日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第四十九話『神日本磐余彥』 急

 日本国、東京拘置所。

 独房に収監された一人の男の前に、突如として黒い(もや)が生じた。

 

「これは……!」

 

 男はこの現象に覚えがある。

 彼の()く知る男がこの様な能力を使っているところを見たことがあった。

 その予想通り、男の前に軍服に猫面を被った一人の老翁が靄の中から姿を(あらわ)した。

 

「貴様は……!」

「久し振りじゃ(のう)西院(さい)

 

 紹介が遅れたがこの男、()(じん)(かい)(かい)(てん)()(しゆ)(かい)西院(さい)(じゆん)という者である。

 (かい)(てん)()創設メンバーの一人だが、()()(きゆう)()によって倒され殺人などの罪で死刑判決を受け、刑の執行を待っている。

 (かい)(てん)()は五年前に壊滅し全員が逮捕起訴されている。

 その中でも彼は(いち)(はや)く刑が確定していた。

 

「裏切り者が……! 今更何の用だ!」

 

 西院(さい)は老翁に激しい憤りを見せた。

 それもその(はず)、彼は(かい)(てん)()による高校襲撃テロの失敗を中心メンバーの一人が裏切ったせいだと考えていた。

 裏切りによって殺されたリーダー格の男・(からす)()(とし)(ひこ)は彼の盟友だった。

 そんな西院(さい)を、老翁は猫面の下から嘲笑する。

 

「今更になって済まん(のう)。今まで何かと忙しくてな、(ようや)く一段落付いて、貴様に構ってやる時間が出来たのじゃ」

「一段落、だと?」

「間も無く、(こう)(こく)が日本国に武力行使する。その()(ぜん)()てが済んだということじゃ」

「何?」

 

 西院(さい)は目を(すが)めた。

 彼にとってそれは信じ(がた)い事態だった。

 

「くっくっく、何をそんなに驚く? 貴様、何の(ため)(かい)(てん)()として()(じん)(かい)の本流とは別路線を取ったのじゃ? あくまで既存の政府と協力(たい)制を築き、(こう)(こく)を迎え撃とうとした()(じん)(かい)(そう)(すい)。そのやり方では(ぬる)いと考え、国家転覆によって強権的な軍事独裁国家を作ろうとしたのが(かい)(てん)()ではないか。それが実現しなかった以上、日本が(こう)(こく)()(すべ)無く(ほろ)ぼされるのは(いず)れ避けられぬ運命じゃろう」

 

 西院(さい)は老翁に言い返さず、ただ(にら)()けるばかりだった。

 今の彼は負け犬であり、何を言っても(とお)()えにしかならないだろう。

 そんな西院(さい)を足蹴にするように、猫面の老翁は更に嘲笑を続ける。

 

(もつと)も、貴様らは()く踊ってくれた。貴様らの()(かげ)()(じん)(かい)は日本政府と大っぴらには関われんかった」

「どういうことだ?」

「なに、簡単なことじゃ。()(じん)(かい)の総帥は時折自分の能力で日本と(こう)(こく)を行き来しておったようじゃが、逆に(こう)(こく)の側にも同じことをしておった者が居たとしたらどうじゃ? 何の目的でその様な()()をすると思う? 日本国側に、(こう)(こく)にとって脅威になり得る存在など(ほとん)ど無いというのに。もしその様なことをする目的があるとすれば、その者は(わず)かな可能性をも徹底的に(つぶ)そうとする、神経質な完璧主義者だとは思わんか?」

「……成程な」

 

 老翁の言葉に、西院(さい)は脱力して壁へ(もた)()かった。

 ここまで言われれば否が応にも全て悟ってしまう。

 つまり(かい)(てん)()とは、最初からこの老翁が何らかの、(こう)(こく)を利する(たくら)みを持って()(じん)(かい)を分断した工作の産物だったのだ。

 要するに、西院(さい)(たち)はまんまと乗せられたということになる。

 

()()な貴様も気付いたようじゃ(のう)

「ああ、貴様の要件も察したぞ」

「うむ、そういうことじゃ」

 

 老翁の右手が小さな黒い靄に覆われた。

 靄が晴れると、彼は大型の拳銃を握っていた。

 

「テロ組織の首魁として、情報を得る為に国は貴様の刑執行を先延ばしにするじゃろう。それは何かと(わし)にとって不都合じゃ」

「だろうな」

「今の貴様は普通の人間と変わらぬ。どうすることもできんじゃろう」

「確かにな。尤も、今更どうしようとも思わん。元々刑の執行を待つ身だからな」

 

 老翁は皮肉に笑い、引き金に指を掛けた。

 

(いさぎよ)いことじゃ。まさに武士(もののふ)の心意気じゃ(のう)。では、さらばじゃ」

 

 拘置所に耳を(つんざ)くような銃声が響き渡った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 横田飛行場の滑走路に(わたる)達を乗せた飛行機が到着した。

 一人、また一人とタラップを降りていくが、その中で(わたる)だけは足取りが重かった。

 まだ未練を()て切れず、答えを見付けられず、迷っていたのだ。

 タラップ上、最後に残された(わたる)は一人夜空を見上げる。

 

「……ん?」

 

 その時、(わたる)は空の彼方(かなた)から近付いてくる()(しよう)体を目撃した。

 (らい)()を背負った、金色の人の様な姿――そのロボットの威容に(わたる)は覚えがあった。

 

「まさか……!」

 

 全高二十八メートルに及ぶ(こん)(じき)の、巨大な人型のロボットが滑走路に足を着けた。

 そう、それはまさしく(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)だった。

 (わたる)は思わずタラップを駆け下り、仲間達を()()けて先頭へと躍り出た。

 

 停止した機体は片膝を突き、首元を観音開きにして内部を(わたる)達に(さら)した。

 中から二人の人間――パイロットスーツを着た屈強な男と、彼に抱えられたフォーマルスーツ姿の女が滑走路へと飛び降りてきた。

 

「大臣、御怪我はありませんか?」

「やれやれ、高所から飛び降りるとは……。(しん)()を備えた貴方(あなた)に身を任せれば大丈夫だと(わか)っていても肝が冷えますね、(とよ)(なか)一尉」

「き、恐縮です、大臣」

「あ、貴女(あなた)は……!」

 

 (わたる)はこの女を知っている。

 というより、彼女は有名人なのでこの場の全員が顔を知っているが、(わたる)は直接会ったことがある。

 六歳で()(こと)に殴られて入院した時に一度、その()(こと)の父・()(つる)の葬式で一度、彼女を直接見ていた。

 男から丁重に降ろされた女は(わたる)達の方へと歩み出て、一礼する。

 

「お疲れ様でした、拉致被害者の皆様。()ずは皆様の帰国をお慶び申し上げます。全員(そろ)って、とならなかったのは痛恨の極みですが……。申し遅れました。(わたくし)()(しば)内閣にて防衛大臣と国家公安委員長を拝命いたしました、(すめらぎ)奏手と申します」

 

 今回、(わたる)達の救出に尽力した大物政治家にして、(うる)()()(こと)の母・(すめらぎ)(かな)()である。

 彼女の後では先程の屈強な男が姿勢を正して敬礼していた。

 (とよ)(なか)と呼ばれたその男はどうやら自衛官らしい。

 

(すめらぎ)先生、まさか貴女(あなた)が自らお出迎えとは……」

 

 ()()は一際驚いた様子で歩み出た。

 

「国民の一大事です、当然のことでしょう」

「それは解ります、しかし今は……」

「時間が無いからこそ、ですよ」

 

 (すめらぎ)()()と擦れ違う。

 

「先生、言付けを果たせず言葉も御座いません……」

()()貴方(あなた)のことは(ひと)()ず後です」

「はい……」

 

 ()()は恐縮した様子で一歩脇へと退いた。

 (すめらぎ)(わたる)(たい)()する。

 

「あ、すみませんこんな格好で……」

 

 (わたる)は今、上半身裸で残った衣服もボロボロの状態だ。

 とても政府高官の前に出る格好ではない。

 とはいえある程度傷が癒え、(まと)()に顔が判別出来るだけマシか。

 

(さき)(もり)(わたる)さんですね。直接お話しするのは十五年ぶりでしょうか。あれ以来、家の莫迦娘が大変お世話になったと聞いております。この場を借りて感謝とお()びを申し上げます」

「は、はぁ……」

 

 ()(こと)に殴られて入院した(わたる)(もと)へ、彼女を連れて謝罪に来たのがこの母・(すめらぎ)奏手だった。

 あの時も今回も、(すめらぎ)と会うときは等しく()(こと)に散々殴られた後だ。

 

「この度は政府が()()()()いばかりにご迷惑をお掛けしました」

「いいえ、とんでもない。帰国にご尽力いただき、ただ感謝しています」

「その傷、あの娘ですか? 申し訳御座いません、何とお詫びすれば良いか……」

「いいえ、(ぼく)の方こそ彼女を引き留められなかった……」

 

 (わたる)は悔しさを絞り出すように答えた。

 ()(こと)(すめらぎ)(かな)()のことを母親として快く思っていなかったことは能く知っている。

 しかし今は、そんな母親に対して非難の言葉など出る筈も無かった。

 

 だが互いの謝罪はそこそこに、(すめらぎ)()に鋭い光が宿った。

 彼女はただ拉致被害者に謝罪する為に忙しい中横田飛行場へやって来た訳ではない。

 (わざ)(わざ)(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)らしきものに乗ってきたことからも、それは明らかだ。

 

(さき)(もり)さん、折り入って話があります。どうか恥を忍んで、()(れい)()(しつけ)を承知の上で、げに厚かましき、防衛大臣にあるまじきお願いをさせてください」

 

 (わたる)は驚きを隠せず目を(みは)った。

 

「お願い?」

「はい。(さき)(もり)さんにはすぐ、あれに搭乗して(こう)(こく)へと飛んでいただきたい。そしてこの有事へ向けた事態の中で敵国になるであろう地に取り残された邦人を輸送してきていただきたいのです」

 

 (すめらぎ)は自身が乗ってきた(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)――(こん)(じき)の機体の方を向いた。

 

「あれは……(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)ですか?」

「はい、国産試作機です。輸送の速度と、(こう)(こく)による攻撃から身を守る為の必要最低限の装備として、合理的に判断して用意いたしました」

 

 驚いたのは(わたる)ばかりではない。

 脇からも()()が感嘆の声を上げていた。

 

「本当に完成していたのですね……」

「今、全速力で量産体制を構築しています。数日後には何機か追加出来るでしょう。しかし、それでも(こう)(こく)を相手にするにはあまりに(こころ)(もと)ない。つい先程、(こう)(こく)から宣戦布告がありましたが、我が国にとってまさに悪夢ですね……」

 

 (すめらぎ)は遠い目をしていた。

 おそらく、負ければ閣僚たる彼女はただでは済むまい。

 

「金ピカじゃねえか。豪華だなオイ」

「随分お金が掛かっていそうねえ」

「目が(くら)みそう……」

 

 (しん)()(まゆ)(づき)(ふた)()もそれぞれの感想を漏らした。

 しかし、そんな三人の言葉に(すめらぎ)は深く溜息を吐く。

 

「とんでもない。(こん)(じき)に光っているのは(むし)ろ充分な予算を掛けられなかったからです。波動(そう)(さい)機構が不完全で、動かす時に(しん)()が光るのを抑えられず、停止後も(しばら)く輝きが残ってしまうんです。どうやらこの国には、滅亡後の国家財政が気になって仕方が無い役人が随分多いようでしてね……」

 

 (すめらぎ)はこう言っているが、(わたる)は寧ろその(こう)(ごう)しさに眼を奪われていた。

 そんな中、()()(すめらぎ)()(ただ)す。

 

「それより、(さき)(もり)君を乗せて(こう)(こく)へ乗り込ませるとは、正気ですか? 彼は民間人なのですよ? 何故(なぜ)自衛官では駄目なのですか」

「答えは簡単です。(さき)(もり)さんにしか出来ないからですよ。大変厳しい言い方になりますが、現状で(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)を実戦起動出来る自衛官は殆ど居ません。パイロットとして最も優秀なのは()()(とよ)(なか)一尉ですが、彼でも機体性能を半分も引き出せない」

 

 (すめらぎ)の背後では自衛官が顔を(しか)めた。

 彼もまた()()と同じく(すめらぎ)の判断を承服しかねるが、同時に彼女の評価が正しく(じく)()たる思いでいるのだろう。

 

「ですから、(さき)(もり)さんに行ってもらわねばならないのです。(こう)(こく)以外で唯一、(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)による実戦経験を生き延びた彼に。(もち)(ろん)(わたくし)も道理に(もと)る判断だとは解っています。しかし、今我が国は有事です。多少を超えて多大な無理を通さなければ、国そのものが生き残れない。だから、政府閣僚としてあり得ないお願いをさせていただく他無いのです」

 

 (わたる)は目蓋を閉じた。

 様々な思いを、記憶を巡らせる。

 

「誰か、(わか)ったら教えてください。()(こと)(じん)(のう)に勝てるんですか? 勝って生き残り、また日本へ戻ってこられる可能性はどれ程なんですか?」

「それは解らん……」

 

 答えたのは()()だった。

 

「彼女が我々よりも(はる)か上のステージにいることは事実。しかし、(じん)(のう)は皇族の中でも別格の力を持ってことを考えると、結果は計り知れない。それに、彼女が決死の覚悟で臨むつもりだということは、そういうことなのだろう」

「そう……ですよね」

 

 (わたる)は今、粉々に砕かれたパズルのピースが再び組み上がっていくような思いだった。

 彼の中で今、再び()(こと)を助けられる可能性が再構築されている。

 同時に、(わたる)は心の底から理解した。

 ()(こと)が恐れたのは、(わたる)のこの感覚なのだ。

 

()(こと)は……(ぼく)に自分を助けるに値しない邪悪な女だと思わせたかった。助けたいと思われず、助ける希望を(みい)()す必要すら無いと思われたかった。諦めてただ守られることに負い目すら残したくなかった。だからあんな態度で、自らを孤立無援に追い込んで……)

 

 (わたる)は目を開き、拳を握り締めた。

 胸の中で、再び何かが(くすぶ)り、火が()く刻を待っている。

 そしてそんな彼の前で、(すめらぎ)が地面に膝を突き両手を前に添えた。

 

(さき)(もり)(わたる)さん、こんなことを頼めた義理ではないと解っています。しかし、今の(わたくし)にはただこうする他無い」

「せ、先生!」

「まさか先生がそんなことを……!」

 

 額を地に着け伏して頼む(すめらぎ)の姿に、()()(びやく)(だん)は大いに驚いていた。

 おそらく、初めて見る姿なのだろう。

 

「どうか(わたくし)のたった一人の娘をお助けください。貴方(あなた)にしか頼めないのです」

 

 心が一気に燃え上がった。

 (わたる)の眼に決意の光が宿る、闘志の熱が(たぎ)る。

 青く色を変えた(ほのお)は、()(はや)冷めはしないだろう。

 (わたる)は地に伏す(すめらぎ)に尋ねる。

 

(すめらぎ)大臣、あの機体の名前を教えてください」

「はい……」

 

 (すめらぎ)は顔を上げて立ち上がると、腕を(ひろ)げて(こん)(じき)の機体を指し示す。

 

()(どう)()(しん)(たい)はその()()()()(さわ)しき名を付けることによって(しん)()を高め、性能を上げる。操縦者はその名を知り、心に刻むことで一体感を増し、性能を十二分に発揮する。故に、必要なのは大仰な神の名前。(わたくし)は日本国の守護神となるこの様に名付けました!」

 

 (すめらぎ)は高らかにその名を(うた)い上げる。

 

「『日本国産(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・カムヤマトイワレヒコ』!!」

 

 日本国初代天皇・(じん)()(てん)(のう)こと(かむ)(やま)()(いわ)()(ひこ)(すめら)(みこと)――思い切った名前を付けられた機体だが、その姿はまさに威風堂々としており、名に恥じぬ迫力を確かに備えていた。

 航はこれから、この(まばゆ)(こん)(じき)の機体に我が身を預け、一体となって操るのだ。

 しかしそこに、不思議と気後れは無かった。

 まるで機体が自分を呼んでいるような気さえした。

 

(さき)(もり)さん、この機体を託されていただけますか?」

 

 (わたる)は一歩前へ踏み出した。

 再生への、再起への大いなる第一歩である。

 

「勿論ですよ、お母さん! ()(こと)に思い知らせに行きます! このまま終わる(ぼく)じゃない、(きみ)を助けることを絶対に諦めないとね!!」

 

 今度は(わたる)(こう)(こく)へ乗り込む。

 今度は彼の方が、大切な幼馴染である()(こと)を奪い返しに行くのだ。

 (こう)(こく)までは約五千(キロ)強、(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)では約一時間である。

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