日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十七話『世紀の申子』 序

 辺り一面を白い光が包み込んでいる。

 どこか心地良い、柔(やわ)らかで優しい光だ。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)はそう遠くない過去にこの光を見た気がしていた。

 その中で航(わたる)は、一人の友と再会した。

 

「虎(こ)駕(が)!」

 

 戦闘中にも関わらず、航(わたる)は虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)の元へと駆け寄った。

 虎(こ)駕(が)はつい先程、東(とう)瀛(えい)丸(がん)の過剰摂取で死んだ筈(はず)だ。

 しかし、現に航(わたる)の前に立っている。

 但し、その姿は半透明に光り輝いている。

 

「虎(こ)駕(が)、生きていたんだな? お前が助けてくれたんだな?」

 

 航(わたる)は内心「そんな筈は無い」と解(わか)っていながら、そう問い掛けずにはいられなかった。

 まだ虎(こ)駕(が)の死について整理が出来ていなかった。

 そんな、縋(すが)り付(つ)く様な航(わたる)の言葉に対し、虎(こ)駕(が)は悲しげな微(ほほ)笑(え)みを浮かべて首を振った。

 

『いや、悪い。俺(おれ)の命は確かにあそこで終わったのだよ。本来ならこうしてまた話すことも無かった』

「じゃあどうして……」

『兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんだよ』

 

 虎(こ)駕(が)は飛行機の上、雲(くも)野(の)兄妹の方へと顔を向けた。

 兄・雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と妹・雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)のうち、兎(と)黄(よ)泉(み)の方がいつかの様に光っていた。

 それを見て、航(わたる)は事態を理解した。

 

「そうか。これはあの時と、雲(くも)野(の)研究所の時と同じなんだな。あの時、虻(あぶ)球(く)磨(ま)が死んだ家族と会話した様に……」

『ああ、そうだ。兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんがお前に神(しん)為(い)を貸したのだよ。それでお前の感覚が極限まで高められ、死者である俺(おれ)の霊魂を認識できるようになった、そんなところなのだよ』

「信じたくないな……」

 

 岬(さき)守(もり)航(わたる)は諦めの悪い男である。

 

「さっき僕(ぼく)達を、鏡の壁が狛(こま)乃(の)神(かみ)の攻撃から守ってくれた。あれはお前の能力だろ? お前が守ってくれたんじゃないのか?」

 

 ここまで現実を突き付けられて尚(なお)、それでも一(いち)縷(る)の希望に縋(すが)らずにはいられなかった。

 否(いな)、そうではないかも知れない。

 何(な)故(ぜ)なら、こう言えば虎(こ)駕(が)はまた航(わたる)の縋った可能性を否定するしか無い。

 それは一つ一つの可能性を徹底的に潰(つぶ)す行為(ため)に等しい。

 

 虎(こ)駕(が)は再び申し訳無さそうに首を振る。

 航(わたる)は何(ど)処(こ)かでそれを待っていた。

 

『それも違うのだよ。俺(おれ)ではあんな攻撃は防げない。薄い硝子(ガラス)板の上に鉄球を載せて、重量に耐えろと言っている様なものなのだよ。俺(おれ)の神(しん)為(い)では到底無理だ』

 

 航(わたる)は小さく溜息を吐いた。

 また一つ、虎(こ)駕(が)が死んだという裏付けが本人から語られた。

 今、航(わたる)はこうして自分の気持ちに整理を付けようとしているのかも知れない。

 

『それにな、岬(さき)守(もり)。今の俺(おれ)には抑(そもそ)も神(しん)為(い)で現実に干渉することは出来ないのだよ』

「そうなのか?」

『解るのだよ。神(しん)為(い)に覚醒した時にその使い方が解る様に』

「そうか……。でもだったら……」

 

 これは純粋な疑問だった。

 虎(こ)駕(が)の言うとおりなのだとしたら、先程の鏡はいったい誰が形成したのだろうか。

 それについて、虎(こ)駕(が)は意外なことを言い出した。

 

『あの鏡を作り出したのはお前だよ、岬(さき)守(もり)。兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんに神(しん)為(い)を借りたお前だったから、さっきの攻撃を防ぐことが出来たのだよ』

「え……?」

 

 航(わたる)には虎(こ)駕(が)の言っていることが解らなかった。

 何故ならば航(わたる)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)は虎(こ)駕(が)のものとは違う。

 今まで使用した何かの鏡を武器と解釈したのかも知れないが、航(わたる)には全く心当たりが無かった。

 

「でも僕(ぼく)の術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)は……」

『それは多分、お前にも解っていない本当の能力がまだ眠っているのだよ』

 

 曖昧な言い方だが、虎(こ)駕(が)は確信があるかの様に航(わたる)に強い視線を向けている。

 

『否定出来ないのだろう? つまり、お前にはまだ自分の能力について理解していない部分があるのだよ。お前はまだ術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に完全覚醒していない』

「そう……なのか……。確かに、そんなことを言われた気がするが……」

 

 虎(こ)駕(が)が看破した様に、航(わたる)がまだ術(じゆつ)識(しき)神(しん)為(い)に完全覚醒しておらず、未解明の部分が残されていることは事実である。

 虎(こ)駕(が)は少しだけ嬉(うれ)しそうに、切なげな微笑みを浮かべた。

 

『一つ言えるのは、お前には俺(おれ)の能力と似たことを出来たってことなのだよ。それは喜ばしいことなのだよ。俺(おれ)がまだお前達の事を守れる様な、そんな気がするから……』

 

 虎(こ)駕(が)の言葉・表情は、航(わたる)にとうとうどうしようもない現実を受(う)け容(い)れさせた。

 嗚呼(ああ)、もう本当に虎(こ)駕(が)とはお別れなのだ。

 受け容れたくはないが、受け容れざるを得ない、友の死。

 それが航(わたる)の中にすっと入ってきて、体中に染み渡っていく。

 

「虎(こ)駕(が)、友達なのにお前を救えなかった……」

 

 航(わたる)は後悔を吐露した。

 しかし虎(こ)駕(が)はあくまで穏やかに微笑んでいる。

 

『救われたさ。寧ろ俺(おれ)の方が、お前に恩返し出来なかったのだよ』

「何を言っているんだ。何度も守ってくれたじゃないか」

『守ったまま終わっていれば良かったのだがな。最後の最後でやらかしてしまった』

 

 虎(こ)駕(が)は初めて、微笑みを消して沈痛の表情を浮かべた。

 両の拳を握り締め、小刻みに震えている。

 航(わたる)とは比較にならない、計り知れない後悔が見て取れた。

 

『本当にどうかしていたよ。愛国者気取りが聞いて呆(あき)れる。俺(おれ)は国を売り渡してしまった。俺(おれ)のせいで戦争になるかも知れない。日本が滅びてしまうかも知れない』

「お前のせいじゃない!」

 

 航(わたる)は虎(こ)駕(が)の悔恨を強く否定した。

 

「誰かがお前を陥れたんだ! 根(ね)尾(お)さんだって、お前が皇(こう)國(こく)を選んだこと自体は罪じゃないって言ってた! お前は悪くないんだよ!」

『誰かが俺(おれ)を陥れたとして、その誰かは日本と皇(こう)國(こく)に戦争を起こす為に仕組んだのだろう。つまり、そんな企(たくら)みに利用されたっていう罪がある。俺(おれ)の愚かな企みのせいで取り返しの付かないことになるかも知れないのだよ』

「誰にだって間違いはある! 迷うことだって! 第一お前は、最後には引き返そうとしていたじゃないか……!」

『一時の気の迷いで済む様な話じゃないのだよ』

 

 虎(こ)駕(が)は頑(かたく)なだった。

 航(わたる)が何を言おうが、決して自分を許そうとはしない。

 航(わたる)の言葉通りに誤(ご)魔(ま)化(か)したりはしない。

 虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)は真面目な男だった。

 

『岬(さき)守(もり)、お前にそう言ってもらえるだけでも俺(おれ)には充分過ぎる。勿(もつ)体(たい)無(な)いくらいだ』

「虎(こ)駕(が)……」

 

 虎(こ)駕(が)の姿が薄くなっていく。

 どうやらお別れの時が近付いているらしい。

 

『岬(さき)守(もり)、どうやらそろそろ行かなきゃいけないみたいだ。最後に一つ、頼みがある』

「頼み?」

『ああ。麗(うる)真(ま)のことだ』

 

 航(わたる)は驚きと同時に、一つの納得を得た。

 思えば一度、彼が麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)に色目を使ったように見えた時があった。

 あれは屹(きつ)度(と)、虎(こ)駕(が)の中にそういう感情が確かにあったのだ。

 普段なら許せないところだが、今の航(わたる)が感じていたのは強い哀(かな)しみだった。

 

『岬(さき)守(もり)、麗(うる)真(ま)は間違い無くお前のことが好きだ。お前達は両片想いなんだよ。だから、あいつのことを、お前にとって世界一愛おしい麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)のことを、必ず幸せにしてやってくれ……』

 

 そう言い残し、虎(こ)駕(が)の姿が消えていく。

 航(わたる)は呼び戻す様に叫ぶ。

 

「虎(こ)駕(が)!!」

 

 別れの時だ、定められた避けられない時だ。

 航(わたる)は最後に、どうしても伝えたいことがあった。

 どうしても誓いたいことが芽生えた。

 

「約束する! 必ずお前を日本で眠らせる!! 皇(こう)國(こく)じゃない! 日本の土の中に!! お前の眠りを守り続けるから! いつかお前が自分を責めるのをやめられるその日まで!!」

 

 虎(こ)駕(が)の返事は無い。

 ただ、その表情は消えるその瞬間までずっと微笑みを湛(たた)えていた。

 確かに感謝を伝えようとしていた――航(わたる)にはそう思えてならなかった。

 

⦿

 

 光が収った。

 景色が元の滑走路に戻った。

 航(わたる)は自分の中に信じられない力が宿ったのだと確信していた。

 

 これが神(しん)為(い)を借りるということなのか――航(わたる)は全身の血肉が入れ替わった様な感覚に浸り込む。

 撃ち尽くした光線砲も、前以上に強力に、何発も撃てる様になっている。

 おそらく、今なら……――航(わたる)は上方を見上げ、宙に浮く狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)と相対した。

 

「御涙頂戴のお別れは済んだ?」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は手を頭の後ろで組み、退屈そうに佇(たたず)んでいた。

 口振りから、どうやら彼女も航(わたる)と虎(こ)駕(が)の対話を見ていたらしい。

 航(わたる)が死者の霊魂との邂(かい)逅(こう)・対話を実現させたのは、強大な神(しん)為(い)を貸し与えられた為だ。

 つまり、元々強大な神(しん)為(い)を備える狛(こま)乃(の)神(かみ)は独力で姿と声を認識出来るのだろう。

 

「狛(こま)乃(の)神(かみ)殿下……」

 

 そんな狛(こま)乃(の)神(かみ)に、航(わたる)は静かに語り掛けた。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は腕を降ろし、飄(ひよう)々(ひよう)とした態度から一転して真剣に向き合う。

 

「お解りかと思いますが、僕(ぼく)は今先程までとは比べものにならない神(しん)為(い)を身に付けています。貴女(あなた)が止めに放った攻撃を防ぎ切り、死者と対話する程の神(しん)為(い)です。今僕(ぼく)は、貴女(あなた)と真(まと)面(も)に戦い得るのです」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は眉を顰(しか)めたが、航(わたる)は構わず続ける。

 

「それでも、地(じ)力(りき)では貴女(あなた)が遙(はる)かに上でしょう。しかし僕(ぼく)はずっと、自分よりもずっと格上の相手と戦ってきた。丁度、今の僕(ぼく)と貴女(あなた)の力関係に相当する差を覆して生き延びてきたのです。つまり、戦えば貴女(あなた)が勝つばかりとは限らない」

「へぇえ、私(わたし)様(さま)に勝てるつもりなんだ……」

 

 引(ひ)き攣(つ)った笑みを浮かべる狛(こま)乃(の)神(かみ)。

 目が笑っていないその表情は、差し詰め「下郎に侮られた」という怒りに満ちていた。

 だが航(わたる)は尚も諭す様に語る。

 

「いいえ、残念ながら望み薄だと思います。だからこそ、こうしてお願いしているんですよ」

「お願い?」

「ええ……」

 

 航(わたる)は頭を下げた。

 

「僕(ぼく)達はただ、生まれ育った祖国に帰りたいだけなんです。最初からそれ以上のことなんて望んでいない。破壊工作なんてする訳が無い。だからどうか、黙ってお帰しいただけないでしょうか。でなければ……」

「でなければ?」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)の顔に表われた感情の色が変わっていた。

 激しい憤りから、静かなる怒りになっていた。

 その理由は航(わたる)の態度である。

 ゆっくりと頭を上げ、狛(こま)乃(の)神(かみ)を睨(にら)む航(わたる)の眼(め)には脅迫と覚悟が籠(こも)っていた。

 

「でなければ僕(ぼく)はこれから、貴女(あなた)を殺すつもりで戦わなければならない。圧倒的に強い貴女(あなた)に対し、殺さない様に遠慮することなんて出来る訳がありませんからね……」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)はゆっくりと降下し、地に足を着けた。

 同じ地上に立つと、彼女は本当に単なるギャルに見える。

 だがその眼には悪く言えば我(わ)が儘(まま)な傲慢さが、よく言えば気位の高さが秘められている。

 そんな彼女が静かに答えを突き付ける。

 

「駄目。他の奴(やつ)らは最悪帰してあげても良いけれど、貴方(あなた)だけは此(こ)処(こ)で死んで貰(もら)わないといけない」

「どうしてですか?」

「予感がある。私(わたし)様(さま)の神(しん)為(い)で見えた、確実な予感だ。この後、皇(こう)國(こく)と明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)は戦争になる。そうなった時、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦技術を持った貴方(あなた)は無視出来ない脅威になる」

 

 航(わたる)はすぐにこれ以上話が通じないと悟った。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は確かな意思を秘めている。

 皇族の一人として国を守るのだという自負心である。

 一見派手なギャルは、その実高校生とは思えない程立派な精神を持っていた。

 

「そうですか……」

 

 航(わたる)は覚悟を決めざるを得なかった。

 ゆっくりと片足を引き、光線砲を狛(こま)乃(の)神(かみ)に向けて構える。

 

「では狛(こま)乃(の)神(かみ)殿下、命の遣(や)り取(と)りの御(お)覚(かく)悟(ご)を」

「貴方(あなた)が死の覚悟を決めなよ。でもま、今の貴方(あなた)の雰囲気は嫌いじゃないけれどね」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)も両腕を拡(ひろ)げ、航(わたる)の前に立(た)ち塞(ふさ)がる様に仁王立ちする。

 二人の戦いは新たなる局面を迎え、そして決着へと突き進もうとしていた。

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