それは銀座上空に、突如音も無く現れた。
全高三十六米の巨大な人型ロボット兵器の存在に人々が気が付き始めたのは、太陽の光を遮って影を作ったからだ。
暗雲と呼ぶには局所的で濃い影だった。
『聴くが良い、明治日本の民共よ!』
若い男の声が空から響き渡り、道行く人々は皆空を仰いだ。
こうなっては流石に殆どの者が明らかに日常からかけ離れた異物に気が付く。
昼下がりの街並を響めきが包み込む。
平和呆けの日本人は事態を飲み込めていない者が多数いたが、外国人を中心にパニックが萌芽し始めていた。
『私は神聖大日本皇國遠征軍の輪田衛士少佐だ。偉大なる神皇陛下の名の下に、この地の政府に全面降伏と皇國への編入を要求する。拒否と抵抗は日本男児の誉れなれど、惨劇を齎す愚かな選択となるだろう。三時間後までに降伏の意思が皇國に通達されず、その旨が我が元に伝わらぬ場合、此処に有る圧倒的武力に因る就戮にて我が意は達されるであろう』
巨大ロボット――特級為動機神体・ツハヤムスビのは拳を目下の街並に突き出した。
その腕には砲口が備え付けられている。
人々は皇國の巨大ロボット兵器が光線砲で大量破壊兵器並みの破壊力を誇る光線砲を有していると知っていた。
混乱は抑えようもなく巨大な大渦となって周囲を呑み込み、渦が新たな渦を生んで際限無く拡がっていく。
今、人々は様々な光景を思い浮かべているだろう。
外国人は破壊された中露や米国の有様を、そして日本人は八十年前の忌まわしい記憶に焼き付いた光景を幻視しているに違いない。
この昼下がりの都市で、恐怖と絶望に駆られた人々が思い思いに逃げ纏うと収拾が付かず、それだけで大惨事になりかねない。
とその時、西の空から凄まじい速度で金色の煌めきが飛来した。
それはまるで閃光の様に、方位違いの暁の様に、空に浮かんでいた皇國の為動機神体と衝突した。
『ぬぅっ!!』
人々を恐怖のどん底に突き落としていた巨大ロボットは目下に突き出していた手に日本刀の様な切断ユニットを握り、一回り小さな金色の巨大ロボットの持つ同じ様な武器と刃を交え、鍔迫り合いの様相を呈していた。
『噂に聞く金色の機体か、待っていたぞ! 貴様を完膚無きまでに叩き潰し、明治日本から抵抗の意思と手段を完全に絶つことこそが我が真なる任務なのだからな!』
皇國の為動機神体は金色の為動機神体を腕力に物を言わせて撥ね退け、切断ユニットを剣道の中段の様に構えた。
⦿
自衛隊を待たずに超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコを動かし、銀座上空で敵機と相見えた航は嘗て無い強烈なプレッシャーを感じていた。
敵機は全高三十六米と、全高二十八メートルである此方の機体と比較して一.三倍に迫るサイズ感である。
これは、日本人男性の平均身長である一七一センチに換算すると、二二〇センチ近い巨漢と対峙するに等しい。
しかし、航が感じている感覚は機体の体格差だけでは説明の付かない、恐るべきものだった。
(こいつ、今まで為動機神体で戦ってきた敵とは何かが違う……!)
航は「受け取ったスーツに着替えていて良かった」と肝を冷やした。
豊中の言っていたとおり、確かにこの恥ずかしいラテックススーツを着たことで今までに無く感覚が研ぎ澄まされている。
間違い無く、今が最も為動機神体を上手く乗り熟せる状態だ。
だがそれでも、その状態で尚、航は嘗て無い苦戦を予感していた。
そんな航に、敵機が神為に依る伝達で語り掛けてくる。
『我が名は輪田衛士。氏は永、嘗て安槌幕府の帥として日ノ本を治めし旧華族公爵家・輪田将軍家の嫡男である。我が愛機、特級為動機神体・ツハヤムスビにて貴様と金色の機体を冥府・根之堅洲國へ送ってやろう。死ぬ前に貴様と搭乗機の名を私に告げるが良い』
航は敵の名告から強い自負心を受け取った。
音声ではなく神為で伝わるが故に、相手の心中の力強さがひしひしと感じられる。
「岬守航。機体は超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ」
名告り返したのは、自身も己を鼓舞して敵のプレッシャーを跳ね返したかったからだ。
絶対に負けないという気合いを込め、神為で敵機に意思をぶつけた。
『で、あるかァッ!!』
しかし、敵操縦士・輪田衛士はそれをも更に上回る圧を掛けてきた。
航は無意識にカムヤマトイワレヒコの構えを固めさせられた。
「なんて圧力だ。この神為、多分六摂家当主にも匹敵する……!」
『その通り!』
敵機・ツハヤムスビがカムヤマトイワレヒコに一瞬で肉薄し、凄まじい速度で刃を振るってきた。
今度は航がそれを刃で受け止め、再び鍔迫り合いとなった。
『抑も征夷大将軍とは武家の棟梁にして、皇族かその血を引く縁氏・永氏のみが任命されていた由緒正しき地位。更に、初代将軍衛長公は乱世には魔王として恐れられ、天下統一後は神として崇敬の念を集めた御方。我が血筋、摂関家に何ら引けを取るものではないわ。我が永氏の由来、皇都府は永安京の名に倣い、皇國に永遠の安穏を齎すべく、この地に伝えられし神器を貰い受ける!』
ツハヤムスビの力が膨れ上がる。
航の神為とカムヤマトイワレヒコの馬力では到底太刀打ち出来ない、凄まじい圧殺力だった。
しかし、航の胸中には負けられない思いがあった。
目の前の敵には目下の町を一瞬で灰燼に帰す凶悪無比な暴威が備わっている。
このまま輪田の好きにさせれば、何万人が犠牲になるか分からない。
今、航の双肩には大勢の無辜の命が重く伸し掛かっている。
屹度、昨夜神皇に戦いを挑んだ魅琴の思いも同じだったに違いない。
航の胸に魅琴の決意が重なり、真紅の焔に変わって燃え上がる。
「させるかよっ!」
航はカムヤマトイワレヒコの体勢を敢えて崩しつつ、敵機・ツハヤムスビに上段蹴りを浴びせた。
蹴りは敵機の腕に止められたが、その怯んだ一瞬の隙を航は見逃さなかった。
蹴りから連続した動作でカムヤマトイワレヒコの腕の砲口で狙いを定め、間髪を入れずに凄まじい威力の光線砲を発射した。
だが、確実に中ると思われた光線砲は何も捉えられずに空の彼方へと消えていった。
直後、航は輪田の操縦技術に驚愕させられる。
今度はツハヤムスビが、体を仰け反らせて光線砲を躱した動きからすぐさま宙返り蹴りに移行し、カムヤマトイワレヒコの胸を搗ち上げた。
そして航の機体が打ち上げられている間に体勢を立て直し、容赦無く光線砲を撃ち返してきた。
「ぐおォッ!」
航は殆ど勘で背中の飛行具から燃料を射出し、敵の射撃の狙いを僅かに外した。
とはいえ、敵の光線はカムヤマトイワレヒコの鎖骨辺りを掠め、装甲の一部を抉り取ってしまった。
「糞、同じ芸当もこっちより上手く出来るってことかよ」
ヘルメットの中で航の額に冷や汗が滲んだ。
だが輪田の攻撃は終わっていない。
息を吐き暇も無く、ツハヤムスビはカムヤマトイワレヒコが回避した方向を二発目の光線砲で狙ってきた。
「くっ!」
航は急ブレーキを掛けて機体の状態を捻った。
そしてそのまま、光線砲を中心に螺旋を描く動きで逆に敵機へと迫る。
「吠え面掻きやがれ!」
航はカムヤマトイワレヒコの切断ユニットを振るい、ツハヤムスビに斬り掛かる。
両機の刃が三度激突して火花を散らす。
「喰らえ!」
航にはツハヤムスビとの力比べをするつもりなど更々無い。
刃を振るった狙いは、敵が此方の攻撃を受け止めた際、自機の籠手に備わった光線砲ユニットの砲口が敵機の方へ向けられることだ。
今度こそ中ててやる――そんな意気込みと共に、カムヤマトイワレヒコの砲口から一筋の光が閃いた。
だが、航はまたしても驚愕させられた。
輪田は航の狙いを読んでいたかの如く鍔迫り合いとなった腕を押し捻り、光線砲の向きを無理矢理捻じ曲げて狙いを外していたのだ。
「これでも駄目なのかよ!」
『中々やるな! 楽しませてくれる!』
輪田はツハヤムスビの肩をカムヤマトイワレヒコにぶつけてきた。
機体の体格差・馬力差から堪らず、蹌踉めいて後退してしまう。
また狙われては敵わない――航は機体を大きく上空へ回避させた。
『逃さんぞ』
ツハヤムスビは両腕を胸の前で交差させ、背中から翼の様な装備を出現させた。
その節目と先端には光線砲の砲口が備え付けられている。
「マジかよ……!」
航の頭から血の気が引いた。
輪田の射撃には何度も肝を冷やしているのに、何発も矢鱈滅鱈と撃ちまくられては堪ったものではない。
兎に角逃げ回って的中率を最小限に抑えなければ――航は無作為な回避を繰り返した。
だが、ツハヤムスビの翼の各所から放たれた輪田の光線砲は悉くがカムヤマトイワレヒコに命中した。
幸いなことに肩口や脇、二の腕や脛を掠めただけで致命的な損壊には至らなかったが、カムヤマトイワレヒコの多くの装甲が破損してしまった。
「あれだけ無茶苦茶に撃ちまくって、こっちも無茶苦茶に動いたのに百発百中で喰らってしまうのか。目眩がするな……」
『フ、無意識の操縦には手癖が出るからな。却って予測が付き易いのだ』
「ここまでの僅かな攻防でそれを見抜いたってことか。とんでもない野郎だぜ……」
『そうでもないさ。全てが仕留めるつもりで放った射撃だからな。よくぞ凌ぎ切ったと、寧ろ此方が貴様を褒めてやりたいくらいだ』
航はここまでの戦いで痛い程思い知った。
今回の相手は今までの操縦士と明らかに次元が違う。
操縦技術・戦闘勘・創造性・経験値・神為・機体性能――どれを取っても弱点の見当たらない、超一流の難敵だ。
(何をやってもこっちを更に上回る返し技で逆に追い込まれる気がするぞ。どうすれば良い?)
航は攻め手を失っていた。
単純に力と力、技と技をぶつけ合ってはおそらく勝てない。
しかし、生身の航は今までずっとそんな境遇で戦ってきた。
唯、為動機神体同士の戦いでも同じ様な状況が降り掛かっただけだ。
(こんな劣勢、魅琴がやった戦いに比べたら……!)
脳裡にボロボロになった魅琴の姿が浮かぶ。
そうだ、こんな程度で弱気になってどうするのか。
航は両脇の操縦桿を強く握り締めた。
『岬守さん、無事か!』
その時、航の元へ豊中から通信が入った。
西方からやや小ぶりの人型ロボット――自衛隊の壱級為動機神体が十機、この戦場に辿り着こうとしていた。
「豊中さん、すみません。こいつ、強いです。援護してください」
『最初からそのつもりだ。というか単機で先行されて、撃墜されていたらどうしようかと気が気でなかったですよ』
「すみません。居ても立ってもいられなかったもので」
『いや、此方の手際が拙かった。兎に角、間に合って良かった』
十機の壱級為動機神体が超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコと特級為動機神体・ツハヤムスビを取り囲んだ。
『明治日本の援軍……。為動機神体は金色の機体だけではなかったか。しかし、未知の敵と多対一とはいえ壱級に後れを取る私ではないぞ』
銀座上空の戦いは新たな局面を迎えようとしていた。