日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十話『内憂外患』 急

 (ばん)(どう)は背後から()()ずと、(すめらぎ)は正面からまじまじと、突如(あらわ)れた(こう)(こく)第一皇女・()()(かみ)(せい)()の姿を見詰めていた。

 それは一瞬本物と()(まが)う程の精度と鮮明さを持った立体映像であった。

 

(すめらぎ)奏手大臣、随分と敵対勢力に手を焼いているようですね』

 

 ()()(かみ)は小さく笑みを(こぼ)した。

 表に出さずとも、()(ちら)を見下す心の内が透けて見えるかの様な笑みである。

 (すめらぎ)は不快感に眉を(しか)めながら、()えて皮肉を込めて笑みを返す。

 

「皇族ともあろう()(かた)が随分と()(しつけ)なのですね。今まで多くの外国首脳と会談してきましたが、これ程非常識な態度で臨まれたことは(ただ)の一度もありませんでしたよ」

 

 確かに、突然相手の(もと)へ問答無用で押し掛け、机の上に乗って一方的に会談を試みるなど、外交欠礼以前の態度である。

 (みやび)な笑みを浮かべているが、その傲慢極まる振る舞いはある意味皇族らしいかも知れない。

 しかし同時に、(すめらぎ)()()(かみ)のこの態度を裏付ける一つの事実にも気が付いていた。

 

「この映像は(まつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)を使って投影しているのですか?」

 

 ()()(かみ)は満足気に笑みを深めた。

 その背後では(ばん)(どう)が顔を(あお)くしている。

 (すめらぎ)の推測通りだとすれば、今この部屋で起きていることは二人のみならず日本国そのものの危機を意味している。

 

『察しが良くて助かりますよ。その通り、今()(まえ)の部屋に(わたくし)の姿を映し出しているのは全長六(ナノ)(メートル)(まつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)です。()()(ひろ)(あきら)少佐が(とつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ツハヤムスビから()(きゅう)(さん)(きゅう)(しょう)(きゅう)を展開したのと同時に放たれ、破壊を免れたものを自己増殖させ、そしてそれらの機体を使って(わたくし)の姿を投影し、声を伝えているのです』

 

 ()()(かみ)の言葉は(こう)(こく)の技術力が大型機械のみならず精密機械分野に置いても驚異的であることを示していた。

 今の世界の技術では同じサイズの半導体を作るのが精一杯であり、制御可能なロボットを作るなど夢のまた夢だろう。

 

『そんなに(いぶか)しげな顔をせずとも良いでしょう。(わたくし)()(まえ)にとって素晴らしい話を持って来たのですから』

「素晴らしい話?」

 

 (すめらぎ)は表情を崩さずに()()()く問い掛けた。

 

「果たして、(わたくし)の期待に応えられるのかしら?」

(すめらぎ)奏手、聞くところに()ると()(まえ)は世界最高の権力を欲しているとか。その願い、(かな)えてやっても良いですよ』

「ほう……」

 

 (すめらぎ)の目の色が変わった。

 

「詳しくお聞かせ願えますか?」

『簡単な話です。(めい)()(ひの)(もと)の所有する三種の(じん)()を此方に明け渡しなさい。そうすれば、(じん)(のう)陛下(かい)(ふく)(あかつき)()(まえ)(こう)(こく)の内閣総理大臣に推挙しましょう。陛下は寛大な御方、恭順の意思を示した者は過去に拠らず無限の(ほう)(じよう)を賜ることが出来るのです』

 

 ()()(かみ)(すめらぎ)を見下ろしながら、鈴を転がすような声で言い聞かせてきた。

 だがその中身は決して穏やかなものではない。

 

「要するに、降伏勧告ですか。奇妙ですね。()(たび)の戦いに()いて、貴国の戦果は我が国にそれを要求出来るようなものだったでしょうか?」

『言っておきますが、()(まえ)達は緒戦の防衛にて首の皮一枚(つな)がった程度。()()や二国間の絶望的な国力差を忘れ果て、既に勝った気でいるのですか?』

 

 張り裂けそうな程に険悪な空気の中、二人の高慢な女の視線が暗い火花を飛ばしている。

 その傍らで、(ばん)(どう)は肩身狭そうに縮こまっていた。

 

『それに、今の状況をもう少し深く考えて御覧なさい。()(まえ)達は(いま)だ、()()隊から国家の防衛に成功した訳ではないという事実に思い至りませんか?』

 

 ()()(かみ)の言葉に、(すめらぎ)は苦虫を()(つぶ)した様に顔を顰めた。

 そのようなこと、言われるまでもない。

 この映像を生み出しているのが(まつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)だと察した時から、当然相手の意図にも気付いている。

 

(まつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)は自己増殖する、と(おつしや)りましたね。それらを自在に操縦出来るということは……貴女(あなた)は今、我が国民を人知れず始末することが出来る。それも無作為に、何人でも……。()わばこれは、国民を人質に取った脅迫……」

 

 恐ろしい真意を解き明かした(すめらぎ)の向かい側で(ばん)(どう)が息を()んだ。

 (すめらぎ)を見下ろす()()(かみ)の笑みに邪悪な陰影が帯びている。

 (まつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)は肉眼で到底確認出来ない程に小さく、その位置と数を把握することは不可能だ。

 である以上、(おお)()()な言い方をすれば日本国はいつの間にか人知れず占領されてしまったとさえ解釈出来てしまう。

 

()(まえ)達とて武力衝突で(いたずら)に民を死なせたくはないでしょう。幸い、(めい)()(ひの)(もと)は戦争を放棄した平和主義国家。緒戦での犠牲を(うれ)いて降伏を選んだとしても、()(まえ)が責められる道理など無い(はず)です。(わたくし)は今、その道筋を作って差し上げたのですよ。感謝してもらいたいですね』

「一方で、()(ちら)の要求を呑めば(わたくし)の夢は実現させてもらえ、()()(いろ)の人生を保証してもらえると、こういう訳ですか……」

 

 (すめらぎ)(ほお)(づえ)を突いて(うつむ)いた。

 その素振りを、(ばん)(どう)が不安げに見詰めている。

 好機と見たのか、()()(かみ)は更に畳み掛ける。

 

『何も案ずることはありません。(こう)(こく)は何も、(めい)()(ひの)(もと)を植民地にするつもりもその民を奴隷や二等国民として扱うつもりも無いのです。(こう)(こく)の国策はあくまで、全ての世界線に於ける日本人を(じん)(のう)陛下の名に於いて統合し、誇り高き皇民として共に繁栄を(おう)()することなのです。ですから()(まえ)が世界を手に入れたいというなら喜んで手を貸しましょう』

「成程……」

 

 (すめらぎ)は小さく(ほく)()()んだ。

 

「確かに、(わたくし)の悲願を(じよう)(じゆ)する為にはそれが一番の近道なのでしょうね。本当に(わたくし)の地位は保証してくれるのでしょうね?」

(もち)(ろん)。約束した以上は果たされなければなりません』

「そうですか……」

 

 ()()(かみ)は勝利を確信して口角を上げた。

 しかし、(すめらぎ)は一転して眉根を寄せた。

 

「ですがお断りします」

『何?』

 

 ()()(かみ)の表情から初めて笑みが消えた。

 手に持った扇で口元を隠すのは、知る人ぞ知る彼女の不快感表明である。

 彼女が真っ向から反対されるなどということは、(じん)(のう)と皇太子以外にあり得ない反応であった。

 

『聞き間違いかしら? (わたくし)の手を振り払ったかの様に思えましたが?』

「いいえ、貴女(あなた)の耳は正常に機能していますよ。しかし、(わたくし)の夢についての伝聞には問題があるようです。(わたくし)は世界最高の権力が欲しいのではありません。世界最強の人間になりたいのですよ」

『それは(わたくし)が約束する地位と何が違うのです?』

「知れたこと!」

 

 (すめらぎ)は机を拳で(たた)いた。

 

貴女(あなた)の様な権威主義国家の高慢女から見下されて施される地位の何が世界最強か! (わたくし)の悲願は(わたくし)の覇道を歩む果てに辿(たど)()くもの! 誰に軽んじられることも、侮られることも、(あわ)れまれることも無い、一片の()()も無き頂!」

『そんな大それた願望が叶うとでも? 覇権国家たる(こう)(こく)臣民としての地位を獲得せず、(こう)(こく)の最高権力者の椅子を蹴って、どうやってその妄言を()すというのです?』

「日本国をそこまで押し上げれば済むこと! そうすれば日本国首相こそ世界最強!」

 

 ()()(かみ)は弓なりに目を細めた。

 (すめらぎ)()えた狂気染みた言葉が余程滑稽に思えたのか。

 しかし、扇はまだ口の前に置かれている。

 つまり、(なお)も彼女の不快感は消えていない。

 

()()なことを。今の(めい)()(ひの)(もと)は衰退し始めているのでしょう? その有様で、(こう)(こく)を差し置いて覇権国家になれるなどと、本気で思っているのですか?』

「この戦争が終わる頃に同じ言葉が吐けるかしらね」

 

 再び()()(かみ)は笑みを消した。

 (すめらぎ)が言い放った言葉は明確な抗戦の意思表示に他ならない。

 しかしながら、これでは話し合いの余地が無い。

 現に、(すめらぎ)は既に交渉を打ち切るつもりでいた。

 

「精々今の内に覇権国家の座で胡坐(あぐら)()いているが良い! 話は終わり! (ばん)(どう)、お引き取り願いなさい!」

 

 (すめらぎ)の言葉を受けるかの如く、今まで()()の外だった(ばん)(どう)の体が光った。

 そして無数の光の筋が()()(かみ)の映像の周辺に向けて放たれ、何かと衝突して極小規模の爆発を連鎖させる。

 ()()(かみ)の映像はコンセントを抜かれたテレビ画面の様にぶっつりと()()せた。

 

 (ばん)(どう)(あけ)()もまた、同僚の()()(きゅう)()と同じように(じゅつ)(しき)(しん)()()(とく)している。

 その能力は戦闘用としては頼りないものの、()る用途に於いては無類の有用性を誇る。

 

「先生、この部屋中に探索網を張りましたが、今破壊した以上の(まつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)は侵入していないようですね」

「そう。御苦労」

 

 (すめらぎ)は深い深い溜息を吐いて再びソファに横になった。

 グラマラスな胸を上下させて呼吸するその姿からは相当な疲労が見て取れる。

 

(ばん)(どう)、無礼な女を相手にしてかなり疲れてしまったわ。このまま寝る」

「そうですか。災難でしたね」

「朝まで、(こう)(こく)が我が国に侵入させた(まつ)(きゆう)を探索して破壊し続けなさい」

「え!? それって徹夜でぶっ続けってことですか!?」

 

 驚いた様子で問い返す(ばん)(どう)だったが、(すめらぎ)から答えは無い。

 既に(すめらぎ)は寝息を立てていた。

 

「ひーん! 鬼畜ブラック上司!」

 

 嘆きながらも(ばん)(どう)は再び体を光らせた。

 (ばん)(どう)はある程度対象を特定しさえすれば、極めて広範囲に(わた)って探索することが出来る。

 対象を発見した後は光の筋で攻撃することも出来るが、引き続き対象の言動を(ひそ)かに探り続けることも可能。

 戦闘よりも捜査に非常に向いた能力といえるだろう。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (こう)(こく)は国防軍参謀本部、人一人が入り込める大きさの球体がゆっくりと外殻を開いていく。

 中では第一皇女・()()(かみ)(せい)()が無表情で椅子に(すわ)っており、普段の雅な笑みも無くゆっくりと立ち上がった。

 

(すめらぎ)(かな)()()()えず緒戦の勝ちは譲ってあげましょう。しかし、後悔することになりますよ……」

 

 ()()(かみ)は球体から外へ出ると、()()公爵の(もと)へと歩み寄った。

 

「期待に添うことは出来ませんでした。御令息の件、残念です」

「そうですか……。いえ、殿下の()(こころ)(づか)いには感謝いたします」

 

 ()()公爵は()()(かみ)に深々と頭を下げると、()()()首相と()(ごく)伯爵に怒りの(こも)った(いち)(べつ)をくれて(かかと)を返した。

 

()(ふた)()とも、随分と不興を買ってしまわれましたな」

 

 去り()()()公爵の背を見送りながら、(こう)()国防軍大臣は内心の()()しみを覗かせつつ(つぶや)いた。

 

「緒戦で『金色の機体』を撃破して(めい)()(ひの)(もと)の心胆を寒からしめる計画は見事に失敗。遠征軍ご自慢の英雄を早々に(うしな)い、これからどうなさるおつもりですかな?」

「くっ……!」

 

 ()(ごく)は閉口せざるを得ない様子だ。

 そんな政敵に対し、(こう)()は更に追い打ちを掛ける。

 

()(ごく)伯爵、遠征軍さえ(よろ)しければ、国防軍の戦力をお貸ししましょうか?」

(こう)()殿、それは結構」

「ほう、では()()少佐ですら(たお)せなかった『金色の機体』をどうにかする当てが遠征軍にまだあるというのですか? (こう)(こく)最強の英雄である()()少佐を喪った(いま)(なお)

「ぐっ……!」

 

 ()(ごく)()()みした。

 一方で、緒戦の失態を(ばん)(かい)したい()()()(こう)()の言葉に飛び付いた。

 

(こう)()殿、そういう国防軍にはあるというのですかな?」

()()()首相、何を(とぼ)けたことを。今この場にいらっしゃるではないですか」

 

 (こう)()は国防軍人でもある第二皇子・(しやち)()(かみ)()()の方を向いた。

 彼は()()(ひろ)(あきら)の親友にして、()(どう)()(しん)(たい)操縦士としては好敵手である。

 そして、()()の駆る(とつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ツハヤムスビを上回る可能性を持っている。

 

「我が国防軍の切り札、(こう)(こく)最強の()(どう)()(しん)(たい)を操ることが許された唯一の(こう)(こく)軍人、(しやち)()(かみ)()()大佐ならば、必ずや()()少佐に変わり金色の機体を地球上から消し去ることが出来るでしょう」

「なっ……!」

 

 ()()()(しやち)()(かみ)を見て、明らかに(ため)()いを見せていた。

 

(こう)()殿、皇族たる(しやち)()(かみ)殿下を前線へ送ろうというのですか?」

()()()閣下、(わたし)は一向に構いません」

 

 (しやち)()(かみ)は食い気味に答えた。

 そして更に、(こう)()へと申し出る。

 

(こう)()閣下、御命令とあらば(わたし)は喜んで遠征軍の指揮下に入り、『金色の機体』と戦いましょう」

 

 基本的に敵対関係に或る遠征軍と国防軍だが、共同作戦を採ることが無いという訳ではない。

 六年前、()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)が蜂起した際には国防軍の作戦に遠征軍人の()()(ひろ)(あきら)が参加している。

 今回は、謂わばその時の逆だ。

 

()(ごく)伯爵、どうですかな?」

 

 ()()()(こう)()、そして(しやち)()(かみ)の視線が遠征軍大臣・()(ごく)伯爵へと集まった。

 今の()(ごく)には彼らの提案を呑むことしか出来なかった。

 

「承知いたしました……。(しやち)()(かみ)殿下には我が軍の指揮下に入って頂きましょう。作戦は追って伝えます」

()(ごく)

 

 ()()(かみ)が厳しい口調で(くぎ)を刺す。

 

「次はありませんよ」

「肝に銘じます……」

 

 ()くして、()()(ひろ)(あきら)の侵攻を(しの)いだ日本国に(もたら)される新たな脅威が決められた。

 次なる日本国の敵は皇族軍人・(しやち)()(かみ)()()と、彼が操る(こう)(こく)最強の()(どう)()(しん)(たい)である。

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