皇國の国軍――通称「新皇軍」には、陸海空の区別が無い。
如何なる環境でも運用可能な為動機神体と、その母艦である要塞の如き空中戦艦「為動機神艦」で全ての軍事力を賄っている為、意味の無い区分けなのだ。
しかし、一方で「新皇軍」は目的に応じた二つの区分けが存在する。
「龍乃神殿下。御言葉ですが、遠征軍としては此度に於ける国防軍の失態が侵攻の取り止めの理由とはなりませんな」
「国防軍の失態、ですと?」
龍乃神に反論する鬼獄だったが、その言葉に別の閣僚が反応した。
「鬼獄遠征軍大臣、私に入った報告によりますと、皇國本土に上陸した敵国超級為動機神体は遠征軍の部隊とも交戦していた筈ですが?」
「防衛線を破られた責任を分散するおつもりですかな、縞田国防軍大臣? 確かに侵攻を見込んで配備した一部の部隊が交戦したようですが、それは寧ろ国防軍にとって有利に働いたのでは? 国防軍が対処する前に敵機との交戦情報が入った筈ですからな」
この縞田成之という男は、鬼獄と双璧を成すもう一人の軍大臣である。
皇國の軍隊は国外への侵攻を主とする「遠征軍」と、国土の防衛や反乱分子への対処を主とする「国防軍」に分かれている。
二つの軍は元々、神和維新政府の時代に編成された陸海軍を前身としており、両者は何かと衝突する対立関係にある。
「遠征軍の部隊の交戦記録が役に立たなかったのでしょうな」
「国防軍が撃退出来ていれば、今の言葉には私も閉口するしか無いのですがね」
そんな訳で、この鬼獄と縞田は互いの管轄に影響されてか、同じ内閣の閣僚でありながら非常に険悪である。
だがそんな彼らの言い争いも、時と場所を選ばなければなるまい。
「二人共、やめよ。鬼獄、汝は深花に対して説明せねばならんだろう。何故、遠征軍は侵攻をやめないのか、その理由を」
「お見苦しいところをお目に掛け、恐縮に御座います、皇太子殿下。では、話を本筋に戻しましょう」
ばつが悪そうに顔を背ける縞田を尻目に、鬼獄は咳払いして話を進める。
「確かに、皇國は神皇陛下の神為に依って支えられてきました。それが失われた今、直近は予備電力等が作動し当分は保つでしょうが、手を打たなければ決定的な破綻を迎えるでしょう。そして何より、神皇陛下の神為を抜きにした時、我ら遠征軍は侵攻能力の大部分を失う。何より、転移能力が失われるのが痛い」
皇國が米国と戦争した時、米国にとって最大の脅威となったのが圧倒的な展開能力である。
為動機神体の先遣隊は敵国に上陸した際、先ずは本国に自分達の位置情報と地形情報を送信する。
すると本国ではそれらの分析を行い、結果を基にして強大な武力を直接転移させて送り込むのだ。
つまり、僅か一機でも為動機神体が敵国に上陸すれば、その後は母艦となる為動機神艦を始めとした大戦力が一瞬にしてその領土に大量展開される。
しかしその脅威は、神皇の神為があって初めて成立する。
麗真魅琴が神皇を重体に追い込んだことで、日本国は皇國の遠征軍が持つ最大の脅威を完全に封じたのだ。
だがそれでも、鬼獄は侵攻をやめないと言っている。
そこには彼なりの理屈があった。
「とはいえ、皇國は今更侵攻を取り止めることなど出来ないのです、龍乃神殿下」
「どういうことだ?」
「考えてもみてください。皇國は既に、明治日本に対して宣戦布告を通達しているのです。ここで侵攻に及び腰となっては、その事情を勘繰られる。『皇國は、何か深刻な国難に見舞われ、とても戦争などしていられないのではないか』とね」
「事実ではないか」
龍乃神は鬼獄に食い下がる。
彼女の考えとしては、どうにか鬼獄に、そして小木曽内閣に侵攻を思い止まらせたいのだろう。
だが、鬼獄には通用しなかった。
「龍乃神殿下、皇國はこれまで、絶対的な軍事力によってこの世界線に於ける覇を唱えてきました。それが深刻な程に弱体化したと、他国に勘繰られてはどうなりますか? この世界線に於ける大国が、これを機に皇國を一気に叩こうと考えても何ら不思議では無い。そして、事実として皇國が現在弱っている以上、そうなっては非常に拙い」
龍乃神は端正な顔を顰める。
鬼獄が言っているのは、要するに皇國が自業自得の弱り目に祟り目に遭うということだ。
だがとはいえ、皇族として国が危機に陥ることを許容することも出来ない。
彼女が苦虫を噛み潰した様な表情で押し黙るのも宜なることだった。
「だからこそ、皇國は宣言通りに明治日本と戦わなければならないのです。何事も無かったかの如く明治日本を制圧し、圧倒的な国力の健在を示さなければならない。この理屈、お解りですよね?」
鬼獄に対し、龍乃神はそれ以上反論出来なかった。
他国を武力侵攻するやり方に疑問を抱いている彼女だったが、国の存亡を盾にされては黙る他無かった。
が、武力侵攻に消極的な皇族は一人ではない。
もう一人、龍乃神に歳の近い弟の第三皇子・蛟乃神賢智が発言すべく手を挙げていた。
「鬼獄、そうは言うが現実的に可能なのか? 御父様を抜きにして皇國は一体どれくらいの期間保つ? 諸外国に弱みを見せられないのは国を守る為だろうに、面子に拘る余り国を崩壊させては本末転倒じゃないか」
蛟乃神の言葉は龍乃神とは少し異なる視点からのものである。
龍乃神にあるのは第一に侵略への強い忌避感とそこに拘る鬼獄らへの怒り――即ち理念の論理であるが、蛟乃神はそこに損得勘定を織り交ぜる――即ち功利の論理である。
龍乃神は「侵攻するのは悪事である」という視点で鬼獄に食って掛かるが、蛟乃神は「侵攻するのは悪手である」という視点で鬼獄を説得出来る。
これは理念理想に恃む論理と比べて相手の考えを変える上で有効であるが、良いことばかりでもない。
「確かに、国内の支えを疎かには出来ません。それは尤もですな」
新首相・小木曽文章は蛟乃神の言葉を受けて少し考える素振りを見せる。
これは能條内閣の方針に同調していた彼らしい仕草であるが、その本心は別のところにある。
一見すると思い止まろうとしているようで、そうではない。
「では先ず、現状の維持が可能な期間を概算でお伺いしましょうか」
「一番の問題は電力でしょう。逓信大臣の私から……」
最年長の閣僚・富郷宗典逓信大臣が発言を求めた。
この男は主戦派とも慎重派とも取れない、中立の立場を取る政治家である。
しかしそれはつまるところ、どちらにも付き得るということだ。
日和見主義を貫きながら政争を長年生き残ってきた狸である。
「あくまで戦局が悪化しなければ、という前提での話ですが、七月中はどうにか保つでしょう。それ以降は、神皇陛下の神為を皇族方に代替していただかなければなりませんでしょうな」
その後富郷逓信大臣に続き、内務副大臣・大蔵大臣・農商大臣・鉄道大臣がそれぞれの省庁が所管する分野に於ける見込み期間を述べた。
「ふむ、やはり手を拱いていれば来月には無理が生じるということですか。となると鬼獄遠征軍大臣、制圧までの猶予期間は二週間といったところでしょう。如何ですかな?」
「充分でしょう。遠征軍は明治日本よりも遥かに強大な米国をその半分で降伏させております。為動機神艦の転移が使えずとも問題は無いかと」
「でしょうな」
小木曽は考えた末に納得したふりをしているが、こうなると分かって問い掛けたのだ。
鬼獄もその意図は承知しており、してやったりと北叟笑む。
「しかし、念には念を入れる必要があるでしょう。つきましては、畏れながら皇族方の御力に今の内からお縋りしたく存じますが……」
「ぅくっ……!」
小木曽の視線が見かけ上は恐る恐るといった様相で第三皇子・蛟乃神賢智と第二皇女・龍乃神深花を経由し第一皇女・麒乃神聖花の方へと向いた。
蛟乃神は墓穴を掘った。
彼は侵攻することは悪手であるという現実的な利の視点で思い止まらせようとしたが、逆に悪手という根拠を覆されてしまえば完全に説得力を失う。
そればかりか、結果的に彼の言葉は侵攻の懸念点を自らの手で埋め合わせるように求められる口実を作ってしまった。
「仕方ありませんね」
小木曽の嘆願を受け、麒乃神の視線が弟妹の方へと向いた。
「私には貴族院議員としての仕事があります。皇太子殿下にはその明達なる頭脳で諸々の対応策を講じていただかなくてはなりません。那智は軍人としての任に就かねばならないでしょう。深花に賢智、御前達が不予に見舞われ給うた陛下に替わり、少しでも神為を供給しなさい。二人共、難しい国情は理解しているようですし異論はありませんね」
「くっ……!」
龍乃神は歯噛みした。
皇族は全員が圧倒的な神為の持ち主であるが、龍乃神と蛟乃神では二人合わせても神皇の神為には遠く及ばない。
二人にとって父の神為を代替するのは尋常ならざる重荷であり、全てを擲って専念しなければ務まらないだろう。
皇族の中でも穏健派の二人が二人共、身動きが取れない状態を強いられてしまったのだ。
「本来は嵐花にも手伝わせるべきところですが、全く一体何処で遊んでいるのやら……」
麒乃神は溜息を吐いた。
この場にはもう一人の皇族である第三皇女・狛乃神嵐花の姿が無い。
昨夜皇宮を出たきり戻っておらず、連絡も付かない状況だった。
「内務副大臣、狛乃神殿下の捜索状況は?」
「はい新総理。只今、警察局に総力を挙げて捜索させております」
「小木曽、一刻も早く見付けさせなさい」
「仰せの通りに……」
麒乃神の言葉に、小木曽は恐縮して頭を下げた。
「駄目だ……このままでは……!」
龍乃神は顔を顰め、なんとか抗う術を見つけ出そうとしていた。
「やっぱりどうにもならないか。でも、丁度良いかもね。当分御父様の代わりに専念しなければならないなら、その間は世の中に関わらなくて済む……」
蛟乃神は諦観し、自嘲していた。
最早皇國が日本国へ侵攻するのはほぼ確定である。
だがまだ一人、そこに異議を唱える者が居た。
「鬼獄遠征軍大臣の見込みは甘いのではないですかな?」
「縞田国防軍大臣……!」
先程、鬼獄と口論を繰り広げていた縞田だった。
侵攻に拘る遠征軍と対立する国防軍の代弁者である。
「小木曽総理も鬼獄遠征軍大臣も一つ忘れている。明治日本には超級為動機神体がある。昨日、皇國の本土へと到達したあの金色の機体があるのです。それはつまり、明治日本には神為を軍事利用しているということ。今度の敵国は我々と同じ土俵に上がっているのです。米国とは状況が全く違います。本当に短期間で制圧出来るのですかな?」
国防軍の代弁者である縞田にとって、自軍の恥を論うのは不本意に違いない。
だが逆に、遠征軍の代弁者たるが鬼獄が国防軍の防衛線を突破した金色の機体を侮り無視することは我慢ならなかったのだろう。
とはいえ、金色の機体をどうにも出来なかったのは遠征軍とて同じである。
それを考慮していないという指摘は鬼獄にとってある程度は効くと思われた。
「なんだ、そんなことですか」
しかし、鬼獄は余裕を崩さない。
彼は縞田に指摘されて尚、金色の機体など問題にしていなかった。
何故なら、遠征軍には強力な切り札が存在するからだ。
「ならばその金色の機体を早々に撃破し、昨日狼藉を働いた操縦士を始末してしまえば済むこと。縞田国防軍大臣、貴方もお忘れではないですか? 我が遠征軍には皇國最強の英雄が居るということを……!」
その瞬間、第二皇子・鯱乃神那智の眼が見開かれ、鬼獄の方へと向いた。
鯱乃神は国防軍に所属する大佐であるが、その彼にとって鬼獄が言及しようとしている「皇國最強の英雄」は並々ならぬ関心事らしい。
鬼獄はその名を高らかに謳い上げる。
「嘗てこの地の政を担っていた安槌幕府将軍家の末裔! 公爵令息にして数多くの戦場で八面六臂の活躍を演じた皇國随一の為動機神体操縦士! 仮面の撃墜王・輪田衛士少佐!! 緒戦で彼の駆る特別機にて金色の機体を撃滅する! そして明治日本の心胆を寒からしめるのです!!」
大広間は響めきに包まれた。