日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十一話『神皇』 急

 日本国東京都は横田飛行場、岬(さき)守(もり)航(わたる)が超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコで皇(こう)國(こく)へと飛び立っていった。

 その飛行速度は極超音速であるが、往復して戻って来るには二時間以上掛かるだろう。

 そこで、残った者達は自動車で別の待機場所へと移動する手(て)筈(はず)となっていた。

 

「根(ね)尾(お)、彼らをホテルに案内しなさい」

 

 拉致被害者の帰国と超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を手配した防衛大臣兼国家公安委員長・皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)は秘書・根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)に指示を出した。

 

「やはり、すぐに帰宅させる訳には参りませんか……」

「彼らは東(とう)瀛(えい)丸(がん)を飲んでいます。それに対して適切な処置が行われるまでは、国の管理下に置かざるを得ません」

 

 どうやら、航(わたる)を含む拉致被害者達は暫(しばら)く政府が用意したホテルで生活することになるらしい。

 だがその時、拉致被害者の一人・繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)が何やら騒ぎ出した。

 

「待って! 居ないわ!」

「何!?」

 

 彼女の声で、帰国した者達は皆一様にはっとした。

 どうして今の今まで気が付かなかったのだろう。

 まるで存在そのものを誰もが忘れていたような、それ程までに自然と姿を消していた。

 

「雲(くも)野(の)兄妹は何処(どこ)だ!」

 

 根(ね)尾(お)は思い出した。

 雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)・雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)の兄妹のうち、飛行機に乗っていたのは妹の兎(と)黄(よ)泉(み)だけだった。

 その兎(と)黄(よ)泉(み)も、今は姿を眩(くら)ましている。

 どういう訳か、その事実を今まで誰一人として気にも留めていなかったのだ。

 

「なんだ、この狐(きつね)につままれた様な感覚は……」

「根(ね)尾(お)、いつだったか貴方(あなた)のお祖(じ)父(い)さんが言っていたことがあるわ。大いなる神(しん)為(い)は時として大いなる運命力として作用すると。例えば、山奥で死んだ遺体が大した捜索も要せず見付かった、とか……」

「折(おり)野(の)菱(りょう)の遺体の話ですか……」

「貴方(あなた)達の話通り、例の双子がその巨大な神(しん)為(い)の持ち主だとしたら、何らかの運命が作用しているのかも知れない、ということよ」

 

 尚(なお)、実は椿(つばき)陽(よう)子(こ)と道(どう)成(じょう)寺(じ)陰(かげ)斗(と)もいつの間にか消えているが今はそのようなことを気に留めている余裕など誰にも無かった。

 そんな話をしていると、今度は白(びゃく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)の携帯電話が鳴った。

 

「おや、誰でしょうか? 非通知ですね……」

 

 白(びやく)檀(だん)は電話に出た。

 

「もしもし?」

『あ、白(びやく)檀(だん)さん。僕(ぼく)です、岬(さき)守(もり)航(わたる)です』

 

 電話口から航(わたる)の声が聞こえてきた。

 白(びやく)檀(だん)はスピーカーモードに切り替え、その場の全員に話を聞かせる。

 

「岬(さき)守(もり)さん、どうやって電話してきたんですか?」

『超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の通信機能です。一つ、皆さんに急ぎで伝えた方が良い事がありまして』

「えっと、手段もそうなんですけど、どうして私(わたし)の電話番号を知っているんですか?」

『鷹(たか)番(つがい)に襲われて魅(み)琴(こと)と一緒に取り残された時、あいつが皇(こう)國(こく)で使っていたスマホを見たんです』

「……それって無断で?」

『それでですね……』

「何か質問を無視して勝手に話を進めていますが、プライバシーの侵害ですよ。パスコードを勝手に入力したのなら犯罪ですからね?」

 

 珍しく白(びやく)檀(だん)が真(まと)面(も)だった。

 

『実はお預かりしたカムヤマトイワレヒコに兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんが乗っていたんです』

「なんと!」

 

 航(わたる)の言葉に、白(びやく)檀(だん)だけでなく全員が響(どよ)めいた。

 特に食い付いたのは最初に騒ぎ出した繭(まゆ)月(づき)である。

 

「待って、岬(さき)守(もり)君! 兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんだけ? 幽(ゆ)鷹(たか)君は?」

『兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん曰(いわ)く、皇(こう)國(こく)に残っているそうです。ですから彼のことも皇(すめらぎ)大臣から輸送を依頼された在留邦人として回収します』

「それは有難いが、肝心の幽(ゆ)鷹(たか)君が何処に居るか判(わか)らんのだぞ?」

 

 根(ね)尾(お)の危惧は当然だが、厳密に言うとそれは魅(み)琴(こと)についても同じである。

 しかし、実はそこに今回兎(と)黄(よ)泉(み)がこっそり同乗した理由があった。

 

『兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんには幽(ゆ)鷹(たか)君の大まかな位置が判るそうです。そして彼は、おそらく魅(み)琴(こと)を心配して後を尾(つ)けたのだろうと言っています』

「岬(さき)守(もり)さん」

 

 今度は皇(すめらぎ)が発言した。

 

「つまり貴方(あなた)が言いたいことは、同乗した雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)が雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)や魅(み)琴(こと)の居場所まで誘導してくれると、そういうことですか?」

『仰(おつしや)るとおりです、大臣』

 

 航(わたる)の言葉で、彼らの間に安(あん)堵(ど)の空気が拡(ひろ)がった。

 後はどうにか航(わたる)が二人を連れ帰って来てくれれば良い。

 

「では岬(さき)守(もり)さん、お願い出来ますか?」

『はい大臣、お任せください』

「それと、例の件ですが……」

 

 話題を変えようとする皇(すめらぎ)の横顔を、唯一の部外者である自衛官・豊(とよ)中(なか)大(たい)洋(よう)一尉が険しい目が捉えていた。

 まるで彼女の話そうとしていることに何か思う処がある様だ。

 

『出発前にお伝えいただいたことですか?』

「はい。この様な無理難題を聞いていただき、感謝と痛惜と慚(ざん)愧(き)に言葉も御座いません。貴方(あなた)には本当に、大変な苦労を掛けてしまいますね……」

『いいえ、覚悟しています。魅(み)琴(こと)が選んだ様に、僕(ぼく)も自分で選んだ道ですから……』

「そう仰っていただけると救われます」

 

 実は皇(すめらぎ)は航(わたる)に、国(こく)産(さん)超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコを託す際に一つの懸念点を伝えていた。

 それは一般論として到底受(う)け容(い)れられない内容であったが、航(わたる)は全てを承知の上でこの役割を引き受けたのだ。

 

『では皆さん、必ず一人も欠けずに帰ってきます』

「宜(よろ)しくお願いします」

 

 通話を終了し、白(びやく)檀(だん)が電話を仕(し)舞(ま)う。

 

「取(と)り敢(あ)えず、帰ってきたらスマホを盗み見た件を麗(うる)真(ま)さんに伝えておきましょうかー」

 

 案外、航(わたる)は帰国後も魅(み)琴(こと)から酷(ひど)い制裁を受けるかも知れない。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 美しい流線を描く肢体の美女と、摩(ま)訶(か)不(ふ)思(し)議(ぎ)な貫(かん)禄(ろく)を備えた少年の様な小男が屋上庭園で対(たい)峙(じ)している。

 

 月明かりの下、腰を落として構えを取る麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)へと風が吹付けていた。

 紫紺のホルターネックレオタードの下では、瑞(みず)々(みず)しい艶(えん)体(たい)が絶大なる暴力を振るわんと、解放の刻を待っている。

 生乾きの長い黒髪が風に舞い、最後の晴れ舞台に立つ彼女の姿を引き立てていた。

 

「稀(まれ)に見る闘気、申し分の無い闘志だ……」

 

 相対する神(じん)皇(のう)は棒立ちのまま、泰然自若として佇(たたず)んでいる。

 唯その双(そう)眸(ぼう)は鋭い光を帯びており、既に目の前の魅(み)琴(こと)を命の遣(や)り取(と)りの相手と見(み)做(な)している。

 桜色の髪と純白の衣装が風に揺れ、小柄な姿が周囲へ滲(にじ)み出(だ)す様に光を帯びている。

 

「いざ……!」

 

 ここから先は超常の戦い。

 間違い無く日本国最強の戦力が、神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)の国家的支柱たる現(あら)人(ひと)神(がみ)に戦いを挑もうとしていた。

 風が凪(な)いだ。

 今、戦いの火蓋が切られる。

 

「参るッ!」

 

 先に動いたのは魅(み)琴(こと)だった。

 圧倒的速度の踏み込みから、破壊力の権(ごん)化(げ)たる全身全霊の拳が繰り出される。

 持てる全ての膂(りよ)力(りよく)と技術力、そして神(しん)為(い)を込めた必殺の一撃が神(じん)皇(のう)の顔面に炸(さく)裂(れつ)した。

 

「……っ!!」

 

 神(じん)皇(のう)は微動だにせず、顔色すら変えていない。

 魅(み)琴(こと)は僅(わず)かに目を眇(すが)めたが、織り込み済みとばかりにすぐさま次の攻撃へと移行する。

 

 勢い良く腰を捻(ひね)り、魅(み)琴(こと)は回し蹴りを繰り出した。

 脚の力は腕の四倍から六倍である。

 先程の初撃と威力は比較にならないだろう。

 現に、神(じん)皇(のう)の蟀谷(こめかみ)へと撃ち込まれたその衝撃は空間そのものへと伝(でん)播(ぱ)し、周囲の空気を震え上がらせて芙(ふ)蓉(よう)の木を悉(ことごと)く薙(なぎ)倒(たお)してしまった。

 

 しかし、神(じん)皇(のう)はまるで堪えていない。

 何事もなかった様に無表情のままでその場に突っ立っていた。

 

 魅(み)琴(こと)は再び地に足を着けると、今度は二発の拳と一発の前蹴りを連続で繰り出した。

 しかし三発の攻撃が炸裂しても尚、結果は何も変わらなかった。

 

 当然、魅(み)琴(こと)の一撃一撃は破壊力に満ちている。

 唯でさえ超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を素手で解体する膂力に神(しん)為(い)まで重ねているのだ。

 並大抵の相手では一撃を受けただけでも一(ひと)溜(た)まりも無く、それどころか周囲の都市そのものが吹き飛ばんばかりの迫力がある。

 ただ、一国の支える神(じん)皇(のう)の神(しん)為(い)はそれに一切揺るがぬ程の耐久力を齎(もたら)している――それだけのことだ。

 

 その神(じん)皇(のう)は、宛(さなが)ら仏像の様に掌(てのひら)を胸の高さへと上げた。

 魅(み)琴(こと)は神(じん)皇(のう)の放つ存在感が急激に膨張する危機感を覚えた。

 

 次の瞬間、魅(み)琴(こと)の身体は凄(すさ)まじい突風の様な、惑星を圧縮した巨大な質量の塊の様な神(しん)為(い)をぶつけられ、瞬間移動の如き速度で弾(はじ)き飛(と)ばされた。

 庭園に入ってきた帝(てい)嘗(じょう)本社の壁に大きな窪(くぼ)みを作り、魅(み)琴(こと)の体は手(て)酷(ひど)く打ち付けられていた。

 

「ぐっ……!」

「四(よ)方(も)やこの程度で朕(ちん)の命に届くとは思うまいな」

 

 遠く直立する神(じん)皇(のう)は起き上がろうとする魅(み)琴(こと)に冷たく言い放った。

 

「今のが爾(なんじ)の全力ならば、朕(ちん)には埃(ほこり)一つ被(こうむ)らせること叶(かな)わぬ」

 

 逆に埃に塗れて立ち上がった魅(み)琴(こと)は、落ち着き払った様子で身体を払っては改めて神(じん)皇(のう)を見据えて構えた。

 

「そうでしょうね。この程度の実力差は覚悟の上、想定内。ここまではほんの小手調べ。この先は術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)を使わせてもらう……!」

 

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)もまた、このまま終わるつもりは無かった。

 戦いは始まったばかりである。

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