日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十七話『津速產巢日』 序

 根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)の運転する高級車に乗せられ、岬(さき)守(もり)航(わたる)は日本国東京の街並を横田飛行場まで向かっていた。

 席の位置取りは、航(わたる)が後部座席、助手席には雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)がちょこんと坐(すわ)っている。

 

「根(ね)尾(お)さん、『事態が動いた』って一体(たい)どういうことなんですか?」

 

 航(わたる)は運転席の根(ね)尾(お)に尋ねた。

 つい先程まで、この三人は病院へ麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)と雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)の見舞いに行っていた。

 それが、根(ね)尾(お)に緊急の連絡が入ったとのことで横田基地へ直行することになったのだ。

 

 目的は大体想像が付く。

 昨夜、皇(こう)國(こく)に残って神(じん)皇(のう)と戦う道を選んだ魅(み)琴(こと)を連れ帰る為(ため)に、航(わたる)は国産超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコで皇(こう)國(こく)へ飛んだ。

 その際に限界性能を引き出し、皇(こう)海(かい)上で敵機と交戦してしまったが為に、カムヤマトイワレヒコは航(わたる)に適合し、彼にしか操縦出来ない専用機と化してしまったのだ。

 そして、現状ではカムヤマトイワレヒコこそが日本にとって皇(こう)國(こく)への唯一の対抗手段である。

 

 おそらく、航(わたる)はこれから戦場へ向かう。

 車外の景色――何ということのない筈(はず)の街道が、航(わたる)には遠い異国への旅路に見えていた。

 

「先程、崇(す)神(じん)會(かい)の現総帥から皇(すめらぎ)先生に連絡があったそうだ。崇(す)神(じん)會(かい)は皇(こう)國(こく)がこの世界線へ転移して来る以前より軍内部に間諜(スパイ)を紛れ込ませていて、特に転移後は軍の動きがかなり能(よ)く伝わるらしい。その間諜(スパイ)から、皇(こう)國(こく)が今日にも尖(せん)兵(ぺい)を送り込むつもりだという情報が齎(もたら)されたのだ」

「そう……ですか……」

 

 航(わたる)は膝の上で拳を握り締めた。

 噛(か)み締(し)める奥歯に力が籠(こも)り、心臓が送り出す血液が全身を駆け巡る脈動を感じていた。

 

 敵が来る。

 国土を灰(かい)燼(じん)に帰す力を備えた、恐るべき未知の侵略者を迎え撃たなければならない。

 航(わたる)は胸騒ぎを抑えられなかった。

 

「岬(さき)守(もり)君、横田基地に到着したらそこから先は自衛官の案内に従ってくれ。これから先、彼らと共同作戦を採ることになる。呉(くれ)々(ぐれ)も、仲(なか)違(たが)いは止(よ)してくれよ」

「衝突する理由がありませんよ」

 

 これから起こることも露知らぬ平穏な街並を、大いなる愁(うれ)いを秘めた高級車が飛ばしていく。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 横田飛行場の滑走路を、体のラインにフィットしたラテックススーツを身に着けた男女が一人の青年を連れて歩いている。

 先導する二人は奇妙な格好をしているが、胸や肩、腰回りの意匠から自衛官であることが窺(うかが)い知(し)れる。

 目的地に到着した航(わたる)は根(ね)尾(お)・兎(と)黄(よ)泉(み)の二人と別れ、代わりにこの二人の自衛官に案内されて搭乗機の許(もと)へと向かっていた。

 どうやら情報は自衛隊にも連絡されており、彼らも彼らで準備していたらしい。

 

 昨夜航(わたる)が搭乗した超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコの他にも、一回りか二回り小ぶりの巨大人型ロボット兵器が控えている。

 超(ちよう)級(きゆう)はカムヤマトイワレヒコ一機だけだが、壱(いつ)級(きゆう)は何機か試作されているらしい。

 自衛官のイメージに合わない服装はパイロットスーツであり、それを装着したこの二人は壱(いつ)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)で航(わたる)と共に戦うということか。

 

「岬(さき)守(もり)さん、お待ちしていました」

 

 居並ぶ為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の前で、同じラテックススーツを着て整列した自衛官達が敬礼して航(わたる)を出迎えた。

 その中から、昨夜この場所へ皇(すめらぎ)奏手を乗せてカムヤマトイワレヒコを持って来た自衛官が前へ出て来た。

 肩の階級章から彼らの隊長を務める上官であると判(わか)る。

 その片腕には、何やらもう一着のラテックススーツを携えている。

 

 豊(とよ)中(なか)大(たい)洋(よう)一尉――おそらく三十代半ばの、一見すると週末にバーベキューやフットサルを楽しむアクティブな青年といった趣の男だが、何(ど)処(こ)か独自の世界を持っている様な、厭(えん)世(せい)観(かん)を感じさせる眼(め)をした男である。

 皇(すめらぎ)の話に拠(よ)ると、自衛隊でも最も優秀な為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦士とのことだ。

 それはつまるところ、圧倒的な強者を相手に戦うことを想定した訓練を積んできたということであり、そんな独特の覚悟を胸に秘めるが故にそういう眼をしているだろうか。

 

「カムヤマトイワレヒコに搭乗したら、すぐこれに着替えてください」

 

 豊(とよ)中(なか)は手に持っていたラテックススーツを航(わたる)に差し出した。

 受け取ってみると、自衛官が着ているものとかなりデザインが異なる。

 取分け首から胸、腹から股間に掛けて拵(こしら)えられたパッドが自衛官のそれよりも厳重に固められている。

 

「これは……?」

「為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を操縦する為に作られた特別製のスーツです。皇(こう)國(こく)兵もほぼ同じ物を装着し、機体との一体感を高めていると聞いています。つまり、これを着ることで為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の性能は更に引き出される。今お渡ししたのは岬(さき)守(もり)さんの為に仕立てられた一点物の特別仕様品です。操縦席にはヘルメットも準備してありますので、併せて装着してください」

 

 航(わたる)は渡されたスーツを目の前で拡(ひろ)げ、裏表を交互に眺めた。

 前は体を守るパッドが余計な部分を盛り上がらせ、後はぴっちりと体のラインを強調するデザインは、妙にセクシーで少し恥ずかしいかも知れない。

 

「僕(ぼく)だけ特別なのは、超(ちよう)級(きゆう)用ということですか?」

「それもありますが、何より貴方(あなた)と我々の立場の違いに因(よ)るものです」

「立場の違い?」

「当然でしょう。貴方(あなた)は我々の仲間ではないのだから」

 

 距離を置く様な豊(とよ)中(なか)の言(いい)種(ぐさ)に、航(わたる)は少し驚いた。

 何か不興を買ったのだろうか。

 此(こ)処(こ)に来る途中で根(ね)尾(お)に言われたことを思い出す。

 しかし、どうやら豊(とよ)中(なか)は航(わたる)を嫌った訳ではないらしい。

 

「岬(さき)守(もり)さん、貴方(あなた)は本来民間人だ。我々の仲間だけで背負うべき任務を押し付け、共に危険な死地へと赴(おもむ)かせてしまうこと、国民を守る責を負う自衛官として慚(ざん)愧(き)に堪えません。恥ずかしながら貴方(あなた)の御(お)力(ちから)にはどうしてもお縋(すが)りしなければならないが、同時に決して死なせる訳にもいかない。貴方(あなた)のことは自分と仲間が命に代えても守り抜きます」

 

 豊(とよ)中(なか)の眼の色が変わった。

 死を覚悟しているかの様な不穏さの中にも、守るべき戦いへの決意の熱が宿っている。

 彼だけでなく、部下達からも悲壮だが勇敢な覚悟が熱となって渦巻いていた。

 航(わたる)はその熱に触れ、胸が震えた。

 

「宜(よろ)しくお願いします! 皆さん、共に生きて帰りましょう!」

 

 航(わたる)は力強く応えた。

 しかし、それはそれとして「共に戦う者」としての決意は表明しておきたかった。

 豊(とよ)中(なか)が言う様な、守られるだけの男として此処に来た訳ではない。

 自分が生きて帰るなら、彼らもまた生きて帰れるように力を合わせるべきだ。

 

 とその時、豊(とよ)中(なか)の無線に通信が入った。

 

『此(こ)方(ちら)特殊管制。南東微東より本邦領空に向け、極超音速で接近する飛翔体有り』

「来たか……!」

 

 航(わたる)と自衛官達に緊張が奔(はし)った。

 方位と速度からして、間違い無く皇(こう)國(こく)から迫り来る為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)だ。

 しかし、無線から漏れ聞こえてきた声が更なる衝撃を寄(よ)越(こ)す。

 

『なんだこの速度は……! ミサイルか? マッハ十五以上、超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の三倍の速度は出ている!』

「ミサイルだと!?」

 

 豊(とよ)中(なか)は戦慄していた。

 もし為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)ではなく核ミサイルだとしたら、そこに波動相(そう)殺(さい)機能が備わり探知が無効化されてしまっているとしたら、恐ろしい結果を招くことになる。

 

『いや、ミサイルではない。我々の神(しん)為(い)が察知した形状は間違い無く為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)だ。だが、超(ちよう)級(きゆう)より更に大型だ!』

「一(ひと)先(ま)ずは核じゃなくて良かったといったところか」

 

 少しほっとした一同だったが、その後に入ってきた情報は再び彼らを戦慄の渦に呑(の)み込(こ)む。

 

『此(こ)方(ちら)特殊管制。敵機位置情報修正。既に領空内に侵入……いや、これはもう……!』

「此方豊(とよ)中(なか)。最新の位置情報を送られたし。オクレ」

『と、豊(とよ)中(なか)一尉、位置情報の状況確認に齟(そ)齬(ご)有り。敵機・三十六メートル級の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)一機を捕捉。現在位置は……ぎ、銀座上空!』

「なんだと!?」

 

 明らかな緊急事態である。

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)はレーダーで捕捉できないため、神(しん)為(い)に因って強化された感覚で察知するしかない。

 だが日本国自衛隊で運用され始めたばかりのそれは極めて未熟であり、正確な敵の位置情報を把握するのは困難であった。

 一応、超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の速度としてマッハ五での移動を想定して位置情報を割り出してはいるのだが、今回は敵の速度が想定外だった為、大幅なズレが生じてしまったのだ。

 

「糞(くそ)、拙いぞ! 豊(とよ)中(なか)隊、直ちに出撃する! オワリ!」

 

 豊(とよ)中(なか)はすぐさま号令を掛け、控えていた部隊を壱(いつ)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に載せようと振り向いた。

 とその瞬間、金色の機体「超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコ」が勢い良く東の空へと飛び出した。

 

「岬(さき)守(もり)さん!? あの野郎いつの間に乗り込んだ!」

 

 自衛官達は航(わたる)の暴走癖を甘く見ていたらしい。

 航(わたる)の操縦する超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコは東へ、敵が既に侵入してしまった銀座上空へと向けて、豊(とよ)中(なか)隊を置き去りに一人で空を駆けていった。

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