日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十三話『息絶えぬ限り希望を絶やさず』 破

 魅(み)琴(こと)は自分でも驚く程落ち着いていた。

 自分の力が今までとは比較にならない領域まで引き上げられたのだと、心の底から腑(ふ)に落ちていた。

 今になって、初めて神(じん)皇(のう)と同じ地平に立てたのだと理解出来る。

 それはつまり、今までの自分が如(い)何(か)に無力で、無謀極まりない挑戦をしていたのかを、確かな実感として受(う)け容(い)れざるを得ないということだ。

 

 魅(み)琴(こと)の心は和(な)いでいる。

 そんな彼女は自身の内側にもう一人、雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)の存在を感じていた。

 胸の奥に意識を向ければ、声が聞こえる。

 

『麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)さん、勝手なことをしてごめんなさい』

 

 幽(ゆ)鷹(たか)が魅(み)琴(こと)に語り掛けてきた。

 

『僕(ぼく)だってみんなを、貴女(あなた)を守りたかった。僕(ぼく)の、僕(ぼく)達のことを助けてくれたから。力になりたい。その為(ため)にみんなに付いて行ったから』

 

 魅(み)琴(こと)は一つ溜息を吐いた。

 

「ありがとう」

 

 彼女の心に芽生えたのは限りない感謝だった。

 幽(ゆ)鷹(たか)が自分の側に付いているのは偶然である。

 聞いた話によると、彼は航(わたる)によって武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の研究所から助けられたらしい。

 航(わたる)と結んだ縁が、巡り巡って希望を繋(つな)ぐ縁となって魅(み)琴(こと)を助けたのだ。

 

 そう、希望が繋がったのだ。

 魅(み)琴(こと)は今、この状態ならば神(じん)皇(のう)に届き得ると予感していた。

 同時に、先程までの戦いがあのような帰結に至ったことも納得していた。

 幽(ゆ)鷹(たか)と一つになったことで初めて、神(じん)皇(のう)の力が如(い)何(か)程(ほど)のものか正しく理解したのだ。

 

「今なら解(わか)る。私(わたし)の力がどれ程、神(じん)皇(のう)に対して引き離されていたのか。刺し違えようとしたことさえもがどれ程に無謀で、身の程知らずで、滑稽な試みだったのか」

「ほう……」

 

 魅(み)琴(こと)と神(じん)皇(のう)の視線が交錯した。

 静かに相手を見詰める魅(み)琴(こと)に対し、神(じん)皇(のう)の方は鋭い目付きで睨(にら)み返(かえ)している。

 それは明らかに先程までの余裕とは様子が異なっていた。

 

「それが認識できる程に『理解を深めた』ということか。爾(なんじ)もまた、朕(ちん)の深みに達したと……」

「ええ。神(しん)為(い)にここまでの段階があると今までは想像だに出来なかったけれど、今は違う……!」

 

 そう、魅(み)琴(こと)が到達した神(じん)皇(のう)と同じ地平とは、神(しん)為(い)の新たな段階である。

 

「朕(ちん)と同じ『第四の段階』に至った。ならばどうする? その借物の、苟且(かりそめ)の力で今一度朕(ちん)に牙を剥(む)くか?」

 

 神(じん)皇(のう)の表情・目付き・佇(たたず)まいは明らかに変わっている。

 喩(たと)えるならば、先程までの彼は魅(み)琴(こと)のことを唯(ただ)排除すべき異物、小虫程度に考えていた。

 だが今は明確に彼女を敵として認識している。

 魅(み)琴(こと)の方もそれを察し、闘志を燃やす。

 

「無論! この期に及んで形(なり)振(ふ)りなど構わない。使えるものは全て使い、勝てる見込みには惜しみなくを命を注ぎ、神(じん)皇(のう)、貴様を討つ!」

 

 魅(み)琴(こと)は構えを取った。

 対する神(じん)皇(のう)は両腕を拡(ひろ)げ、彼女と同じ目線まで宙に浮上する。

 同時に、彼の体が金(こん)色(じき)に激しく発光した。

 攻撃ではなく、秘めたる何かが顕在化しようとしているかの様だ。

 

「あいわかった。朕(ちん)もこれより、己の段階に相(ふ)応(さわ)しき真の力を以(もつ)て御相手しよう」

 

 神(じん)皇(のう)の発した光が周囲の景色を包み込んでいく。

 

『夢(む)幻(げん)争(そう)域(いき)・渾沌神籬(まろがれのひもろぎ)』

 

 唯景色が変わったというよりは、相対する二人の周囲が全く別の空間に変化した。

 二人を包み込むのは金色の光に満ちた二人だけの決闘空間である。

 

 更に、神(じん)皇(のう)の体が宛(さなが)ら画像を拡大、ズームアップするかの如く大きくなっていく。

 

『化(け)至(し)深(しん)為(い)・葦牙狀代(あしかびのかたしろ)』

 

 縮尺にして一.二五倍――身長にして一八〇糎(センチ)まで神(じん)皇(のう)の小柄な体はサイズアップした。

 急激に威圧感を増した神(じん)皇(のう)だが、対する魅(み)琴(こと)は尚(なお)も落ち着いている。

 幽(ゆ)鷹(たか)と同化して感覚を共有している彼女は、不思議と自分達にも同じことが出来るという確信があった。

 

『僕(ぼく)達も行くよ!』

「出来るのね?」

『うん!』

 

 魅(み)琴(こと)もまた、神(じん)皇(のう)と同じように体を拡大していく。

 同じ縮尺で、二人のサイズ差は元通りとなった。

 光に包まれている以外は一切が存在しない無の空間に於(お)いて、見方によっては神(じん)皇(のう)が巨大化し元に戻ったようにも見えるかも知れない。

 兎(と)に角(かく)二人は、この異様な空間で異様な状態となり相対している。

 

「やはり爾(なんじ)も同じ規模の器にまで付いて来おったか」

「器?」

「第四段階の深みに至った神(しん)為(い)はこれまでと全く次元が違う。本領を発揮する為には、人の体そのままでは器が足りぬのだ。故に、相応しき規模にまで拡大してやらねばならぬ。そうすることで真の力が湧き上がる。これを『化(け)至(し)深(しん)為(い)・葦牙狀代(あしかびのかたしろ)』と呼ぶ」

「葦(あし)牙(かび)……日本書紀に於ける天(てん)地(ち)開(かい)闢(びやく)から原初の神が生じた条(くだり)の譬(たと)えに使われた記述か」

「うむ。そしてこの力を発揮してしまった場合、その存在の強大さに世界そのものが耐えられん。故に、専用の決闘空間を用意する必要があるのだ。天(てん)地(ち)開(かい)闢(びゃく)前の、渾沌(まろがれ)たる新たな異空間をな。これを『夢(む)幻(げん)争(そう)域(いき)・渾沌神籬(まろがれのひもろぎ)』と呼ぶのだ」

「先程から随分と神話の引用が多いのね」

 

 神(じん)皇(のう)は両腕を更に大きく拡げ、同時に顔を上げて魅(み)琴(こと)を煽(あお)り気味に見下ろす。

 

「然(さ)様(よう)。神(しん)為(い)の第四段階とは、喩えるならば『神の領域』である」

「神の領域……」

「一つ試してやろう」

 

 突如、神(じん)皇(のう)の両眼が激しく光った。

 魅(み)琴(こと)は咄(とつ)嗟(さ)に身を捩(ねじ)って回避行動を取る。

 同時に二筋の光線が胸元を掠(かす)めた。

 魅(み)琴(こと)は自分でも驚きを禁じ得なかった。

 

「躱(かわ)せた……! 今、明らかに見てから動いたのに……!」

「間違い無いようだな。今の攻撃を回避し得たことこそ、爾(なんじ)もまた神の領域に到達した何よりの証拠なのだ」

 

 もし魅(み)琴(こと)が今の攻撃を回避出来なかったら、一瞬にして心の臓を貫かれて即死していただろう。

 しかも、神(じん)皇(のう)は光線によってそれを狙ってきたのだ。

 見てからでは絶対に回避出来ない攻撃を、全く予備動作を伴わず、である。

 通常ならばこれは文字通りの必殺技に違いない。

 

 だが今、魅(み)琴(こと)は神(じん)皇(のう)の攻撃を察知してから回避した。

 第六感で予測して躱したのではない。

 超常の感覚で、攻撃が放たれた事実を感知してから回避行動を取ったのだ。

 これは世の理、その大前提を覆す異常事態である。

 

「物理学に於いて、光速は絶対の最大速度である。即(すなわ)ち、汎(あら)ゆる現象は真空中の光の速度を超えて伝(でん)播(ぱ)しない、とされる。正確には、光速を超える速度で生ずる汎ゆる現象を観測することは不可能なのだ。我々にとって、この世界が存在するのは何故(なぜ)か、物理現象が存在するのは何故か。それは単(ひとえ)に、生命体がそう観測するからだ。そして我々に世界を観測せしめる最高速度の存在が光だ。これ以上の速度は生命体にとって感知不可能、観測出来ぬ。観測し得ない以上、それは世界に存在しないのと同じ」

 

 神(じん)皇(のう)は滔(とう)々(とう)と語り続ける。

 

「例えば一光年先の星の瞬(またた)きは一年経(た)って初めて届く。光よりも速く届かぬが故、一年経って初めて瞬きが観測される。瞬きの影響もまた、一年経たねば観測されず、存在し得ぬ。だが、瞬きそのものは間違い無く一年前に起こっている。ではもし、この星が瞬いたことを半年で伝える別の何かが存在したとすると、どうなる?」

「超光速粒子・タキオン……」

 

 魅(み)琴(こと)が連想したのは、光速を超えるとされる仮想の粒子である。

 通常、物理学では現実に存在しないとされる。

 

「爾(なんじ)は既に理解していよう。人は神(しん)為(い)を身に付けたとき、生命力や耐久力、恢(かい)復(ふく)力、持久力や身体能力、知覚能力など、汎(あら)ゆる力を爆発的に向上させる。そしてそこに上限は無い。当然、五感を超えた六感の感知能力も神(しん)為(い)の理解が深まる程に際限無く向上する」

 

 神(しん)為(い)の理解が深まるにつれ、人は強大な力を身に付けていくというのは今更説明するまでも無いだろう。

 そこにはいくつかの段階があり、第三段階に達したとき「術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)」と呼ばれる超常の異能に覚醒する。

 そして術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)の能力・術理は時に物理現象をも逸脱する。

 神(しん)為(い)が世の理を超越し得るというのは、第三段階から見られる事実である。

 

「神(しん)為(い)による知覚能力の向上、それが光速をも超越したとき、第四段階として『神の領域』に到達したといえる。その深みは第三段階までとは全く次元を異にする。第三段階を深海の底とするならば、第四段階は縮退星(ブラックホール)の深淵。そして絶対的物理指標である光速を超越するが故、神の領域に達した神(しん)為(い)の発揮し得る力は物理的に無限大となるのだ」

 

 魅(み)琴(こと)は改めて理解した。

 勝てる筈(はず)が無かった。

 どれだけ破壊力を積み上げても、命に届く筈が無かったのだ。

 第四段階「神の領域」に到達した神(じん)皇(のう)の神(しん)為(い)が発揮する耐久力を打ち破るのは無限の果てを目指す無謀だったのだ。

 

「でも今は、今なら……!」

「うむ、先程の攻撃を躱した事実からも自明なように、爾(なんじ)の神(しん)為(い)も今や神の領域に達しておる。つまり、条件は同じ。これまでは有限の力で無限に挑む無謀であったが、爾(なんじ)も同じ地平に立った以上、有限同士の戦いに戻ったのだ。最(も)早(はや)、勝利の天(てん)秤(びん)が朕(ちん)に傾くとも限らぬ」

 

 神(じん)皇(のう)の威圧感が一気に増した。

 本気で来るつもりだ。

 今や魅(み)琴(こと)はこの強大無比なる敵の力を正確に把握出来る。

 同じ地平に立ったとはいえ、依然として力の優位は神(じん)皇(のう)に有ると手に取る様に解る。

 

「よく言う。これだけ圧倒的な力を痛い程に感じさせておいて」

「そうでも無いぞ。確かに単純な力では朕(ちん)が圧倒的に勝ってはいるだろう。しかし、武を極めし爾(なんじ)の小手先の技は決して侮れん。力の朕(ちん)か、技の爾(なんじ)か、この神なる決闘空間にて決着を付けようではないか!」

 

 望むところ、と魅(み)琴(こと)は黙って頷(うなず)いた。

 相対する両者はこれより、究極の戦いを演じる。

 

 先に動いたのは魅(み)琴(こと)だった。

 相変わらず驚異的な速度で神(じん)皇(のう)との間合いを一気に詰める。

 

「おおおおおおッッ!!」

 

 魅(み)琴(こと)の拳が唸(うな)る。

 神の領域に達した神(しん)為(い)に因(よ)って、別次元の威力が備わった究極の破壊の暴である。

 狙いは眉(み)間(けん)。

 しかし神(じん)皇(のう)は顔の前で両腕を交差させて防御した。

 

「ぬぅっ……!」

「くっ!」

 

 先程まではされるがままだった神(じん)皇(のう)も、今は防御行動に出ざるを得なかったのだろう。

 素人の動きではあるが、反応速度は圧倒的な神(しん)為(い)の賜(たま)物(もの)だ。

 しかし拳の威力を殺すことは出来なかったと見え、相対的に小柄な体が大きく後方へ弾(はじ)け飛(と)んだ。

 

「やはり……体の芯に響く重圧よ。爾(なんじ)に拳を向けられた者は皆、今の朕(ちん)と同様の感覚なのであろう。それもまた一興……!」

 

 神(じん)皇(のう)の体が光を放った。

 その刹那、魅(み)琴(こと)は身に覚えのある圧力に襲われた。

 神(じん)皇(のう)から全方位に放たれた光が、凄絶なる破壊の圧となって魅(み)琴(こと)の全身に叩(たた)き付(つ)けられたのだ。

 この威力もまた、相変わらず一発で意識を途切れさせる凄(すさ)まじいものだ。

 

 だが魅(み)琴(こと)は踏(ふ)み止(とど)まった。

 幽(ゆ)鷹(たか)と融合した御(お)陰(かげ)で爆発的に高まった神(しん)為(い)が、彼女をこの上なく強力に助けている。

 

「う……オオオオオオオッッ!!」

 

 魅(み)琴(こと)は咆(ほう)哮(こう)し、再び神(じん)皇(のう)に飛び掛かる。

 だが神(じん)皇(のう)は再度、全方位攻撃を容赦無く仕掛けてくる。

 強烈な圧力が血の洗礼を浴びせる様に魅(み)琴(こと)の肉を抉(えぐ)った。

 それでも、魅(み)琴(こと)は痛みを意に介せず神(じん)皇(のう)に突っ込んで行く。

 

「ガアアアアアッッ!!」

 

 肉薄する魅(み)琴(こと)。

 神(じん)皇(のう)、全方位攻撃による三(み)度(たび)の迎撃。

 魅(み)琴(こと)は威力を受け流す様に体を横回転させた。

 そしてそのまま、神(じん)皇(のう)の蟀谷(こめかみ)目掛けて後回し蹴りを放った。

 

『千倍速!!』

 

 魅(み)琴(こと)もまた、持てる力の全てを懸けて勝負を仕掛ける。

 腕でガードした神(じん)皇(のう)が再び大きく弾け飛んだ。

 

「これは……全身全霊を以て迎え撃たねば朕(ちん)とて喰(く)われかねんな……!」

「それが対等の地平に立つということ! 神(じん)皇(のう)、覚悟!」

 

 神の領域に於ける二人の戦いは最高潮を迎えようとしていた。

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