日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十三話『息絶えぬ限り希望を絶やさず』 急

 (こん)(じき)の光に満ちた空間で、()(こと)(じん)(のう)に己の全てをぶつけていた。

 

(勝つ!)

(たた)きのめす!)

 

 両者の闘志が、意地が、(きよう)()が、霊魂が、存在の全てが心身の(せめ)()いを演出し、闘いの歌会を(はや)()てる。

 (たと)えるならばこれは神々の黄昏(ラグナロク)

 見届けるは神の視座のみ。

 

『千倍速!!』

 

 今、()(こと)の拳が久々に(じん)(のう)の顔面を捉えた。

 手数と重さを兼ね備えた猛攻で、とうとう(じん)(のう)の超反応による防御を破ったのだ。

 (じん)(のう)は大きく()()るも、宙返りしながら大きく間合いを離して体勢を立て直す。

 

(うる)()()(こと)さん、()(ちや)しないで。(しん)()を使い過ぎたら元の状態に戻っちゃう』

 

 ()(こと)(のう)()()(たか)の声が鳴る。

 もし彼の忠告通り、この融合状態が解除されてしまえば、今度こそ完全に望みは(つい)えてしまう。

 だが()(こと)には勝負を急がねばならない理由があった。

 

(わか)っているわ。でも、(じん)(のう)の攻撃は全体攻撃で、回避手段が無い。大き過ぎる確定ダメージが入ると解っている以上、最高速で威力を高めないといけない」

『でも……』

「大丈夫。貴方(あなた)()(かげ)(わたし)の体はまだまだ耐えられるから」

 

 ()(こと)は改めて(じん)(のう)に向かっていった。

 (じん)(のう)も全身から光を放ち、全方位攻撃で迎撃してくる。

 ()(こと)が負うダメージは決して小さくないものの、彼女は決して止まらない。

 

(対等の地平に立ったのに、千倍速の拳を何発も当てているのに、(じん)(のう)は平然としている。やはり依然として力の差が大き過ぎる。でも……!)

 

 ()(こと)は確信していた。

 確かに、同じ第四段階「神の領域」でも、両者の(しん)()には途方も無い差がある。

 しかし、それは()(こと)の能力で押し切れない差ではない。

 そして、今は平然としていても継ぎの攻撃に耐えられるとは限らないのが()(こと)の能力の真骨頂である。

 

 対する(じん)(のう)も、それは百も承知している。

 ()(こと)も勝負を急いでいるが、(じん)(のう)にとっても()(こと)の攻撃を何度も食らう訳には行かない。

 今、(じん)(のう)は初めて敵対者の圧をその肌で感じていた。

 

(何十年振りか、己の命運が生と死の(はざ)()()(ゆた)っているこの心地は……!)

 

 (じん)(のう)()(こと)に肉薄され、冷や汗を()いた。

 対する()(こと)は再度己の力を振り絞り、持てる力の全てをぶつけようとする。

 

「アアアアアアアッッ!!」

 

 間合いを詰めた()(こと)の拳が(うな)る。

 (じん)(のう)は防御に出る余裕も無い。

 

『千倍そ……!?』

 

 ()(こと)の拳は空を切った。

 不意に(じん)(のう)の姿が(こつ)(ぜん)と消えたのだ。

 ()(こと)が狙いを外す訳が無い。

 (じん)(のう)は恐ろしい速度で()(こと)の攻撃を回避したのだ。

 

(うる)()よ、(なんじ)に一つ絶望的な事実を告げてやろう」

 

 ()(こと)は声のする方へ振り返った。

 (じん)(のう)(はる)か上空から見下ろしている。

 その姿には(かつ)て無い力と威厳が満ちていた。

 

(なんじ)(ちん)と対等の地平に立った。この決闘空間『()(げん)(そう)(いき)渾沌神籬(まろがれのひもろぎ)』に招かれ、『()()(しん)()葦牙狀代(あしかびのかたしろ)』の姿を解放して戦う資格を得た。しかし、(ちん)の全力をその身に受ける羽目になったという意味では(かえ)って大いなる災禍に見舞われたというべきであろう」

 

 (じん)(のう)の全身がこれまでに無く(まばゆ)い光を放つ。

 しかしそれは全方位攻撃の予兆というよりは、力を()めているといった様相だ。

 

「先程も言ったとおり、(ちん)の真の力をそのまま発揮してしまえば世界は耐えられん。もしこの空間に入らずに今の力を振るえば宇宙の(すべ)てが(ろう)(そく)()を吹き消すが如く()(やす)く消え去るであろう。だが、それは(ちん)の望むところではない。何故(なぜ)ならば(ちん)は破壊者ではなく、支配者だからだ。(ちん)はこの絶大なる(しん)()(もつ)て永久不変の支配体制を()く。(せき)()たる臣民を最も偉大なる民族・強大なる国家へと導き、三千世界の盟主たらしめる。そして(じん)(のう)(しん)()(ばん)(しよう)に君臨して()べるのだ。絶え間なく、(とこ)しえに。それこそが我が千年の(こう)(こく)、永遠の(しん)(こく)である」

 

 (じん)(のう)の光が両手に集約する。

 おそらく、これは全方位攻撃ではない。

 だが()(こと)はそれでも(じん)(のう)の攻撃を回避出来ないと予感していた。

 

(だったら……!)

 

 ()(こと)は歯を食い縛った。

 (かわ)せないならば、躱さずに突っ切る。

 今までも全方位攻撃に対してそうしてきたのだから、やることは何も変わらない。

 

「来い!」

「良いだろう。凡てを容易く()()して余りある(ちん)の全身全霊、絶対の支配者が振るう(こん)(しん)の破壊暴威、受けて無に帰すが良い!」

 

 (じん)(のう)の両腕が突き出され、極大の光柱が刹那の間も置かずに()(こと)()()んで(ほとばし)った。

 本来ならば即座に消滅して何一つとして感じられぬところだろうが、超絶に感覚力を高められた()(こと)はこの世に存在し得る凡ての苦痛を全身に(たた)()けられた様な圧力を全身でゆっくりと感じていた。

 おそらく、無間地獄や大紅蓮地獄の苦痛はこのようなものなのだろう。

 

 一方で、(じん)(のう)は確かな手応えに勝利を確信した。

 (まぐ)れも無く全身全霊を込めた、究極の破壊力が(さく)(れつ)したのだ。

 ()()(うる)()()(こと)(じん)(のう)にとって空前絶後の強敵であろうと、跡形も残らず消えた(はず)だ。

 実際、消える筈だった。

 

 だが光が収まった時、(じん)(のう)は両目を皿の様に見開いて(きよう)(がく)した。

 (じん)(のう)の目の前には、全身の肉が(えぐ)()られて骨を()()しにした()(こと)が迫っていたのだ。

 片側の(まぶた)(ほお)()()ちて眼球と奥歯を剥き出しにしたその姿には()(はや)嘗ての美貌の面影など全く無い。

 生きて動けるのも不思議な状態だが、それでも()(こと)(じん)(のう)(なお)も肉薄し、拳を振り被っていた。

 

「あり得ぬ!」

「ガアアアアアアッッ!!」

 

 ()(こと)の拳が(じん)(のう)に襲い掛かる。

 だがそれは今までとは比べるべくもない、力任せで大振りの雑な拳だった。

 (じん)(のう)は容易く躱す。

 しかし、拳は鼻先を(かす)めた。

 

「ぐっ!」

「オオオオオオオオッッ!!」

 

 ()(こと)は鮮血を()()きながら追撃の蹴りを振るう。

 この連撃までは躱し切れず、(じん)(のう)鳩尾(みぞおち)に蹴りを食らった。

 当然、二発の攻撃は共に千倍速の超撃である。

 そしてとうとう、(じん)(のう)は己の体に異変を覚えた。

 

「がはっ……!」

 

 (わず)かな吐血。

 しかし、それは闘いの(すう)(せい)()ける決定的な変曲点である。

 (じん)(のう)は大きく蹴り飛ばされたが、それ以上に()(こと)と間合いを引き離した。

 彼は今初めて戦局に焦燥を覚え、逃げ腰となって身を退かせたのだ。

 

 対する()(こと)にとって、これは明確な勝機である。

 相手に少しでもダメージが入った以上、次の攻撃が決まれば確実に勝利となる。

 

(ここが勝負所! 必ず決める!)

 

 ()(こと)は気を抜くとバラバラに千切れてしまいそうな肉体に(むち)()って最後の気力を振り絞る。

 後少し、(じん)(のう)(たお)すその時まで保つようにと強く念じながら、決着へ向けて飛び掛かっていった。

 

 一方、迎え撃つ(じん)(のう)の胸中には敗北の予感が何度も去来していた。

 

(いかん、全身全霊の(しん)()で仕留め切れんとは()(すが)に想定外。損傷も蓄積し、最早全方位攻撃を繰り出す(しん)()は無い。後一撃でも受けてしまえば終わる……!)

 

 (じん)(のう)は皇位に就いてから初めて敵対者を畏怖していた。

 追い詰められた彼は考える。

 

 同じ地平に立ったとはいえ、力量はまだ自分の方が圧倒的に上だった筈だ。

 にも(かか)わらず、自分の方が逆に窮地に立たされているのは何故か。

 全身全霊の(しん)()で攻撃しても、()(こと)()(こた)えられたのは何故なのか。

 

 何故耐えられる、何故立ち向かって来られる。

 あれ程に、無残な程に傷付きながらも命に手を掛けようとしているその力は何処(どこ)から来たのか。

 何が自分との差を詰めたのか。

 

 (じん)(のう)はその答えを何となく察していた。

 しかしそれは(たま)らなく腹立たしく不愉快なものだった。

 

「愛故かッ! 祖国の民への愛ッッ! (すなわ)ちこの状況、(ちん)に民への愛が足りぬが故かぁッッ!!」

 

 ()(こと)(じん)(のう)も、互いに国の(ため)に戦っている。

 二人は共に、この闘いの結果如何によって自らの国を揺るがすことになってしまう。

 故に、闘いに負けられないのは実は(じん)(のう)も同じである。

 

 だが、その本質は両者で大きく異なる。

 ()(こと)の出発点は愛する人を守りたいという思いである。

 (わたる)から、家族から、親しい人々から、彼らと共に日々を生きた国へ、同じ様な思いで営む同胞(はらから)へと守るべき対象を広げ、命を投げ出す闘いに身を投じた。

 

 対する(じん)(のう)()ず国家である。

 恭順する者に惜しみ無く際限無く与えつつ、(はん)(ぎゃく)する者を生かさず殺さず(なぶ)ろうとする君主論を()(かざ)しながら、絶対的な支配体制を維持しようとしている。

 それは(ひとえ)に、彼の民衆に対する拭い切れぬ不信感に立脚した思想だ。

 

 今日の時代に於ける(おお)(やま)()(みかど)()(さわ)しきは、民に寄り添い共に歩む道へと至りし天皇(なり)、力の支配に(たの)み民の上に君臨しようとする(じん)(のう)(あら)ず――闘いを前にした()(こと)の言葉が、その裏に含んだ真意を伴って脳裡に(よぎ)る。

 

「認めぬ!」

 

 (じん)(のう)(てのひら)に光が収束する。

 全方位攻撃では無い、通常の(しん)()解放攻撃で()(こと)にと止めを刺そうと試みる。

 

(あの様子、敵も最早限界は近い! 押せば倒れる状態ではないか! ならば全方位攻撃など必要無い! この一撃を炸裂させれば(ちん)の勝ちよ!)

 

 (まん)(しん)(そう)()()(こと)もまた、一撃で(たお)れてしまうだろう。

 (いや)、それ以前に闘いが長引けばそれだけで体力が底を突いて力尽きるかも知れない。

 だが、(じん)(のう)はそれを良しとしない。

 彼の圧倒的強者・支配者としての自負がそれを許さない。

 

 逃げ切りではなく、あくまでも()()せる。

 帰還して体制を奪還した時から、(じん)(のう)にとって勝利とは自らの力で(つか)むものだ。

 それこそが(じん)(のう)の矜持であった。

 

「負けぬ、逃げぬ! (ちん)(じん)(のう)! 森羅万象を統べる者! 三千世界の大帝(なり)!!」

 

 意を決した(じん)(のう)もまた、自ら()(こと)に接近する。

 彼にとって、数十年振りに魂を()(じよう)に載せて賭けに出たのだ。

 

 対する()(こと)も、そんな(じん)(のう)の決意を察して加速した。

 この神々の黄昏(ラグナロク)(いよ)(いよ)最終局面。

 交錯の後に立っているのは(いず)れか一人のみ。

 それは互いの国の命運を決することをも意味する。

 

 日本と(こう)(こく)、その二本に別れた線が交わり、火花を散らす。

 間も無く決着の刻。

 

(凡てを出し切る! 骨も残さない!)

(何も変わらぬ! 叩きのめすのみ!)

 

 二人は互いの間合いに入った。

 ()(こと)は必殺の拳を振るう。

 両者とも限界が近い今、武の心得がある()(こと)の方が攻撃の動作は圧倒的に速い。

 それは互いに承知の上である。

 

 (じん)(のう)にとっての賭けとは、この一撃を完璧に躱さなければならないということだった。

 全神経を研ぎ澄まし、凡ての(しん)()を回避の為の近くに総動員する。

 

 ()(こと)の拳は空を切った。

 (もく)()()(かな)った(じん)(のう)は光る掌を突き出し、攻撃終わりに合わせようとする。

 至近距離からのカウンター、回避は困難だ。

 ()(こと)にとって致命的な光が(じん)(のう)の掌から解放され、力の奔流となって襲い掛かる。

 

 しかし、()(こと)(てん)(ぴん)は生半可なものではない。

 この状況から彼女は、わざと足を滑らせる様に体勢を崩し、上体を反らして(じん)(のう)の攻撃を躱したのだ。

 それは勝利を掴み、愛する者を守る為の、執念の底力である。

 

 だが(じん)(のう)はそこから、攻撃の為に突き出した右手を振り下ろし、()(こと)の乳房を(わし)(づか)みにした。

 小さな手の指が肉に食い込み、()(こん)のレオタードに血が(にじ)む。

 身体を掴んで直接攻撃を(たた)()もうというこの状態、()(こと)は逃れる術が無い。

 まさにこれこそが(じん)(のう)の真の狙いだった。

 

「滅せよオオオォッッ!!」

 

 (じん)(のう)は勝利を確信するも、しかし気付いていなかった。

 何故()(こと)が足を滑らせるだけでなく、(わざ)(わざ)上体を反らしたのか。

 そう、これは追撃の予備動作。

 ()(こと)は身体を(ねじ)り、回し蹴りを、決着の一撃を(じん)(のう)に向けて振るっていた。

 

「アアアアアアアアアッッ!!」

 

 胸に指を突き立てた(じん)(のう)もまた、()(こと)のこの一撃を回避する手段が無い。

 今度は()(こと)の方が全身全霊、己の身も心も人生も何もかもを振り絞った攻撃を繰り出す。

 

『一万倍速ッッッッ!!』

 

 ()(こと)の回し蹴りが(じん)(のう)蟀谷(こめかみ)に炸裂した。

 その(さく)(れつ)(おん)は、この決闘空間でなければ森羅万象の凡てを無に帰す(すさ)まじい圧で響き渡った。

 

 (ごう)(おん)と共に光の空間は砕け散り、(じん)(のう)は猛スピードで「(てい)(じょう)」本社の屋上庭園の入り口近くに激突し、クレーターを作った。

 同時に、()(こと)もまた庭園の塀近くに落下した。

 

 倒れ伏した両者の身体は元の大きさに戻った。

 ()(こと)の方は身体から光が(あふ)れ、漏れて集まって()(たか)の姿を(かたど)った。

 全ての力を出し切った二人は元通りに分離したのだ。

 ()(こと)は一人、拳を握り締めた。

 

「勝った……。勝った……!」

 

 ()(こと)の片目に涙が溢れていた。

 先程の悔し涙ではなく、大願成った(ばん)(かん)の涙である。

 

(わたし)が間違っていたわ……」

 

 ()(こと)(ほほ)()みを浮かべ、傍らに横たわる()(たか)の頭を()でた。

 この勝利は彼の力無しには()()なかった。

 (さき)(もり)(わたる)が結んだ縁こそがこの勝利に(つな)がったのである。

 一人では何一つとして為し得ない無力な存在とは自分の方だったではないか。

 

 その時、()(こと)の第六感が(はし)った。

 離れた場所で倒れ伏す(じん)(のう)の心臓が動いている。

 虫の息ながら、まだ辛うじて生きているのだ。

 

「殺さないと……、やり遂げないと……」

 

 ()(こと)(じん)(のう)に向けて身体を()わせる。

 もう立ち上がることは出来ないが、(じん)(のう)を命拾いさせる訳には行かない。

 (しん)()を使い果たしてしまえば当分は戻らないが、それでも期間が空けば復活してしまう。

 そうなれば、この闘いそのものが(もと)(もく)()()となってしまう。

 

(それだけは避けないと……。大丈夫、(しん)()の無い今の(じん)(のう)(ただ)の人。(むし)ろ人よりもか弱い痩せた小男。今の(わたし)でも、(ほとん)ど唯の女と変わらない力しか残っていない(わたし)でも、首を絞めれば簡単に息の根を止められる……)

 

 動かない(じん)(のう)()()()(こと)

 満天の月と(きら)(ぼし)が、主を(うしな)おうとしている(とう)(きょう)の夜景が、柔らかな虹色の光で満身創痍の男女を照らしていた。




次回更新は1月6日月曜日です。
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