日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十九話『亡霊幻想曲』 破

 ほんの少しだけ時を遡(さかのぼ)る。

 

 国会議事堂前、弐(に)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を撃退したのも束(つか)の間(ま)、根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)の元にまたしても連絡が入った。

 

「岬(さき)守(もり)君、こっちは片付いたぞ。また何か問題か?」

『ええ。敵の撃墜王(エース)はなんとか撃破したんですが、操縦士に逃げられました』

「……そういうことか。厄介なことになったな」

 

 根(ね)尾(お)は眉根を寄せた。

 敵機の撃破は喜ばしい報(しら)せなのだが、強大な戦力を持つ皇(こう)國(こく)の兵士を取り逃がしたというのはかなりの痛手だ。

 神(しん)為(い)の使い手は白兵となったとしても現代兵器を上回る脅威なのだ。

 

「それで、敵はどの辺りに降りた?」

『銀座からは少し離れて、勝(かち)鬨(どき)橋(ばし)を越えた辺りだったかと。ただ、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)から脱出されていると、正確な位置までは判(わか)りません』

 

 航(わたる)の話す通りなら、敵は戦いながら狙ってきた国会議事堂や各省庁の建屋からは若干遠(とお)離(ざか)ったことになる。

 しかしそれは同時に、根(ね)尾(お)達が迎え撃とうとするならばかなりの移動を要することも意味する。

 

『すみません、詰めが甘かったです』

「謝ることはない。君(きみ)は充分無理を引き受け、能(よ)く街を守ってくれた。ならば此(こ)方(ちら)としても、君(きみ)が背負い込んだ無理を少しくらいは引き受けねばな。解(わか)った、なんとかしよう」

『ありがとうございます。僕(ぼく)は敵の残兵力の掃討に向かいます』

「そうか、苦労を掛ける。……ああ、心配するな。そして、必ず生きて帰って来い。麗(うる)真(ま)君の為(ため)にもな」

 

 根(ね)尾(お)は電話を終え、一つ大きく息を吐いた。

 一難去ってまた一難。

 緒戦から息つく暇も無い有様に気が遠くなる思いだった。

 

「根(ね)尾(お)さん、岬(さき)守(もり)は何て言ってたんだ?」

「虻(あぶ)球(く)磨(ま)君……」

 

 根(ね)尾(お)に航(わたる)の用件を尋ねてきた新(しん)兒(じ)の眼(め)には決意の灯が宿っていた。

 

「まさか、『君(きみ)達には関係無い』なんて水臭え事は言わねえよな? 俺(おれ)は最後までとことん付き合うつもりだぜ」

 

 根(ね)尾(お)は黙ったままスマートフォンを仕(し)舞(ま)い込(こ)んだ。

 申し出は有難いし、彼らの助力は喉から手が出る程欲しい。

 だが頼ることに慣れ過ぎてしまうと、いつか手痛い竹(しつ)篦(ぺい)返(がえ)しを喰(く)らうのではないか――そんな嫌な予感が拭えなかった。

 

 だが、今の状況は予断を許さない。

 そんな現実を報せる様に、彼らの前に突如として一人の男が顕(あらわ)れた。

 

「根(ね)尾(お)君、迷っている場合ではないぞ」

「眞(ま)咲(さき)さん……」

 

 固太りした中年男だった。

 眞(ま)咲(さき)刃(じん)三(ぞう)、現在は崇(す)神(じん)會(かい)で総(そう)帥(すい)の補佐的な立場に置かれている。

 

「此(こ)度(たび)の事態、崇(す)神(じん)會(かい)は既に動いている。皇(こう)國(こく)兵が為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を降りても驚異的な戦闘力を誇るというのは、我々にとって既知の事実だからな」

「そうですか。初代総帥の御(ご)遺(い)志(し)は息(いき)田(た)現総帥にも受け継がれているのですね」

「ああ。流石(さすが)に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の相手は例の青年や自衛隊に任せなければならないが、降りた皇(こう)國(こく)兵は我々が始末する、そのつもりだった。実際、敵の一般兵に対しては既に総帥以下数名が迎撃に向かった。総帥のお力を以(もつ)てすれば、此(こ)方(ちら)はなんとか止められるだろう」

 

 眞(ま)咲(さき)の目付きは厳しく、不穏な空気が流れる。

 

「しかし、敵隊長の方へ向かった別働隊は戦況が良くない。元々、敵着陸地点の予想が付かなかったが故に近辺の戦士を順々に送らなければならなかった。今現在、我々崇(す)神(じん)會(かい)は戦士達を逐次投入によって犠牲にしながらどうにか食い止めているところだが、このままではジリ貧は必至だ」

「つまり、状況を覆し得る戦力を投入しなければならない、と……」

 

 根(ね)尾(お)にとって、眞(ま)咲(さき)の言いたいことは想像に難くない。

 基より、そうするしか無いことは重々承知である。

 

「解りました。眞(ま)咲(さき)さん、貴方(あなた)の能力で我々をそいつの許(もと)へ送ってください。我々が食い止めます」

「え!? 一寸(ちょっと)マジですか根(ね)尾(お)さん!?」

 

 白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)が動揺を見せる。

 折(せつ)角(かく)弐(に)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)との戦いで命拾いしたのに、また戦場に送られるなど堪(たま)ったものではない、と言いたげだ。

 気持ちは充分に解る。

 それに、今回根(ね)尾(お)は全員を送るつもりは無い。

 

「但し、自分を含めた三人で行きます。残る二人は眞(ま)咲(さき)さんと共にこの場で待機。もしもの時、要人の護衛と避難を進めてくれ」

 

 根(ね)尾(お)は今回、最悪は自分達も突破されることも考えておかねばならなかった。

 そうなってしまった場合、少なくとも政府の人間を逃がす役割を担う者達はどうしても必要だ。

 

「白(びやく)檀(だん)と繭(まゆ)月(づき)さんは残ってくれ。敵の許(もと)へは俺(おれ)と虻(あぶ)球(く)磨(ま)君・久(く)住(ずみ)君の三人で向かう!」

 

 根(ね)尾(お)は一歩前へ進み出て、眞(ま)咲(さき)にそう宣言した。

 強力な戦力である繭(まゆ)月(づき)と、避難誘導に最適な白(びやく)檀(だん)を残す采配だ。

 眞(ま)咲(さき)は静かに頷(うなず)いた。

 

「解った。では自分の能力で君(きみ)達三人を戦場へ送る。覚悟は良いか?」

「ったり前だ!」

「うぅ、まだ終わってないんだね……」

 

 拳を打ち鳴らす新(しん)兒(じ)とは対照的に、双(ふた)葉(ば)は表情を強(こわ)張(ば)らせていた。

 だが二人共根(ね)尾(お)に続いて一歩前に出る。

 眞(ま)咲(さき)が両手を前へ出すと、そんな三人の前に光る鳥居が顕れた。

 

「根(ね)尾(お)君にはもう説明する必要は無いだろう。その鳥居を潜(くぐ)れば、君(きみ)達は往(ゆ)くべき場所へと転送される」

「眞(ま)咲(さき)さん、ありがとうございます。手間が省けました」

 

 根(ね)尾(お)は礼を言って鳥居を潜った。

 新(しん)兒(じ)と双(ふた)葉(ば)もそれに続く。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 日本国と同様、皇(こう)國(こく)にも嘗(かつ)ては武士の支配する時代があった。

 尊皇攘(じよう)夷(い)運動を経た倒幕と神(しん)和(わ)維新はその時代を終わらせたが、二十世紀初頭にはまだその名(な)残(ごり)があった。

 しかし、皇(こう)國(こく)は更に激動する歴史の蜿(うね)りに呑(の)まれ、武士は遠い過去の存在に追(お)い遣(や)られた。

 日露戦争・世界大戦・敗戦・八月革命・ヤシマ人民民主主義共和国建国・神(じん)皇(のう)帰還・神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)建国……その目(め)眩(くるめ)く時代と体制の移ろいは、人々から輪(わ)田(だ)将軍家の存在を忘れさせるには充分だった。

 

 殆(ほとん)どの皇(こう)國(こく)臣民は、輪(わ)田(だ)家といえば魔王として恐れられつつ神君として讃(たた)えられた幕府の初代将軍・輪(わ)田(だ)衛(ひろ)長(なが)以外は知らない状態だった――六年前までは。

 嫡男・輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)が皇(こう)國(こく)最強の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦士として、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の叛(はん)乱(らん)鎮圧に際して英雄的活躍をしたことは、輪(わ)田(だ)家が再び世の耳目を集める絶好の機会であった。

 以来、彼は武家の棟(とう)梁(りよう)として戦いに臨むことを汎(あら)ゆる方面から望まれるようになった。

 

 だが、輪(わ)田(だ)は為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の戦闘に敗れた。

 失われた武家の威信の復興を願う輪(わ)田(だ)家にとって、あってはならない敗北だった。

 斯(か)くなる上はそれを埋め合わせて余りある戦果を上げるしかない。

 当初は序(つい)での副次的な行動であったが、予定を変更して政府中枢を占拠してしまうのだ。

 

(私(わたし)にはそれが出来る能力がある)

 

 仮面の奥から、輪(わ)田(だ)は自身を取り囲む三人に視線を行き来させた。

 運動場で怯(おび)える生徒達や教職員達など、既に眼中に無い。

 今は自身の侵攻を邪魔立てする敵の戦士達を捻(ね)じ伏(ふ)せる方が先だ。

 

「余り時間を掛けることも出来ん。さっさと消えてもらうぞ」

 

 輪(わ)田(だ)の身体から薄らと黒い焔が揺らめく。

 これは能力発動の予兆だ。

 だが輪(わ)田(だ)が動く前に根(ね)尾(お)が一気に間合いを詰めた。

 

「それは此方の台詞(せりふ)だ。悪いが一瞬で終わらせる!」

 

 根(ね)尾(お)は輪(わ)田(だ)に掴(つか)み掛(か)かった。

 無機物である弐(に)級(きゆう)相手には通じなかったが、彼の能力は相手を石化させてしまうことだ。

 そしてその進行は消費する神(しん)為(い)の量に比例して速くなる。

 最大限の力を振り絞れば、触れた一瞬で全身を石化させることすら可能なのだ。

 

 だが、根(ね)尾(お)は輪(わ)田(だ)の腕を掴(つか)んだ瞬間に慌てて手を離した。

 石化させようとした瞬間に何か悪い予感を覚えたようだった。

 

「良い勘をしているな。だが、もう遅い」

 

 根(ね)尾(お)の腕から黒い炎が上がった。

 燃え移ったというより、腕の内部から燃え上がっている様だ。

 

「ぐおぉアッッ!!」

 

 根(ね)尾(お)は咄(とつ)嗟(さ)に自身の腕を泥化させて鎮火し、事なきを得た。

 しかし身の危険を感じた彼は後跳びで大きく逃れ、間合いを取った。

 そんな彼を見据え、輪(わ)田(だ)は不敵な笑みを浮かべている。

 

「私(わたし)は能力に因(よ)り、戦友の守護霊の加護を受けている。悪意を持って私(わたし)に触れた者は裁きの霊火に焼かれることになるのだ。運が良かったな。術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)の相性が良くなければその腕は消し炭になっていただろう」

 

 輪(わ)田(だ)は双(ふた)葉(ば)の方へと視線を移した。

 

「ヒッ……!」

 

 迫り来る輪(わ)田(だ)に恐怖の声を上げた双(ふた)葉(ば)だったが、咄嗟に敵の足下から木の蔓(つる)を生やし、輪(わ)田(だ)を拘束する。

 輪(わ)田(だ)は自身の身体に巻き付いた蔓の強い束縛力で動きを封じられた。

 しかし、その表情から不敵な笑みは消えない。

 尚(なお)も輪(わ)田(だ)は余裕を残している。

 

「貴様は運が悪いな。木の蔓では私(わたし)を縛ることなど出来ん」

 

 輪(わ)田(だ)を拘束していた蔓から黒い焔(ほのお)が上がり、全ては一瞬で灰になった。

 更にその焔は人型の、兵士の姿となって双(ふた)葉(ば)に襲い掛かる。

 双(ふた)葉(ば)は後(あと)退(ずさ)ったが、咄嗟の行動も許さぬ電光石火の速さで焔の人型が突撃する。

 

 そして、爆発。

 双(ふた)葉(ば)は爆煙に包まれ、その場に倒れ伏した。

 

「久(く)住(ずみ)君!」

「多人数を相手取るときは潰(つぶ)せる者から潰すのが定(じよう)石(せき)。残るは二人だ」

 

 輪(わ)田(だ)は改めて根(ね)尾(お)を見据える。

 泥化した根(ね)尾(お)の腕は元に戻ったものの、二人の能力は輪(わ)田(だ)に一方的な優勢を齎(もたら)している。

 人数を減らすことを考えれば、次のターゲットを根(ね)尾(お)に定めるのもまた定石だろう。

 

 だがそれはつまり、残った一人には特別な脅威が残されていることもまた意味している。

 根(ね)尾(お)に目を向ける輪(わ)田(だ)の側部から新(しん)兒(じ)が迫っていた。

 

「余(よ)所(そ)見(み)してんじゃねえ! こっちにも手前(テメエ)の相手は居るんだぜ!」

 

 新(しん)兒(じ)からしてみれば、輪(わ)田(だ)の方が自分に身体を向けながら明後日の方を見ている状態だった。

 ただ真(まつ)直(す)ぐ向かって来て正面から殴り付ける拳が、結果的に不意打ちとなって輪(わ)田(だ)の横面を殴り付けた。

 

「オラアアアアッッ!!」

 

 輪(わ)田(だ)の頬(ほお)に新(しん)兒(じ)の拳が減(め)り込(こ)む。

 これは悪意を持って触れるどころの話ではない。

 当然、輪(わ)田(だ)の能力に因って新(しん)兒(じ)の拳は、腕は黒い焔を燃え上がらせる、かと思われた。

 だが、新(しん)兒(じ)にはそれを防ぐ能力がある。

 

「氷……!?」

 

 新(しん)兒(じ)の腕には氷が纏(まと)われていた。

 輪(わ)田(だ)の言う「裁きの霊火」は熱を奪われ発火することが出来ない。

 

「ぐうぅっ!!」

 

 輪(わ)田(だ)は蹌(よ)踉(ろ)めいて後(あと)退(ずさ)り、体勢を立て直す。

 この瞬間、戦いは大まかな情勢を固めた。

 輪(わ)田(だ)衛(ひろ)士(あきら)の前に立ちはだかるのは虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)だ。

 

「氷は熱で融(と)けて水になる。火は水で消える。小学生でも解る理屈だぜ」

「成程、一番運が良いのは貴様だったようだな……」

 

 二人は互いに構えを取り、相手と向き合った。

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