日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

158 / 345
第四十九話『神日本磐余彥』 序

 日本国は東京の路上、防衛大臣兼国家公安委員長・(すめらぎ)(かな)()を乗せた自動車が首相官邸へと向かっていた。

 (こう)(こく)の夜空に映し出された映像は世界中へ同じように発信されており、日本国にも当然届いている。

 (すめらぎ)もまた(こう)(こく)で映像を受け取った者達と同様に、映像を(きっ)(かけ)として(こう)(こく)が侵攻に踏み切る可能性が高いと見ていた。

 

「先生、本当に(こう)(こく)は仕掛けてくるのでしょうか?」

 

 腕を組んだ指で小刻みに二の腕を(たた)いて(いら)()ちを表す(すめらぎ)に、相席する彼女の秘書・(ばん)(どう)(あけ)()が問い掛けた。

 日本国が戦争を仕掛けられるという予測に懐疑的なのは彼女だけでなく、国民の大半を占める見解だろう。

 しかし、(すめらぎ)を始めとする政府高官はそうではなかった。

 

「確かに、現代の国際社会に()いては戦争を仕掛けることそのものは国家による不法行(ため)とされているわ。だから大国が開戦する筋道は主に二つ。国連の安保理決議による勧告に基づいた介入という(てい)(さい)を取るか、それとも戦争ではなく特例の軍事作戦の名目を装うか」

「前者は米国が、後者は中露が使う手というイメージがありますね……」

「しかし、(こう)(こく)にはそういった常識が無い。(そもそ)も彼らは違う世界から渡ってきた特異な国家なのよ。従っておそらく、宣戦布告などという時代後れの通達も平然と行うでしょう。それが実際の武力行使とどちらが先になるか、という差はあるでしょうけれどね……」

 

 夜遅くにも(かか)わらず(すめらぎ)が首相官邸に向かうのは、事態がそれだけ風雲急を告げているということだ。

 その時、(すめらぎ)に一本の電話が入った。

 

「もしもし、()(しば)総理ですか? はい……そうですか……」

 

 首相からの電話を受けた(すめらぎ)の表情は次第に険しくなっていく。

 良からぬ(しら)せを受けたようだ。

 

「承知しました、引き続き官邸へ向かいます。今後のことは()(ちら)で。はい……失礼します……」

 

 電話を切った(すめらぎ)は大きく溜息を吐いた。

 

「先生、総理は何と?」

(こう)(こく)(のう)(じよう)()(づき)首相が亡くなったそうよ。そして後を引き継いだ新首相・()()()(ふみ)(あき)氏からたった今、両国の外交筋を通じて我が国の()(しな)首相に宣戦布告が届いた……」

「そんな……!」

 

 (ばん)(どう)(あお)()めた。

 自国が戦争に巻き込まれるという現実感の無い事態にどうすれば良いか分からないのだろう。

 

「準備を進めておいて良かったと、(ひと)()ずはそんなところかしら。焼け石に水かも知れないけれどね。それより気になるのは……」

「拉致被害者……」

「ええ。今日帰国の(はず)だけれど、間に合って頂戴よ……」

 

 その時、再び(すめらぎ)の電話が鳴った。

 発信者の名前を見た(すめらぎ)は息を()み、電話に出た。

 

「もしもし、()(こと)ちゃん? どうしたの? 日本と(こう)(こく)は今、本当に大変なことになっているの。拉致被害者はどうなった? 貴女(あなた)達、帰国出来るの?」

 

 娘・(うる)()()(こと)から掛かってきた電話に、(すめらぎ)はつい矢継ぎ早に(まく)()ててしまう。

 一応、戦争相手国に取り残された国民が一切帰国出来ない、とは言い切れない。

 第二次世界大戦中、米国に残された外交官や留学生が、交換船を使って第三国であるスイスを通して日本へ帰国したことがある。

 

『今し方、日本へ帰国する飛行機が飛び立ちました。三時間後には到着する予定なので、丁重に迎えてあげてください』

「そう、良かった……」

 

 一瞬、(すめらぎ)は胸を()()ろした。

 しかし、どうにも()(こと)の口振りには違和感がある。

 優秀な(すめらぎ)は、すぐに気が付いてしまった。

 

「待ちなさい、()(こと)ちゃん。貴女(あなた)は今どうしているの? 帰国の便には乗っているんでしょうね?」

 

 (しば)し、電話の向こうの()(こと)は黙った。

 その沈黙が既に答えだった。

 

()(こと)ちゃん!?」

()(かあ)(さま)、ごめんなさい。でも、お(わか)りかと思います』

貴女(あなた)まさか……! ちょっと、約束した筈でしょう! 貴女(あなた)も無事帰国すると!」

(さい)()まで()(まま)な娘でごめんなさい。立派に務めを果たしますので、後のことは頼みます。日本を(よろ)しくお願いします』

「駄目よ()(こと)ちゃん! 早まらないで! ちょっと、ねえ!!」

 

 電話は一方的に切られた。

 

()()は何をしている……! 何の為に同行させたと……!」

 

 (すめらぎ)は頭を抱えた。

 実のところ、()(こと)が帰国しない事態を考えないではなかった。

 それでも娘の(こう)(こく)入りを許したのは、許さずとも(こう)(こく)へ乗り込むと宣言されたことが理由だった。

 それならば、監視を付けて()(づな)を握った方が良いと考えたのだ。

 

 しかし、その(もく)()()は失敗してしまった。

 事態は急展開し、監視に着けた()()(きゆう)()()(こと)が動く前に意識を失ってしまったのだ。

 

(すめらぎ)先生……」

 

 (ばん)(どう)の心配を()()に、(すめらぎ)は急いで電話を掛ける。

 

「もしもし、()(しば)総理、度々すみません、(すめらぎ)です。会談の前に少しやらなければならないことが出来てしまいました。はい、()(たび)の事態に於ける対応の一環です。申し訳御座いませんが、少々遅れます。はい、このような時にすみません。では……」

 

 続けて、(すめらぎ)はすぐさま別の相手に電話を掛ける。

 

()()統合幕僚長、防衛大臣として要請します。大至急、手配してほしいものがあるのですが……」

 

 (すめらぎ)の行動は極めて迅速だった。

 これは時代の激動である。

 動乱の事態へと時は一秒たりとも待たず、破滅へ向けて針を急進させていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (こう)(こく)から日本へ帰国する飛行機の中、座席に(すわ)らされていた(あぶ)()()(しん)()(まゆ)(づき)()()()が意識を取り戻した。

 倒された()(もた)れに身体を預けていた二人の目に入ったのは()ず、知らない天井である。

 次に、既に目覚めていた()(ずみ)(ふた)()(びやく)(だん)(あげ)()、そしてもう一人、()く知る顔の女であった。

 

手前(テメエ)椿(つばき)!」

「どうして貴女(あなた)(わたし)達と同じ飛行機に!?」

 

 椿(つばき)(よう)()の存在に二人が驚いたのは当然だった。

 彼女は拉致被害者を装い、()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)と通じていた内通者だったのだ。

 つまるところ、敵である。

 第三皇女・(こま)()(かみ)(らん)()との戦いで(まん)(しん)(そう)()の二人が警戒するなと言う方が無理な話だ。

 

「待って、二人とも。これには事情があるの」

 

 二人を(なだ)めたのは(ふた)()だった。

 彼女は(こま)()(かみ)と交戦になる前に気絶させられたが、その分目を覚ますのも早かった。

 そして(ふた)()(よう)()は相部屋になったこと、それから()殿(でん)(ふし)()との戦いで共闘したこともあって、心を通じ合わせている。

 今回そのことが功を奏し、(よう)()の事情に理解を示すのも早かったのだ。

 

(よう)()さんの弟さんが殺された飛行士の代わりに飛行機の操縦を買って出てくれたの」

「あ? 何でまたそんなことを?」

(よう)()さんはね、(こう)(てん)(かん)を脱出する前に(わたし)と約束してくれてたんだよ。(わたし)達のことを必ず自由にするって」

 

 (ふた)()に擁護された(よう)()は、後ろめたさからか窓の外へと顔を背けた。

 

「確かに、(よう)()さんは(おおかみ)()(きば)の一員だった。けど、完全に(かな)って訳じゃないんだよ」

「そういえば、(とお)(どう)さんが言っていたわね。椿(つばき)さんが(おおかみ)()(きば)に協力する事情は酌量しても良いって……」

 

 (まゆ)(づき)(ふた)()の言葉を頭ごなしに否定しない。

 (しん)()は釈然としない様子だったが、反論する言葉も見付からないようで黙って再び寝そべった。

 

「ま、良いんじゃないですかー? 味方をしてくれるっていうんなら()(こと)()に甘えさせてもらえばー……」

 

 (びやく)(だん)はあっけらかんとしていた。

 彼女は(こま)()(かみ)から受けた攻撃がまだ大したものでは無かったので早くに目を覚ましたのだ。

 

 意識が戻っていないのは、ダメージが深刻な二人と、死んでしまった一人である。

 ()()(きゆう)()は腹部を貫かれている。

 

「ぐ、うぅぅ……!」

 

 その()()もまた目を覚ました。

 彼は周囲を見渡すと、大方の事情は察した様だ。

 

()()は帰国便の中か。(こま)()(かみ)(らん)()の襲撃を(しの)ぎ切ってくれたんだな……。そして……」

 

 ()()は思い詰めた様に顔を伏せた。

 飛行機に乗り込んだ面子が、彼の託された仕事の失敗を物語っている。

 

「そうか……そうなってしまったのか……」

 

 一人離れた場所に寝かされているのは、顔にタオルを掛けられた(さき)(もり)(わたる)である。

 死亡した()()(けん)(しん)を除けば、最も甚大なダメージを負ったのが彼だ。

 それは他の者達とは比べものにならない。

 

「大丈夫なのか、(さき)(もり)君は? 随分と(ひど)い目に遭わされた様だが……」

「言っておくけどね、やったのは第三皇女じゃないよ。貴方(アンタ)達を迎えに来た、(むな)(くそ)の悪い()(ちく)(くそ)(おんな)さ」

 

 (よう)()は声に不快感を(にじ)ませていた。

 

「あの女、頭おかしいんじゃないのか? (さき)(もり)を散々(いた)()って(たの)しんでやがった。常軌を逸した暴力だったよ」

「つまり、(うる)()君は(さき)(もり)君との決別を選んだんだな……」

 

 その時、(わたる)の身体が震えた。

 ()(こと)の話が出て、心を揺さぶられた様だった。

 

「うあ……あ……! やめ……ろ……! やめてくれ……!」

 

 他の者と違い、(わたる)の傷は(しん)()(もつ)てしても(ほとん)ど癒えていない。

 身体の傷よりも(むし)ろ、精神が負ったダメージの方が(はる)かに甚大なのだ。

 

「行かないで……! ()(こと)、行かないでくれ……!」

 

 (うわ)(ごと)で懇願する(わたる)(ほお)に涙が伝う。

 (なお)()(こと)への未練を()て切れない(わたる)の様子に、(よう)()(あき)れた様に溜息を吐いた。

 

「もう忘れなよ、(さき)(もり)。あの女はね、貴方(アンタ)の心を徹底的に()(にじ)る様な最悪の嗜虐嗜好女(サディスティン)なんだよ。()(れい)さっぱり忘れて、他の幸せを探した方が良い。貴方(アンタ)なら良い相手はいくらでも居るよ」

「嫌だ……! ()(こと)は……そんなんじゃない……! 何かの間違いだ……!」

「違わないよ……」

 

 (よう)()は吐き捨てる様に(つぶや)いた。

 ()(こと)を諦め切れない(わたる)の方にも苛立っているのかも知れない。

 唯一、凄惨な暴行の現場を目撃したのが(よう)()である。

 この反応は当然だろう。

 

 一方、()()(きし)む身体に(むち)()って席を立った。

 まだ傷は回復し切っていない様で、貫かれた腹を押さえて青い顔を(しか)めている。

 しかしどうやら、そんな無理をしてでも彼は(わたる)の側へ行きたかったらしい。

 ()()(わたる)の隣に傷を庇いながらゆっくりと腰掛けた。

 

(うる)()君は(きみ)と、何が何でもこれっきりにしたかったんだな。助けるに助けられないようにしたかった。あくまで自分一人で事を()したかった。これ以上(きみ)のことを巻き込みたくなかったんだ」

「随分と都合の良い解釈だね……」

 

 (よう)()は尚も悪態を吐く。

 余程()(こと)ことが腹に据えかねているのだろう。

 しかし、()()の考えは変わらない。

 

(おれ)(うる)()君のことを能く知っている。(うる)()家のこと、と言った方が良いかも知れんな。何せ(おれ)は、彼女の従兄(いとこ)だからな……」

「え?」

 

 (びやく)(だん)が声を上げた。

 

()()さん、それは(わたし)も初耳ですよ?」

「言ってなかったからな。(すめらぎ)先生にも口止めしていた。()(つる)さんの葬式にも、丁度厄介ごとに巻き込まれていて出られなかった。(うる)()君自身も知らなかっただろう。あの日初めて会ったであろう伯母・()()()(ゆみ)(おれ)の母だとはな……」

 

 ()()の告白の横では、(わたる)が震える手を挙げている。

 ぎこちない手付きで、彼は自身の顔を覆っているタオルを(つか)んだ。

 傷だらけの顔が(さら)されたが、腫れた目は()()に視線を向けている。

 彼なりに、何かと向き合おうとしている様だった。

 

(さき)(もり)君……」

 

 ()()もまた、そんな(わたる)と向き合った。

 

「日本に着くまでの間、(うる)()家のことを話そう。(きみ)には知る権利がある、知っておくべきだ、彼女の為にも……」

 

 今()()の口から、(うる)()()(こと)の背景と真実が語られようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。