日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第五十九話『亡霊幻想曲』 急

 ()()(しん)()(にら)みながら、自身の足下を確かめる様に踏み締めた。

 

(やや脚に来ているな。随分と重い拳だ。そう何度も()らって良いものではないということか……)

 

 基本的に、血筋の良い者は己の由緒を心の支えに出来る(ため)、自己肯定感が己の神性に良い影響を与え、強力な(しん)()を備えている。

 将軍家の(まつ)(えい)で公爵令息の()()(ひろ)(あきら)も例に漏れず、その力が六摂家当主に匹敵するというのも決して過剰な自負心ではない。

 当然耐久力も並外れたものがあるのだが、その()()をして一目置かれる(しん)()の攻撃力はかなりのものだ。

 おそらく拉致被害者の中でも(わたる)に次ぐだろう。

 

「おい、仮面野郎」

 

 そんな(しん)()()()に一歩迫る。

 

()()(おれ)の母校だぜ。()(わい)い後輩達や世話ンなった教員達に手ェ出しちゃいねえだろうな?」

「で、あるか……」

 

 ()()は周囲の状況を(うかが)う。

 直接的に(たい)()しているのは(しん)()であるが、彼だけでなく()()(ふた)()も自身を(たた)く為に送り込まれて来ていた。

 (ひと)()(ふた)()は戦闘不能に追い込んだものの、()()の方も警戒を怠ってはならない。

 今のところ()()(ふた)()に付いている。

 

「安心しろ。今のところは手を出してなどいない。だが、()(ちら)としては今や民間人を非戦闘員と()()すことが出来なくなっていてな。邪魔立てするならば女子供であろうと容赦はしない、とだけ言っておこう」

 

 (しん)()の表情が険しくなった。

 無残に破壊された運動場と校舎、恐怖に駆られて避難する生徒達が瞳に映されている。

 

(あぶ)()()君、不用意に飛び出すなよ!」

 

 忠告する根尾だったが、(しん)()に反応は無い。

 許しがたい光景を見た(しん)()は、額に青筋を立て、(まなじり)を決して殺気立っている。

 そして忠告を無視し、()()に飛び掛かってきた。

 

手前(テメエ)エエッッ!!」

 

 (しん)()の剛腕が(うな)り、氷を(まと)った鉄拳が()()に向けて矢継ぎ早に振るわれる。

 だが()()はこれを軽々と()なし続ける。

 (こう)(こく)最強の()(どう)()(しん)(たい)操縦士は白兵戦に置いても高い格闘能力を誇る。

 特に、回避能力に関しては折り紙付きだ。

 

「成程、()(わか)ったよ」

 

 ()()は後跳びで大きく間合いを取った。

 彼が(しん)()を挑発したのは格闘能力を見極める為だ。

 

(戦い慣れしている、そこそこの訓練の形跡も見て取れる。だが、限りなく(くろ)(うと)に近い素人といったところか。職業軍人たる(わたし)に及ぶべくもない。一発の威力は脅威だが、当たらなければどうということはないな)

 

 ()()は右腕を振り上げた。

 (てのひら)から黒い木瓜紋が(あらわ)れ、(ほのお)の人型に姿を変える。

 

(むし)ろ格闘能力では彼方(あちら)の背の高い男の方が脅威。連携されると面倒だ。()()の外へと()()っておくとしよう)

 

 焔の人型が、倒れ伏した(ふた)()の方へと向かって行く。

 気を失った彼女が今攻撃を受ければ致命的だ。

 

手前(テメエ)、この野郎!」

「落ち着け、(あぶ)()()君!」

 

 (ふた)()(かば)おうと()()に背を向けた(しん)()は、()()との連携に失敗していた。

 母校を荒らされ、どうも頭に血が上っているらしい。

 双葉を守る根尾の姿を見て動きを止めた時には、既にもう一体の人型が(しん)()の背後に回り込んでいた。

 

「気が早い(やつ)だ。『戦友』を使って揺動したのは貴様ではないのだがな」

 

 人型が(しん)()に飛び付き、爆発した。

 同時に(ふた)()へ向かった人型も()()に飛び付いて爆発。

 運動場に爆煙と土煙が立ち込める。

 

(わたし)の狙いはもう一人の、背の高い男を確実に(つぶ)すことだった。先に倒した女はまだ息がある。だが次の爆破が入れば絶命は免れない。つまり、背の高い男は女を庇わざるを得ない。しかしそれにしても、貴様までもが庇おうとしたのは誤算だった。()(かげ)で『戦友』の(もたら)してくれた戦果は想定以上になったがな」

 

 ()()はゆっくりと歩き出した。

 (しん)()に爆破が(さく)(れつ)したのは(もち)(ろん)、狙い通りに()()にも喰らわせたことを確信していた。

 

「……まだ仕留め切れていないか……」

 

 ()()は煙の中の影を(にら)()けた。

 

  ⦿

 

 (もう)(ろう)とした意識の中、(しん)()は二つの感触を認めていた。

 一つは顔から胸や腹、脚に掛けて押し付けられる地面の感触。

 そしてもう一つは何者かが手首を(つか)む感触だった。

 

(あぶ)()()君、しっかりしろ!」

「その声……()()さんか」

 

 (しん)()()()()()の作り出した人型に突撃され、爆発に巻き込まれた。

 その威力は(すさ)まじく、二人共倒れてしまったのだ。

 (あぶ)()()(しん)()()()(きゆう)()は日本国民の中でも指折りの実力者達であり、(しん)()()る耐久力強化も一際である。

 しかしその彼らですら、()()の一撃を受けたダメージは甚大だった。

 

「済まねえ、()()さん。頭に血が上って下手こいた」

「立てるか、(あぶ)()()君?」

「気力を振り絞りゃなんとかいけるかも知れねえ、ってところかな……」

「立つんだ!」

 

 ()()の方が寧ろ気力を振り絞っているかの様な声色だった。

 どうやら彼の状態も(しん)()とそう変わらず、ギリギリで意識を保っているらしい。

 

(あぶ)()()君、奴と戦えるのは(きみ)だけだ。(おれ)では奴に決定打を与えることは出来ん。(きみ)が奴を(たお)さなければならない。(きみ)は敗けてはならん」

 

 (しん)()()()に掴まれている手から力が注ぎ込まれている様な感覚を覚えた。

 力が与えられている――そんな気がした。

 

「勝て! 勝つまで決して斃れるんじゃない! 力の限り戦い、勝利を掴め! 全神経を覚醒させ、なんとしてでも生還するんだ! 良いな!」

 

 (しん)()の手首から()()の手が離れた。

 どうやら限界を迎えたらしい。

 一方で、(しん)()には気力が(みなぎ)っていた。

 地面に手を突き、力強く脚を踏み締めて立ち上がる。

 

「ああ、わかったよ」

 

 煙が晴れた。

 (しん)()は前方に仮面の軍人・()()(ひろ)(あきら)の姿を認めた。

 

⦿

 

 ()()(ひろ)(あきら)は恐るべき能力を備えている。

 主に焔を操り、攻めては間合いも数的不利も物ともせずに敵を(せん)(めつ)し、守っては害意を敵に跳ね返す、両面に()いて優れた能力だ。

 だが彼は(いま)だにその真骨頂を見せていない。

 

 ()()は、自らの生み出した焔の人型を突撃させ、自爆させて攻撃する。

 彼らはそれらを「戦友」と呼ぶが、そこには大きな理由があるのだ。

 

「残るは一人、さっさと始末させてもらおうか!」

 

 ()()は右腕を振り上げた。

 掌から木瓜紋が(ひろ)がり、黒い焔の人型が一人・二人と彼の周囲に降り立つ。

 その有様を目撃した(しん)()(わず)かに(あと)退(ずさ)っていた。

 

「容赦ねえな、おい……」

「貴様らの実力は認めざるを得んからな。出し惜しみはせんよ」

 

 この燃える人型「戦友」達は、一体一体が衝突時の自爆一発で鍛えられた戦士を戦闘不能に追い込みかねない威力を誇る。

 それが十数体、()()の周囲に控えているのだ。

 (しん)()からすれば、気の遠くなる光景に違いない。

 

 (もつと)も、()()が勝負を急ぐのはもう一つ、切羽詰まった理由があった。

 彼はある方法でそれを肌で感じ取っていた。

 

(部下の命が次から次へと消えている。急がねばならんな……)

 

 ()()が降り立った中学校から虚栄があるが、夢の島では遅れて上陸した(ちょう)(きゅう)()(どう)()(しん)(たい)・ミロクサーヌ(れい)(しき)は全機破壊され、彼の部下達は白兵戦を展開していた。

 彼らは()(じん)(かい)の戦士達と戦闘を繰り広げているが、戦況は良くないらしい。

 

(だが、決して無駄ではないぞ。お前達が散った分、(わたし)は更に……!)

 

 相対する二人の間に()(じん)が舞った。

 決着は一瞬――そう予感させる風が逆巻いている。

 

「全軍、突撃!」

 

 ()()は右腕を振り下ろした。

 それは攻撃開始の合図である。

 彼が周囲に展開した燃える人型達が(しん)()に飛び掛かっていった。

 

「チイッ!!」

 

 (しん)()は必死の形相で、(じゆう)(おう)()(じん)に襲い掛かる人型の突撃を(かわ)し続ける。

 多くの(けん)()を経験した彼にとって、飛び掛かる敵を互いに衝突させて同士討ちを誘うのは慣れたものだろう。

 しかしそれでも、回避は紙一重だった。

 そんな中で、(しん)()は冷や汗を()きながら小さく漏らす。

 

「こいつら……! 上がってやがる、動きの速さも爆発の威力も……!」

「ほう、気が付いたか」

 

 ()()(ほく)()()んだ。

 彼は今、ほんの少し戦いを楽しんでいる。

 それは(ひとえ)に天下を取った戦国大名の血を引くが故の性か。

 

「その通りだ。(わたし)は共に戦う仲間の死を糧にして(しん)()を高めることが出来る。そして(わたし)の能力はより強力になっていくのだ」

 

 爆発の衝撃が大気を揺らし、恐怖の悲鳴が空気を乱す。

 

「くっ……!」

 

 周囲では逃げ遅れた中学生や教員が爆発に脅かされながらどうにか避難しようとしている。

 

「おいお前ら! とっとと此処から離れやがれ! グズグズしてっと巻き込まれるぞ!」

 

 (たま)りかねた(しん)()が中学生の後輩に声を掛けた、その時だった。

 燃える人型が(しん)()を前後から挟み撃ちにし、肉薄する。

 この距離で躱すことなど不可能だ。

 

「しまっ……!」

 

 爆煙が(しん)()を包み込んだ。

 凄まじい衝撃に、校舎の建屋がゆっくりと崩れ落ちていく。

 爆発は地面を(えぐ)り、運動場を見るも無残な姿へと変えていた。

 

 逃げ遅れた生徒達も、直撃は避けられたものの巻き込まれ、多くが()()をして(うめ)(ごえ)を上げていた。

 血を流し、意識の無い者も居る。

 まさに地獄絵図が出来上がっていた。

 

(ようや)く片付いたか……」

 

 勝利を確信した()()は足早に、酷薄に歩き出した。

 彼の関心は既に、というよりも最初からこの場所には無かった。

 目指すは議会・政府機関。

 ()()はこの燃える人型の能力を駆使し、たった一人で政府を占領しようとしていた。

 

(わたし)はやらねばならん。全ては(こう)(こく)の、()()将軍家の栄光の為に。これまで、その為に多くの部下が散った。だが彼らは今も(わたし)と共に在る。(わたし)は戦友と共に、(こう)(こく)に永遠の安寧を齎すのだ……」

 

 ()()は信じていた。

 能力で生み出す人型は散っていった戦友の魂だと、彼らが力を貸し共に戦ってくれているのだと信じて()まなかった。

 生身で戦うとき、()()の行く手を阻む者は戦友達が残らず消し去ってくれる。

 丁度今も、跡形も無く消し去ってくれた。

 

 否、()()は突如足を止めた。

 背後から気配を感じたのだ。

 

()()……な……!」

 

 間違い無い、立っている。

 挟み撃ちにして仕留めたはずの男が(なお)も自分を止めようとしている。

 

「運動会の時によ……」

 

 (しん)()()()の背後で、()()みながら語り始めた。

 

(おれ)の妹、()(ぐさ)は中一の運動会の時によ、初めて徒競走で一着を取ったんだ。(おれ)(おや)()やお袋に良いところを見せたいって、最後まで諦めて走ってたっけ。紙一重だったな。走り終わった時のあいつの顔、(うれ)しそうで誇らしそうで、そんで一寸(ちよつと)照れくさそうだったっけ……」

 

 ()()は慌てて振り返った。

 ボロボロになった(しん)()がそれでも立ち上がり、拳を握り締めている。

 信じ(にく)い光景だった。

 

「耐えたというのか……!」

「おうよ。思い出の詰まったグラウンドをこんな()(ちや)()(ちや)にしてくれやがって。これから楽しい思い出を作る(はず)の奴らを(ひで)え目に遭わせやがって。こんなことされたんじゃ、おめおめ眠ってられっかよ……!」

 

 (しん)()の怒れる眼が()()を凝視していた。

 通常ならば足を(すく)ませるに充分な迫力が(こも)った視線だ。

 しかし、()()は動じない。

 軍人たる彼はこの程度の、覚悟や怒りの眼を向けられるのは慣れている。

 

「それが戦争というものだ。嫌ならば戦うのをやめて軍門に降れば良い。戦いは終わる。そして(こう)(こく)と一つになれば、二度と外敵に脅かされることもないだろう。永遠の安穏はこの地にもまた訪れるのだ」

「へえ、(こう)(こく)は平和だってか。その割には手前(テメエ)らのロボット兵器をよく見掛けたがな。警察署をぶっ壊したり、街中で襲われたりよ。結構色々と暴れ回ってたが、あれは(こう)(こく)の偉いさんが送ってきたんじゃなかったか? 今だって、手前(テメエ)らの都合一つでいきなり(おれ)達の街をぶっ壊しやがったのが(こう)(こく)じゃねえか」

 

 ()()()(けん)(しわ)を寄せた。

 

「で、あるか。ならば是非も無し……」

 

 ()()の手が(しん)()に向けて差し出され、燃える人型が不意打ち気味に突撃する。

 それも一体ではなく、何体も連続で。

 (しん)()に躱す力は残されておらず、連続して強烈な爆撃が彼を容赦無く包み込んだ。

 

「今度こそ耐えられまい……」

 

 勝利を確信する()()

 しかし次の瞬間、爆煙から飛び出した(しん)()の姿に彼は(きよう)(がく)した。

 想定外の出来事に彼の防御は間に合わず、(しん)()の拳が顔面に突き刺さる。

 

「ぐうぅっっ!?」

 

 凄まじい一撃に、()()は大きく()()った。

 だが耐えた。

 膝を突いてしまったが、それでも倒れなかった。

 とはいえ、一発で脚に来る拳を今一度喰らって無事という訳にはいかない。

 

(重い、先程よりも格段に! 本当に同じ人間の拳か?)

 

 ()()(しん)()を睨み付けた。

 今の攻撃で斃しきれなかったばかりか反撃してきたことは意外ではあった。

 だが(しん)()もまた、ふらついて膝を突いていた。

 

(互いに立てんときたか。ならば(わたし)の勝ちだ。奴に攻撃の手段は無いが(わたし)にはある!)

 

 (しん)()に向けられた()()の掌から木瓜紋が顕れ、燃える人型を(かたど)っていく。

 相手は動けない、この一発で確実に仕留める――その意志を宿した「戦友」が(しん)()に襲い掛かる。

 

 勝った――()()は今度こそ確信した。

 しかし、またしても(しん)()は土壇場で底力を見せた。

 地面に着いていた手に力を込め、腕力で空中に跳び上がったのだ。

 

「莫迦な! 何処(どこ)にそんな力が……!」

 

 疑問が(のう)()(よぎ)った刹那、()()は目撃した。

 中空に舞い、()()に飛び掛かってくる(しん)()の拳が石になっている。

 肉体を土や石塊に変える能力は今戦っている相手のものではない。

 

「まさかこれは……!」

 

 石化した(しん)()の拳が()()の顔面を思い切り殴り付けた。

 今度こそ()()は堪らず吹き飛び、(あお)()けに倒れて後頭部を地面に打ち付けた。

 勢い余って外れた仮面が乾いた音を立てて跳ねていた。




次回更新予定:5月5日(月)
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