日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

148 / 399
第四十六話『子少女』 序

 皇(こう)國(こく)首相官邸では能(のう)條(じよう)内閣の閣僚達が推(つき)城(しろ)朔(さく)馬(ま)によって招集されていた。

 内閣総理大臣・能(のう)條(じよう)緋(ひ)月(づき)が拳銃で自らの胸を撃ったと、その状態を推(つき)城(しろ)が発見したという体で、いの一番に連絡を受けた副総理・小(お)木(ぎ)曽(そ)文(ふみ)章(あき)によって集められたのである。

 能(のう)條(じよう)はすぐに病院へと搬送された。

 しかし心停止から時間が経(た)ち過ぎており、急死の発表は時間の問題だろう。

 

「えらいことになりましたな……」

 

 外務大臣・都(つ)築(づき)廉(れん)太(た)郎(ろう)は溜息を吐いた。

 この一件、外に向けては皇(こう)國(こく)の危うさを喧(けん)伝(でん)したに等しい大問題である。

 この世界に於(お)いて、空に映像を投影するのは皇(こう)國(こく)政府の公報だと認識されている。

 つまり、皇(こう)國(こく)の意思としてあの映像を世界中に見せたと思われるのだ。

 

 拙(まず)いのは、これが能(のう)條(じよう)を陥れる政争だと見(み)做(な)される点だ。

 更に、身内同士の争いに感(かま)けるあまり他国に平気で喧(けん)嘩(か)を売る不安定さ。

 ただでさえ悪い皇(こう)國(こく)の対外的イメージが著(いちじる)しく毀損されるのは目に見えている。

 外務大臣の立場として、都(つ)築(づき)は憂(ゆう)鬱(うつ)だった。

 

「閣僚の皆様方、たった今能(のう)條(じよう)首相閣下御臨終との連絡が入りました」

 

 そんな中、推(つき)城(しろ)が電話を終えて閣僚達に報告をする。

 首相官邸の一室は響(どよ)めきに包まれた。

 

「そうですか……誠に残念です……」

 

 副首相内務大臣・小(お)木(ぎ)曽(そ)文(ふみ)章(あき)は沈痛な面持ちで目を閉じた。

 しかし、この様な不測の事態で内閣総理大臣が交代になる時、暫定的にその座に就任するのは彼である。

 その表情、仕草のどこまでが本気でどこまでが演技か、判(わか)ったものではない。

 

「小(お)木(ぎ)曽(そ)副総理……いや、小(お)木(ぎ)曽(そ)総理とお呼びした方が宜(よろ)しいかな? この度は我が主・能(のう)條(じよう)閣下より首相職を引き継がれる訳ですが、どうか呉(くれ)々(ぐれ)も、能(のう)條(じよう)閣下の御(ご)遺(い)志(し)を無下になさらぬよう願います」

 

 推(つき)城(しろ)は小(お)木(ぎ)曽(そ)へ釘(くぎ)を刺す様に言葉を贈った。

 権力の移行は規定の流れであるが、その様はまるで推(つき)城(しろ)によって能(のう)條(じよう)の後継者が指名されたようにも見えてしまう。

 そんな様子に、閣僚達からは反発の声も上がる。

 

「推(つき)城(しろ)殿、貴方(あなた)に皇(こう)國(こく)の舵(かじ)取(と)りに口を出す権限などありませんぞ」

 

 最年長の閣僚である逓(てい)信(しん)大臣・富(ふ)郷(ごう)宗(むね)典(のり)が推(つき)城(しろ)を叱責した。

 推(つき)城(しろ)は畏(かしこ)まって頭を下げる。

 

「大変失礼致しました。確かに、私(わたし)は今となっては前総理の秘書に過ぎず、基より国の行く末を担う立場になく、今や完全なる部外者となってしまいました。此(こ)処(こ)は己が立場を弁(わきま)え、ただ立ち去りましょう」

 

 閣僚達の目には推(つき)城(しろ)が失意の中で追い出された様に見えていたに違いない。

 だが、都(つ)築(づき)外相だけは推(つき)城(しろ)が一瞬北(ほく)叟(そ)笑(え)んだのを見ていた。

 

(あの男、何か企(たくら)んでいる……?)

 

 そんな都(つ)築(づき)の疑いを余(よ)所(そ)に、小(お)木(ぎ)曽(そ)新総理は遠征軍大臣・鬼(き)獄(ごく)康(やす)彌(み)から質問を受ける。

 

「して、先(ま)ずは世界中の空に映し出された例の映像ですが、如(いか)何(が)なさるおつもりですか?」

「鬼(き)獄(ごく)伯爵……。ふむ、私(わたし)としては映像にあった『明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の皇位継承権者の海外訪問』が気になりますな。これは少し、裏を取ってみましょう」

「小(お)木(ぎ)曽(そ)殿、お待ちください」

 

 嫌な予感から、都(つ)築(づき)が話に割って入った。

 

「裏を取ってどうするのです? もし真実なら、能(のう)條(じよう)閣下を模(も)した人工知能が言わされた様に明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)を攻め落とすおつもりですか?」

「私(わたし)はその可能性も排除しません」

 

 都(つ)築(づき)の額に冷や汗が流れた。

 

「しかし小(お)木(ぎ)曽(そ)殿、能(のう)條(じよう)閣下はあくまで平和裏の吸収を御(お)望(のぞ)みだった筈(はず)。それは神(じん)皇(のう)陛下よりの勅命だったと聞き及んでおりますぞ」

「神(じん)皇(のう)陛下の御望みはあくまで天(あまの)日(ひ)嗣(つぎ)が損なわれぬこと。その為(ため)には相手側の皇統存続が条件であると判明しております。つまり、それを満たすならば武力行使も構わない」

「莫(ば)迦(か)な……! 能(のう)條(じよう)殿の御遺志はどうなる?」

「まるで推(つき)城(しろ)殿の様なことを仰(おつしや)いますな、都(つ)築(づき)殿。しかし、先程富(ふ)郷(ごう)殿より指摘があったとおり、推(つき)城(しろ)殿が皇(こう)國(こく)の行く末を決めるなどあってはならない」

 

 その時、都(つ)築(づき)は察した。

 これが推(つき)城(しろ)の狙いだったのではないか。

 能(のう)條(じよう)の方針を継ぐことを「部外者の介入」に貶(おとし)め、路線変更を止められない様にする。

 

(つまり推(つき)城(しろ)殿は主戦派で、能(のう)條(じよう)前首相が邪魔だった……? いや、流(さ)石(すが)にそれは……)

 

 都(つ)築(づき)に胸中に不安が生じた。

 そんな彼を、小(お)木(ぎ)曽(そ)は一顧だにしない。

 

「調査結果が事実と出た場合、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)に宣戦布告します。能(のう)條(じよう)閣下の、神(じん)皇(のう)陛下の、そして皇(こう)國(こく)そのものの期待に、この小(お)木(ぎ)曽(そ)が必ず応えて見せましょうぞ」

 

 日本国にとって、状況は加速度的に悪化していた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 道路上で長身の男が一人、人形の様な機械の残骸が散らばる中でスーツの汚れを払っている。

 第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)の侍従・灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)は麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)をこの場から逃がすことに成功したのだが、彼にはやるべきことが残されている。

 周囲に舞い上がった薔薇(ばら)の花弁に様々な映像が映し出された。

 その中から灰(かい)祇(ぎ)院(いん)は何かを探していた。

 

「妙だ……あの双子の姿が捕捉出来ない……」

 

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)は、その薔薇の花弁で様々な現象を起こす。

 戦闘に於いて相手を殺傷するだけでなく、様々な機械に形を変えることも出来るのだ。

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)と雲(くも)野(の)兄妹を送迎していた快適な大型車も彼が作り出したものだし、今は探知機として機能している。

 その能力を駆使して、彼は行方不明になっている雲(くも)野(の)兄妹を探し出し、保護しようとしていた。

 

「我が能力から逃れる隠れ場所は十(とお)桐(どう)卿(きよう)の異空間しか考えられない。或(ある)いは皇族方と同程度の速度で移動しているのか……。何(いず)れもあり得ぬが、抑(そもそ)も突如姿を消したことからして奇妙な話。もう少し検索能力を上げてみるか……」

 

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)が薔薇の花を振ると、更なる花びらが彼の周囲を舞った。

 彼は一刻も早く自身が預かった者達の安全を確保したかった。

 とはいえ、この様な不測の襲撃に遭って自身の警戒を怠っていた訳ではない。

 だが、そんな彼に予想外の一撃が襲い掛かった。

 

「がはっ……何……!?」

 

 突如、一本の矢が灰(かい)祇(ぎ)院(いん)の腹部を貫いた。

 薔薇の索敵に引っかからなかった矢が花弁の隙間を縫って飛来したのだ。

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)は困惑しながらも体を伏せ、花弁を自身に積もらせる。

 

「くっ……! しくじった……! 意識が……!」

 

 突然不意打ちに射られた矢によって、灰(かい)祇(ぎ)院(いん)は意識を失ってしまった。

 

⦿

 

 高架の上に一人の少年の様な風体の男が和弓を持って佇(たたず)んでいる。

 風に総(あげ)角(まき)髪(がみ)と朝服似の衣装を棚引かせるその男は八(や)社(おと)女(め)征(せい)一(い)千(ち)――武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首領補佐だ。

 月明かりを浴びる彼の視線の先には薔薇の花弁に埋もれた灰(かい)祇(ぎ)院(いん)の姿があった。

 

「流石は皇族の侍従だ。僕(ぼく)の武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)『須(す)彌(み)削(けずり)ノ(の)弓(ゆみ)』と『差(ざ)魅(み)魔(ま)ノ(の)矢(や)』を以(もつ)てしても仕留め切れなかった」

「珍しいですな、貴方(あなた)が狙いを外すとは……」

 

 八(や)社(おと)女(め)の背後から旧日本軍の軍服を思わせる出(い)で立(た)ちの老翁が声を掛けた。

 首には猫面が掛けられている。

 

「やあ、御苦労だったね」

「いえいえ、まだ儂(わし)の役割は尽きていませんよ。空港でやったことなどほんの肩慣らし、本番はこれからで御座いますから喃(のう)……」

 

 老翁の背後に黒渦が多数生じ、その中から小型人形状の機械――参(さん)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が顔を出した。

 どうやら大型車を襲ったのも老翁の手によるものらしい。

 老翁は周囲を見回し、何者かを探している。

 

「ふむ、居ましたぞ」

「麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)か。そんな我(が)楽(らく)多(た)共の寄せ集めで彼女を仕留められるとは思わないがね」

「基よりそのつもりは御座いません。あくまでも足止めです。こういう場合、雑魚(ざこ)の寄せ集めの方が寧(むし)ろ効果的なのですよ」

 

 参(さん)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が一斉に飛び立っていった。

 

⦿

 

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は夜の街を急ぎ疾駆していた。

 目指すは岬(さき)守(もり)航(わたる)達が帰国の時を待つ空港である。

 彼女は嫌な予感を覚えていたのだ。

 

(航(わたる)……みんな……無事で居て……!)

 

 しかし、そんな彼女の元に空から無数の機械人形――参(さん)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が襲い掛かる。

 すぐさま異変に気が付いた魅(み)琴(こと)は、踏(ふ)み止(とど)まって天に拳を振り上げた。

 凄(すさ)まじい風圧が夜空に向けて立ち昇り、参(さん)級(きゆう)が粉々に砕けて破片が舞い落ちる。

 彼女の周囲では急ハンドルと急ブレーキを掛けて停止する車が右に左に混乱を呼んでいた。

 

(やはり狙いは私(わたし)か……!)

 

 その時、魅(み)琴(こと)は背後から悲鳴を聞いた。

 すぐさま振り向くと、参(さん)級(きゆう)が道行く人々を襲っている光景が目に入った。

 彼女は駆け出し、刹那にして遠く離れた現場で参(さん)級(きゆう)を蹴り砕く。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 間一髪で助けられた二人の男女が魅(み)琴(こと)に礼を言った。

 魅(み)琴(こと)は一(いち)瞥(べつ)もくれずに別の人を襲う参(さん)級(きゆう)に飛び掛かる。

 敵の目的が彼女の足止めだとすると、このやり方は実に効果的だった。

 

(鬱(うつ)陶(とう)しい! こんなところで道草を食っている場合じゃないのに!)

 

 魅(み)琴(こと)は次から次へと市民に襲い掛かる参(さん)級(きゆう)を叩(たた)き壊(こわ)し、彼らを守る。

 この場から人々を逃がすことには成功したが、すぐさま次の交差点に参(さん)級(きゆう)が群がろうとしている光景が目に入った。

 魅(み)琴(こと)は直ちに其(そ)方(ちら)の防衛へ向かい、再び参(さん)級(きゆう)の破壊を始めなければならなかった。

 

(切りが無い……!)

 

 魅(み)琴(こと)が参(さん)級(きゆう)に拳や蹴りを浴びせ、破壊し続ける中で市民は逃げ惑う。

 まだまだ彼女の足止めは続くようだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。