日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十五話『帰還』 急

 病室で関係性を前に進めた航(わたる)と魅(み)琴(こと)の様子を、室外の根(ね)尾(お)と兎(と)黄(よ)泉(み)が扉の影から窺(うかが)っていた。

 

「岬(さき)守(もり)航(わたる)さん、頑張りましたですね」

「流(さ)石(すが)に事此(こ)処(こ)に至っても言えないようでは最(も)早(はや)望みなど無かっただろうからな。世話の焼ける男だ」

 

 親しい二人の関係性と今後というプライベートな話し合いを盗み聞きするというのは褒められた行いではないだろう。

 

「逆にそれが上(う)手(ま)く嵌(は)まったとも言えるか。このタイミング以外では麗(うる)真(ま)君は岬(さき)守(もり)君を振らざるを得なかっただろうからな」

 

 根(ね)尾(お)は温かな眼(め)で二人の様子を見守っていた。

 彼もまた麗(うる)真(ま)家の因(いん)縁(ねん)と宿命に深く関わり、魅(み)琴(こと)の使命と運命を憂(うれ)えていた男である。

 その彼女が愛する人と手を取り合う結果に至ったことに思う処(ところ)があるのだろう。

 

「あ、見てください根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)さん」

「距離近いな。早速イチャ付き過ぎだろう」

 

 丁度、魅(み)琴(こと)が航(わたる)の手を引いて耳元で囁(ささや)いたところだった。

 

「あの二人、横で御(お)兄(にい)様(さま)が寝ていること忘れてません?」

「幸せを噛(か)み締(し)めるのは結構だが、羽目を外し過ぎんように釘(くぎ)を刺した方が良いかもな」

 

 根(ね)尾(お)が快とも不快とも言えないもどかしさから微妙に苦い表情を浮かべていると、彼のポケットでスマートフォンが振動した。

 皇(こう)國(こく)で使用していた端末とは別の、国内で使用していた本来のものだ。

 

「兎(と)黄(よ)泉(み)君すまん。少し電話を折り返して来る。先にあの二人と合流しておいてくれ」

「兎(と)黄(よ)泉(み)も付いて行くですよ。もう少し二人で居させてあげましょう」

「……ああ、そうだな」

 

 根(ね)尾(お)は眉根を寄せて病室で談笑する航(わたる)と魅(み)琴(こと)に目を遣(や)り、そして背を向けた。

 

「暫(しばら)くは態(わざ)々(わざ)釘を刺さんでも良さそうだな……」

 

 二人は電話スペースへ向かい、病室から離れた。

 

⦿

 

 病室では引き続き航(わたる)と魅(み)琴(こと)が談笑していた。

 二人の間にあった諸(もろ)々(もろ)の蟠(わだかま)りも解け、これからは健全な恋人同士として未来へ歩んでいくだろう。

 ここから先、関係が再び拗(こじ)れないとも限らないが、今まで経験した以上のトラブルがあるとも考え難(がた)い。

 

「神(しん)為(い)、全く無くなってしまったのかい?」

「ええ、暫くは普通の人間として生活せざるを得ないわね。兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんの御(お)陰(かげ)で怪(け)我(が)は跡形も無く治るっていうのは救いだけれど」

「普通の人間、ねえ……」

 

 航(わたる)は思い出す。

 魅(み)琴(こと)は超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を素(もと)手で解体するほどの膂(りよ)力(りよく)の持ち主だ。

 しかもその行為(ため)は神(しん)為(い)の強化無しで行わなくてはならない為、完全な素の力なのだ。

 

「君(きみ)は神(しん)為(い)無しでも普通じゃないだろう」

「それもそうね」

 

 魅(み)琴(こと)は生まれついての神(しん)為(い)の使い手である。

 従って、一度神(しん)為(い)を使い果たしてしまうと回復するまで相当の期間を要するのだ。

 そしてそれは神(じん)皇(のう)もまた同じである。

 裏を返せば、神(じん)皇(のう)は相当の期間の後に元の状態に回復する。

 

「それまでが勝負か……」

「え?」

「あ、いや……」

 

 航(わたる)は小さく呟(つぶや)いたところを魅(み)琴(こと)に聴かれ、はぐらかした。

 この平和は束(つか)の間(ま)のものである。

 だがそれは紛(まぐ)れも無く魅(み)琴(こと)が齎(もたら)したもので、だからこそ航(わたる)は魅(み)琴(こと)がより好きになった。

 

「早く元気になりなよ」

「勿(もち)論(ろん)よ。あ、でも……」

 

 魅(み)琴(こと)は再び意地悪な微(ほほ)笑(え)みを浮かべた。

 

「入院している間は彼氏の航(わたる)が何をしているか把握出来ないわね」

「あ、うんまあ、それは大丈夫だよ。僕(ぼく)を信じて」

「いいえ、別に良いわよ、浮気しても」

「え?」

 

 意外な言葉に驚く航(わたる)だが、魅(み)琴(こと)は満面の笑みでその真意を告げる。

 

「その代わり、浮気したらお仕置きとして昨日の続きが待っているわよ」

「アッハイ」

「今度こそ貴方(あなた)をたっぷり時間を掛けて完全に壊してしまうのも、それはそれで愉(たの)しくなりそうだから、私(わたし)はどちらでも構わないわ。それでも良いならどうぞ」

「勘弁してください一生貴女(あなた)に操を立てます」

 

 それは彼女ならではの警告と脅迫だった。

 航(わたる)は青(あお)褪(ざ)めながら、もう魅(み)琴(こと)から一生逃げられなくなったのだと悟った。

 

(人生終わったかも……)

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)一筋な様に見えて、意外と心が揺れ動く青年である。

 魅(み)琴(こと)はそんな彼のことを能(よ)く見抜いているのかも知れない。

 しかし、本命から眼を逸(そ)らさずに済むのならそれは幸せでもあるだろう。

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)に人生を終わらせてもらえることに感謝した方が良い。

 

「ま、大丈夫だよ魅(み)琴(こと)。入院中のことは心配しなくて良い」

「どうだか」

「いや、本当に心配無いんだ」

 

 航(わたる)は確信を持って、魅(み)琴(こと)の眼を真(まつ)直(す)ぐ見て言った。

 

「その間、僕(ぼく)には一寸(ちよつと)やらなきゃいけないことがあるからね」

「え……?」

 

 意味深な航(わたる)に魅(み)琴(こと)は驚きを見せた。

 と、そこへ根(ね)尾(お)と兎(と)黄(よ)泉(み)がやや急ぎ足で入ってきた。

 

「岬(さき)守(もり)君、事態が動いた。俺(おれ)と一緒に横田飛行場へ向かうぞ」

「そうですか。わかりました」

 

 突然根(ね)尾(お)に同行するよう求められた航(わたる)だったが、彼は最初から解(わか)っていたかの様に何の疑問も挟まずに立ち上がった。

 流石に魅(み)琴(こと)は訳が解らないようで、困惑したように問い掛ける。

 

「どういうことですか?」

「麗(うる)真(ま)君、岬(さき)守(もり)君は行かなければならないんだ。皇(こう)國(こく)は昨日、日本に宣戦布告してきた。その後、君(きみ)が神(じん)皇(のう)を一時的に行動不能にしてくれた御陰で取(と)り敢(あ)えずの命運は繋(つな)がったが、それでも皇(こう)國(こく)が完全に諦めた訳じゃない」

「え……?」

 

 魅(み)琴(こと)は青褪めて瞠(どう)目(もく)した。

 今の根(ね)尾(お)の言葉と、航(わたる)が「行かなければいけない」という事情を考えると、最悪の想像が自(おの)ずと浮かび上がる筈(はず)だ。

 

「まさか、航(わたる)を戦場へ行かせるつもりですか? どうして!」

「超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコだ。あの機体には二つの重大な欠陥がある。一つは、波動相(そう)殺(さい)を発動させてしまうと神(しん)為(い)の発光を抑えられないというもの。これは感覚による察知を主とする為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の戦闘に於(お)いてマイナスとなる。そしてもう一つ、此(こ)方(ちら)はより兵器として最悪と言わざるを得ないのだが……」

 

 根(ね)尾(お)は苦しそうに眼を閉じ、忸(じく)怩(じ)たる思いを覗(のぞ)かせながら続ける。

 

「カムヤマトイワレヒコは、操縦士が性能を発揮すればするほど個人に適合してしまう。もし限界性能で飛行したり、激しい戦闘を行ってしまったりとすると、最早その人物以外には動かすことが出来なくなってしまうのだ」

 

 根(ね)尾(お)が告げた事実、それはあまりにも過酷で残酷なものだった。

 現状、日本国が皇(こう)國(こく)と戦う上で超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコを抜きにすることなどあり得ない。

 国産為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は開発が始まったばかりで、壱(いっ)級(きゅう)以下も稀(き)少(しよう)であるし、超(ちよう)級(きゆう)に関してはカムヤマトイワレヒコしか存在しないのだ。

 つまり、そのカムヤマトイワレヒコを操縦出来るのが航(わたる)唯一人となってしまった以上、皇(こう)國(こく)との戦争に航(わたる)を欠くことなど出来なくなってしまったということである。

 

「それって……。私(わたし)を助ける為にあれに乗ったから……」

 

 魅(み)琴(こと)は震え始めた。

 

「私(わたし)のせいで航(わたる)が!」

 

 それは天国から地獄へと突き落とされた様な心地だろうか。

 魅(み)琴(こと)は今、愛する人が、世界で一番大切な人が死と隣り合わせの戦場へ向かい、無力故に止められない、何も出来ずに見送るしか無い立場に置かれてしまった。

 そんな魅(み)琴(こと)に対し、航(わたる)は両肩に手を置いて言い聞かせる。

 

「君(きみ)の気持ちは解る。本当に能く解るよ」

「ごめんなさい航(わたる)……。私(わたし)、なんてことを……!」

「君(きみ)のせいじゃない。君(きみ)が行動を起こさなければ、皇(こう)國(こく)に国を奪われた僕(ぼく)の運命はもっと酷(ひど)いものだっただろう」

 

 航(わたる)は魅(み)琴(こと)を抱き締めた。

 航(わたる)の胸が魅(み)琴(こと)の涙で濡(ぬ)れる。

 

「何も心配しなくて良い。君(きみ)が命を懸けて戦った意味を決して消させはしない。君(きみ)が一人で背負い込んだ重荷を、今度は僕(ぼく)達で支える番だ。今度は僕(ぼく)が君(きみ)を守る」

「お願い、死なないで航(わたる)……! 必ず帰って来て……!」

「勿論だよ。今、国はカムヤマトイワレヒコの後継機を極限の生産力で製造しているという話だ。僕(ぼく)はそれまでの繋ぎをしに行くだけだよ。神(じん)皇(のう)の力が欠けた今、生きて帰ってこられる可能性は充分ある」

「充分じゃ嫌。必ずよ……!」

 

 魅(み)琴(こと)が航(わたる)に縋(すが)り付(つ)いて懇願してきた。

 彼女の心境は如(い)何(か)程(ほど)のものだろう。

 航(わたる)はそんな彼女の頭を撫(な)でる。

 

「ああ、約束する」

 

 航(わたる)と魅(み)琴(こと)の身体が離れた。

 

「ごめん、痛かった?」

「それは大丈夫。身体の方は本当に平気なの。でも、心は凄(すご)く痛いわ」

「そうか。ごめんね……」

 

 涙を流す魅(み)琴(こと)に航(わたる)は微笑んで見せた。

 

「僕(ぼく)が帰って来たら、君(きみ)が元気になったら、その時は思いっ切り恋人同士を楽しもう」

「ええ、待ってるから……」

 

 無理に笑う魅(み)琴(こと)の頭に、去り際の航(わたる)は掌(てのひら)で軽く触れた。

 そして彼は根(ね)尾(お)に連れられて横田飛行場へと向かう。

 

 これは防衛大臣兼国家公安委員長の皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)が仕組んだことである。

 航(わたる)は全てを承知の上で引き受けた。

 何が何でも魅(み)琴(こと)を連れ戻したかった。

 仮令(たとえ)その代償として、自身が戦場へ行くことになっても。

 

 航(わたる)は考える。

 彼は二つの誓いを果たさなければならない。

 

 一つは、彼の亡き友である虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)の魂が己を許して安らかに眠れるようにすること。

 その為には、友を愚かな亡国の奸(かん)徒(と)としてはならない。

 一つは、彼の恋人である麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)の覚悟を決して無駄にしないこと。

 その為には、危険を承知で戦い抜かなければならない。

 

 彼は心に決めた。

 必ず日本を守り、そして帰って来ると。

 

『かくすれば、かくなるものと、知りながら、已(や)むに已まれぬ、大和魂』

 

 ――吉(よし)田(だ)松(しょう)陰(いん)。

 

 今、岬(さき)守(もり)航(わたる)は自らの意思で新たな戦場へと向かう。

 

 

 

 

 ――第二章『神(じん)皇(のう)篇(へん)』完

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