日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十六話『激震』 破

 皇(こう)國(こく)の国軍――通称「新(しん)皇(こう)軍(ぐん)」には、陸海空の区別が無い。

 如(い)何(か)なる環境でも運用可能な為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)と、その母艦である要塞の如き空中戦艦「為(い)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)」で全ての軍事力を賄っている為(ため)、意味の無い区分けなのだ。

 しかし、一方で「新(しん)皇(こう)軍(ぐん)」は目的に応じた二つの区分けが存在する。

 

「龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下。御(お)言(こと)葉(ば)ですが、遠征軍としては此(こ)度(たび)に於(お)ける国防軍の失態が侵攻の取(と)り止(や)めの理由とはなりませんな」

「国防軍の失態、ですと?」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)に反論する鬼(き)獄(ごく)だったが、その言葉に別の閣僚が反応した。

 

「鬼(き)獄(ごく)遠征軍大臣、私(わたし)に入った報告によりますと、皇(こう)國(こく)本土に上陸した敵国超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は遠征軍の部隊とも交戦していた筈(はず)ですが?」

「防衛線を破られた責任を分散するおつもりですかな、縞(こう)田(だ)国防軍大臣? 確かに侵攻を見込んで配備した一部の部隊が交戦したようですが、それは寧(むし)ろ国防軍にとって有利に働いたのでは? 国防軍が対処する前に敵機との交戦情報が入った筈ですからな」

 

 この縞(こう)田(だ)成(しげ)之(ゆき)という男は、鬼(き)獄(ごく)と双璧を成すもう一人の軍大臣である。

 皇(こう)國(こく)の軍隊は国外への侵攻を主とする「遠征軍」と、国土の防衛や反乱分子への対処を主とする「国防軍」に分かれている。

 二つの軍は元々、神(しん)和(わ)維新政府の時代に編成された陸海軍を前身としており、両者は何かと衝突する対立関係にある。

 

「遠征軍の部隊の交戦記録が役に立たなかったのでしょうな」

「国防軍が撃退出来ていれば、今の言葉には私(わたし)も閉口するしか無いのですがね」

 

 そんな訳で、この鬼(き)獄(ごく)と縞(こう)田(だ)は互いの管轄に影響されてか、同じ内閣の閣僚でありながら非常に険悪である。

 だがそんな彼らの言い争いも、時と場所を選ばなければなるまい。

 

「二人共、やめよ。鬼(き)獄(ごく)、汝(なれ)は深(み)花(か)に対して説明せねばならんだろう。何故(なぜ)、遠征軍は開戦をやめないのか、その理由を」

「お見苦しいところをお目に掛け、恐縮に御座います、皇太子殿下。では、話を本筋に戻しましょう」

 

 ばつが悪そうに顔を背ける縞(こう)田(だ)を尻目に、鬼(き)獄(ごく)は咳(せき)払(ばら)いして話を進める。

 

「確かに、皇(こう)國(こく)は神(じん)皇(のう)陛下の神(しん)為(い)に依(よ)って支えられてきました。それが失われた今、直近は予備電力等が作動し当分は保(も)つでしょうが、手を打たなければ決定的な破(は)綻(たん)を迎えるでしょう。そして何より、神(じん)皇(のう)陛下の神(しん)為(い)を抜きにした時、我ら遠征軍は侵攻能力の大部分を失う。何より、転移能力が失われるのが痛い」

 

 皇(こう)國(こく)が米国と戦争した時、米国にとって最大の脅威となったのが圧倒的な展開能力である。

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の先遣隊は敵国に上陸した際、先(ま)ずは本国に自分達の位置情報と地形情報を送信する。

 すると本国ではそれらの分析を行い、結果を基にして強大な武力を直接転移させて送り込むのだ。

 つまり、僅(わず)か一機でも為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が敵国に上陸すれば、その後は母艦となる為(い)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)を始めとした大戦力が一瞬にしてその領土に大量展開される。

 

 しかしその脅威は、神(じん)皇(のう)の神(しん)為(い)があって初めて成立する。

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が神(じん)皇(のう)を重体に追い込んだことで、日本国は皇(こう)國(こく)の遠征軍が持つ最大の脅威を完全に封じたのだ。

 

 だがそれでも、鬼(き)獄(ごく)は侵攻をやめないと言っている。

 そこには彼なりの理屈があった。

 

「とはいえ、皇(こう)國(こく)は今更侵攻を取り止めることなど出来ないのです、龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下」

「どういうことだ?」

「考えてもみてください。皇(こう)國(こく)は既に、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)に対して宣戦布告を通達しているのです。ここで侵攻に及び腰となっては、その事情を勘繰られる。『皇(こう)國(こく)は、何か深刻な国難に見舞われ、とても戦争などしていられないのではないか』とね」

「事実ではないか」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は鬼(き)獄(ごく)に食い下がる。

 彼女の考えとしては、どうにか鬼(き)獄(ごく)に、そして小(お)木(ぎ)曽(そ)内閣に侵攻を思(おも)い止(とど)まらせたいのだろう。

 だが、鬼(き)獄(ごく)には通用しなかった。

 

「龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下、皇(こう)國(こく)はこれまで、絶対的な軍事力によってこの世界線に於ける覇を唱えてきました。それが深刻な程に弱体化したと、他国に勘繰られてはどうなりますか? この世界線に於ける大国が、これを機に皇(こう)國(こく)を一気に叩(たた)こうと考えても何ら不思議では無い。そして、事実として皇(こう)國(こく)が現在弱っている以上、そうなっては非常に拙(まず)い」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は端正な顔を顰(しか)める。

 鬼(き)獄(ごく)が言っているのは、要するに皇(こう)國(こく)が自(じ)業(ごう)自(じ)得(とく)の弱(よわ)り目(め)に祟(たた)り目(め)に遭うということだ。

 だがとはいえ、皇族として国が危機に陥ることを許容することも出来ない。

 彼女が苦虫を噛(か)み潰(つぶ)した様な表情で押し黙るのも宜(むべ)なることだった。

 

「だからこそ、皇(こう)國(こく)は宣言通りに明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)と戦わなければならないのです。何事も無かったかの如(ごと)く明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)を制圧し、圧倒的な国力の健在を示さなければならない。この理屈、お解(わか)りですよね?」

 

 鬼(き)獄(ごく)に対し、龍(たつ)乃(の)神(かみ)はそれ以上反論出来なかった。

 他国を武力侵攻するやり方に疑問を抱いている彼女だったが、国の存亡を盾にされては黙る他無かった。

 

 が、武力侵攻に消極的な皇族は一人ではない。

 もう一人、龍(たつ)乃(の)神(かみ)に歳(とし)の近い弟の第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)が発言すべく手を挙げていた。

 

「鬼(き)獄(ごく)、そうは言うが現実的に可能なのか? 御(お)父(もう)様(さま)を抜きにして皇(こう)國(こく)は一体どれくらいの期間保(も)つ? 諸外国に弱みを見せられないのは国を守る為だろうに、面子に拘(こだわ)る余り国を崩壊させては本末転倒じゃないか」

 

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の言葉は龍(たつ)乃(の)神(かみ)とは少し異なる視点からのものである。

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)にあるのは第一に侵略への強い忌避感とそこに拘る鬼(き)獄(ごく)らへの怒り――即(すなわ)ち理念の論理であるが、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)はそこに損得勘定を織り交ぜる――即ち功利の論理である。

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は「侵攻するのは悪事である」という視点で鬼(き)獄(ごく)に食って掛かるが、蛟(みずち)乃(の)神(かみ)は「侵攻するのは悪手である」という視点で鬼(き)獄(ごく)を説得出来る。

 これは理念理想に恃(たの)む論理と比べて相手の考えを変える上で有効であるが、良いことばかりでもない。

 

「確かに、国内の支えを疎(おろ)かには出来ません。それは尤(もつと)もですな」

 

 新首相・小(お)木(ぎ)曽(そ)文(ふみ)章(あき)は蛟(みずち)乃(の)神(かみ)の言葉を受けて少し考える素振りを見せる。

 これは能(のう)條(じよう)内閣の方針に同調していた彼らしい仕草であるが、その本心は別のところにある。

 一見すると思い止まろうとしているようで、そうではない。

 

「では先ず、現状の維持が可能な期間を概算でお伺いしましょうか」

「一番の問題は電力でしょう。逓(てい)信(しん)大臣の私(わたし)から……」

 

 最年長の閣僚・富(ふ)郷(ごう)宗(むね)典(のり)逓信大臣が発言を求めた。

 この男は主戦派とも慎重派とも取れない、中立の立場を取る政治家である。

 しかしそれはつまるところ、どちらにも付き得るということだ。

 日和見主義を貫きながら政争を長年生き残ってきた狸(たぬき)である。

 

「あくまで戦局が悪化しなければ、という前提での話ですが、七月中はどうにか保(も)つでしょう。それ以降は、神(じん)皇(のう)陛下の神(しん)為(い)を皇族方に代替していただかなければなりませんでしょうな」

 

 その後富(ふ)郷(ごう)逓信大臣に続き、内務副大臣・大蔵大臣・農商大臣・鉄道大臣がそれぞれの省庁が所管する分野に於ける見込み期間を述べた。

 

「ふむ、やはり手を拱(こまね)いていれば来月には無理が生じるということですか。となると鬼(き)獄(ごく)遠征軍大臣、制圧までの猶予期間は二週間といったところでしょう。如(いか)何(が)ですかな?」

「充分でしょう。遠征軍は明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)よりも遥(はる)かに強大な米国をその半分で降伏させております。為(い)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)の転移が使えずとも問題は無いかと」

「でしょうな」

 

 小(お)木(ぎ)曽(そ)は考えた末に納得したふりをしているが、こうなると分かって問い掛けたのだ。

 鬼(き)獄(ごく)もその意図は承知しており、してやったりと北(ほく)叟(そ)笑(え)む。

 

「しかし、念には念を入れる必要があるでしょう。つきましては、畏れながら皇族方の御(お)力(ちから)に今の内からお縋(すが)りしたく存じますが……」

「ぅくっ……!」

 

 小(お)木(ぎ)曽(そ)の視線が見かけ上は恐る恐るといった様相で第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)と第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)を経由し第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)の方へと向いた。

 

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)は墓穴を掘った。

 彼は侵攻することは悪手であるという現実的な利の視点で思い止まらせようとしたが、逆に悪手という根拠を覆されてしまえば完全に説得力を失う。

 そればかりか、結果的に彼の言葉は侵攻の懸念点を自らの手で埋め合わせるように求められる口実を作ってしまった。

 

「仕方ありませんね」

 

 小(お)木(ぎ)曽(そ)の嘆願を受け、麒(き)乃(の)神(かみ)の視線が弟妹の方へと向いた。

 

「私(わたくし)には貴族院議員としての仕事があります。皇太子殿下にはその明達なる頭脳で諸(もろ)々(もろ)の対応策を講じていただかなくてはなりません。那(な)智(ち)は軍人としての任に就かねばならないでしょう。深(み)花(か)に賢(けん)智(ち)、御(お)前(まえ)達が不(ふ)予(よ)に見舞われ給(たも)うた陛下に替わり、少しでも神(しん)為(い)を供給しなさい。二人共、難しい国情は理解しているようですし異論はありませんね」

「くっ……!」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は歯(は)噛(が)みした。

 皇族は全員が圧倒的な神(しん)為(い)の持ち主であるが、龍(たつ)乃(の)神(かみ)と蛟(みずち)乃(の)神(かみ)では二人合わせても神(じん)皇(のう)の神(しん)為(い)には遠く及ばない。

 二人にとって父の神(しん)為(い)を代替するのは尋常ならざる重荷であり、全てを擲(なげう)って専念しなければ務まらないだろう。

 皇族の中でも穏健派の二人が二人共、身動きが取れない状態を強いられてしまったのだ。

 

「本来は嵐(らん)花(か)にも手伝わせるべきところですが、全く一体何処(どこ)で遊んでいるのやら……」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)は溜息を吐いた。

 この場にはもう一人の皇族である第三皇女・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)の姿が無い。

 昨夜皇宮を出たきり戻っておらず、連絡も付かない状況だった。

 

「内務副大臣、狛(こま)乃(の)神(かみ)殿下の捜索状況は?」

「はい新総理。只(ただ)今(いま)、警察局に総力を挙げて捜索させております」

「小(お)木(ぎ)曽(そ)、一刻も早く見付けさせなさい」

「仰せの通りに……」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)の言葉に、小(お)木(ぎ)曽(そ)は恐縮して頭を下げた。

 

「駄目だ……このままでは……!」

 

 龍(たつ)乃(の)神(かみ)は顔を顰め、なんとか抗(あらが)う術を見つけ出そうとしていた。

 

「やっぱりどうにもならないか。でも、丁度良いかもね。当分御(お)父(もう)様(さま)の代わりに専念しなければならないなら、その間は世の中に関わらなくて済む……」

 

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)は諦観し、自嘲していた。

 最(も)早(はや)皇(こう)國(こく)が日本国へ侵攻するのはほぼ確定である。

 だがまだ一人、そこに異議を唱える者が居た。

 

「鬼(き)獄(ごく)遠征軍大臣の見込みは甘いのではないですかな?」

「縞(こう)田(だ)国防軍大臣……!」

 

 先程、鬼(き)獄(ごく)と口論を繰り広げていた縞(こう)田(だ)だった。

 侵攻に拘る遠征軍と対立する国防軍の代弁者である。

 

「小(お)木(ぎ)曽(そ)総理も鬼(き)獄(ごく)遠征軍大臣も一つ忘れている。明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)には超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)がある。昨日、皇(こう)國(こく)の本土へと到達したあの金(こん)色(じき)の機体があるのです。それはつまり、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)には神(しん)為(い)を軍事利用しているということ。今度の敵国は我々と同じ土俵に上がっているのです。米国とは状況が全く違います。本当に短期間で制圧出来るのですかな?」

 

 国防軍の代弁者である縞(こう)田(だ)にとって、自軍の恥を論(あげつら)うのは不本意に違いない。

 だが逆に、遠征軍の代弁者たるが鬼(き)獄(ごく)が国防軍の防衛線を突破した金(こん)色(じき)の機体を侮り無視することは我慢ならなかったのだろう。

 

 とはいえ、金(こん)色(じき)の機体をどうにも出来なかったのは遠征軍とて同じである。

 それを考慮していないという指摘は鬼(き)獄(ごく)にとってある程度は効くと思われた。

 

「なんだ、そんなことですか」

 

 しかし、鬼(き)獄(ごく)は余裕を崩さない。

 彼は縞(こう)田(だ)に指摘されて尚(なお)、金色の機体など問題にしていなかった。

 何故なら、遠征軍には強力な切り札が存在するからだ。

 

「ならばその金(こん)色(じき)の機体を早々に撃破し、昨日狼(ろう)藉(ぜき)を働いた操縦士を始末してしまえば済むこと。縞(こう)田(だ)国防軍大臣、貴方(あなた)もお忘れではないですか? 我が遠征軍には皇(こう)國(こく)最強の英雄が居るということを……!」

 

 その瞬間、第二皇子・鯱(しゃち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)の眼(め)が見開かれ、鬼(き)獄(ごく)の方へと向いた。

 鯱(しゃち)乃(の)神(かみ)は国防軍に所属する大佐であるが、その彼にとって鬼(き)獄(ごく)が言及しようとしている「皇(こう)國(こく)最強の英雄」は並々ならぬ関心事らしい。

 鬼(き)獄(ごく)はその名を高らかに謳(うた)い上げる。

 

「嘗(かつ)てこの地の政(まつりごと)を担っていた安(あ)槌(づち)幕府将軍家の末(まつ)裔(えい)! 公爵令息にして数多くの戦場で八(はち)面(めん)六(ろっ)臂(ぴ)の活躍を演じた皇(こう)國(こく)随(ずい)一(いち)の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦士! 仮面の撃墜王(エースパイロット)・輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)少佐!! 緒戦で彼の駆る特別機にて金色の機体を撃滅する! そして明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の心胆を寒からしめるのです!!」

 

 大広間は響(どよ)めきに包まれた。

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