日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十四話『誤算』 急

 その後、(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・カムヤマトイワレヒコは立ちはだかる近衛師団を初めとした(こう)(こく)軍の()(どう)()(しん)(たい)の包囲網を無事突破し、(こう)(かい)上を北上して日本国は横田飛行場へと向かっていた。

 機内の操縦室「(なお)()()(だま)」には前後の操縦席「(あらみ)(たま)(くら)」と副操縦席「(にぎみ)(たま)(くら)」にそれぞれ二名ずつの乗員が所狭しと並んで(すわ)っている。

 操縦席には操縦士の(さき)(もり)(わたる)と、その脇に救助され意識を失っている(くも)()()(たか)が、副操縦席には()()()(しこ)の肉が(えぐ)れてボロボロの状態に追い込まれた(うる)()()(こと)と、兄を求めて付いて来た(くも)()()()()が位置取っていた。

 

()(たか)君、大丈夫か? 生きてはいるけど、死んだ様に眠っている……」

 

 (わたる)()(たか)の状態を心配していた。

 普段と様子が違うことには()()()も気が付いているらしい。

 

()(にい)(さま)のことですから、今までとは違う新しい力を使ったのかも知れません。その様子だと、当分は目を覚まさないかも知れないですね……」

「そうか……」

 

 (わたる)が理解出来たこと、それはそこまで()(たか)が尽力して(なお)()(こと)の完璧だと思われた四肢の筋がズタズタに引き裂かれ、それでいて相手には止めを刺しきれなかったという、(じん)(のう)(すさ)まじいまでの強大さだった。

 その相手は()(こと)以外には到底対(ところ)出来ず、()(こと)ですら単独では対処し切れなかった。

 

 (わたる)は自らの脇腹を(さす)る。

 痛むのではなく、(むし)()(こと)に打たれたにも(かか)わらず大して痛まず、思う処があった。

 

「全く、惨めなものね……」

 

 そんな(わたる)の仕草を気取ったのか、()(こと)は自嘲的に(つぶや)いた。

 ボロボロの、二目と見られない無残な姿を(さら)し、()すべきと心に誓った使命を()すことも出来ず、その使命を選ぶべく自ら切り捨てた男に命を拾われたのだ。

 彼女がそういった心境に至るのも無理は無いだろう。

 

 (しば)し、()()()い沈黙が流れた。

 (わたる)はどういう言葉を掛けようか、迷って考えを巡らせる。

 事の経緯(いきさつ)経緯(いきさつ)だけに、優しい慰めの言葉など出て来ない。

 (ただ)一つの感情を持って、残酷な言葉を告げてしまった。

 

()(こと)(きみ)の負けだ」

 

 (わたる)の言葉を受け、()(こと)は舌打ちして恨めしそうな()(にら)む。

 

(わか)りきったことを……! 結果を見れば一目瞭然でしょう。あんな態度で貴方(あなた)を突き放しておいて、結局一人じゃ何も出来なかったんだもの。助けに入ってみたら(わたし)がこの様で、(さぞ)かし(りゆう)(いん)が下がったことでしょうね……!」

 

 ()(こと)の震える手は指が(へしや)げ、拳を握り締めることすら出来ない。

 唯わなわなと震えることでしか、彼女は自分の感情を表せないでいた。

 

「でもあそこであの男さえ、第一皇子さえ現れなければ、邪魔さえ入らなければ最後まで殺し切れていたのに……!」

 

 ()(こと)は無事な片目から涙を(こぼ)し、声を殺して(むせ)()いていた。

 彼女は(じん)(のう)との戦いに日本の国運、その全てを背負って挑んだのだ。

 その無念は計り知れない。

 しかしそれを差し引いても、次に出て来たのは筋違いの批難だった。

 

(わたる)貴方(あなた)も邪魔をした……! 貴方(あなた)が手を離してくれていれば、まだ最後のチャンスはあったのに……! 貴方(あなた)の……貴方(あなた)のせいで……」

()(こと)、もう黙れ」

 

 (わたる)は静かな、しかし少し強めの語調で()(こと)の言葉を遮った。

 これ以上は聞きたくなかった。

 (きつ)()、彼女自身も言えば言うほど辛く、惨めな気持ちが増すだけだろう。

 現に()(こと)(うつむ)き、(わたる)への批難を()()めた。

 

「ごめんなさい。()(すが)に最低だったわ……」

「うん、悪いけれど第一皇子が出て来た時点で暗殺成功の目は無くなっていただろう」

(わか)ってはいるのよ。唯、()()れられなかった。(わたし)が生きてきた意味が、自分の人生が無価値だったってことを……」

 

 (わたる)は一つ溜息を吐いた。

 やはり、彼女にはどうしても伝えなければならない。

 

(きみ)は何も解っていないよ。さっき(ぼく)(きみ)の負けだと言った。でも、それは(じん)(のう)との戦いのことじゃない。その勝ち負けは今の(ぼく)にどうこう言えるようなレベルのものじゃない」

「え……?」

 

 顔を上げた()(こと)に対し、(わたる)は背中越しにその真意を伝える。

 

(きみ)(ぼく)との勝負に負けたんだ。結局(きみ)(ぼく)()(せつ)(かい)を止められなかったんだからな。(きみ)(ぼく)に、自分を嫌わせることが(つい)に出来なかった。だから空港でやったあの勝負は(きみ)の負けなんだ」

 

 (わたる)の言葉を受け、再び()(こと)の目線が下がった。

 その表情は先程までの自嘲に加え、(わたる)への(あき)れも多分に含んでいた。

 

「成程ね。確かに(おつしや)るとおりだわ。あれで()()ててくれないのなら、一体どこまでやれば良かったのよ……。今まで何一つとして(わたし)に勝ったことなんか無かった癖に……」

「これこそが(きみ)の生涯で一番無謀な勝負だったんだよ」

「そ……。それはしんどいわね。どんな傷よりも胸が痛むわ。(わたし)はもう一生、貴方(あなた)と向き合える気がしないもの……」

「それは(ぼく)が困るな……」

 

 (わたる)は席の下で足を動かし、一つの操作を行う。

 

『あ、もしもーし』

(びやく)(だん)さん、度々済みません。(さき)(もり)です」

 

 室内に(びやく)(だん)(あげ)()の声が鳴った。

 (わたる)は機体の通信機能を使い、(びやく)(だん)に電話を掛けたのだ。

 

「申し訳無いですけど、近くに(すめらぎ)大臣はいらっしゃいますか? 貴女(あなた)の番号しか分からなくて……」

『あ、じゃあ替わりますねー』

 

 (びやく)(だん)の声が(すめらぎ)(かな)()を呼び出した。

 

『もしもし。お電話替わりました、(すめらぎ)です』

(さき)(もり)です。(くも)()()()()と共に(こう)(こく)に入り、(うる)()()(こと)(くも)()()(たか)を回収。(こう)(こく)勢力圏も無事突破しましたので、間も無く横田飛行場へ帰還します」

『そうですか……! 良かった、本当に良かった……!』

「後三十分くらいで着くと思います」

『解りました。それで、娘の状態と戦果をお聞かせ願いますか? 今後の方針に関わりますので』

「はい。まず、(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・カムヤマトイワレヒコは輸送任務中に何度か敵機と交戦したものの、損傷は無し。()(こと)(じん)(のう)暗殺に失敗して重傷を負っています。但し、(じん)(のう)(こん)(すい)状態に陥った模様。(くも)()()(たか)も昏睡し、当分は目を覚まさないであろう、とのことです。(ぼく)が把握している分には以上ですね」

『成程……』

 

 (すめらぎ)の声はどこか(あん)()している様に聞こえた。

 

『娘は(じん)(のう)を殺せなかった。しかし、状況から察するに(じん)(のう)もまた(しん)()が底を突いたということですね。おそらく、互いに当分は(しん)()が戻らないでしょう。(こう)(こく)は国家として巨大なエネルギー源・インフラに大打撃を受け、軍を本来の形では運用出来なくなる。日本国としては首の皮一枚(つな)がった、といったところかしら……』

 

 そう、()(こと)(じん)(のう)の暗殺を(かん)(すい)こそ出来なかったが、日本を全く救えなかった訳ではない。

 (こう)(こく)とは依然として国力・軍事力差があるものの、(ひと)()(しばら)くは戦うことが出来る状態に持っていった。

 

『そして(さき)(もり)さん、貴方(あなた)はこれから始まる戦いに一筋の希望を示してくれました。感謝します』

「いいえ、大臣。それはまだ……」

『……そうですね。ところで、この会話は娘に聞こえていますか?』

「はい」

 

 姿こそ見えないが、()(こと)は自分に言葉を向けられると聞いて顔を上げた。

 

()(こと)ちゃん、貴女(あなた)の話に乗った(わたくし)(けい)(そつ)だった。監視役に()()(びやく)(だん)を付けたつもりだったけれど、貴女(あなた)が死地へ向かうのを止められるべくも無かった。この上で貴女(あなた)に死なれてしまったら、(わたくし)はあの世で()(つる)さんに顔向け出来なかったわ。貴女(あなた)を連れ戻す為に(さき)(もり)さんを危険な目に遭わせてしまったこと、どうか(もと)してほしい。そして、生きて帰って来てくれそうで、本当に良かった』

 

 ()(こと)(こた)えを返すのに少しの間を要したようだ。

 

()(かあ)(さま)、駄目な娘でごめんなさい」

『およしなさい。さっきも言ったけれど、貴女(あなた)()(かげ)で日本国の命運は保たれたのよ。どのような経緯であれ、それは貴女(あなた)の決意と行動が引き寄せたもの。命懸けで国を救った者を(おとし)めるのは、それが仮令(たとえ)自分自身のことであってもおよしなさい。それは一億人以上の人生を救ったことを意味するのだから。それらの価値の総和が、そのまま貴女(あなた)の価値なのだから』

 

 娘を(とが)める(すめらぎ)の言葉を聞いた(わたる)は小さく笑みを零した。

 そこには一つの納得があった。

 

(すめらぎ)大臣、幼馴染の母親だというのに、今日は随分久々にお目にかかりましたね。でも出発前と今と、既に二回も貴女(あなた)()(こと)の母親なのだと()に落ちましたよ」

(さき)(もり)さん、後のことは(なに)(とぞ)(よろ)しく()(ねが)いいたします』

「はい、なるべく早くに戻ります」

 

 (わたる)(すめらぎ)との通話を切った。

 (すめらぎ)が自分の言いたかったことをかなり言ってくれた。

 電話をして良かったと思いながら、(わたる)は改めて()(こと)に声を掛ける。

 

「そういうことだ、()(こと)。自分のことを無意味だの、無価値だの、そんな風に言うもんじゃない。(きみ)の身を案じ、無事に帰ることを願って尽力してくれた人は(ぼく)以外にも大勢居るんだ。(きみ)のお母さんも、()(たか)君も、()()()ちゃんも、勿論()()さんも(びやく)(だん)さんも……」

「それを言いたいが為に御母様に繋いだの?」

「そうだね。ま、実を言うと(ぼく)も人のことは言えないんだけどね。(きみ)のことで色々と揺れ動いて、帰る気が無くなっちゃったこともあったし……」

「そ……」

 

 ()(こと)の表情が(ようや)(ほころ)んだ。

 気が抜けて笑ってしまった、といったところだろうか。

 

(わたる)、随分(ひど)い事をしたし、酷い言葉をぶつけてしまったわね。本当にごめんなさい」

()(こと)、まずは帰ってゆっくり休もう。色々あって疲れているだろう? (ぼく)達のことは、落ち着いてから沢山話そうじゃないか。今までのことも、これからのことも……」

 

 二人の心が再び繋がっていく。

 ボロボロになった(きずな)は切れていなかった。

 ならばまた堅固に結び直せば良い。

 心做しか、室内が明るくなった気がした。

 

(わたる)、助けに来てくれて、本当にありがとう」

「ああ、もうすぐだ! やっと日本に帰れるぞ!!」

 

 (ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・カムヤマトイワレヒコは後十数分で日本に入る。

 今漸く、漸く、(さき)(もり)(わたる)の帰国への長い長い旅路は終点へと辿(たど)()こうとしていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 所変わり()()かの闇の中、(ろう)(そく)(とう)()だけが邪悪な円卓を怪しく照らしていた。

 囲って膝を突き合わせるは四人、美女・少年・偉丈夫・老翁。

 ゴシックファッションに身を包んだ長身の美女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)が深々と溜息を吐いた。

 

「まさか(じん)(のう)が敗れるとは……大誤算だったわね。(あたくし)の尋常ならざる眼を(もつ)てしても見えなかった……」

 

 一連の事態の中、四人は暗躍を重ねていた。

 立体駐車場での、六摂家当主と()(おと)()(せい)()()による襲撃に失敗したときから、今回の大掛かりな仕掛けが動いていたのだ。

 狙いは大きく二つ、拉致被害者と日本政府の使者を闇に葬ることと、日本と(こう)(こく)を開戦させることである。

 

 四人は()ず、(きのえ)()(くろ)の排除へと動いた。

 理由としては、(つき)(しろ)(さく)()を当時の首相・(のう)(じよう)()(づき)(もと)へと戻らせる必要があったからだ。

 その為、(つき)(しろ)(こう)(どう)()(しゅ)(とう)青年部長としての立場を利用し、()()(はた)()()()の訴えが()()(はた)(さい)(ぞう)(とお)(どう)(あや)()に、そして皇族へと伝わるように取り計らった。

 

 (のう)(じよう)の許へ戻った(つき)(しろ)は、続いて(のう)(じよう)を陥れて隠れ主戦派である()()()(ふみ)(あき)に首相を交代させる。

 (つい)でに(のう)(じよう)の軽はずみは発言を演出して軍事行動の理由を付け(やす)くする布石も打つ。

 

 事態が動いたら、そこからは(わたる)達の排除に作戦を移す。

 ()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)によって第三皇女・(こま)()(かみ)(らん)()を動かし、拉致被害者や日本政府の使者を全員葬り去る。

 その間、()(こと)が空港に到着しないよう()(おと)()(せい)()()ともう一人の老翁で妨害を仕掛ける。

 

 後は、()(こと)()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)の手で(こま)()(かみ)を、(じん)(のう)の手で()(こと)を始末してしまい、一連の工作で接触した相手を全て消し去る。

 以上が、今回この四人の仕掛けた策の全容である。

 

 発起人である軍服の老翁は猫面を外し、狂気に満ちた(しら)(ひげ)面を(さら)していた。

 

「まあ、良いではありませんか。(ねずみ)共の排除はあくまで序でに御座います。我々にとって重要なのは()にも(かく)にも、(こう)(こく)の軍事力によって皇室を、日本国を滅ぼすことなのですから(のう)

「しかしな、『()(こく)(てん)』よ」

 

 (まげ)を結った(かみしも)姿の偉丈夫・(つき)(しろ)(さく)()が老翁に厳しい眼を向けた。

 

「果たして、(じん)(のう)(しん)()を抜きにした新皇軍でも日本国の軍勢を制圧出来るのか?」

「それは問題ありますまい。この(わし)が保証しますぞ」

 

 老翁は胸を張るが、(つき)(しろ)は尚も()(げん)そうな眼をしていた。

 そんな彼を(なだ)めるように口を開いたのは総角(あげまき)髪をした朝服の少年・()(おと)()(せい)()()だった。

 

「ま、(いよ)(いよ)となれば(ぼく)の組織を利用して別のオプションを発動するまでさ。その為の下準備も済んだからね」

 

 今回、()(おと)()が首領補佐として籍を置く(はん)(ぎやく)組織「()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)」も動きを見せた。

 それもまた、彼らの思惑から事態が()れたときの為の保険である。

 

「まあ済んだことはもう良いでしょう」

 

 ()(りゆう)(いん)が白い歯を見せて笑った。

 

(さく)()君は御苦労様。ここからは貴方(あなた)の仕事よ」

 

 他の三人の視線が老翁へと集まる。

 

(かしこ)まりました。今回の策に引き続き、必ずや日本に悪夢を(もたら)しましょうぞ。この()(ごく)()(さぶ)(ろう)が……」

「ああ、それだけれどね」

 

 ()(りゆう)(いん)は一枚の紙を差し出した。

 

「今回のことを鑑みて、貴方(あなた)()(さわ)しい名前を考えておいたわ。御覧なさい」

 

 老翁・()(ごく)()(さぶ)(ろう)は差し出された紙に書かれた文字を見て(ほく)()()む。

 

「成程。確かに、(わし)が名乗るにこれ以上の名は無いでしょうな」

「歓迎するわ、()(ごく)()(さぶ)(ろう)改め、(うる)()(みつ)(なり)君。ようこそ、(あたくし)達『(しん)(えい)(たい)()(てん)(のう)』の盟へ……」

 

 闇の中、四人は日本の存亡を脅かす恐ろしい陰謀を巡らせていた。

 そしてその中には、()(こと)(じん)(のう)暗殺の使命を背負うことになった元凶たる(そう)()()()(ごく)()(さぶ)(ろう)の姿があった。

 (うる)()(みつ)(なり)と名を変えた彼は、(ぞう)()と狂気に満ちた眼で蝋燭を睨んでいた。

 そして一筋の光すらも拒むかの如く、その()を吹き消してしまった。

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