日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十二話『短命の恋』 破

 背中の飛行具を斬り落とされた超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)は推力と浮力を殆(ほとん)ど失い、機体の重量を支え切れずに地球へと引かれ始めていた。

 利かなくなった操(そう)縦(じゆう)桿(かん)を握る早(さ)辺(え)子(こ)の手指に隙間が生まれる。

 呆(あつ)気(け)なく敗北を喫してしまった彼女は、唯(ただ)々(ただ)航(わたる)の腕前に感嘆するより他無かった。

 

(半月前まで私(わたくし)が教えていたとは言いましたが、まさかここまで見違える程に腕を上げていたなんて。男子三日会わざれば刮(かつ)目(もく)して見よとはよく言ったもの……)

 

 墜落する機体に身を預け、早(さ)辺(え)子(こ)は考える。

 刹那に考えを巡らせる。

 

 思いは通じなかった。

 聞き入れては貰(もら)えなかった。

 

(いつもいつも、私(わたくし)の慕情は徒(あだ)花(ばな)、短命の恋……)

 

 だが仕方の無いことだ。

 想(おも)い人は何も悪くない。

 航(わたる)の立場に置かれれば、祖国に危機が迫る中で、己が身に付けていた力を奮って立ち向かうのは当然のことだ。

 日本男児斯(か)く在るべしと言える。

 

(寧(むし)ろ、私(わたくし)の哀願に流されず護国の使命を果たそうとした貴方(あなた)は、やはり立派な殿方でした。私(わたくし)の想いは何一つとして間違っていなかった、改めてそう確かめられた私(わたくし)はある意味果報者かも知れませんね……)

 

 早(さ)辺(え)子(こ)はかっと目を見開き、再び操縦桿を握り締めた。

 徒花であろうとも置かれた場所で咲くべきならば、想い人の誠に応じてこそ捧(ささ)げるべき大輪に成れるというもの。

 

(私(わたくし)の祖国は皇(こう)國(こく)、仕えるべきは鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)殿下! 貴方(あなた)のその力、私(わたくし)が忠誠を誓うべき方々にとって余りに危険! ならば此処で、仮令(たとえ)墜ち行く機体から脱出する機を逸してこの身滅ぼすとも……!)

 

 愛する人と主君が互いに殺し合い、何(いず)れかの死が避けられぬ運命ならば、せめてこの手で、万(ばん)感(かん)の想いと共に命を奪ってしまおう。

 まだ兵装は生きている。

 凄(すさ)まじい勢いで神(しん)為(い)が流出しているが、それでもまだ一発くらいは光線砲を撃つことが出来る。

 早(さ)辺(え)子(こ)は機体が反転する勢いを利用して、残された左腕をカムヤマトイワレヒコへと向けた。

 

 だが、この動きは航(わたる)に読まれていた。

 光線砲を向けようと機体の腕が伸びた先には、振り上げられた敵の刃が、まるで解(わか)っていたかの様に「置かれて」いた。

 早(さ)辺(え)子(こ)は知らなかったのだが、抑(そもそ)も航(わたる)は狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)からの脱出時、初めての実戦で「敢(あ)えて撃墜されて相手が油断したところに光線砲を撃ち込んで相打ちに持ち込む」という、当(まさ)に早(さ)辺(え)子(こ)が今やろうとしたことを先立って実践していた。

 ミロクサーヌ零(れい)式(しき)の光線砲ユニットが左腕ごと切断されたのは当然の結果である。

 

『悪いが貴女(あなた)の想いには応えられない』

 

 最(さい)期(ご)の企(たくら)みを挫(くじ)かれた早(さ)辺(え)子(こ)に、航(わたる)の声が厳然と突き付けられた。

 全ての望みを絶たれ、早(さ)辺(え)子(こ)は考える。

 

(なんという容赦の無い強さ……。力も想いも全く寄せ付けず、全てを捻(ね)じ伏(ふ)せられた。輪(わ)田(だ)様を斃(たお)した力は本物、そして元を辿(たど)れば私(わたくし)が苟且(かりそめ)にも叛(はん)逆(ぎやく)者に与(くみ)してしまったことが全ての始まり。私(わたくし)は罰を受けなくてはならない……)

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は全てを覚悟し、己が運命を受(う)け容(い)れて目を閉じた。

 

(皇(こう)國(こく)に仇(あだ)なす罪は万死に値する。このまま海の藻(も)屑(くず)と消えましょう。生存の道を残してくださったこと、貴方(あなた)なりに私(わたくし)への恩義に報いてくださったのでしょうね。しかし、貴方(あなた)に生きていただくことも殺めることも叶(かな)わぬならば、せめて貴方(あなた)の手で……)

 

 愛する人の手に掛かるならば本望――その言葉を胸に唱え、己に向けた遺言とすべく心を凍らせた、その時だった。

 実際の時間はほんの一瞬、刹那の覚悟の間にカムヤマトイワレヒコの三太刀目が振るわれていたが、早(さ)辺(え)子(こ)は気付けなかった。

 

 突然、早(さ)辺(え)子(こ)のすぐ頭上を光が奔(はし)り抜けた。

 カムヤマトイワレヒコの刃が早(さ)辺(え)子(こ)の操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」の天井を斜めに切り裂いたのだ。

 更に、四太刀目は早(さ)辺(え)子(こ)の背後を通り抜け、操縦席「荒(あらみ)魂(たま)座(くら)」の背(せ)凭(もた)れが破壊された。

 

「え?」

 

 困惑する早(さ)辺(え)子(こ)は、天井を抉(えぐ)られた上に間二つとなった直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)から機体外部へと放り出された。

 

「ええぇっ!?」

 

 潮風に曝(さら)された早(さ)辺(え)子(こ)が驚(きよう)愕(がく)に叫ぶと同時に、カムヤマトイワレヒコの手が落下先に回り込んだ。

 パイロットスーツを身に纏(まと)った早(さ)辺(え)子(こ)の体がそっと受け止められる。

 

『貴女(あなた)の思い通りにはさせない』

 

 死ぬことすら許さない――その宣告を耳にして、早(さ)辺(え)子(こ)は漸(ようや)く己が身に起こった異常事態を理解した。

 

「あり得ない、あり得ない!」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)はカムヤマトイワレヒコの手の中で戦慄した。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)という脅威の男は、操縦士を一切傷付けぬように針の糸を通すが如く正確な太刀筋で操縦室を破壊し、操縦士の体を機外に吐き出させたのだ。

 確かに、彼は甲(きのえ)公爵邸で一度ミロクサーヌ零(れい)式(しき)に搭乗している。

 だが、そのたった一回の経験で操縦室周りの内部構造を完璧に把握し、更に操縦士の体格までも計算に入れた上で寸分違わず機体を切断するなどというのは、当に神業というより他に無かろう。

(鯱(しやち)乃(の)神(かみ)殿下、申し訳御座いません。私(わたくし)は貴方(あなた)様に仕える者として道を致命的に誤りました。如(い)何(か)なる誹(そし)りを、罰を受けることになろうとも、貴方(あなた)様が戦場へ出ることそれ自体を何としても止めるべきでした……)

 

 後悔の念に沈む早(さ)辺(え)子(こ)を手に優しく包み、カムヤマトイワレヒコはゆっくりと横田飛行場へと戻って行った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 皇(こう)國(こく)首相官邸では、内閣総理大臣・小(お)木(ぎ)曽(そ)文(ふみ)章(あき)が頭を抱えていた。

 応接室には怒りに燃える公爵・甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)、どこか機嫌の良さそうな遠征軍大臣・鬼(き)獄(ごく)康(やす)彌(み)、神妙な面持ちの国防軍皇族軍人・鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)、そして仲介役として甲(きのえ)と同じ六摂家当主の一人である女公爵・十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)が小(お)木(ぎ)曽(そ)と卓を囲んでいる。

 

「縞(こう)田(だ)はまだか? 六摂家当主たる儂(わし)らの席に顔を出さぬとは良い度胸だ」

 

 甲(きのえ)が苛(いら)立(だ)ち混じりに吐き捨てた。

 

「あまりの事態に敷居が高いのでしょう」

 

 鬼(き)獄(ごく)はやはり、胸の空く様な心持ちを声(こわ)色(いろ)に滲(にじ)ませていた。

 

「私(わたし)も驚きましたよ。国防軍人たる殿下の侍女が嘗(かつ)て国防軍で訓練を受けていた予備役軍人であったとは。それだけならばまだしも、事もあろうに甲(きのえ)公爵閣下の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を盗み出し、勝手に明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)へ攻め入った上に為(な)す術(すべ)も無く捕虜になろうとは」

 

 鬼(き)獄(ごく)の口振りが癇(かん)に障ったのか、甲(きのえ)は不快気に鼻を鳴らして一枚のチップを差し出した。

 

「鬼(き)獄(ごく)遠征軍大臣、一(ひと)先(ま)ず我が甲(きのえ)家の記録した水(み)徒(と)端(はた)の戦闘映像を遠征軍に提出しておこう。精々次の侵攻に向けて分析し、少しでも役立てるが良い」

「これは恐縮の至りに御座います、閣下」

 

 甲(きのえ)は鬼(き)獄(ごく)からさっさと目を逸(そ)らし、今度は小(お)木(ぎ)曽(そ)の方へ顔を向ける。

 

「小(お)木(ぎ)曽(そ)総理」

「はい、なんで御座いましょう閣下?」

 

 小(お)木(ぎ)曽(そ)は顔を引(ひ)き攣(つ)らせていた。

 皇(こう)國(こく)は厳然たる貴族社会であり、内閣総理大臣といえども六摂家当主の意向の前では射(い)竦(すく)められてしまう。

 

「再度念を押しておくが、今回盗み出された超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)は既に政府に対して廃棄の申請を提出してある。それに、儂(わし)は以前より父とは別個として、正式な許可の上で超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を所有していた。従って、当該の機体は何ら疚(やま)しいところの無いものであることは、重々承知願いたい」

「うむ、甲(きのえ)卿に叛(はん)意(い)が無いことはこの十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)が保証しよう」

 

 十(とお)桐(どう)がこの場に同席した理由の一つはこの為(ため)であった。

 次に、甲(きのえ)は鯱(しやち)乃(の)神(かみ)に顔を向ける。

 

「恐れながら鯱(しやち)乃(の)神(かみ)殿下、今回の不始末に関して、儂(わし)個人としては水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)を明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)からの引き渡しが達成され次第厳罰に処していただきたい所存。しかしながら、皇族たる殿下の裁量に口を挟むつもりは毛頭御座いません。彼女には甲(きのえ)家として負い目もあることですしな。しかし、侍従侍女の管理は徹底していただきたい」

「甲(きのえ)よ、申し訳無かった。肝に銘じよう」

 

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は甲(きのえ)に頭を下げた。

 皇(こう)國(こく)に於(お)いて、皇族が臣下に頭を下げるなど、滅(めつ)多(た)に見られぬ振る舞いである。

 

「では甲(きのえ)卿、我々はそろそろ御(お)暇(いとま)させてもらうとするかの」

「ええ、此(こ)方(ちら)の用は済みました」

 

 十(とお)桐(どう)と甲(きのえ)が席を立った。

 二人の六摂家当主が応接室を出ると、小(お)木(ぎ)曽(そ)の口から深い深い溜息が漏れた。

 

「十(とお)桐(どう)閣下が甲(きのえ)閣下を抑えてくださっていて助かりましたな」

 

 本来、甲(きのえ)烏(う)黝(くろ)は父・甲(きのえ)夢(む)黝(くろ)程ではないにせよ気性の激しい人物である。

 しかし、父より年上である十(とお)桐(どう)の手前、横柄な振る舞いは控える程度には分別も持ち合わせている。

 鬼(き)獄(ごく)が機嫌良くしていられるのも、十(とお)桐(どう)の存在が大きかったに違いない。

 

「では総理、甲(きのえ)閣下からお預かりしたデータは早速遠征軍で分析に掛けましょう。私(わたし)は戻りますが、縞(こう)田(だ)国防軍大臣には宜(よろ)しくお伝えください」

「え、ええ承知しました」

 

 鬼(き)獄(ごく)も甲(きのえ)から受け取ったチップを手に取って席を立った。

 

「鯱(しやち)乃(の)神(かみ)殿下、近日中に作戦について打ち合わせの席を設けさせていただきたく存じます」

「承知しました、鬼(き)獄(ごく)閣下。小(お)木(ぎ)曽(そ)総理、私(わたし)も失礼する」

「はい。本日はありがとうございました」

 

 鬼(き)獄(ごく)に続いて鯱(しやち)乃(の)神(かみ)も席を立った。

 一人応接室に残された小(お)木(ぎ)曽(そ)は、堪(たま)らずその場で腰をずらして後頭部を背凭れに預けた。

 それはまるで電車に乗った会社員が疲(ひ)労(ろう)困(こん)憊(ぱい)して無(ぶ)様(ざま)な姿勢で眠っているかの如き、総理大臣にあるまじき為体(ていたらく)であった。

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