん)の罪を着せられそうになった男を見た。それも皇族にだ。結局その男は自ら死を選んだが、当の皇族はこんなことを言っていたよ。『罪の有無などどうでも良い。ただ排除したかっただけだ』とね。男はそんな理由で()(ぎぬ)を着せられ、今まで生きてきた誇りを奪われそうになった」

 

 ()()は目を暇って(わたる)の方を見た。

 ()()の手が()()の胸倉から離れ、(わたる)()()が向き合う。

 

()()()()さんの言う通り考え直せ。(こう)(こく)(きつ)()、お前が思っている様な国じゃない。このまま帰化すれば、お前は絶対に後悔する」

 

 ()()は黙ったまま(うつむ)き閉口していた。

 内心揺れているのは間違い無いだろう。

 

 しかしその時、唐突に夜空に映像が現れた。

 それは(こう)(こく)がこの世界に顕現してから何度か見せられた現象だ。

 だが映し出された映像はいつもの政府公報ではない。

 何やら隠し撮り臭い対談の様子だった。

 

(のう)(じよう)と……()()の面会……?」

 

 それは首相官邸で行われた面会の様子だった。

 しかし映像の()()(のう)(じよう)はどちらも不自然で、酷く人工的な物に見える。

 

 (わたる)達は訳も分からず空を見上げていた。

 当の()()も、(ぼう)(ぜん)と映像を見詰めている。

 

『あいわかった。貴殿の思いは能く理解した。()()殿、(わたし)は大変感銘を受けた。我が(こう)(こく)としては、貴殿の様な思いを抱える物に全力で応えたい』

(のう)(じよう)……閣下……』

 

 二人の会話が聞こえてきた。

 内容的に追加面談の様子だろうか。

 

『貴殿のことは是非(こう)(こく)臣民として迎え入れたい。初めて(めい)()(ひの)(もと)より(こう)(こく)を選ぶ者だ、爵位も与えられるだろう。働きによっては伯爵になることもあるかも知れん』

『そ、そこまでの待遇を……』

 

 ()()はその場で尻餅を()いた。

 (わたる)の言葉で引き返す気になったのかもしれないが、この様な形で大々的に知らしめられれば、もう戻れない。

 だが、彼に降りかかった厄災はこれで終わりでは無かった。

 音声が切り替わり、不自然に人工的な口調で()()の声が響く。

 

『働キマス。(コウ)(コク)ノ為ニ働カセテクダサイ。(メイ)()(ヒノ)(モト)ノ吸収ニ全力ヲ尽クシマス』

「は!?」

 

 ()()は驚いた様子で声を上げた。

 全く身に覚えがない、といった反応だ。

 

(メイ)()(ヒノ)(モト)ノ心ヲ(クジ)クニハ、過去ノ大敗ヲ再現スルノガ早イト思イマス。都市ヲ空襲シテ焼ケ野原ニシテクダサイ。特ニ、広島ト長崎ヲ核攻撃スルノハ効果的デショウ』

(わたし)としては武力行使は避けたいと思っている。(めい)()(ひの)(もと)の皇族や(あまの)()(つぎ)(うしな)っては本末転倒の結果になるのだ。極力、(おん)便(びん)な手段で自発的に吸収を選んでもらいたい』

 

 (のう)(じよう)の声は自然だった、明らかに棒読みでおかしいのは()()の声だけだ。

 

『皇位継承権者ノ一人ガ海外訪問中デス。今ナラバドレダケ派手ニ(メイ)()(ヒノ)(モト)ノ本土ヲ攻撃シテモ皇族ハ絶エマセン。三種ノ神器ハ伊勢神宮ト熱田神宮、ソレカラ皇居デス。コレラ三箇所ヲ避ケレバ問題ハ無イト思イマス』

『成程……』

 

 (のう)(じよう)の音声も切り替わり、二人して不自然な棒読みで対話しているという映像になった。

 

『ツマリ逆ニ、今ナラ武力デ一気ニ吸収ヘ持ッテ行ッテモ問題無イ。ナラバ善ハ急ゲカ。アイワカッタ。早速宣戦布告シ、上陸作戦ヲ軍ニ伝達シヨウ』

『宜しくお願いします。爵位の件も……』

「ち、違う……! (おれ)はこんなこと頼んでない……!」

 

 ()()は両手で頭を抱え、激しく(ろう)(ばい)していた。

 刑法第八十一条・外患誘致罪。

 外国と通謀して日本に武力を行使させる罪で、法定刑は死刑のみという最も重い犯罪として規定されている。

 また、この罪は未遂でも既遂同様に罰せられる為、通謀が発覚した時点で死刑しかない。

 

 (なお)この罪の構成要件は「外国との通謀」「日本国への武力行使」「通謀と武力行使の間の因果関係」であるとされる。

 映像の中の()()(こう)(こく)という外国と通謀し、日本国への武力行使を訴え、そしてこの訴えによって穏健派の(のう)(じよう)に心変わりさせている。

 

「こんなの全世界に見せ付けられたら(おれ)は……! (おれ)は……!!」

「落ち着け()()! どう見てもAI生成だと(わか)り切ってる!」

「うわあああああっっ!!」

 

 ()()は半狂乱になってその場から逃げ出し、海の方角へと走っていく。

 

()()!!」

 

 (わたる)()()を追い掛けて駆け出した。

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