輪田衛士少佐の特級為動機神体・ツハヤムスビを追って日本国東京に上陸してきた、皇國の超級為動機神体・ミロクサーヌ零式は七機である。
岬守航とその搭乗機――日本国産超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコは、ツハヤムスビを辛くも打ち破ったその脚で更なる防衛戦へと向かわなくてはならなかった。
敵の部隊は既に夢の島に上陸していた。
競技場には鉄の巨人の無慈悲な足跡が穿たれ、木々や施設が侵略者に蹂躙される。
「勝手に他人の国の土地を踏み荒らしやがって、……ってのは僕が言えたことじゃないけどな。でも、平穏な日常を壊そうってんなら見逃せない」
航は歯を食い縛り、歯間を通して深い息を吐いた。
皇國最強の操縦士・輪田衛士をなんとか撃破した航だったが、日神回路発動により大量の神為を消費してしまった彼は既に疲労困憊だ。
カムヤマトイワレヒコの方もツハヤムスビとの戦いで其処彼処の装甲が破損し、おまけに飛行具の一部を失い、耐久力と機動力が大きく落ちてしまっている。
しかしそれでも、彼が戦わなくてはならない。
岬守航と超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ以外に、敵の侵攻を止められるものは存在しない。
もし敗れれば、日本国は敵を撃退する手段を失い、ただ降伏と亡国を待つばかりとなるだろう。
そして皇國に吸収され、日本国民の自由と生殺与奪権は一握りの皇國貴族の手中に収まってしまう。
「させるかよ、そんなこと! 何人で来ようが全員返り討ちにしてやる!」
航はカムヤマトイワレヒコを加速させ、夢の島公園の敵集団真只中に降り立たせた。
その勢いのままに切断ユニットを振るい、敵一機を腹部で真二つ。
更に、此方に飛び掛かってきた二機のうち、一機に対しては逆袈裟、もう一機は一度蹴飛ばしてから光線砲で貫く。
『金色の機体っ!?』
『まさか少佐が敗けたのか!』
残った敵超級のうち、二機は動揺から及び腰になっている。
『ええい、怯むな! 縦しんばそうであったとしても、少佐と戦って無事に済む筈がないだろう!』
『よく見ろ! 機体の彼方此方が損傷している! これでは満足な性能など出せまい!』
もう二機の叱咤によって四機の超級為動機神体に統率が戻った。
カムヤマトイワレヒコから距離を取りつつ、三機は地上で三角形を作り、一機は上空へ移動。
三次元的な等距離の陣形で、ミロクサーヌ零式四機がカムヤマトイワレヒコを取り囲んだ。
『全機、不用意に近付くな! 敵の射撃に注意しつつ、金色の機体を狙撃しろ! 装甲の損傷箇所を狙え!』
四機はカムヤマトイワレヒコに腕を向け、光線砲で一斉に狙撃しようとする。
しかし航は彼らが狙いを定める間も与えず、両腕の光線砲で地上一機と上空一機をそれぞれ撃墜。
更に、敵の狙撃を躱しつつもう一機。
『ぐあああっ!?』
『莫迦な! こんなあっさり残り一機まで……!』
最後の一機は辛うじて航の射撃を回避し、刃を構えて飛び掛かってきた。
『輪田隊が敗ける筈が無い! 金色の機体と操縦士はこの場で滅されねばならんのだ!』
「殺られる訳には行かないんだよ。この国に残された希望は、僕の誰よりも大切な女が命懸けで勝ち取った希望だ! 希望を託されたこの命は、その女に帰ると約束した命だ!」
航はミロクサーヌ零式の刃が届く前に、逆に自身の刃で敵機の腹部を貫いた。
「うおおおおおっっ!!」
そして気力を絞り出す様に叫びながら刃を振るい、敵機を荒川方面へと投げ飛ばした。
陸地から放り出された敵機は背中から着水、同時に爆発四散して飛沫と蒸気を上げ、煙に包まれた巨大な鉄屑と化した。
カムヤマトイワレヒコはそのまま膝から崩れ落ち、機体の発光を収めて停止した。
「はぁ……はぁ……!」
操縦室の中、航は大きく腰を曲げ、闇の泥沼に沈みかけた意識を辛うじて水面に保っていた。
唯でさえ輪田との戦いで日神回路を使ってしまった為に神為の殆どを使い尽くしており、その状態で尚も死力を尽くして漸く残る七機を斃したのだ。
あっさりと殲滅した様に見えて、短期決戦で挑まなければ航の方が危なかったのである。
(目蓋が……重い……)
微睡みが意識の頸動脈に手を掛けている。
だが航は尚も必死で堪え続けていた。
(まだ……だ……。まだ終わっちゃ……いない……)
航は震える手で操縦桿を握り、ゆっくりと手首を捻った。
停止したカムヤマトイワレヒコのハッチが開き、更に操縦室「直靈彌玉」の天井も開いて、航が外へと出られる状態になった。
航は体に鞭打って生身で地上へ降り立たなければならない。
(奴らの超級……一機として操縦室を破壊出来ちゃいない……。操縦士は全員生きている……。戦わなきゃ……。僕があいつらを止めなきゃ……)
勝負を焦り過ぎた航は、ただ敵機を破壊するだけで精一杯だった。
正確に操縦室を狙い撃つことが出来なかったのだ。
航は顔を上げた。
口を閉じることも出来ず、意識しなければ呼吸もままならない。
そんな状態で、果たして戦えるのか。
それでも、戦わなければならない。
だがそんな彼の視界に中年男の人影が入ってきた。
鍛え上げられた肉体をした、短い髭と濃い眉毛が特徴的な男だった。
「岬守航、この場は我々に任せろ」
「だ、誰だ……?」
「私は崇神會総帥・息田琉次郎だ」
崇神會――麗真魅琴の祖父が皇國と戦う為に立ち上げた組織である。
自衛官に東瀛丸が支給され、服用させられたのは、彼らが政府と繋がっていたからだ。
創始者の麗真魅射は六年前に他界し、その総帥職は現在この息田琉次郎に受け継がれている。
「崇神會……か……。そうか、貴方らも動いていたんだな……」
「当然だ。我々はまさに、この時の為に存在していたのだから」
航にとっては複雑だった。
崇神會は魅琴に苛酷な運命を背負わせた、その象徴の様な組織である。
だがそれは同時に、その存在意義に纏わる「皇國と戦う覚悟」が本物であることも疑いのないものとしている。
「夢の島の周囲には既に組織の精鋭を張らせてある。それから、銀座で君が交戦した男の許へも戦士を向かわせた。貴重な戦力である君が徒に命を散らせるものではない。今はこれを飲んで身体を休めろ」
息田は水筒の口を航の口に押し込んだ。
中から流れ込んでくる液体の味を航は能く覚えていた。
これは水徒端早辺子との訓練中に飲ませて貰った、東瀛丸の成分を薄めたという回復薬に違いない。
航は水筒の中身を全て飲み干した。
「……信じて良いのか?」
「魅琴御嬢様の覚悟に報いたい気持ちは我々とて同じだ」
息田の表情と口調に嘘偽り、欺瞞は感じられなかった。
航は少しの安堵に抗えず、疲労に身体を預けてゆっくりと眠りに就いた。
⦿⦿⦿
激戦の舞台となった銀座から少し離れた中学校の運動場に仮面の軍人が降り立っていた。
遠巻きに見守るのは怯える生徒達と、彼らを守ろうとする教職員達。
そんな学校関係者達の視線の先では、黒焦げになった数人の男女が軍人の周囲に倒れ伏していた。
輪田衛士と戦い、そしてやられてしまったのは学校関係者ではなく崇神會の戦士達だった。
「他愛も無し。明治日本の民としては独学でよく鍛えた方だが、将軍家の末裔たるこの私、輪田衛士の敵ではないわ」
「くっ……!」
唯一人、残された袴の女が木刀を構えて輪田と向き合う。
崇神會の戦士の一人、久里原安那は崇神會総帥・息田の命令で数名の同志と共に逸早くこの場に馳せ参じていた。
長年、敵対組織・廻天派と戦ってきた彼女達はそれなりの使い手なのだが、輪田の足下にも及ばなかった。
輪田の身体から薄らと焔が揺らめいて見える。
それは久里原の仲間を蹴散らした能力の残滓である。
「切り刻んでやる!」
久里原は木刀を振るい上げた。
届く筈の無い間合いだったが、彼女の術識神為があれば問題ではない。
振るわれた木刀の軌道上に竜巻が発生し、輪田に向かって行く。
「大層な旋風だが、此方に届かなければ意味など無い」
輪田の背後に燃え盛る焔の様な人型の軍勢が現れた。
「全軍、突撃」
焔の軍勢が竜巻へと飛び掛かる。
それらは竜巻に巻き込まれ、互いに衝突した瞬間に大爆発を起こした。
爆発の衝撃で輪田の周囲に転がっていた崇神會の戦士達の身体が吹き飛ばされる。
更に、爆煙の中から別の人型が久里原本人へと飛び付き、爆発。
「あああああッッ!!」
久里原は爆炎に包まれ、その場に倒れ伏した。
「国を守ろうという気概は買おう。だが下手を打ったな。弐級の邪魔をした連中もそうだが、貴様らは明らかに民間人の格好をしたまま私の行く手を阻み、軍と相違無い訓練された戦力を見せてくれた。今後私は民間人であろうと戦士である可能性を排除出来なくなったのだ。つまり、私は目に付く者を片っ端から力で排除しながら進まねばならなくなった」
輪田は周囲に殺気を撒き散らした。
彼の言動はつまり、この場の生徒や教職員の身柄を保証出来ないと示している。
平和な日常の学び舎は一瞬にして恐怖の戦場に変わり果てたのだ。
だがその戦場に送り込まれたのは崇神會の戦士達ばかりではない。
突如、輪田の頭上に三つの光る鳥居が顕れ、そこから三人の男女が彼を取り囲む様に降り立った。
「第二陣か……。貴様らの顔には覚えがあるぞ」
光る鳥居は消え去った。
根尾弓矢・久住双葉・虻球磨新兒の三人が輪田を取り囲み、睨み付けていた。