日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十七話『津速產巢日』 急

 航(わたる)と輪(わ)田(だ)、それぞれの搭乗機体を中心に十機の壱(いつ)級(きゆう)が大きく距離を取って取り囲んでいる。

 航(わたる)にとっては存分に動き回って戦うことが出来、且つ自衛官にとっては援護射撃の狙いが付け易(やす)い、そんな絶妙の間合いだ。

 合計すると十一対一の様相だが、それでも航(わたる)の心に余裕は無かった。

 

「皆さん、多勢だからと油断は禁物です。多分相手は敵の撃墜王(エース)だ……」

『分かっている。この距離まで接近しただけで凄まじいプレッシャーを感じていますよ』

 

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に搭乗する自衛官は、皆例外なく東(とう)瀛(えい)丸(がん)を服用して神(しん)為(い)を身に付けている。

 レーダー探知を受け付けない敵の探知を試みていた辺りからも、既に対皇(こう)國(こく)を想定して東(とう)瀛(えい)丸(がん)と神(しん)為(い)の訓練を積み、運用しようとしていたことが窺(うかが)える。

 それ故、航(わたる)と同様に第六感が常人よりも遥(はる)かに働き、敵の脅威もどことなく肌で感じているのだろう。

 

 だが、航(わたる)は実際にこの敵――輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)少佐の駆る特級為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ツハヤムスビと交戦し、予想を遙(はる)かに上回る苦戦を強いられていたところだ。

 脅威ではあると感じているだろうが、実際の力量まで想像が及んでいない可能性が高い。

 況(ま)してや、航(わたる)と異なり自衛隊にとっては初の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)による実戦である。

 幾(いく)ら警戒しても、過剰になることはないだろう。

 

 その時、ツハヤムスビが再び両腕を交差させ、翼の様な装備品を拡(ひろ)げた。

 航(わたる)は咄(とつ)嗟(さ)に叫びながら回避行動を取る。

 

「みんな躱(かわ)せ! 狙われるぞ!」

 

 ツハヤムスビから十一筋の光線砲が発射された。

 輪(わ)田(だ)ならば乱射しても「下手な鉄砲、数撃てば当たる」といった無(ぶ)様(ざま)にはならない。

 航(わたる)は紙一重のところでなんとか躱せたが、自衛隊機は回避が間に合わず大なり小なり被弾してしまっていた。

 

『ぐああああっっ!!』

『金色の機体には見切られたか。素晴らしい動きだ。周りの壱(いつ)級(きゆう)の方はどうかな? 何機残った?』

 

 自衛隊機の損害は甚大だった。

 十機のうち二機は今の射撃で機体を完全に破壊され被撃墜、内部の操縦士は即死だろう。

 二機は背中の飛行具を破壊されてしまった為(ため)、これ以上の空中戦は出来ない。

 どうにか墜落する機体を少しでも安全な場所へ動かし、操縦室を脱出させるしかない。

 

 つまり、今の一瞬で十機中四機が撃墜されてしまった。

 残る六機も腕や足などを破壊され、継戦は可能なものの五体満足な壱(いつ)級(きゆう)は一機として無い。

 

『ほう、思ったよりも生き残ったな。それなりの訓練は積んでいるらしい』

 

 輪(わ)田(だ)は自衛隊の練度に感心する言葉を吐いたが、逆にそれは余裕の表れである。

 実際、航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを回避させただけではなく切断ユニットによる反撃を試みたが、ツハヤムスビの刃に簡単に機体を弾かれてしまった。

 

「くっ!」

『油断ならん奴(やつ)め。だが先程までとは違い単純な動きで容(た)易(やす)かったぞ。焦りが見えるな』

 

 航(わたる)は即座に機体の体勢を立て直した。

 輪(わ)田(だ)には航(わたる)の心理までも筒抜けらしい。

 

 しかし、先程までと様子が違うのは輪(わ)田(だ)も同じだった。

 今までであれば即座に恐るべき返しの一手に対処しなければならなかったが、輪(わ)田(だ)は航(わたる)にそれ以上仕掛けてこない。

 どうやら、多対一になったことで航(わたる)一人に集中出来なくなったらしい。

 

『よくも山(やま)科(しな)と榛(はん)木(のき)を!』

 

 壱(いつ)級(きゆう)のうち一機が輪(わ)田(だ)に向けて光線砲を連射した。

 撃ったのは恩(おん)田(だ)聡(さとし)二尉、自衛隊では豊(とよ)中(なか)一尉に次ぐ為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦の巧者だ。

 奇(く)しくもカムヤマトイワレヒコとツハヤムスビの間合いが開いていたことで遠慮無く撃てるようになったらしい。

 しかし、輪(わ)田(だ)の戦闘勘とツハヤムスビの回避能力の前に恩(おん)田(だ)の射撃は掠(かす)りもしなかった。

 

『糞(くそ)! 中(あた)れ! 墜(お)ちろ!』

『恩(おん)田(だ)二尉! 頭を冷やせ!』

 

 恩(おん)田(だ)は全くの出(で)鱈(たら)目(め)に撃っている訳ではない。

 連射しつつも、一発一発ツハヤムスビの回避先へ光線を置きに行っているし、カムヤマトイワレヒコや他の友軍機に流れ弾が行かないように確(しつか)りと狙い撃っている。

 唯(ただ)、輪(わ)田(だ)の操縦技術が常軌を逸しており全く捉えられないのだ。

 

『その程度ではこの私(わたし)の首を取ることなど出来んよ!』

 

 連射を躱し続けるツハヤムスビは腕の光線砲ユニットで恩(おん)田(だ)の壱(いつ)級(きゆう)を狙い射撃した。

 反撃を受けた壱(いつ)級(きゆう)は直撃こそどうにか免れたものの、飛行具を破壊され落下していく。

 

『うおおおおっ!』

『これで残るは半分!』

 

 墜落する壱(いつ)級(きゆう)から恩(おん)田(だ)を乗せた操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」が射出された。

 先に墜落させられた二機のうち一機からも既に操縦室が射出され、落下傘を拡げている。

 しかし、もう一機は脱出が間に合わずにビルに激突してしまっていた。

 つまりこの時点で自衛隊の殉職者は三名になっていた。

 

『しかし、金色の機体との戦闘に水を差されるのも面倒だな。ならばあれを使うか。序(つい)でに、ここで次の作戦段階に向けて準備を進めておくとしよう』

 

 輪(わ)田(だ)の不穏な言葉の直後、ツハヤムスビの肩と背中が開いた。

 また新たな装備を使うのかと身構える航(わたる)だったが、そこから現れたのは更に厄介な代物だった。

 ツハヤムスビの機内から、十機の弐(に)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が飛び出したのだ。

 二米(メートル)程のサイズの人型ロボットが五機の自衛隊機と撃墜されて脱出した二つの操縦室へと向かって行く。

 

「拙(まず)い!」

 

 激しい焦燥に駆られた航(わたる)は、一発の光線砲を撃った。

 ツハヤムスビに向けたものではなく、放たれた弐(に)級(きゆう)を狙ったものだった。

 一筋の光が二機の弐(に)級(きゆう)を一度に焼き払い、操縦室を脱出させて無防備なところを狙われていた二人の自衛官を救った。

 

 しかし目の前の敵から意識を逸(そ)らしてしまえば、それを見逃してくれる輪(わ)田(だ)ではない。

 航(わたる)はツハヤムスビの射撃を間一髪のところで躱した。

 

『ほう……』

 

 輪(わ)田(だ)は何やら航(わたる)の動きに感心したようだ。

 

『初めの頃より動きが良くなっているな。邪魔者に弐(に)級(きゆう)を差し向けたのは正解だったかも知れん。尤(もつと)も、あれらは壱(いつ)級(きゆう)を蚊(か)帳(や)の外へ追(お)い遣(や)るだけの為に放ったのではない。あれらの操縦は人工知能による自動操縦ではなく、私(わたし)の思念による遠隔操縦だ。六年前、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が叛(はん)乱(らん)を起こした際は、あれで壱(いつ)級(きゆう)や超(ちよう)級(きゆう)を撃破している。明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の兵はどれだけ保(も)つかな?』

 

 輪(わ)田(だ)の不穏な言葉通り、既に二機の壱(いつ)級(きゆう)が新たに破壊されていた。

 他の機体も、弐(に)級(きゆう)の頭部から発射される光線砲を躱すのに手一杯といった情勢だ。

 

『こちら求(く)来(く)里(り)! 豊(とよ)中(なか)隊長、倉(くら)橋(はし)君を墜とした弐(に)級(きゆう)が逃げました!』

 

 豊(とよ)中(なか)隊の紅一点、求(く)来(く)里(り)美(よし)乃(の)三尉の報告は航(わたる)と自衛隊に戦慄を齎(もたら)した。

 

『なんだと!? 何処(どこ)へ向かった!』

『こちら剣(けん)持(もち)! 弐(に)級(きゆう)四機が日比谷公園方面へ離脱!』

『日比谷公園だと!?』

 

 最悪の報(しら)せだった。

 航(わたる)達は銀座上空でツハヤムスビと交戦している。

 そこから日比谷公園方面へ向かうと、その先には国会議事堂や議員会館、各省庁の建屋がある。

 

『隠すつもりは無いから教えてやろう。今、私(わたし)は弐(に)級(きゆう)を使って議会を占拠してしまおうと考えている。四機もあれば充分だ』

「何だと? まさか一人で日本を降伏に追い込むつもりか? お前、本気なのか?」

『出来る訳がない、と思っているな。勿(もち)論(ろん)、私(わたし)一人で国を占領し維持することなど出来んだろう。私(わたし)一人ならな』

「何……?」

 

 航(わたる)の心臓が早鐘を打つ。

 凄(すさ)まじく嫌な予感がする。

 

『間も無く、私(わたし)の部下達が超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)でこの地に上陸する。輪(わ)田(だ)隊は遠征軍の精鋭達だ。国を占領出来るような数ではないが、行政区の一つくらいならば掌握出来る兵力を備えている。先(ま)ずは輪(わ)田(だ)隊で中枢を抑え、機能が麻(ま)痺(ひ)している隙に後続の兵が続々と上陸。神(じん)皇(のう)陛下の神(しん)為(い)が無く、為(い)動(どう)機(き)神(しん)艦(かん)の転移が使えずとも明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の地は我々の支配下に置かれる。残念だが貴様らの抵抗は不毛に終わる』

「部下……。そうか、こいつも隊を率いていたのか……」

 

 輪(わ)田(だ)に与えられた任務はあくまで金色の機体の撃破である。

 しかし、可能ならば一気に戦勝まで持っていこうと輪(わ)田(だ)は考えているらしい。

 途方も無い考えだが、輪(わ)田(だ)ならやりかねないという予感が航(わたる)にはあった。

 

 航(わたる)は足下を操作し、或(あ)る人物に繋(つな)いだ。

 大至急、対応を要請しなければならない。

 

「根(ね)尾(お)さん、頼みがあります!」

『岬(さき)守(もり)君、何があった?』

「敵の放った弐(に)級(きゆう)が国会議事堂へ向かっています! どうにか止めてください!」

『そうか、解(わか)った。此(こ)方(ちら)は我々に任せろ』

 

 根(ね)尾(お)は何も訊(き)かず、航(わたる)の頼みを受(う)け容(い)れてくれた。

 一(ひと)先(ま)ず、弐(に)級(きゆう)の方は彼に任せられる。

 だが、まだ問題は山積みだ。

 兎(と)にも角(かく)にも、今は目の前の敵を斃(たお)さなければ何も始まらない。

 

『白兵の戦士に応援を要請したか。だが私(わたし)の部下はどうする? 私(わたし)の迎撃に差し向けられた他に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の戦力はあるのか? 第一、貴様らが私(わたし)に敗れれば全て無意味だ』

「勝つさ……!」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコをツハヤムスビに向き合わせた。

 勝たなければならない、そんなことは云(い)われるまでもない。

 

『意気込みは立派だな。だが、忘れていないか? 私(わたし)が放った弐(に)級(きゆう)は十機。二機は貴様が撃墜したが、三機は以前貴様らの壱(いつ)級(きゆう)と交戦中で、四機は議会へと向かわせた。計算が合わないと思わないか?』

 

 輪(わ)田(だ)の言うとおり、一機行方が判(わか)らない。

 航(わたる)は背中に不穏な気配が突き刺さるのを感じた。

 残る一機の弐(に)級(きゆう)はカムヤマトイワレヒコの背後に迫っていた。

 

『今度は貴様が二対一だ。今までも押されていた戦況が更に悪化したな。それでも尚(なお)、この私(わたし)に勝てるつもりでいるのか?』

 

 輪(わ)田(だ)の遠隔操作する弐(に)級(きゆう)がカムヤマトイワレヒコの背後から光線砲を撃ってきた。

 しかし航(わたる)は機体を宙返りさせ、あっさりと攻撃を回避した。

 そればかりか、回転するカムヤマトイワレヒコはそのまま蹴りを繰り出し、弐(に)級(きゆう)を粉々に打ち砕いてしまった。

 

『何?』

「勝つさ! 何度も言わせるな!」

 

 航(わたる)は切断ユニットでツハヤムスビに斬り掛かった。

 ツハヤムスビの方も刃を構え、カムヤマトイワレヒコの刃を受け止める。

 だが今度は航(わたる)の方が刃を押し込み、ツハヤムスビの懐を抉(こ)じ開(あ)けた。

 

『うおおおおっ!?』

 

 ツハヤムスビの体勢が崩れる。

 航(わたる)は空(す)かさず二の太刀を振り下ろした。

 敵は機体を退かせて回避したが、切断ユニットの鋒(きっさき)が敵機の胸を掠めた。

 

『何!?』

「輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)! お前の狙いは何一つ果たさせない! 早急にお前を墜とす!」

 

 航(わたる)は腹を括(くく)った。

 本当の勝負はこれからである。

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