日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

17 / 399
第六話『親と子』 序

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が編(へん)纂(さん)した全十巻に及ぶ冊子「篦(へら)鮒(ぶな)飼(し)育(いく)法(ほう)」には、彼らの主張の正当性を箔(はく)付ける為(ため)に大(おお)雑(ざっ)把(ぱ)な皇(こう)國(こく)の歴史が載せられている。

 それに拠(よ)ると、皇(こう)國(こく)は近代に於(お)いて三度の大変革を経ているのだと云(い)う。

 

 一度目は、一八四五年に起きた安(あ)鎚(づち)幕府からの大政奉還――七百年振りの王政復古「神(しん)和(わ)維新」である。

 この呼び名は、当時の帝(みかど)自らの籤(くじ)引(び)きで選ばれた元号に因(ちな)んでいる。

 

 しかし数十年の後、神(しん)和(わ)政府体制は世界大戦の敗戦と莫(ばく)大(だい)な賠償金支払が呼んだ暴力革命に因(よ)って終(しゅう)焉(えん)を迎えた。

 これによって社会主義国家「ヤシマ人民民主主義共和国」が成立した政変「八月革命」こそが二度目の大変革である。

 

 ヤシマ政府は足るを知る農業国家を目指し、私有財産の完全撤廃によって貴(き)賤(せん)、貧富、因習、差別の無い理想国家を建設しようとした。

 しかし、その夢も二度目の世界大戦が致命傷となり一九四四年に瓦(が)解(かい)した。

 

 そして一九四五年の八月十五日、海外に亡命していた嘗(かつ)ての帝の後(こう)胤(いん)が「神(じん)皇(のう)」を名乗り、神聖不可侵なる君主への返り咲きを宣言。

 この三度目の変革に因(よ)って成立した「神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)」は、神(じん)皇(のう)の強烈なカリスマと摩(ま)訶(か)不(ふ)思(し)議(ぎ)な力を得て急速に発展し、現在に到(いた)る。

 

 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は神(じん)皇(のう)と皇(こう)國(こく)によって倒されたヤシマ政府の残党をルーツとしており、彼らによる歴史記述は当然方向性が偏ってはいるだろう。

 とはいえ国家体制の大まかな変遷まで丸ごと誤(ご)魔(ま)化(か)すとは考え難(がた)く、皇(こう)國(こく)が辿(たど)った近代史を掻(か)い摘(つ)まんで把握する分には充分と思われる。

 

 ここから読み取れるのは、皇(こう)國(こく)が一国の近代史だけでなく、国家としては通史レベル、近代史としては世界史レベルで、別の歴史を辿った世界線から此(こ)方(ちら)の世界線に転移して来たという事である。

 皇(こう)國(こく)が如(い)何(か)なる理由でこの世界線に顕(あらわ)れたのか、そこまでのことは彼らの冊子からは判(わか)らなかった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 翌日の朝、岬(さき)守(もり)航(わたる)ら七人は開けた崖上の丘に横一列で並ばされていた。

 最終試験と称して羆(ひぐま)と戦わされ、脱走にも失敗して眠らされた彼らを、小降りの雨がじわじわと体を冷やして責める。

 

 そんな彼らの前には、袖の破れた赤いジャケットを纏(まと)った屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)が、蛇の様な薄笑いを浮かべて立っていた。

 筋肉質な二の腕を剥(む)き出(だ)し、初日の時よりも威圧感を増している。

 折(おり)野(の)菱(りょう)以外を見下ろす長身も相(あい)俟(ま)って、この場で誰が最上位なのかを殊更に誇示しているようにも見えた。

 

「諸君、最終試験合格おめでとう。今日ここにお前達を迎えられて、嬉(うれ)しく思う」

 

 屋(や)渡(わたり)の声の調子は明らかに侮蔑を含んでいた。

 扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)から事の顛(てん)末(まつ)を聞き、浅はかな試みを嘲(あざ)笑(わら)っているのだ。

 

「しかし、試験の内容は芳(かんば)しくなかったと聞いている。神(しん)為(い)の第二段階に達したのは七名中五名、内二名は羆と真(まと)面(も)に戦わず余計な企(たくら)みに感(かま)け、残る二名に到っては第一段階から深化を見せることすら無かったらしいな。先が思(おも)い遣(や)られるというものだ。我々には果たすべき歴史的使命があるということを忘れるな。皇(こう)國(こく)という巨悪を倒す使命が」

 

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の大義を高らかに謳(うた)う屋(や)渡(わたり)だが、航(わたる)には欺(ぎ)瞞(まん)としか思えない。

 

(何が使命だ。何も知らない僕(ぼく)達を攫(さら)って来て、死ぬ様な目に遭わせて、実際一人殺しておいて、何を言うんだ。巨悪を倒す前に自分の悪を見詰め直せよ!)

 

 航(わたる)は忘れない。

 この男が初日に課した理不尽な仕打ちに因って、一人の少女が命を落としたことを決して忘れない。

 

 二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)は明るい少女だった。

 突然の事態と不和によって生じた険悪な空気を和ませ、相互の融和を図るという気遣いの出来る少女だった。

 まだまだ先の長い筈(はず)だった人生に若さ故の夢を持っていた。

 

 そんな無(む)辜(こ)の少女の未来を無残にも奪った男が、一体どの様な正義を語れるというのだろうか。

 屋(や)渡(わたり)という男の本質的な非(ひ)道(どう)さを、航(わたる)は絶対に忘れないのである。

 

「不服と見えるな、岬(さき)守(もり)」

 

 そんな敵(てき)愾(がい)心(しん)が面に出てしまったのか、航(わたる)は屋(や)渡(わたり)に目を付けられた。

 体格に任せ、上から圧(お)し潰(つぶ)す様に攻撃的且つ挑発的な笑みを近付けてくる。

 よくよく思い出してみると、海浜公園でカップルを拉致しようとした二人に比べて、屋(や)渡(わたり)は明らかに肉付きが良い。

 こんなところにも、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)という組織の歪(いびつ)さが滲(にじ)み出(で)ていた。

 

「あまり俺(おれ)を怒らせん方が良いぞ? 此(こ)処(こ)ではこの俺(おれ)がお前らの生殺与奪権全てを握っているんだ。使えないと判断した者をどう処分するか、我らの首領はその裁量を俺(おれ)に一任してくださっている。例えば、野生動物の餌にするとかなァ……!」

 

 瞬間、航(わたる)は青(あお)褪(ざ)めた。

 恐怖故ではなく、脳内で嫌なパズルが組み上がってしまったのだ。

 

 昨日戦わされた大型の羆、おそらくは人為的にあの穴へ落とされたのだろう。

 だがそれだけではなく、妙に躊(ちゅう)躇(ちょ)無く久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)へ、航(わたる)達へと襲い掛かってきた。

 まるで、既に人肉の味を覚えてしまっていたかの様に。

 付け加えると、羆には死んだ振りなど通用しない、屍(し)肉(にく)も喰(く)らう、という話も航(わたる)は知っていた。

 

 航(わたる)達が攫われて囚(とら)われたのは、丁度一週間前。

 扇(おうぎ)小(さ)夜(よ)曰(いわ)く、羆は数日間は何も食べておらず、飢えていた。

 

「屋(や)渡(わたり)、貴様それでも人間か……!」

 

 航(わたる)は最(も)早(はや)怒りを隠せなかった。

 屋(や)渡(わたり)は口角を歪(ゆが)ませて悪魔の様な笑みを浮かべていた。

 

 そして、突然屋(や)渡(わたり)は航(わたる)の鳩尾(みぞおち)を殴った。

 何度も喰らわされているが、凄(すさ)まじい重さに航(わたる)は息が出来なくなる。

 

「か……は……!」

「口の利き方には気を付けるんだな。俺(おれ)のことは父親だと思え。尤(もっと)も、甘ったれた惰(だ)眠(みん)の家庭で物を考えるなよ。谷底に突き落とされたら四の五の言わずに這(は)い上(あ)がれ。口減らしに選ばれたら黙って死ね。そう、子は親に絶対服従と知れ」

 

 膝を突いて蹲(つくば)った航(わたる)の顔面に屋(や)渡(わたり)の蹴りが入れられた。

 航(わたる)は地面を跳ねて転げ回る。

 

「ははは、序(つい)でだから落ち零(こぼ)れ共の為に、この俺(おれ)が直々に手本を見せてやろう。神(しん)為(い)の使い方、その眼(め)によーく焼き付けておけ!」

 

 屋(や)渡(わたり)は体を発光させ、人間とは思えない速度で航(わたる)の元へ駆け寄る。

 そして航(わたる)の茶色い髪を掴(つか)むと、十米(メートル)以上もの高さへと片腕で放り投げた。

 

「そのチャラチャラした髪、早い内に剃(そ)っておくんだな! 俺(おれ)の気分次第で頭皮ごと毟(むし)り取(と)られるやも知れんぞ!」

 

 宙を舞う航(わたる)を追い掛けるように、屋(や)渡(わたり)は高々と跳び上がった。

 神(しん)為(い)の第二段階に達した者だけが発揮出来る、超人的な身体能力を当然の如く駆使している。

 

「同じ第二段階であろうと、訓練によってより深みに到った俺(おれ)と昨日今日身に付けたばかりのお前らでは比較にならん! その俺(おれ)に逆らった者はどうなるか、革命戦士としての格の差と共に思い知るが良い!」

 

 屋(や)渡(わたり)の拳が航(わたる)の体を更に高く打ち上げる。

 一方、屋(や)渡(わたり)は一度着地してから再跳躍し、あっという間に航(わたる)へと追い付いた。

 その動きは単に速いだけでなく、物理法則をも無視しているように思える。

 

「更に! 既に扇(おうぎ)から経験したらしいが、神(しん)為(い)にはそれ以上の深遠がある! 第三段階の異能を発現させて初めて、神(しん)為(い)使いの戦いの土俵に上がれるのだ! 当然、俺(おれ)もそこに居る! 尤も、仮に辿(たど)り着(つ)いたとしてもこの俺(おれ)には勝てんし、今のお前ら如(ごと)きに披露する必要など無いがな!」

 

 止(とど)めとばかりに、屋(や)渡(わたり)の蹴りが航(わたる)を彼方(かなた)へ弾(はじ)き飛(と)ばした。

 

「うわあああああっっ!!」

 

 航(わたる)の体はまるで砲弾の様に隣の山に向かって飛んで行った。

 対照的に、屋(や)渡(わたり)の体は柔らかく地に足を着ける。

 勝者と敗者、強者と弱者の象徴的な対比がそこにはあった。

 

「手(テ)前(メエ)っ!!」

 

 怒りに任せて虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)が屋(や)渡(わたり)に飛び掛かる。

 しかし、遥(はる)かに早く屋(や)渡(わたり)の拳が三発も顔面を打つ。

 

「ガッ!?」

「学習能力の無い奴(やつ)だなァ! そんなにお友達が心配なら、今日の訓練内容を思い付いたぞ!」

 

 尻餅を搗(つ)いた新(しん)兒(じ)には目もくれず、屋(や)渡(わたり)は航(わたる)が飛んで行った山を指差した。

 

「お前ら、今から向こうの山へ岬(さき)守(もり)の奴を探しに行け。そして奴を連れて公(こう)転(てん)館(かん)まで歩いて帰るんだ。それを今日の訓練内容に代えてやろう。扇(おうぎ)には岬(さき)守(もり)を伴っていなければ館に入れるなと伝えておこう。ま、最悪死体でも構わんぞ」

「え、ええ……?」

 

 椿(つばき)陽(よう)子(こ)が思わず声を漏らした。

 武術家の彼女からすると、屋(や)渡(わたり)が思い付きで無意味な指導内容を選んだことが理解し難(がた)かったのだろう。

 

「成程、陰湿な野郎だ」

 

 一方で折(おり)野(の)は、屋(や)渡(わたり)の意図を何となく理解したようだ。

 

「あれだけ飛ばされたんだ、十中八九岬(さき)守(もり)は気を失うだろう。だが俺(おれ)達が見付ける前には目を覚ます。事情を知らないあいつは山の中を徘(はい)徊(かい)する。そうなると、俺(おれ)達は高確率で遭難することになる。俺(おれ)達は否(いや)が応にもこう考えてしまうだろう。『岬(さき)守(もり)のせいでとんだ災難だ』とな。岬(さき)守(もり)はこれまで、奴らに抗(あらが)う意思で俺(おれ)達を纏めてきた。そのあいつに対して不満の種を植え付ける。そうやって抵抗の統(とう)率(そつ)を乱し、支配し易(やす)くするのが屋(や)渡(わたり)の野郎の狙いなのさ」

 

 屋(や)渡(わたり)は折(おり)野(の)の方へ歪んだ笑みを向ける。

 意図を悟られた所で痛くも痒(かゆ)くもない、とでも言いたげだった。

 

「もう一度言っておく。ここでは俺(おれ)が親、お前らは子供だ。子は親に絶対服従、全ての指導は愛の鞭(むち)だと思え」

 

 屋(や)渡(わたり)による地獄の訓練、否、理不尽な支配の日々が今始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。