日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十七話『世紀の申子』 破

 飛行機の上から雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)が滑走路上で始まろうとしている戦いを見下ろしている。

 死者との邂(かい)逅(こう)と別れを終えた残光が、砕け散った金剛石(ダイヤモンド)と銀(ぎん)箔(ぱく)の破片に乱反射し、混凝土(コンクリート)の舞台に長く留め置かれている。

 

「兎(と)黄(よ)泉(み)で良かったのですか、御(お)兄(にい)様(さま)?」

 

 そんな中、雲(くも)野(の)兄妹の妹・兎(と)黄(よ)泉(み)が兄・幽(ゆ)鷹(たか)に問い掛けた。

 彼女は岬(さき)守(もり)航(わたる)に神(しん)為(い)を貸し与えた。

 結果、彼は第三皇女・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)とどうにか独力で戦えるだけの強大な神(しん)為(い)を得たのだ。

 

 しかし、実は貸し与えられる神(しん)為(い)量を兄妹で比較すると兄の方が大きい。

 更に、兄は三回まで貸し与えることが可能だ。

 

「兎(と)黄(よ)泉(み)が貸してしまったら、御兄様はそれに重ね貸しすることは出来ません。しかし、御兄様が二回分、三回分貸し与えることは出来ます。あのお姉さんに対抗するには兎(と)黄(よ)泉(み)の神(しん)為(い)だけでは足りなそうですよ」

 

 実は今まで幽(ゆ)鷹(たか)と兎(と)黄(よ)泉(み)が同時に神(しん)為(い)を貸与する場合は必ず別々の相手に行っていた。

 

 抑(そもそ)も、基本的に神(しん)為(い)は本人のものだけを自由に扱うことが出来る。

 例外はあるが、少なくとも生身の上ではそれが原則である。

 神(しん)為(い)とは内なる神性であり、己の中に神を見(みい)出(だ)すことによって超常的な力を得るのだ。

 つまり他者の神(しん)為(い)とは、己以外に見出された神であり、これを恣(ほしいまま)にするのは神への不敬に等しく、烏(お)滸(こ)がましいのだ。

 

 この二人が神(しん)為(い)を貸し与えた時、貸与相手の中には二人分の神(しん)為(い)が混ざる。

 幽(ゆ)鷹(たか)と兎(と)黄(よ)泉(み)は己の神(しん)為(い)を貸与相手の神(しん)為(い)に限りなく近付けることによってその権(はかり)を相手に委ねる。

 しかしこれが三人分の神(しん)為(い)となると上(う)手(ま)く混ざらなくなってしまうのだ。

 

 つまり、兎(と)黄(よ)泉(み)から神(しん)為(い)を借りてしまった航(わたる)は、その効果が切れるまで幽(ゆ)鷹(たか)から追加で神(しん)為(い)を借りことは出来ない。

 そんな選択の理由を尋ねる兎(と)黄(よ)泉(み)の問いに、幽(ゆ)鷹(たか)が答える。

 

「多分、岬(さき)守(もり)航(わたる)さんは僕(ぼく)の重ね貸しに耐えられないゆ」

「耐えられない、ですか……。確か大き過ぎる神(しん)為(い)が暴走すると、全身から血が噴き出て死んでしまうんですよね」

「うん。それに、今回は兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんの様な気がする。こっちはなんとなくだけど……」

「そうですか……」

 

 二つ目の根拠については無いに等しかったが、それでも兎(と)黄(よ)泉(み)は納得した。

 兄妹の第六感は強大な神(しん)為(い)に裏付けられている。

 

「御兄様がそういうなら、屹(きつ)度(と)当たっていますね……」

 

 二人はそれ以上言葉を交わさず、航(わたる)と狛(こま)乃(の)神(かみ)の戦いを見守る。

 

⦿

 

 航(わたる)と狛(こま)乃(の)神(かみ)は同時に動いた。

 航(わたる)は光線砲を、狛(こま)乃(の)神(かみ)は鏃(やじり)の投(とう)擲(てき)をそれぞれ放った。

 二人はそれぞれ、これまた同時に相手の攻撃を紙一重で躱(かわ)し、互いに向かって行く。

 

「おおおッッ!!」

「チィッッ!!」

 

 接近した航(わたる)は零(ゼロ)距離での射撃を狙い、砲口を狛(こま)乃(の)神(かみ)の額に当てようとする。

 対する狛(こま)乃(の)神(かみ)は鏃を掴(つか)んだ指を出し、砲口に押し当てた。

 この状態で光線砲を撃つと、鏃に反射して暴発してしまうのは間違い無い。

 航(わたる)は仕切り直しを余儀無くされたが、狛(こま)乃(の)神(かみ)はただ防御しただけではなかった。

 

「銀河の果てまで飛んで行け」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は膝を振り上げ、航(わたる)に蹴りを見舞おうとする。

 凡(おおよ)そ人間の領域を大きく超えた埒(らち)外(がい)の速度を持った蹴りが放たれた。

 しかし航(わたる)はこれも辛うじて躱す。

 汗を飛び散らせながら、航(わたる)は後ろ跳びで距離を取る。

 

「危ねえ……!」

 

 間合いを離した航(わたる)は三(み)度(たび)光線砲で狛(こま)乃(の)神(かみ)を狙う。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)もまた鏃を投擲する。

 結果は最初と同じだった。

 二人は互いの中点を軸に円を描く様に走って様子を窺(うかが)う。

 

 恐るべきは狛(こま)乃(の)神(かみ)である。

 航(わたる)がただ光線砲を構えて撃つという簡単な動作を行う一瞬に、狛(こま)乃(の)神(かみ)は武装神(しん)為(い)で鏃を形成し、振り被(かぶ)り、勢いを付けて投げ付けるという二手三手多い動作を行う。

 更に、二人が互いの攻撃を躱したのがほぼ同時ということは、投擲された鏃の速度は光線砲とほぼ同じ、亜光速ということだ。

 

 だが、二人の表情は逆に平静を保つ航(わたる)に対して苛(いら)立(だ)ちを表する狛(こま)乃(の)神(かみ)、といった様相を示している。

 それもその筈(はず)、同じ紙一重で躱したといっても航(わたる)は完全に鏃を回避出来ているが、狛(こま)乃(の)神(かみ)は光線砲が服や髪に掠(かす)めていた。

 航(わたる)は経験から狛(こま)乃(の)神(かみ)の攻撃の軌道を読めたが、狛(こま)乃(の)神(かみ)は行き当たりばったりで対応しなくてはならなかった。

 接近戦で蹴りを回避出来たのも、航(わたる)には人外の格闘技術の持ち主を知っていたからだ。

 

「ムカつくし! だったらこれでどうだ!」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は両手に一杯の鏃を構えた。

 

『武(ぶ)装(そう)神(しん)為(い)・天(あめ)羽(のは)羽(ば)矢(やの)金(かな)鏃(やじり)・八(や)尋(ひろ)』

 

 両手全ての指間、計八個の鏃が航(わたる)に投擲された。

 否(いな)、それだけではなく、何度も、何重も大量投擲が繰り返される。

 余談ではあるが、「八」という数字には「単純に数が多い」という意味もある。

 

「ぐうッ……!」

 

 最初のうちは回避出来ていた航(わたる)だが、数が多過ぎてどうしても被弾してしまう。

 一発が肩を掠めたことで足止めを食らい、そのまま鏃の集中砲火を受けてしまった。

 航(わたる)の居た地点に撃ち込まれた鏃が土(つち)埃(ぼこり)を上げ、彼の姿を完全に呑(の)み込(こ)んだ。

 

「やったか!」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)が勝利を確信した野も束(つか)の間(ま)、土埃の中から一筋の光が彼女の肩を貫いた。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)は健在、姿を眩(くら)ましつつ光線砲を撃ったのだ。

 この時漸(ようや)く、狛(こま)乃(の)神(かみ)は土埃の中に金剛石(ダイヤモンド)と銀箔が混じっていることに気が付いた。

 

「糞(くそ)!」

 

 更に、土埃が晴れると同時に航(わたる)は日本刀を構えて狛(こま)乃(の)神(かみ)に刺突した。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は思わず鏃で受け止める。

 航(わたる)は空(す)かさず連続で狛(こま)乃(の)神(かみ)に斬り掛かる。

 尤(もつと)も、この攻撃自体は光線砲よりも遥(はる)かに遅いので、狛(こま)乃(の)神(かみ)にとって回避するのは容易だった。

 

「面倒臭いな、もう!」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は拳打を放ち、航(わたる)の日本刀を圧(へ)し折(お)った。

 更に連撃で、全身を発光させて圧を放つ。

 航(わたる)は堪(たま)らず弾(はじ)き飛(と)ばされたが、吹き飛びながらも狙いを定めて発射した光線砲が狛(こま)乃(の)神(かみ)の頬(ほお)を掠めた。

 

「しつこいんだよ! 猪(ちよ)口(こ)才(ざい)な真(ま)似(ね)ばっかりして! 私(わたし)様(さま)の方がずっと強いんだから大人しく負けろよ、雑魚(ざこ)!」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は明らかに焦っていた。

 ここまでの戦いを見ても解(わか)るとおり、実を言うと彼女には搦(から)め手(て)が殆(ほとん)ど無い。

 それは単(ひとえ)に、圧倒的な神(しん)為(い)のゴリ押しで事足りる皇族であるが故に戦う術を全く磨いてこなかった為(ため)だ。

 彼女達皇族の教育係である第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)はこう述べている。

 

『高貴を極めし皇族たる者、下民相手に小細工を弄(ろう)すること勿(なか)れ。ただ力! 力! 力で圧倒すべし!!』

 

 その教え故、狛(こま)乃(の)神(かみ)は力押しの戦い方を変えない。

 掌(てのひら)に光の球を形成し、手を突き出すと同時に力を解放して航(わたる)に向けて照射する。

 

「消し飛べ!」

 

 しかし、航(わたる)は狛(こま)乃(の)神(かみ)の攻撃に砲撃を合わせた。

 二つの光が衝突し、激しい爆発を起こす。

 航(わたる)は爆煙を突っ切り、狛(こま)乃(の)神(かみ)へと一気に接近した。

 

「誰かが云(い)ってた言葉だが、強い奴(やつ)が勝つんじゃない、勝った奴が強いんだ」

 

 航(わたる)は今一度日本刀を形成し、狛(こま)乃(の)神(かみ)目掛けて振り上げる。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)はこれを楽々躱すが、二の太刀、三の太刀と航(わたる)は追撃を放つ。

 

「こんな蚊が止まる様な剣技喰(く)らうか……ん!?」

 

 ふと、狛(こま)乃(の)神(かみ)は周囲の異変に気が付いた。

 いつの間にか、彼女の周囲には奇妙なものが散らばっている。

 彼女を取り囲む様に、其(そ)処(こ)彼(か)処(しこ)に煌(きら)めく物体が転がっている。

 

「これは……さっきの大玉が防がれた時の……!」

 

 そう、狛(こま)乃(の)神(かみ)が気が付いた様に、彼女はいつの間にか追い込まれていた。

 航(わたる)が神(しん)為(い)を貸し与えられる直前、狛(こま)乃(の)神(かみ)は確かに彼を追い詰めていた。

 その時、航(わたる)を救ったのは巨大な鏡の障壁だった。

 それは狛(こま)乃(の)神(かみ)の攻撃によってバラバラに砕け散ったのだ。

 

 つまり、その破片が今、狛(こま)乃(の)神(かみ)を取り囲んでいる。

 航(わたる)は光線砲を構えた。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は悟った。

 今、彼女には航(わたる)の砲撃を躱す空間が残されていないのだ。

 

「ま、待て!」

 

 気付いた時にはもう遅い。

 勿(もち)論(ろん)、航(わたる)は確信を持って狛(こま)乃(の)神(かみ)をこの場所に追い込んだのだ。

 砲口が狛(こま)乃(の)神(かみ)に向けられ、一筋の光が放たれる。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は直接の射撃こそ辛うじて躱したものの、四方八方を取り囲む鏡に反射して縦(じゆう)横(おう)無(む)尽(じん)に駆け巡る光はどうしようも無かった。

 

「あああああああッッ!!」

 

 洗練された神(しん)為(い)は破壊したい対象のみを破壊する。

 兎(と)黄(よ)泉(み)に貸与されて強大な神(しん)為(い)を得た航(わたる)もまた、鏡には反射し狛(こま)乃(の)神(かみ)だけにダメージを与える術を身に着けていたのだ。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は為(な)す術(すべ)無く大量の光線に貫かれ、ボロボロになってその場に倒れ伏した。

 

「……悪く思わないでくれ。こっちも生き残る為に必死なんだ」

 

 航(わたる)は一人静かにそう呟(つぶや)くと、能力を解除して手から光線砲ユニットと日本刀を消した。

 戦いは航(わたる)の作戦勝ち、といったところだろう。

 しかし、決して楽に勝った訳ではない。

 航(わたる)はその場に膝を突いた。

 

「ぐっ、さっきの鏃の乱れ打ちが結構堪えたな……」

 

 同時に、航(わたる)は全身から力が抜けていく様な感覚を抱いた。

 力を失う、というよりは強化が元に戻ったといったところか。

 兎(と)黄(よ)泉(み)による神(しん)為(い)貸与の効果が切れたのだ。

 

「後ほんの少しでも戦いが長引いていたら終わっていたってことか……。ギリギリだったんだな」

 

 航(わたる)の許(もと)へ雲(くも)野(の)兄妹がふわりと舞い上がり、ゆっくりと降下してくる。

 どうやら二人は何処(どこ)からともなくこの空港へ飛んできたらしい。

 相変わらず不思議な兄妹である。

 航(わたる)は振り返って彼らを迎えた。

 

「岬(さき)守(もり)航(わたる)さん、無事なのですか?」

「ありがとう、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん。助かったよ」

 

 航(わたる)は気の抜けた表情で兎(と)黄(よ)泉(み)に微(ほほ)笑(え)みかける。

 

「幽(ゆ)鷹(たか)君もよく来てくれたな。後は魅(み)琴(こと)さえ揃(そろ)えば帰国出来るぞ」

 

 安(あん)堵(ど)の表情を浮かべる航(わたる)だが、すぐに目を見開いて硬直した。

 何やら嫌な気配を背後から感じたのだ。

 それは彼にとって信じたくない事実だった。

 大量の光線砲を受けてズタボロになった狛(こま)乃(の)神(かみ)が、それでもふらつきながら立ち上がってきたのだ。

 

「帰国は……させないって言ってんじゃん……!」

 

 航(わたる)は驚(きよう)愕(がく)の中振り返り、雲(くも)野(の)兄妹を庇(かば)って狛(こま)乃(の)神(かみ)と相対した。

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は前傾姿勢で、余裕の無い表情を浮かべて上目遣いで航(わたる)を睨(にら)んでいる。

 重い足取りで一歩、航(わたる)に迫る。

 瞬間、狛(こま)乃(の)神(かみ)はバランスを崩して倒れそうになるも、何とか堪えた。

 

「よくもやってくれたよね、岬(さき)守(もり)航(わたる)。止めを刺されていたら殺されてたし。でも、貴方(あなた)は甘いよ。破壊工作なんか出来る器じゃないよね。それだけは信じてあげるよ」

 

 もう一歩、狛(こま)乃(の)神(かみ)は足を前に出した。

 今度は力強く混凝土(コンクリート)を踏み締める。

 心做しか、彼女の体力は少しずつ恢(かい)復(ふく)している様に思える。

 

「気付いた? 私(わたし)様(さま)の神(しん)為(い)は下々の民とは次元が違う。恢復力も別格じゃん。後少しもすれば、貴方(あなた)が私(わたし)様(さま)に与えたダメージは全快する。それで、そっちはどうする? 今度はそっちの男の子が神(しん)為(い)を貸しちゃうのかな?」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)の言う様に、戦いを継続するには幽(ゆ)鷹(たか)から神(しん)為(い)を借りるしかないだろう。

 しかし、問題は狛(こま)乃(の)神(かみ)のこの恢復力である。

 次も、また次も、止めを刺しきれなければ戦いをまた振り出しに戻される。

 対する航(わたる)には、あと三回しかチャンスは無いのだ。

 

「尤も、こっちは神(しん)為(い)を借りる前に潰(つぶ)せばいいだけじゃん! 消し炭にしてやるよ!」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は掌を振り被り、光の球を手に纏(まと)った。

 早く幽(ゆ)鷹(たか)から神(しん)為(い)を借りなければ、強大な神(しん)為(い)の解放により三人とも消し飛んでしまう。

 

 だがその時、狛(こま)乃(の)神(かみ)の背後から何者かが彼女の手首を掴んだ。

 力強く握り締められた狛(こま)乃(の)神(かみ)は腕を動かせず、光の球も不発のまま消滅した。

 

「貴女(あなた)は……!」

「そこまでよ、狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)」

 

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が紫紺のホルターネックレオタードを身に纏い、狛(こま)乃(の)神(かみ)の背後に無表情で立っていた。

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