日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十二話『散華』 破

 (こう)(こく)皇宮内、巨大企業「(てい)(じよう)」本社ビル中腹の屋上庭園で勃発した頂上決戦は、早くも()(こと)に絶望的な現実を思い知らせていた。

 圧倒的な暴力を(たの)みにしてきた彼女にとって、無防備な(じん)(のう)に直撃した(こん)(しん)の拳が、蹴りが、一切のダメージを与えず(じん)(のう)を微動だにさせることすら出来なかったことは初めての体験だった。

 

 しかし、(あらかじ)(じん)(のう)の強大な力を祖父から聞かされていた()(こと)にとって、それは想定の範囲内だった。

 父の死によって挫折を経験した彼女は、劣勢の、弱者の挑戦・抵抗という立場の戦いを既に()()れている。

 (りん)とした構え、立ち姿、視線は(なお)も揺るぎ無い。

 

(さっきまでの攻防ではっきりと(わか)った。単純な力のぶつけ合いでは到底勝てない。()(ちら)の攻撃が多少なり効いてくれれば楽だったけれど、やはり現実は甘くない……)

 

 ()(こと)(じん)(のう)に打ち込んだ拳と蹴りは合計五発、それらの感触は鉄壁に泥球をぶつけるような試みだった。

 到底破壊には至るべくもない。

 逆に、(じん)(のう)から受けたたった一発の反撃、破壊エネルギーとしての(しん)()の解放は、()(こと)に死を予感させた。

 見た目とは逆に、両者の力量差は大人と子供を通り越して恐竜と(あり)、月と(すつぽん)である。

 

 (わたし)は死ぬ――泥だらけの()(こと)はそれでも構えている。

 力量差は想定内――つまり、一矢報いる当てはまだある。

 

 ()(こと)は今初めて、生まれて初めて自らの(じゆつ)(しき)(しん)()――特殊な術理に己が命運を託す。

 人生の終わり、その集大成にと練り上げてきた能力が、今その封印を解かれる。

 

 対する(じん)(のう)()(こと)の様子から何かを察した様だが、顔色一つ変えない。

 

「手を隠し持っておるようだな。だが、(しん)()を極めし皇族は己に掛けられし異能の制約――()(かせ)(あし)(かせ)を難なく引き千切り、敵の(まと)いし異能の(こう)(かい)――(ぬけ)(みち)(かくれ)(みの)を事も無く看破する。()してや(ちん)(こう)(こく)()ける全ての(しん)()の真祖。稚拙な術理で己の絶対なる勝利、敵の絶対なる敗北を作り上げようなどという浅はかな考えは赤子の手を(ひね)るより()(やす)()()せてくれようぞ」

 

 (じん)(のう)の小さな体が山よりも大きく見える。

 ()(こと)は生前の祖父から一つの恐ろしい仮説を聞かされていた。

 

 (こう)(こく)の社会構造の根幹を成す「(しん)()」という概念は、あまりにも血統に対して有利に働く構造をしている。

 そして(じん)(のう)(しん)()は、(こう)(こく)全土に影響を及ぼしている。

 祖父・(うる)()()(いる)が推察するに、(こう)(こく)に於ける(しん)()という概念自体が(じん)(のう)によって操作され、都合良く再構築されたものではないか。

 ならば、通常の枠組みどおりの(しん)()(じん)(のう)(たお)すことは到底不可能ではないか。

 

 (じん)(のう)は間違い無く巨星、不世出の傑物。

 しかしそれは()(こと)もまた同じである。

 ()(こと)もまた(じん)(のう)が構築した枠組みを逸脱すべく、この日この時の(ため)の能力を自らの意志で構築した。

 

 (しん)()の第三段階「(じゆつ)(しき)(しん)()」、その更なる(しん)(えん)へ。

 己が内なる神性を()るだけでなく、更なる理解を深め、思い通りに構築する。

 それは(さなが)ら、世界の支配を脱し己の在り方を己で定めるということ。

 ()わば、(じん)(のう)の支配からの自由。

 

「全て承知の上ですよ、陛下。では御覧頂きましょう。貴方(あなた)様を殺す為の、(わたし)(わたし)()る日本国の為の(じゆつ)(しき)(しん)()を!」

 

 大気が震える。

 ()(こと)の放つ威圧感が地球そのものを(おの)()かせるかのようだ。

 そんな中でも、(じん)(のう)は相変わらず泰然、超然として(たたず)んでいる。

 

 ()(こと)は超速で(じん)(のう)に飛び掛かった。

 刹那にして、瞬間移動の如く間合いを詰める。

 

 繰り出した攻撃は()ず、拳が二発。

 更に、斜め上から回し蹴りと、前への蹴放しの反動で距離を取った。

 

 四発の攻撃は相変わらず(じん)(のう)に何らダメージを与えていない。

 唯、彼は感心した様に嘆息した。

 

「ほう、こういう術理か」

「はい」

「一発目の拳より、一発目の蹴りより、二発目の拳、蹴りがそれぞれ明らかに威力を増している。察するに、前回の攻撃の破壊力を新しい攻撃に都度都度上乗せしておるな?」

()(よう)で御座います、陛下」

 

 先程の四連撃は右拳・左拳・回し蹴り・蹴放しの順に繰り出された。

 ()(こと)(じゆつ)(しき)(しん)()はこれらの攻撃の威力を増す能力である。

 つまり、二発目の左拳には一発目の右拳の威力が上乗せされ、一発分に一発分が加わり二発分の威力となる。

 三発目の蹴りには一発目の右拳と二発目の左拳の威力が上乗せされ、拳一発分と二発分の威力が加わり、蹴り一発と拳三発分の威力となる。

 

 単純化の為に十発の拳を同じ力で放ったと仮定しよう。

 一発目の拳は当然拳一発分、一倍の破壊力である。

 二発目の拳は一発目の一倍が加算され、二倍の破壊力となる。

 三発目は一発目の一倍と二発目の二倍が加算され、四倍の破壊力となる。

 

 計算を続けると、破壊力は倍々になっていくことが解る(はず)だ。

 四発目は八倍、五発目は十六倍、六発目は三十二倍、と繰り返され、十発目の拳の破壊力は五百十二倍になっている。

 (ただ)でさえ強力無比な()(こと)の暴力が、指数関数的に凶悪化していくのだ。

 

(なんじ)は世界を壊すつもりか?」

「それまでに自分が(たお)れることは無い、とでも言いたげですね」

「ならばやめるか?」

「まさか。(わたし)が壊したいのは世界よりも貴方(あなた)様ですよ、陛下」

 

 ()(こと)は再び仕掛ける。

 十数発の拳が、蹴りが、流れる様な動きで(じん)(のう)に浴びせられる。

 

「成程、武術の心得と(てん)(ぴん)がありおる。それも超一流、超特級の水準で」

 

 しかし相変わらず(じん)(のう)は眉一つとして微動だにしない。

 それでも()(こと)は打撃を(たた)()み続ける。

 拳速が、蹴速が、連射が段違いに加速し、機関銃(マシンガン)の如く数十発の打撃が容赦無く降り注ぐ。

 

 だがやはり、(じん)(のう)は揺るがない。

 再び(てのひら)を動かし、反撃の挙動に出る。

 

 が、(じん)(のう)の掌から光の柱が放出される瞬間、()(こと)(じん)(のう)の背後に素早く回り込んだ。

 そして十数発の連撃。

 (じん)(のう)は振り向かずにゆっくりと浮上し、宙を舞ってその場から離れた。

 

(かわ)しおったか。ならば(ちん)も多少なり攻撃の出方を練らねばなるまい」

 

 (じん)(のう)()(こと)(はる)か頭上で振り向き、両掌に光を纏う。

 

(なんじ)が地上で()()くのみなら、(ちん)()()から一方的に(なんじ)を攻撃するが?」

 

 (じん)(のう)の挑発に応えず、()(こと)は黙ってその場で跳び上がった。

 (しん)()で強化された跳躍力は、地上から容易く三階に飛び込む。

 況してや元々の(りよ)(りよく)が規格外の()(こと)にとって、(じん)(のう)の浮かぶ高さまで到達することなど訳は無い。

 

 ()(こと)は拳を振るった。

 だが(じん)(のう)は身を翻して攻撃を躱し、回り込んで掌から力を解放して反撃する。

 中空で身動きが取れなければ躱せないという算段だ。

 

()めるな!」

 

 (じん)(のう)の攻撃は()(こと)(あた)らなかった。

 ()(こと)は空を蹴ってその反動で移動するという、通常ではあり得ない離れ業をやってのけた。

 

 物体の速度が音速に近付くと、空気が圧縮されて抵抗力が増す――所謂(いわゆる)「音速の壁」と呼ばれる現象である。

 ()(こと)はこれを利用し、音速程度に「加減した」蹴りで意図的に圧縮された空気の壁を作り、衝撃の瞬間にタイミングを合わせて足首の曲げ伸ばしでその壁を蹴ったのだ。

 一発に見えた蹴りは、実は二発。

 ()(こと)(しん)()を用いず、生身で自在に空中を駆け回ることが出来るのだ。

 

「中々に面白い曲芸だ」

「それはどうも!」

 

 (じん)(のう)はもう一方の掌から光の柱を放出したが、()(こと)は体を捻ってこれを躱し、そのまま(じん)(のう)蟀谷(こめかみ)に蹴りを浴びせた。

 更に、空中でも自在に動ける()(こと)はそこから再び目にも(とど)まらぬ連撃を繰り出す。

 空中に圧縮空気の足場を作れるということは、空中でも攻撃に充分な力が伝わるということだ。

 拳の、蹴りの威力はこの間も指数関数的に増大する。

 

「ふむ……」

 

 防戦一方、というよりされるがままの(じん)(のう)だが、尚も澄まし顔から余裕が消えていない。

 既に()(こと)から食らった拳・蹴りの数は百を超えている筈だが、それでも一向に崩れる様子を見せない。

 それでも、次に繰り出す攻撃は今までとは比較にならない過去最大の一撃である。

 十発後には千倍を超える威力になるのだ、いつかはその命に届くだろう――それが()(こと)の勝算だった。

 

 しかし、それは(じん)(のう)からの反撃が()(こと)に届かない場合に限る。

 回し蹴りを放つ()(こと)(じん)(のう)の異変に気付いた。

 (じん)(のう)は全身に光を纏っている。

 ()(こと)の蹴りが到達する瞬間、その光は全方位に向けて放射され、()(こと)の体を激しく屋上庭園に(たた)()けた。

 

「ぐっ……うぅ……!」

 

 罅割れた(くぼ)みに倒れて天を仰ぐ()(こと)を、(じん)(のう)は宙に浮かんだまま冷酷に見下ろしている。

 百を超える、しかも都度倍々以上になっていく攻撃を受けて尚も無傷の(じん)(のう)に対して、たった二発の攻撃を受けただけで()(こと)(まん)(しん)(そう)()といった様相だった。

 

(なんじ)に一つ言っておこう。(ちん)にとって、(なんじ)に止めを刺すことなど容易い」

 

 既に(しん)()に因る(かい)(ふく)も遅くなり、傷が癒えきっていない。

 (じん)(のう)の言葉には一切の誇張も無い、唯単なる事実なのだろう。

 だが()(こと)はそれでも立ち上がる。

 

「それでも諦めぬか」

「知り合いにどうしようも無く諦めの悪い男がいてね、(わたし)はその男に何一つとして負けることなんか無いのよ」

 

 ()(こと)は傷だらけの体に(むち)()ち、再び宙を舞って(じん)(のう)に向かって行った。

 そして機関銃(マシンガン)の如き速度で一気に数十発もの攻撃を叩き込む。

 

 その表情は次第に悪鬼羅刹が如き(ゆが)んだ笑みに変わっていく。

 ()(こと)は自分の胸に強く言い聞かせ、昔の自分に戻ろうとしていた。

 

 (わたし)は暴力の化身。

 人間を壊す遊戯を至上の悦楽とする邪悪な獣。

 だからもっと(たか)ぶれ、(わたし)の胸よ。

 目の前に居るのはこの世の誰よりも壊し甲斐(がい)のある究極の玩具(おもちや)

 

 もっと残酷に、情け容赦の無い拳を。

 もっと苛烈に、人道を逸脱する蹴りを。

 もっと悪辣に、()(ぎやく)を極めた連続技を。

 この男の澄まし顔を崩す為に全てを注ぎ込め。

 

 (じん)(のう)(だい)()よ、早くその竜顔を苦痛に歪ませろ。

 暴虐に屈した哀願の表情を拝ませろ。

 お前の返り血の(なま)(ぬる)い感触を早く全身に浴びたい。

 死の恐怖に沈むお前の絶望を見たいのだ!

 

 早く! 早く! 早く! 早く!

 秒刻み、(はや)される。

 早く!! 早く!! 早く!! 早く!!

 瞳を開け。

 

 泣け! 叫べ!!

 そして……。

 

「死ねええええええッッ!!」

 

 ()(こと)は渾身の拳を(じん)(のう)の人中に叩き込んだ。

 が、衝突の瞬間に()(こと)の右拳が(ひしや)げ、激しく血を噴き出した。

 皮肉にも、苦痛に表情を歪ませたのは()(こと)の方だった。

 (じん)(のう)は相変わらずの涼しい無表情で、無慈悲に掌から光を放出して()(こと)()(たび)庭園に叩き付けた。

 

「ここまでのようだな」

 

 倒れたまま息を切らす()(こと)の側に、(じん)(のう)はゆっくりと着地した。

 

(そもそ)も、本来高い威力の拳や蹴りには相応の反発力が伴うもの。拳で顔面を殴るということは、同じ力によって顔面で拳を(たた)かれるに等しい。にも(かか)わらず、(なんじ)がこれほどまでに攻撃の威力を増大させることが出来たのは何故(なぜ)か。それは(なんじ)の能力に、上乗せした分の反作用力を無効化する術理が含まれていたからだ」

 

 ()(こと)は壊れた自分の右手を見詰めていた。

 修復される様子は無く、既に(しん)()も尽きかけている。

 そんな彼女へ、(じん)(のう)は冷酷に事実を告げる。

 

「一方で、全ての術理とはその束縛を受け付けぬ圧倒的な力の前に破られてしまうもの。(ちん)を始めとした皇族に(じゆつ)(しき)(しん)()の能力が通じぬのはこの論理に()る。ではもし、そんな(ちん)に対して一矢報いるべく、際限無く拳の威力を高め続ければどうなるか。(なんじ)自身の拳の威力は、(なんじ)の『上乗せ分の反作用力を無効化する』という能力では束縛しきれぬ程に増大し、決壊して()(たん)するという訳だ」

 

 異能力による縛りを無視出来る程に強大な力を持つ(じん)(のう)に対し、単純な力で(りよう)()しようとした()(こと)の戦力は(おおむ)ね正しかった。

 だが一つ(ほころ)びがあったとすれば、自分の限界を、器を(はる)かに超える力を発揮する為には()()かでどうしても術理の補助を必要としてしまったことだろう。

 

 だが()(こと)は、それでも尚立ち上がる。

 壊れた右拳は()()()()握り、構えを取って(じん)(のう)に立ち向かおうとする。

 

「それでも諦めぬか」

「同じ質問をされても、答えは同じに決まっている」

 

 ()(こと)の瞳には尚も闘志の青い(ほのお)が燃えていた。

 それは決して勝算無き捨て鉢の()ではない。

 

「まだ奥の手を残しておるということか。面白い、(なんじ)の全てを此処で出し尽くしてから死ぬが良い」

 

 (じん)(のう)の挑発に応えず、()(こと)はゆっくりと息を整えた。

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