銀座上空の戦いは愈々大詰めだ。
防衛側の機体は岬守航の駆る超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコと豊中大洋の駆る壱級為動機神体、侵攻側の機体は輪田衛士の駆る特級為動機神体・ツハヤムスビと遠隔操縦される二機の弐級為動機神体と、開戦当初とは逆に侵攻側の方が数的有利となっていた。
戦況は悪い。
侵攻を食い止めるには何よりも先ずツハヤムスビを墜とさなければならないが、カムヤマトイワレヒコの光線銃を直撃させても威力が足りず装甲を破れなかった。
つまり、現状では防衛側には敵を斃す手段が無い。
この状況を打破する為にはカムヤマトイワレヒコの特殊な回路を作動させなければならない。
「くっ! 岬守さん、日神回路の発動はまだか! このままでは俺も保たない……!」
豊中は二機の弐級為動機神体を相手取り、追い詰められていた。
今まで一機を相手にも苦戦していたのだから無理も無い。
そして、豊中には航が虎の子の切り札を発動させられない理由も身に染みて解っていた。
輪田と戦いながらでは、回路発動に必要な深度まで自身の内部に意識を向けられないのだ。
「勝つ為には先ず敵の注意を惹かなければならないということか。つまり俺がなんとかしないと……!」
豊中は意を決して壱級を、接近していた弐級へと向かわせた。
形振り構わぬ体当たりを敢行し、捨て身で活路を開こうとした。
操縦士の技量がどうあれ、機体の大きさで勝る壱級が一回り小さい弐級と衝突すれば、弐級の側が弾き飛ばされるのは道理だ。
この時、二機の弐級の位置関係は離れた位置でツハヤムスビと戦っていたカムヤマトイワレヒコと一直線上に並んだ。
『今だ!』
カムヤマトイワレヒコの光線砲が二機の弐級為動機神体を同時に貫いた。
豊中は航の操縦能力ならこの隙を逃さないであろうと信じており、その目論見が実を結んだのだ。
だがこれは大きなリスクの伴う賭けだった。
二機の弐級を撃墜した瞬間、カムヤマトイワレヒコもまた背中の飛行具に敵機の光線砲を掠らせてしまい、再び一部を損壊してしまった。
「岬守さん、すまん! 大丈夫か!」
『問題無いですよ。寧ろ、ここまで狙い通りです』
カムヤマトイワレヒコは確かに飛行具を損壊した。
それも二度に亘って、である。
しかし、抑も一度目の損壊で航は機体の平衡を取るのが困難な状態に陥っていた。
今回、再び飛行具を一部失うことで、寧ろ左右の揚力が均衡して機体の平衡が幾分か回復したのだ。
『隙を見せれば狙ってくると解っていた。それを利用させて貰った』
『成程な、美事なものだ。だがこの私を虚仮にしてくれた代償は高く付くぞ』
何はともあれ、輪田は弐級の全てを喪った。
この場はツハヤムスビ一機撃破すれば良い。
後から追い付くという彼の部下の超級部隊が合流する前に決着を付けるのだ。
「岬守さん、此方でなんとか敵を揺動してみる。その隙に日神回路を発動させてくれ」
『いや、それよりももっと良いやり方があります』
「何?」
『その壱級の光線砲で僕を撃ってください』
豊中は耳を疑った。
何故カムヤマトイワレヒコを、共に戦う航を撃たなければならないのか。
航は自棄になって正気を失ったのか。
「何を言っているんだ?」
『説明は出来ません。兎に角やってみてください。ただ、カムヤマトイワレヒコが墜ちないギリギリの威力でお願いしますよ』
豊中は考える。
墜ちない威力で撃てということは自暴自棄の懇願ではないのだろうが、随分と突拍子もない提案だ。
だが、これまでの戦いで航の大胆な発想力は見せて貰った。
何か狙いがあるのなら、その言葉に賭けてみるのも悪くないだろう。
「解った、やってみよう!」
豊中は壱級の手をカムヤマトイワレヒコに向け、光線砲の照準を合わせた。
一応、カムヤマトイワレヒコの搭乗経験なら自分にもある。
引き出した性能は充分から程遠いが、それでも耐久力は熟知しているつもりだ。
破壊しないギリギリの威力で狙えというなら、やれないこともないだろう。
だが、敵もこちらの行動を態々待ってくれたりはしない。
ツハヤムスビは三度胸の前で腕を交差し、背中の翼の様な装備を拡げた。
『そんなに撃たれたいのなら私が撃ってやろうか? 仲間諸共な』
ツハヤムスビは翼の砲口から無数の光線砲を発射し、航と豊中を撃ち墜とそうとする。
カムヤマトイワレヒコは躱し切れずに何発か被弾し、装甲の一部を破壊された。
そして豊中の壱級もまた胴部への直撃を喰らい、機体の維持が出来なくなった。
『豊中さん!』
「駄目だ、これは墜ちる……!」
最早操縦室を射出しなければ豊中は助からない。
しかし、彼には未だ仕事が残されている。
それをやり遂げるまで終わる訳には行かなかった。
「せめて一発、最後の任務を遂行してから……!」
豊中は光線砲を発射した。
光の筋がカムヤマトイワレヒコを直撃し、爆煙を上げる。
『そこまでして同士討ちを? 何を企んでいる?』
輪田が訝しんだその時、カムヤマトイワレヒコを包んでいた煙が眩い金色の光で粉々に引き裂かれた。
どうやら機体が激しく発光したらしい。
『ぬぅっ……!?』
「日神回路、発動したか。俺の役目はここまでだ。脱出させてもらおう。見せてくれ、日本の底力を。メイド・イン・ジャパンはまだ死んでなんかいないってことを証明してくれ……!」
豊中は機体から自身の操縦室を射出させ、落下傘を拡げた。
『これは……凄い! 機体の力が今まで以上に漲ってくるのが分かる!』
日神回路を発動させて、航は手にした力に興奮しているようだ。
そんな彼に、戦線を離脱した豊中は必要な情報を通信する。
「日神回路は神為を大きく消耗し、長時間発動を維持することは出来ない。しかしその代わり、カムヤマトイワレヒコの機体性能を全て大幅に向上させる。一体感も、機動力も、耐久力も。中でも二つの兵装、切断ユニットと光線砲の破壊力の上昇は特に大きく、回路発動下でのそれらは特殊な通称が付けられている」
カムヤマトイワレヒコは刹那にしてツハヤムスビに肉薄し、切断ユニットの刃を振るった。
宛ら、金色の眩い光を放つ聖剣の様だ。
ツハヤムスビも自身の切断ユニットで受け止めようとしたが、刃が交わった瞬間にツハヤムスビのそれは罅割れて砕け散ってしまった。
『何!? 莫迦な!』
輪田は驚愕しながらカムヤマトイワレヒコから距離を取ろうとする。
しかし、その際に航からの追撃を受けて飛行具を大きく損傷した。
「日神回路発動下に於ける金色の切断ユニット『韴靈劔』は地上最強の剣、どんな頑強な装甲も打ち破る!」
今度はツハヤムスビが機体の安定を失った。
それでも、輪田は持ち前の操縦技術で立て直してくるだろう。
その前に航は次の行動に出た。
腕の砲口で、一時的に逃れようとするツハヤムスビに照準を合わせた。
「そしてもう一つ、日神回路発動下に於ける光線砲は『金鵄砲』と呼ばれ、立ちはだかる全ての敵を圧倒的な光の威力で捻じ伏せる!」
カムヤマトイワレヒコの腕の砲口から凄まじい光の奔流が放たれ、ツハヤムスビを呑み込んだ。
そしてツハヤムスビは激しい轟音と共に爆発四散、脅威の機体は銀座の空から跡形も無く消え去った。
「やった……か……」
緩やかに下降する中で、豊中は安堵して胸を撫で下ろした。
結局自衛隊機は残らず撃墜はされたものの、彼を初めとして何人かは生き残っている。
しかし、直後に緊迫した航の声が豊中の元に届いた。
『まだ終わってない! あいつ、脱出しやがった!』
「なんだと!?」
再び緊張が走った。
周囲に意識を向けると、確かに壱級のものとは異なる球状の操縦室「直靈彌玉」が一つ、銀座の空を緩やかに降下している。
どうやらカムヤマトイワレヒコの「金鵄砲」で狙われた際、さっさと機体に見切りを付けて脱出していたようだ。
輪田は引き際の見極めに掛けても超一流の操縦士だった。
そして、ツハヤムスビを斃したカムヤマトイワレヒコの発光は収まっていた。
日神回路は維持出来なくなり、通常の状態に戻ったのだ。
同時に、南の空から数機の敵影が確認された。
輪田の部下の駆る超級為動機神体・ミロクサーヌ零式が今追い付いてきたのだ。
「こちら豊中隊。銀座上空にて敵機撃墜。操縦士は操縦室と共に脱出降下。直ちに確保に……」
『駄目だ!』
輪田の身柄拘束を要請しようとした豊中だったが、航の制止が入った。
『皇國の敵は生身でも化物みたいに強いんです! 警察や普通の自衛官じゃ捕まえるどころかみんな殺される!』
「じゃあどうするんだ! 奴が市街地に降り立ったら国民が危ない!」
『僕に心当たりがある。根尾さんに連絡して、対処出来る神為の使い手を向かわせて貰います。それから、僕の方は敵の援軍を迎え撃ちに行きます』
カムヤマトイワレヒコは南の空へと飛んで行った。
豊中達自衛官の見守る中、敵の直靈彌玉が不気味な存在感と共に東京の街中へと降下していく。
銀座防衛戦は第二の局面を迎えようとしていた。