日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十三話『息絶えぬ限り希望を絶やさず』 序

 皇(こう)國(こく)首都統(とう)京(きよう)は繁華街「金(きん)座(ざ)」に一件の超高級倶(ク)楽(ラ)部(ブ)がある。

 客層は主に伯爵家以上の華族だが、この夜はその中でも一際の上客が店を貸し切りにしていた。

 

「相変わらず此(こ)処(こ)の河(ふ)豚(ぐ)刺(さ)しは高級料亭と比しても遜色無いな。絶品な上、酒にも能(よ)く合う。実に良き仕事だ」

 

 筋骨隆々とした一人の巨漢が社交員(ホステス)を脇に酒と料理を愉(たの)しんでいる。

 今、彼が楽しんでいる日本酒と料理だけでも下手な一流企業社員の年収が軽く吹き飛ぶ程の散財振りだ。

 しかし、この男にはそれをものともしない財力がある。

 

「畏れ多くも殿下の御(お)眼(め)鏡(がね)に適(かな)いまして、光栄の至りに存じますわ」

 

 社交員(ホステス)が上客――第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)の盃(さかずき)に酒を注ぐ。

 その彼女を獅(し)乃(の)神(かみ)と挟み、彼の近衛侍女・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)が浮かない表情で自身の盃を見詰めていた。

 

「敷(しき)島(しま)ちゃん、殿下からの折(せつ)角(かく)の御(お)誘(さそ)いなのよぉ?」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)の脇からもう一人の近衛侍女・貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)がやや嫌みたらしく敷(しき)島(しま)に釘(くぎ)を刺した。

 二人にとって、主の機嫌を損ねることは絶対にあってはならぬ事である。

 前日、獅(し)乃(の)神(かみ)から食事に誘われた麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)に対して「全力で持て成されろ」と忠告したのは他ならぬ敷(しき)島(しま)である。

 敷(しき)島(しま)の態度は職責上極めて不適切なものだと、彼女自身が他の誰よりも解(わか)っている筈(はず)なのだ。

 

「敷(しき)島(しま)よ、汝(なれ)の愁(うれ)いは妹のことか?」

「はい……」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)の問いに、敷(しき)島(しま)は小さく頷(うなず)きながら答えた。

 

「御厚意には畏れ多くも深甚なる感謝を抱いております。しかし、今更どのように顔を合わせれば良いか分からないのです」

「汝(なれ)の思いも致し方無かろう。しかし、水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)の心境を思うとこのままという訳にも行くまい」

「心得ております。ただ、昨日の今日でしたので……」

「ふむ、ならば近い内に何(ど)処(こ)かで改めて場を設けようではないか。丁度……」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)は河豚刺しを箸で口に運び、舌鼓を打つ。

 

「この河豚刺しを父上にも献上したいと思っておったところだ」

「で、殿下。まさかこの店で御(ご)宸(しん)宴(えん)を……?」

 

 社交員(ホステス)は目を泳がせて戸惑い見せる。

 皇太子を迎えている彼女といえど、神(じん)皇(のう)の親(しん)臨(りん)となれば次元の違う話だ。

 しかし、獅(し)乃(の)神(かみ)にそんな社交員(ホステス)の動揺を気に留める様子は無い。

 彼にとってこれは、自分に最高の持て成しをした倶楽部へのこの上無き褒美であり、悦(よろこ)びに胸を打ち振るわせているだろうとしか考えていない。

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)は気前よく善意を振(ふ)り撒(ま)く人物である。

 ただ、そのときに相手の気持ちや都合を慮(おもんぱか)ることは無い。

 自分が気分良く施しを行い、相手はこの上なく幸せな気持ちになる――それが獅(し)乃(の)神(かみ)にとって世界で唯一の人間関係である。

 謂(い)わば彼は、自分の喜びと他人の喜びの区別が付いていないのだ。

 

「河豚刺しは父上の好物だからな。嘸(さぞ)や御(お)喜(よろこ)びになるだろう」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)は夢見心地と行った様子で盃を口に運んだ。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 皇(こう)海(かい)上、超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコを駆る岬(さき)守(もり)航(わたる)は遥(はる)か前方に敵の気配を察知した。

 先程と同じく、超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)の部隊である。

 北西から正体不明の飛(ひ)翔(しよう)物が皇(こう)國(こく)の領海に侵入したので、皇(こう)國(こく)の国防軍が小隊を緊急発進させたのだ。

 

「うおおおおっっ!!」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを縦(じゆう)横(おう)無(む)尽(じん)に激しく揺さぶり、流星群の様な光線砲を掻(か)い潜(くぐ)って進み続ける。

 

「容赦無く撃ってきやがって!」

『当たり前だろう。遠征軍の石動(いするぎ)隊が消息を絶った時点で貴様が敵意を持っていることは明らかなのだ。国防軍の誇りに懸けて、貴様を本土まで行かせはせん!』

 

 隊長機らしき敵機が航(わたる)の前に横から現れた。

 突然の遭遇だったが、航(わたる)は冷静にカムヤマトイワレヒコの手に持った切断ユニットを振るって敵を切り裂こうとする。

 対する敵もミロクサーヌ零(れい)式(しき)の切断ユニットで応戦し、両機は空中で鍔(つば)迫(ぜ)り合(あ)いの状態となった。

 

「僕(ぼく)の後方で海に浮かんでいる仲間を助けに行った方が良いと思うけどな」

『仲間? 遠征軍の連中がか? 我々は国防軍・下(しも)柳(やなぎ)隊! 遠征軍と馴(な)れ合(あ)うつもりは毛頭無い。今、我々の関心は貴様だけだ!』

「遠征軍に、国防軍だと……?」

 

 ミロクサーヌ零(れい)式(しき)の胸部が光った。

 航(わたる)は咄(とつ)嗟(さ)に自機を翻し、敵の胸から発射された光線を回避した。

 逆に後ろを取った航(わたる)は、再び切断ユニットを斜め上から振るい、敵を撃墜しようとする。

 敵機は振り向きながら距離を取ったが、航(わたる)の刃が肩を掠(かす)めた。

 

『ぐっ、強い……! だが相手にとって不足無し! 国防軍大尉・下(しも)柳(やなぎ)晴(はる)代(よ)、参る!』

 

 航(わたる)のカムヤマトイワレヒコと下(しも)柳(やなぎ)のミロクサーヌ零(れい)式(しき)が再び互いに交錯する。

 だが今度は、航(わたる)の切断ユニットがミロクサーヌ零(れい)式(しき)を胴部から真二つに切り裂いた。

 

『な、なんだとぉ!? おのれぇっ!』

 

 ミロクサーヌ零(れい)式(しき)の背中から球体の操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」が飛び出し、落下傘を拡(ひろ)げた。

 航(わたる)は自機を旋回させ、再び皇(こう)國(こく)へと向かう。

 しかし敵は下(しも)柳(やなぎ)単機ではない。

 

『た、隊長!』

『お待ちください! 今、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)の回収を!』

 

 下(しも)柳(やなぎ)の部下と思(おぼ)しき十数機のミロクサーヌ零(れい)式(しき)が集団で航(わたる)に向かってくる。

 航(わたる)は苛(いら)立(だ)ちを覚えた。

 こんな所で立往生している訳には行かないのだ。

 

「邪魔だ……! 退(ど)けえええッッ!」

 

 カムヤマトイワレヒコは下(しも)柳(やなぎ)隊のミロクサーヌ零(れい)式(しき)を光線砲と切断ユニットで次々と撃墜していく。

 まさに千切っては投げ、千切っては投げといった大立ち回りだ。

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを加速させ、敵機の群(むれ)を突っ切っていった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)は雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)と互いに逆(さか)様(さま)の状態で向かい合って倒れている。

 無残、無残。

 それは彼女が積み上げてきた人生の全てにとって、あまりにも無残な結末だった。

 烏(う)有(ゆう)を湛(たた)えた目から零(こぼ)れ落(お)ちる涙に込められた無力感は、屈辱感は、敗北感は、果たして如(い)何(か)程(ほど)のものだろうか。

 

 壊滅した屋上庭園は、一見すると死闘の爪痕の様に見えるかも知れない。

 しかし、血(ち)溜(だま)りの大花を咲かせる魅(み)琴(こと)に対し、彼女が命に代えても討とうとした神(じん)皇(のう)は残酷な程に無傷である。

 この場の惨状は全て、魅(み)琴(こと)が為(な)す術(すべ)も無く敗北した跡。

 そして今、神(じん)皇(のう)は無情に掌(てのひら)を二人に向けて突き出し、止めを刺そうとしている。

 

 このまま放置しても死を待つばかりの魅(み)琴(こと)は、生まれてきた意味さえも跡形も無く消し飛ばされようとしていた。

 実際、己が暴力に絶対の信を置いていた魅(み)琴(こと)にとって、この死に様は滑稽で虚(むな)しく、惨めなものだ。

 勝てる筈の無い相手だとは解っていたが、それでも魅(み)琴(こと)は挑む道を選んだ。

 そして挑戦は無意味な玉砕に帰結し、その結果に伴い日本国は壮絶なる戦禍と悲惨なる滅亡を齎(もたら)されるだろう。

 

 神(じん)皇(のう)の掌に光が集積される。

 彼は絶大なる神(しん)為(い)を以(もつ)て、破壊すべき対象を絶対的に消滅せしめる。

 魅(み)琴(こと)と神(じん)皇(のう)、両者の有様は日本と皇(こう)國(こく)、両国の未来を暗示しているかの様だ。

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の大軍が日本国の汎(あら)ゆる抵抗を鎧(がい)袖(しゆう)一(いつ)触(しよく)に捻(ね)じ伏(ふ)せ、放たれる光線砲は核兵器並みの破壊力を以て国土を灰(かい)燼(じん)に帰す。

 

 姿が重なる。

 無慈悲な力で捻じ伏せる超兵器と、逃げ惑うことも出来ずに消し飛ばされる街と人々。

 神(じん)皇(のう)の掌から光の柱が放出され、魅(み)琴(こと)と幽(ゆ)鷹(たか)を呑(の)み込(こ)んだ。

 正しくそれは、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)がロシア・中国・米国を破壊した暴――光線砲を日本に向けて放つ姿である。

 

 光が収まった。

 二人が倒れていた場所には血溜りだけが残されていた。

 神(じん)皇(のう)はその竜顔に勝利の感慨の一(ひと)欠(かけ)片(ら)も浮かべず、眉根を寄せて口をへの字に結んだまま手を下ろした。

 

 いや、その様子は唯の冷徹とは些(いささ)か異なっていた。

 神(じん)皇(のう)の両眼はまるで何かを探すかの様に左右に動いている。

 そう、まるで仕留め損なった獲物の行方を追う様に。

 

「後(うしろ)か……」

 

 神(じん)皇(のう)は何かの気配に気が付いたのか、眉間に皺(しわ)を寄せた厳しい顔付きで振り返ってやや上方を仰ぎ見た。

 屋内に隠れていた幽(ゆ)鷹(たか)を攻撃し、同じ場所に投げ捨てた魅(み)琴(こと)と二人纏(まと)めて仕留めようという状態から振り返ったのだから、彼の視線の先には庭園の塀が拵(こしら)えられている。

 丁度開戦前に神(じん)皇(のう)が統(とう)京(きよう)の夜景を見下ろして両腕を拡げた場所に、一人の女が長い黒髪を靡(なび)かせながら立っていた。

 酸素に触れた血で黒く染まったレオタードに麗(うるわ)しき女体の隆線を包み込んだ美女が、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が一人で立っていた。

 

「命拾いしたようだな」

 

 彼女の体は薄らと光を纏っていた。

 宛(さなが)ら、蘇(よみがえ)った生命力の松明(たいまつ)が絶望の闇を照らしているかの様だ。

 のみならず、無(む)茶(ちや)な戦い方で二目と見られない状態に破壊された四肢も完全に修繕されている。

 この様な奇跡が神(しん)為(い)の尽きた魅(み)琴(こと)に起こせる筈も無く、強大な神(しん)為(い)を持った何者かが介入したことは明らかだ。

 

「初めて見る現象だ。朕(ちん)の複製たる童(わらべ)の力か、興味深い」

 

 神(じん)皇(のう)もすぐに雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)の仕業だと察したらしい。

 見知らぬ現象とのことだが、それでも看破するとは流石(さすが)の洞察力である。

 

「情けない限りね。自分一人の力では何一つ為(な)せないなんて……」

 

 言葉とは裏腹に、魅(み)琴(こと)の姿には未(み)曾(ぞ)有(う)の活力と新たな決意が満ちている。

 彼女の呟(つぶや)きは自嘲というよりは、自分自身の内側に居る誰かに語り掛けている様だった。

 

「童(わらべ)は爾(なんじ)の中に潜んでおるな。爾(なんじ)の神(しん)為(い)の源――内なる神『直(なお)靈(ひ)』と融合し、貸与に留まらず全ての神(しん)為(い)を接続し同化しておる……」

 

 魅(み)琴(こと)の姿に幽(ゆ)鷹(たか)の幻影が重なる。

 

「丁度叡(えい)智(ち)が考案した皇(こう)國(こく)の主力兵器・為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦原理と同じように……」

 

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を操縦する際、機体を「外なる神」に見立て、操縦士自身は内なる神の役割となって機体に己の神(しん)為(い)を預ける。

 更に、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)はそれそのものが神を模(も)したものであり、機体そのものにも神(しん)為(い)が備わっている。

 操縦士は自身の神(しん)為(い)と機体の神(しん)為(い)を接続し、互いの力を何倍にも引き上げるのだ。

 

 今、幽(ゆ)鷹(たか)は魅(み)琴(こと)と融合することによって全ての神(しん)為(い)を魅(み)琴(こと)に委ねた。

 つまり今、魅(み)琴(こと)は神(じん)皇(のう)の複製人間たる幽(ゆ)鷹(たか)の神(しん)為(い)をそのまま得たばかりか、自身の神(しん)為(い)とも接続し互いの力を何倍にも引き上げている。

 その結果、彼女はこれまでとは比べものにならない力を得たのだ。

 

 言ってしまうと、神(じん)皇(のう)は一つのミスを犯した。

 幽(ゆ)鷹(たか)に一撃で止めを刺さなかったのは、魅(み)琴(こと)と死にゆく時間を共有させ刃向かった二人を漆黒の絶望に沈める為(ため)だろう。

 だが幽(ゆ)鷹(たか)は神(じん)皇(のう)の複製人間である。

 嘗(かつ)て神(じん)皇(のう)が革命からの虐待で生死の境を彷(さま)徨(よ)い神(しん)為(い)を大幅に増幅させたように、幽(ゆ)鷹(たか)もまた死の淵(ふち)で新たな力に覚醒したのだ。

 

 幽(ゆ)鷹(たか)と融合した魅(み)琴(こと)はゆっくりと神(じん)皇(のう)と同じ地平に降り立った。

 戦いは思わぬ形で第二局を迎えようとしていた。

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