日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十六話『激震』 急

 巨大な格納庫、両脇の壁に全高二十八米(メートル)の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)が数機立ち並んでいる。

 その足下で皇(こう)國(こく)軍の技師達が疎(まば)らに散り、端末の画面と睨(にら)み合(あ)っている。

 普段から急な出撃に備え、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は万全の状態に維持されているのだ。

 

 そんな中、中央の歩行帯を長身の男が一人、奥へ向けて歩いていた。

 赤い軍服が異彩を放つも、襟には少佐の階級章が光る、奇妙な出(い)で立(た)ちの男だった。

 貴公子を思わせる、端整な顔立ちの男だった。

 

 男に気付いた何人かの技師が彼に向けて敬礼の姿勢を取る。

 彼の向かう先には数人の軍人達が横一列に並び、前を通る彼に切れのある動きでこれまた敬礼して出迎える。

 この場に居る者達は皆、この男の部下なのだ。

 

「輪(わ)田(だ)少佐、全員出撃準備、整っています」

「で、あるか。御苦労」

 

 男・輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)少佐は立ち止まり、整列する部下達の方へ身体を向けた。

 居並ぶ彼らは皆、緊張に表情を強(こわ)張(ば)らせている。

 輪(わ)田(だ)は小さく口元を綻(ほころ)ばせた。

 

「そう固くなるな。いつも通りに行こう」

 

 輪(わ)田(だ)は部下達が今回の出撃に不安を覚えていると察知しているらしい。

 無理も無いことだった。

 

「御(お)言(こと)葉(ば)ですが少佐、神(じん)皇(のう)陛下の神(しん)為(い)が得られないとなると、為(い)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)の援護は期待出来ません。また、機体の再生も不可能でしょう。これは嘗(かつ)て無い、困難な任務ですよ」

「だろうな。参謀本部も、随分と我が隊の能力を高く評価してくださっているらしい。私(わたし)も正直、少し重荷に感じているよ。しかしだからこそ、この重大な任務に際し、君(きみ)達と共に出来て良かったと思う。いつも通り、私(わたし)の背中を預けさせてくれ。そして共に、皇(こう)國(こく)の威信を示そうではないか」

 

 輪(わ)田(だ)に言葉を掛けられた部下達の顔付きが変わった。

 皇(こう)國(こく)の遠征軍に於(お)いて、輪(わ)田(だ)隊は最も華々しく活躍し、数々の戦果を上げてきた優秀な部隊である。

 そして輪(わ)田(だ)は皇(こう)國(こく)最強の英雄として名高い男だ。

 そんな彼に殿(しんがり)を任された信認と、彼自らが先陣を切るという信頼が隊員達に誇りと自負心を思い出させた。

 

 と、そこへ一人の男が歩いてきた。

 彼もまた特殊な紫色の軍服を身に着け、異彩を放っている。

 輪(わ)田(だ)と同程度の年齢だが階級章は大佐を示しており、隊の責任者である輪(わ)田(だ)よりも更に位が高いらしい。

 その場の兵や技師達は一様に眼(め)を丸くしていた。

 

「これはこれは鯱(しやち)乃(の)神(かみ)殿下、お久し振りです。前回の『武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)』叛(はん)乱(らん)鎮圧以来ですかな。いや、部下の手前では鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)大佐とお呼びすべきでしょうか……」

 

 第二皇子・鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)。

 瑠(る)璃(り)色(いろ)の髪をした精(せい)悍(かん)な顔つきのこの男は輪(わ)田(だ)と士官学校の同期であり、国防軍最強の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦士として輪(わ)田(だ)とライバル関係にある。

 皇(こう)國(こく)最強と呼ばれる輪(わ)田(だ)が一歩先んじている上、今回もその輪(わ)田(だ)が華々しい活躍の機会を与えられたことに、鯱(しやち)乃(の)神(かみ)が内心穏やかでないであろうことはこの場の誰もが察するに足るところである。

 

「流(さ)石(すが)は遠征軍の誇る輪(わ)田(だ)隊だ。皆士気が高く、良い顔付きが揃(そろ)っている。皇(こう)國(こく)最強の英雄・輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)少佐の教育の質が窺(うかが)い知(し)れるな」

「誠、良い部下に恵まれました。御(お)褒(ほ)めに与(あずか)り、光栄に存じます」

 

 輪(わ)田(だ)と鯱(しやち)乃(の)神(かみ)、二人の視線が交錯する。

 

「輪(わ)田(だ)少佐、上層部が今回君(きみ)の出撃を決めたのは、皇(こう)國(こく)の情勢不安を他国に察知されたくないという外交戦略上の事情、国家の面子によるものだ。皇宮会議で鬼(き)獄(ごく)大臣がはっきりとそう仰(おつしや)っていたよ」

「やはりそうですか。であるならば、期待に応えない訳には参りませんな」

「ああ。本来ならば前回遠征軍の手を借りた恩返しをしたいところだが、遺憾ながら私(わたし)には命令が下りなかった。無念だよ、あの時の借りを返せないことがな」

 

 基本的に、諸外国との戦争で外征するのが遠征軍であり、防衛や国内の叛乱鎮圧が国防軍の役目である。

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)が今回の任務に参加しないのは管轄外であるから当然なのだが、二人の間には遺恨がある。

 六年前に武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が蜂起した際、その鎮圧は国防軍だけでは手が足りず、遠征軍との共同作戦となった。

 そこで華々しく活躍したのもまた輪(わ)田(だ)であり、鯱(しやち)乃(の)神(かみ)はその機会をみすみす渡してしまったのだ。

 

「輪(わ)田(だ)少佐、皇(こう)國(こく)最強の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦士という君(きみ)の称号、それは孰(いず)れ必ず私(わたし)のものにする。しかし今は、済まんな……」

「御(お)気(き)遣(づか)い、誠に痛み入ります」

「成果を期待している。頼んだぞ、我が親友にして目標よ」

 

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は敬礼する輪(わ)田(だ)に背を向け、その場を歩き去って行った。

 

「皆、聞いただろう。鯱(しやち)乃(の)神(かみ)殿下が軍の垣根を越えてまで激励にいらしてくださった。何としても緒戦の勝利を持ち帰ろうではないか!」

「はい、少佐!」

 

 輪(わ)田(だ)隊の士気が更に上昇した。

 部下達を奮い立たせた輪(わ)田(だ)の下へ、一人の女性軍人が歩み寄る。

 

「少佐、こちらをどうぞ」

「ありがとう、多(た)岐(き)川(がわ)中尉」

 

 輪(わ)田(だ)は部下の一人・多(た)岐(き)川(がわ)真(ま)澄(すみ)中尉から戦国時代に南蛮趣味の武将が身に着けていたような兜(かぶと)と烏(からす)天(てん)狗(ぐ)の面具を模(も)した仮面を受け取った。

 これこそは「仮面の撃墜王(エースパイロット)」という輪(わ)田(だ)の異名の由来であり、彼が武家の棟(とう)梁(りよう)の末(まつ)裔(えい)としての矜(きよう)持(じ)を胸に戦う決意の表れである。

 

 仮面を装着した輪(わ)田(だ)は更に奥へと進み、突き当たりに立たされる一機の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)と相対した。

 超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)よりも更に一際大きい、一点物の特殊な機体である。

 その威容は皇(こう)國(こく)最新鋭の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の中にあって、別格の神(こう)々(ごう)しさを放っていた。

 輪(わ)田(だ)は両腕を拡(ひろ)げ、朗々と謳(うた)い上げる。

 

「掛(か)けまくも畏(かしこ)き吾(あ)が戦(せん)機(きの)神(かみの)社(やしろ)の大(おほ)前(まへ)に、輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)少(しょう)佐(さ)恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)さく。皇(すめら)軍(みいくさ)、常(つね)も大(おほ)神(かみ)の広(ひろ)き厚(あつ)き恩(みたま)頼(のふゆ)を蒙(かがふり)奉(まつ)りて、高(たか)天(まの)原(はら)に神(かむ)留(づま)り坐(ま)す皇(すめら)が親(むつ)神(かむ)漏(ろ)岐(ぎ)神(かむ)漏(ろ)美(みの)命(みこと)以(も)ちて依(よさし)奉(まつ)りし豊(とよ)葦(あし)原(はらの)瑞(みず)穂(ほの)国(くに)を安(やす)国(くに)と平(たひら)けく知(しろ)食(しめ)すに、海(うみ)に陸(りく)に空(そら)に棚(たな)知(し)らず猛(たけ)び進(すす)みては、四(よ)方(も)の敵(かたき)を戡(ころ)し、別(こと)の倭(やまと)を定(さだ)め、愈(いよ)々(いよ)は皇(すめら)国(みくに)存(そん)亡(ぼう)の分(わ)け目(め)に至(いた)り、天(あめ)地(つちの)開(ひら)闢(くる)に顕(あらは)れし大(おほ)祖(みをや)神(のかみ)の御(み)稜(い)威(つ)を示(しめ)され、兵(つはもの)の行(ゆ)く手(て)を弥(いや)益(ます)益(ます)に守(まも)り給(たま)ひ幸(さきは)へ給(たま)へと、恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まを)さく」

 

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)は通常、一定の訓練を修了すれば乗り手を選ばない。

 訓練の難度に依(よ)る選別は経るものの、その水準に達しさえすれば期待通りに乗り熟(こな)すことが出来るよう、設計されている。

 極々限られた選ばれし者にしか扱えないのは量産兵器として欠陥品であると、全ての為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を生み出した第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)は考えている。

 彼ならば例えば、量産機の試作型としては日本国産の「金(こん)色(じき)の機体」の様な、操縦士を限定してしまう機体など作らないだろう。

 

 しかしそれは、あくまで量産を前提とした機体に限る。

 片手の指で数えられる程度しか存在しないが、特別な操縦士が持てる力の全てを駆使することを前提とした特別機も、皇(こう)國(こく)は有している。

 並の操縦士では扱いきれない為(ため)、量産機ではまず導入出来ない超絶的な技術が注ぎ込まれた「お遊び」の機体である。

 それは一点一様の、最強水準の操縦士に与えられる専用機である。

 

 今、その機体が忘却の彼方(かなた)から目を覚まそうとしていた。

 実戦起動を前にしたその機体の振動で格納庫の空気が震える。

 

「御(おん)、起(き)動(どう)遊(あそ)ばせ給(たま)へ! 特(とっ)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ツハヤムスビ!!」

 

 全高三十六米(メートル)の機械巨人兵器が、その両眼から鋭くも眩(まばゆ)い光を放った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 皇(こう)國(こく)首都統(とう)京(きょう)は紋(ぶん)京(きょう)区、鬼(き)獄(ごく)伯爵邸。

 当主の遠征軍大臣・鬼(き)獄(ごく)康(やす)彌(み)は皇宮での会議から帰宅して早々、本館へ向かう道から脇へと逸(そ)れて離れへと向かった。

 敷地の隅に立てられた小さな建屋へは、何重にも重ねて立てられた鳥居を潜って辿(たど)り着(つ)く。

 しかし鳥居の形はどこか歪(いびつ)で、黒い色も相(あい)俟(ま)って神聖さよりも不気味さが勝っている。

 

 建物の扉を開くと、鬼(き)獄(ごく)の目の前には地下へと下る階段があった。

 鬼(き)獄(ごく)はそれをゆっくりと降っていく。

 地中の小さな部屋は暗く、蝋(ろう)燭(そく)に灯を点(とも)して漸(ようや)くその片隅が朧(おぼろ)気(げ)に見える。

 

 安置されていたのは、歪んだ陰陽太極図の意匠が施された小さな祠(ほこら)だった。

 鬼(き)獄(ごく)が観音開きの扉の封を解くと、中には鏡が入っていた。

 

「御報告に参りました、持(じ)国(こく)天(てん)様」

 

 鬼(き)獄(ごく)は鏡に向かって恭(うやうや)しく頭を下げた。

 すると鏡に映っていた鬼(き)獄(ごく)の姿が揺らめき、別の老翁の姿へと変わった。

 

『皇(こう)國(こく)の侵攻計画に支障は無いのだろうな、息子よ』

 

 鏡に映る軍服の老翁は鬼(き)獄(ごく)康(やす)彌(み)の父親・鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)――麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)の曾(そう)祖(そ)父(ふ)だ。

 この老翁こそは神(じん)皇(のう)を皇(こう)國(こく)に帰還させ、脅威の国家を築く切(きっ)掛(かけ)を与えた男である。

 

「やはり、第二皇女と第三皇子、それから国防軍大臣の反対に遭いました。しかし、何れも問題無ありません。皇女と皇子はこれ以上の妨害工作を封じられ、国防軍大臣は此(こ)方(ちら)の意見に折れました。最終的な結論は我々の意見の丸(まる)呑(の)みですよ」

『そうか、それは良い。しかし、問題は侵攻の成否だ。四(よ)方(も)や負けることはあるまいな』

「まさか。懸案事項には手を打ちました。日本国が頼みとする『金色の機体』には皇(こう)國(こく)の最高戦力を送り込みました。明日には日本国唯一の対抗手段が失われ、大勢は決するでしょう」

 

 鬼(き)獄(ごく)親子は鏡越しに歪(ゆが)んだ笑みを突き合せた。

 

『広(こう)目(もく)天(てん)の媛(ひめ)様(さま)に良い報告が出来そうだな』

「お任せください」

『ふむ、ところでだ』

 

 鏡の中の男は話題を変える。

 

『その媛(ひめ)様(さま)から、神(しん)瀛(えい)帯(たい)熾(し)天(てん)王(のう)の一員として新たなる名を賜った。これからは儂(わし)の名を閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)と思うが良い。閏(うるう)年の閏(うる)に、門構えに月の閒(ま)、三(みつ)入(なり)は三(さん)に入(はい)ると書く』

「ほう、それはそれはお目(め)出(で)度(と)う御座います。閏(うる)閒(ま)三(みつ)入(なり)ですか。その字ですと『うるまみいる』とも読めますな」

『うむ、愚かなるお前の兄が儂(わし)・鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)に破魔の矢を掛けるという意味を込め、本名の入(いる)彌(み)を逆さにして母親の姓を付けたのが麗(うる)真(ま)魅(み)射(いる)の由来だというが、その滑稽な願いとやらを奪い取るのは実に痛快だと思わんか?』

「成程、確かに……」

 

 小さな部屋で唯一の明かりである蝋燭の灯が揺れている。

 それはまるで、二人の目に点る憎(ぞう)悪(お)の焔(ほのお)の様であった。

 

「持(じ)国(こく)天(てん)様、私(わたし)は兄とは違います」

『うむ、お前は出来た息子じゃ』

 

 鬼(き)獄(ごく)康(やす)彌(み)の中には、終(つい)ぞ相(あい)見(まみ)えることの無かった腹違いの兄・麗(うる)真(ま)魅(み)射(いる)への対抗意識があった。

 彼が敢(あ)えて父親の傀(かい)儡(らい)に徹しているのはこの為だ。

 

 斯(か)くして、皇(こう)國(こく)は裏で陰謀を巡らせる者達の意図を叶(かな)えるべく、日本国への侵攻を開始してしまった。

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