日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十九話『亡霊幻想曲』 序

 輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)少佐の特(とつ)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ツハヤムスビを追って日本国東京に上陸してきた、皇(こう)國(こく)の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)は七機である。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)とその搭乗機――日本国産超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコは、ツハヤムスビを辛くも打ち破ったその脚で更なる防衛戦へと向かわなくてはならなかった。

 

 敵の部隊は既に夢の島に上陸していた。

 競技場には鉄の巨人の無慈悲な足跡が穿(うが)たれ、木々や施設が侵略者に蹂(じゆう)躙(りん)される。

 

「勝手に他人の国の土地を踏み荒らしやがって、……ってのは僕(ぼく)が言えたことじゃないけどな。でも、平穏な日常を壊そうってんなら見逃せない」

 

 航(わたる)は歯を食い縛り、歯間を通して深い息を吐いた。

 皇(こう)國(こく)最強の操縦士・輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)をなんとか撃破した航(わたる)だったが、日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)発動により大量の神為(ため)を消費してしまった彼は既に疲(ひ)労(ろう)困(こん)憊(ぱい)だ。

 カムヤマトイワレヒコの方もツハヤムスビとの戦いで其(そ)処(こ)彼(か)処(しこ)の装甲が破損し、おまけに飛行具の一部を失い、耐久力と機動力が大きく落ちてしまっている。

 

 しかしそれでも、彼が戦わなくてはならない。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)と超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコ以外に、敵の侵攻を止められるものは存在しない。

 もし敗れれば、日本国は敵を撃退する手段を失い、ただ降伏と亡国を待つばかりとなるだろう。

 そして皇(こう)國(こく)に吸収され、日本国民の自由と生殺与奪権は一握りの皇(こう)國(こく)貴族の手中に収まってしまう。

 

「させるかよ、そんなこと! 何人で来ようが全員返り討ちにしてやる!」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを加速させ、夢の島公園の敵集団真只中に降り立たせた。

 その勢いのままに切断ユニットを振るい、敵一機を腹部で真二つ。

 更に、此(こ)方(ちら)に飛び掛かってきた二機のうち、一機に対しては逆袈裟、もう一機は一度蹴飛ばしてから光線砲で貫く。

 

『金色の機体っ!?』

『まさか少佐が敗けたのか!』

 

 残った敵超(ちよう)級(きゆう)のうち、二機は動揺から及び腰になっている。

 

『ええい、怯(ひる)むな! 縦(よ)しんばそうであったとしても、少佐と戦って無事に済む筈(はず)がないだろう!』

『よく見ろ! 機体の彼(あ)方(ち)此(こ)方(ち)が損傷している! これでは満足な性能など出せまい!』

 

 もう二機の叱(しつ)咤(た)によって四機の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に統(とう)率(そつ)が戻った。

 カムヤマトイワレヒコから距離を取りつつ、三機は地上で三角形を作り、一機は上空へ移動。

 三次元的な等距離の陣形で、ミロクサーヌ零(れい)式(しき)四機がカムヤマトイワレヒコを取り囲んだ。

 

『全機、不用意に近付くな! 敵の射撃に注意しつつ、金色の機体を狙撃しろ! 装甲の損傷箇所を狙え!』

 

 四機はカムヤマトイワレヒコに腕を向け、光線砲で一斉に狙撃しようとする。

 しかし航(わたる)は彼らが狙いを定める間も与えず、両腕の光線砲で地上一機と上空一機をそれぞれ撃墜。

 更に、敵の狙撃を躱(かわ)しつつもう一機。

 

『ぐあああっ!?』

『莫(ば)迦(か)な! こんなあっさり残り一機まで……!』

 

 最後の一機は辛うじて航(わたる)の射撃を回避し、刃を構えて飛び掛かってきた。

 

『輪(わ)田(だ)隊が敗ける筈が無い! 金(こん)色(じき)の機体と操縦士はこの場で滅されねばならんのだ!』

「殺(や)られる訳には行かないんだよ。この国に残された希望は、僕(ぼく)の誰よりも大切な女(ひと)が命懸けで勝ち取った希望だ! 希望を託されたこの命は、その女(ひと)に帰ると約束した命だ!」

 

 航(わたる)はミロクサーヌ零(れい)式(しき)の刃が届く前に、逆に自身の刃で敵機の腹部を貫いた。

 

「うおおおおおっっ!!」

 

 そして気力を絞り出す様に叫びながら刃を振るい、敵機を荒川方面へと投げ飛ばした。

 陸地から放り出された敵機は背中から着水、同時に爆発四散して飛沫(しぶき)と蒸気を上げ、煙に包まれた巨大な鉄(てつ)屑(くず)と化した。

 カムヤマトイワレヒコはそのまま膝から崩れ落ち、機体の発光を収めて停止した。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 操縦室の中、航(わたる)は大きく腰を曲げ、闇の泥沼に沈みかけた意識を辛うじて水面に保っていた。

 唯でさえ輪(わ)田(だ)との戦いで日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)を使ってしまった為に神(しん)為(い)の殆(ほとん)どを使い尽くしており、その状態で尚(なお)も死力を尽くして漸(ようや)く残る七機を斃(たお)したのだ。

 あっさりと殲(せん)滅(めつ)した様に見えて、短期決戦で挑まなければ航(わたる)の方が危なかったのである。

 

(目(ま)蓋(ぶた)が……重い……)

 

 微(ま)睡(どろ)みが意識の頸(けい)動(どう)脈(みやく)に手を掛けている。

 だが航(わたる)は尚も必死で堪え続けていた。

 

(まだ……だ……。まだ終わっちゃ……いない……)

 

 航(わたる)は震える手で操(そう)縦(じゆう)桿(かん)を握り、ゆっくりと手首を捻(ひね)った。

 停止したカムヤマトイワレヒコのハッチが開き、更に操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」の天井も開いて、航(わたる)が外へと出られる状態になった。

 航(わたる)は体に鞭(むち)打(う)って生身で地上へ降り立たなければならない。

 

(奴(やつ)らの超(ちよう)級(きゆう)……一機として操縦室を破壊出来ちゃいない……。操縦士は全員生きている……。戦わなきゃ……。僕(ぼく)があいつらを止めなきゃ……)

 

 勝負を焦り過ぎた航(わたる)は、ただ敵機を破壊するだけで精一杯だった。

 正確に操縦室を狙い撃つことが出来なかったのだ。

 

 航(わたる)は顔を上げた。

 口を閉じることも出来ず、意識しなければ呼吸もままならない。

 そんな状態で、果たして戦えるのか。

 それでも、戦わなければならない。

 

 だがそんな彼の視界に中年男の人影が入ってきた。

 鍛え上げられた肉体をした、短い髭(ひげ)と濃い眉毛が特徴的な男だった。

 

「岬(さき)守(もり)航(わたる)、この場は我々に任せろ」

「だ、誰だ……?」

「私(わたし)は崇(す)神(じん)會(かい)総(そう)帥(すい)・息(いき)田(た)琉(りゆう)次(じ)郎(ろう)だ」

 

 崇(す)神(じん)會(かい)――麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)の祖父が皇(こう)國(こく)と戦う為に立ち上げた組織である。

 自衛官に東(とう)瀛(えい)丸(がん)が支給され、服用させられたのは、彼らが政府と繋(つな)がっていたからだ。

 創始者の麗(うる)真(ま)魅(み)射(いる)は六年前に他界し、その総帥職は現在この息(いき)田(た)琉(りゆう)次(じ)郎(ろう)に受け継がれている。

 

「崇(す)神(じん)會(かい)……か……。そうか、貴方(アンタ)らも動いていたんだな……」

「当然だ。我々はまさに、この時の為に存在していたのだから」

 

 航(わたる)にとっては複雑だった。

 崇(す)神(じん)會(かい)は魅(み)琴(こと)に苛酷な運命を背負わせた、その象徴の様な組織である。

 だがそれは同時に、その存在意義に纏(まつ)わる「皇(こう)國(こく)と戦う覚悟」が本物であることも疑いのないものとしている。

 

「夢の島の周囲には既に組織の精鋭を張らせてある。それから、銀座で君(きみ)が交戦した男の許(もと)へも戦士を向かわせた。貴重な戦力である君(きみ)が徒(いたずら)に命を散らせるものではない。今はこれを飲んで身体を休めろ」

 

 息(いき)田(た)は水筒の口を航(わたる)の口に押し込んだ。

 中から流れ込んでくる液体の味を航(わたる)は能(よ)く覚えていた。

 これは水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)との訓練中に飲ませて貰(もら)った、東(とう)瀛(えい)丸(がん)の成分を薄めたという回復薬に違いない。

 航(わたる)は水筒の中身を全て飲み干した。

 

「……信じて良いのか?」

「魅(み)琴(こと)御(お)嬢(じよう)様(さま)の覚悟に報いたい気持ちは我々とて同じだ」

 

 息(いき)田(た)の表情と口調に嘘(うそ)偽り、欺(ぎ)瞞(まん)は感じられなかった。

 航(わたる)は少しの安(あん)堵(ど)に抗(あらが)えず、疲労に身体を預けてゆっくりと眠りに就いた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 激戦の舞台となった銀座から少し離れた中学校の運動場に仮面の軍人が降り立っていた。

 遠巻きに見守るのは怯(おび)える生徒達と、彼らを守ろうとする教職員達。

 そんな学校関係者達の視線の先では、黒焦げになった数人の男女が軍人の周囲に倒れ伏していた。

 輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)と戦い、そしてやられてしまったのは学校関係者ではなく崇(す)神(じん)會(かい)の戦士達だった。

 

「他(た)愛(あい)も無し。明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の民としては独学でよく鍛えた方だが、将軍家の末(まつ)裔(えい)たるこの私(わたし)、輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)の敵ではないわ」

「くっ……!」

 

 唯一人、残された袴(はかま)の女が木刀を構えて輪(わ)田(だ)と向き合う。

 崇(す)神(じん)會(かい)の戦士の一人、久(く)里(り)原(はら)安(あん)那(な)は崇(す)神(じん)會(かい)総帥・息(いき)田(た)の命令で数名の同志と共に逸(いち)早(はや)くこの場に馳(は)せ参(さん)じていた。

 長年、敵対組織・廻(かい)天(てん)派(は)と戦ってきた彼女達はそれなりの使い手なのだが、輪(わ)田(だ)の足下にも及ばなかった。

 

 輪(わ)田(だ)の身体から薄らと焔(ほのお)が揺らめいて見える。

 それは久(く)里(り)原(はら)の仲間を蹴散らした能力の残(ざん)滓(し)である。

 

「切り刻んでやる!」

 

 久(く)里(り)原(はら)は木刀を振るい上げた。

 届く筈の無い間合いだったが、彼女の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)があれば問題ではない。

 振るわれた木刀の軌道上に竜巻が発生し、輪(わ)田(だ)に向かって行く。

 

「大層な旋(つむじ)風(かぜ)だが、此(こ)方(ちら)に届かなければ意味など無い」

 

 輪(わ)田(だ)の背後に燃え盛る焔の様な人型の軍勢が現れた。

 

「全軍、突撃」

 

 焔の軍勢が竜巻へと飛び掛かる。

 それらは竜巻に巻き込まれ、互いに衝突した瞬間に大爆発を起こした。

 爆発の衝撃で輪(わ)田(だ)の周囲に転がっていた崇(す)神(じん)會(かい)の戦士達の身体が吹き飛ばされる。

 更に、爆煙の中から別の人型が久(く)里(り)原(はら)本人へと飛び付き、爆発。

 

「あああああッッ!!」

 

 久(く)里(り)原(はら)は爆炎に包まれ、その場に倒れ伏した。

 

「国を守ろうという気概は買おう。だが下手を打ったな。弐(に)級(きゅう)の邪魔をした連中もそうだが、貴様らは明らかに民間人の格好をしたまま私(わたし)の行く手を阻み、軍と相違無い訓練された戦力を見せてくれた。今後私(わたし)は民間人であろうと戦士である可能性を排除出来なくなったのだ。つまり、私(わたし)は目に付く者を片っ端から力で排除しながら進まねばならなくなった」

 

 輪(わ)田(だ)は周囲に殺気を撒(ま)き散(ち)らした。

 彼の言動はつまり、この場の生徒や教職員の身柄を保証出来ないと示している。

 平和な日常の学(まな)び舎(や)は一瞬にして恐怖の戦場に変わり果てたのだ。

 

 だがその戦場に送り込まれたのは崇(す)神(じん)會(かい)の戦士達ばかりではない。

 突如、輪(わ)田(だ)の頭上に三つの光る鳥居が顕(あらわ)れ、そこから三人の男女が彼を取り囲む様に降り立った。

 

「第二陣か……。貴様らの顔には覚えがあるぞ」

 

 光る鳥居は消え去った。

 根(ね)尾(お)弓(きゅう)矢(や)・久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)・虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)の三人が輪(わ)田(だ)を取り囲み、睨(にら)み付(つ)けていた。

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