日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十二話『短命の恋』 急

 ()()(はた)()()()はこの戦争で初めての捕虜となった。

 

(とよ)(なか)一尉、後は(よろ)しくお願いします」

「承知いたしました、()()さん」

 

 横田飛行場にて、(さき)(もり)(わたる)の付き添いの下で()()(きゆう)()から(とよ)(なか)(たい)(よう)へと()()()の身柄が引き渡される。

 彼女を捉えた(わたる)は横田飛行場へと徐行して向かう中、()()に連絡しておかなければならなかった。

 連絡を受けた()()は横田飛行場で合流すべく車を走らせ、(わたる)から一旦()()()の身柄を預かっていた。

 (しん)()を使う彼女に対して、捕虜待遇を与える前に処置を行う必要があったからだ。

 

()()(はた)嬢には『人道上の()(どく)』の(ため)()(そう)(がん)』と呼ばれる錠剤を服用させました。これは(こう)(こく)の兵士に(あまね)く投与されている『(とう)(えい)(がん)』と呼ばれる『ドーピング剤』の効果を打ち消すものです。副作用として投薬から(おおよ)そ十二時間後から二・三日程の期間に掛け、四十度以上の発熱が予想されます。どうか充分な厚生環境での管理をお願いします」

 

 (しん)()に由来する超人的な身体能力や異能を前にして、拘束は非常に困難である。

 (はん)(ぎやく)者との戦闘で(しん)()の使い手を捕縛してきた(こう)(こく)は、それを打ち消す為の薬剤――()わば「(とう)(えい)(がん)の逆」の効果を持つ「()(そう)(がん)」を使用し、虜囚の(しん)()を無効化している。

 日本国に()いては、(こう)(こく)(ちよう)(ほう)活動を行ってきた秘密政治結社・()(じん)(かい)(とう)(えい)(がん)だけでなくこの()(そう)(がん)(ひそ)かに入手し、(すめらぎ)(かな)()防衛大臣兼国家公安委員長の手に渡していた。

 

()()()さん」

 

 (とよ)(なか)に引き渡され、去り行く()()()の背中に(わたる)が声を掛けた。

 

貴女(あなた)は悪くありません。もしこの戦いの果てに(ぼく)が死んでしまっても、決して貴女(あなた)を恨んだりなんかしません。逆に、(ぼく)貴女(あなた)の主を殺してしまうかも知れません。その時は(ぼく)のことを恨んでいただいて構いません」

 

 (わたる)にはどうしても伝えておかなければならないことがあった。

 戦闘中に交わした会話から読み取るに、()()()はかなり自暴自棄になっている。

 そんな彼女を何も言わずに見送ることなど出来なかった。

 

「それでも、(ぼく)貴女(あなた)から受けた恩はずっと忘れません。(きつ)()死ぬまで、貴女(あなた)の存在は(ぼく)の中から消えないでしょう。どうかそれを過去の幻影にさせないでほしい。貴女(あなた)には生きていてほしい。そして願わくは、幸せになってほしい……」

 

 (かつ)て、(わたる)()()()に受けた恩義を「貴女(あなた)が居なければ闇の中を()()き続けるしかなかった」と評した。

 ()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)の下から脱出したときも、確かに彼女の行く末の幸福を願い伝えた。

 その心は敵味方に分かれてしまった今も変わらない。

 

 二人の距離は遠い。

 物理的には()(かく)、心理的には国を隔ててしまった。

 しかし、それでも同じ青い空の下に生きていてほしい。

 その思いは()()()に届いただろうか……。

 

(さき)(もり)様、もう貴方(あなた)には逆らえる気がしませんよ……」

 

 ()()()はそれだけを(わたる)に言い残し、(とよ)(なか)ら自衛官に連行されていった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (わたる)()()()が交戦した翌日、(こう)(こく)は遠征軍参謀本部の作戦室に数人の軍高官が集まっていた。

 遠征軍大臣である伯爵・()(ごく)(やす)()(げん)(すい)遠征軍大将、国防軍大臣である(こう)()(しげ)(ゆき)元帥国防軍大将、内閣総理大臣・()()()(ふみ)(あき)予備役遠征軍大将、杜若(かきつばた)(みつ)()現役遠征軍大将、(かけ)()(かつ)()現役遠征軍中将、そして皇族軍人である第二皇子・(しやち)()(かみ)()()国防軍大佐の、計六名である。

 

「本日、(きゆう)(きよ)お集まりいただいたのは、昨日(きのえ)公爵より提供いただいた()()(はた)男爵令嬢の交戦記録を分析し、これまでの交戦記録と照合しました結果、一つの結論に(たち)しましたことを御報告させていただくと同時に、(しやち)()(かみ)殿下へ作戦方針をお伝えする為で御座います」

 

 五人の中でも一際大柄な壮年の男・(かけ)()中将が大型ディスプレイに表示された資料に指示棒を延ばし、説明を始めようとしていた。

 

()(ちら)の表を御覧ください。左が昨日の()()(はた)嬢、右が八日夜に『金色の機体』が侵攻してきた際の石動(いするぎ)(とう)()大尉による交戦記録を(まと)めたものです。搭乗機体は(いず)れもミロクサーヌ(れい)(しき)です」

 

 (かけ)()が指し示した表に軍人達の視線が集まった。

 そして男性陣は(そろ)って(いぶか)しげに画面を(にら)んでいた。

 唯一、杜若(かきつばた)大将だけは彼らの疑念とその真相を知っている様子で澄ましている。

 

「皆さん、表の左右で交戦時間が入れ替わっているとお考えね? 確かに、(はやぶさ)と称された歴戦の勇士である石動(いするぎ)大尉よりも()()(はた)嬢の方が長く保っているというのは()()にも不自然ですわ。しかし、その点は(かけ)()中将から説明があるでしょう。(かけ)()中将、説明をお続けなさい」

「はい」

 

 画面の表示が切り替わった。

 どうやら参考資料があるらしい。

 

(ただ)(いま)表示しましたのは、『金色の機体』が石動(いするぎ)隊と遭遇した時刻、そしてその次に国防軍の(しも)(やなぎ)隊と遭遇した時刻、そして両遭遇地点の距離です。これらから『金色の機体』の速度より求めた移動時間を差し引くと……」

「成程、先程の表の左は石動(いするぎ)隊全ての機体が撃墜されるよりも長く戦っていることになる。つまり、石動(いするぎ)大尉単機の交戦時間としては不適当ということになり、データの取り違えではないことが確認出来るという訳ですか……」

「はい殿下。間違い無く()()(はた)嬢は石動(いするぎ)隊より長く『金色の機体』と戦っているのです」

 

 (かけ)()(しやち)()(かみ)()()りの中、(こう)()は苦虫を()(つぶ)した様な表情をして机の下で拳を握り締めていた。

 遠征軍が国防軍(しも)(やなぎ)隊の交戦情報を持っているのは彼が()(ごく)に提供させられたからだ。

 ()()()の独断専行が彼女を予備役としていた国防軍の失態とされ、そこに付け入られていた。

 そんな(こう)()を横目に、()(ごく)は小さく(ほく)()()んでいた。

 

「いや、国防軍の訓練というのは素晴らしいようですな。予備役の彼女が我が遠征軍の石動(いするぎ)よりも善戦する程の操縦技術を身に付けているとは。これは、我々にも方法論を御教授願いたいところです」

()(らか)わんでください、()(ごく)伯爵。この奇妙な結果には何か別の要因があるのでしょう?」

 

 二人の遣り取りに(しやち)()(かみ)は眉を(ひそ)める。

 国難の中にも(かか)わらず派閥同士の陰湿な争いに(かま)ける姿は端から見て気持ちの良いものではない。

 そんな聴衆の様子は兎も角、(かけ)()(こう)()の質問に答えるべく画面を切り替えた。

 

「続いて此方を御覧ください。この表は昨日の()()(はた)嬢と九日の()()少佐、それぞれを相手に敵の『金色の機体』が繰り出した兵装の平均エネルギー出力の比較です。上が光線砲、下が切断ユニットの出力です」

「今度は明らかに()()を相手にした方が高い出力となっていますね。しかしこれは当然では? ()()が搭乗していたのは専用機である(とつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ツハヤムスビです。その装(きのえ)を破るのに必要なエネルギーが汎用機のミロクサーヌ(れい)(しき)と同じとはいかないでしょう」

「無論、我々も初めはそう考えました。しかし、この値を単純に読み取るのは落とし穴です。()()なら、この出力ではツハヤムスビの前では傷一つ付けられないのですから」

「どういうことです?」

 

 (しやち)()(かみ)の質問に、(かけ)()は更に次の画面を表示した。

 

「此方は()()少佐との交戦に於ける敵機の攻撃出力を詳細に纏めたものです。光線砲、切断ユニット共に最後の一回で突出した出力を発揮しているのが(わか)るかと思います」

「確かに。しかし、(わたし)(いま)(かけ)()中将殿の(おつしや)りたい意図を図りかねておりますが?」

「一回の攻撃にこれほどの出力、つまり(しん)()を発揮したということは、その分操縦士の負担も尋常ではないでしょう。我々はここにこそ、()()(はた)嬢が善戦出来た理由が潜んでいると踏んでいるのです」

 

 (かけ)()()に鋭い光が宿った。

 

「『金色の機体』は()()少佐との戦いで(ひど)く消耗し、そしてその疲労は昨日の時点で回復していなかったのです。そんな状態で、()()(はた)嬢と再び交戦してしまった。以上の推論により、遠征軍としては操縦士が恢復する前に『金色の機体』を(たた)くべきだと考えます」

「承知しました。(わたし)としても異論はありません。我が専用機も準備出来ております」

 

 (しやち)()(かみ)は静かに、それでいて決意に満ちた強い口調で答えた。

 基より望むところだ。

 ()()(たお)せなかった「金色の機体」を自分が斃す、それでこそ欲して()まなかった「(こう)(こく)最強の()(どう)()(しん)(たい)操縦士」の称号が手に入るのだ。

 

「では続きまして、作戦任務をお伝えしましょう」

 

 画面が切り替わった。

 

()()少佐の敗因の一つは、機体の性能差により上陸時刻がばらついて単機で『金色の機体』に挑む羽目に陥ったことでした。(こう)(こく)最高の()(どう)()(しん)(たい)である殿下の専用機ですと、これはより顕著に生じると予想されます。これは避けたい」

「はい……」

 

 (しやち)()(かみ)は拳を握り締めた。

 本心では自分も単機で挑みたい。

 そうすれば()()の不可能を達したことで好敵手の先へ行ったとよりはっきり実感出来る(はず)だ。

 しかし、遠征軍の指揮下に入る以上は命令に従わなくてはならない。

 

「そこで、一旦中継地点を設けます。(こう)(こく)(めい)()(ひの)(もと)の間、(こう)(かい)には多くの(とう)(しよ)が点在し、中には軍事拠点になり得る大きさのものも存在します」

 

 (かけ)()は画面に表示された地図上の一点を指し示した。

 

「殿下には()()()(おう)(とう)に上陸し、そこに在る(めい)()(ひの)(もと)の軍事拠点を占領していただきたい。そこで一旦部隊を集合させ、それから一気に(めい)()(ひの)(もと)を叩いて『金色の機体』を破壊するのです!」

「成程。一旦その島で時間を置けば、『金色の機体』は向こうからやって来るかも知れませんね。その時は集めた部隊でそのまま迎え撃てば良い、という訳ですか」

「作戦には出撃しなかった()()隊の面々をお貸ししましょう。彼らも隊長の(あだ)を討ちたいと意気込んでおります。殿下の部隊と混成していただけると宜しいかと……」

 

 ()くして、(こう)(こく)は次の侵攻の方針を決め、(しやち)()(かみ)にその内容を伝えた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 第二皇女・(たつ)()(かみ)()()と第三皇子・(みずち)()(かみ)(けん)()は現在、父・(じん)(のう)が担っていた「(こう)(こく)全土に(しん)()を送り、インフラを維持する」という役割を負うべく皇宮に詰めている。

 会議を終えた第二皇子・(しやち)()(かみ)()()が宮殿に足を運んだのは、そんな二人の様子を見に来ているという第一皇女・()()(かみ)(せい)()に出撃の報告をする為だ。

 

 つまり、彼の目当ては弟妹ではない。

 特に妹に対しては(わざ)(わざ)報告しようとも思わない。

 従って、宮殿の回廊で(しやち)()(かみ)(たつ)()(かみ)が出くわしたのは全くの偶然だった。

 ()()から(かい)(ふく)した(たつ)()(かみ)の侍従・(かい)()(いん)(あり)(きよ)(うやうや)しく主の兄宮に頭を下げる。

 

()()……」

(しやち)(にい)(さま)……」

 

 実のところ、二人の仲は皇族の中でも険悪だった。

 というのも、日本国に対する方針として最も強硬派で好戦的ですらある(しやち)()(かみ)と、最も穏健派で吸収自体を快く思っていない(たつ)()(かみ)では考え方があまりにも両極端だ。

 故に何度も衝突し、今ではろくに口も利かなくなっていた。

 

「何か御用ですか、兄様?」

「お前には無い。姉様が此処へ来ていると聞いたのだ。報告したいことがあってな」

 

 一瞬、(たつ)()(かみ)の眉が(わず)かに引き上げられた。

 (しやち)()(かみ)の言葉から凡そのことは察したのだろう。

 (しやち)()(かみ)は構わずに妹の横を通り過ぎようと歩き始めた。

 

「兄様」

 

 そんな兄を、(たつ)()(かみ)は呼び止めた。

 (しやち)()(かみ)は眉根を寄せて立ち止まる。

 

「兄様、どうかくれぐれも御自愛ください」

「ふん……」

 

 不仲の兄が戦場へ(おもむ)くことを悟った妹は、(わだかま)りの中でも無事を願う言葉を掛けた。

 しかし、その為に彼女が選んだ言葉が(しやち)()(かみ)には気に食わなかった。

 そんな彼に対し、妹の侍従である(かい)()(いん)も声を掛ける。

 

(しやち)()(かみ)殿下、(わたくし)もお祈り申し上げます。貴方(あなた)様の()()(うん)と、()()(はた)殿の()()()を……」

 

 足を止めたて振り向いた(しやち)()(かみ)は、背中越しに(かい)()(いん)へと視線を向けた。

 (かい)()(いん)は再び頭を下げる。

 

「出過ぎた言葉でした、殿下」

「全くだ……」

 

 (たつ)()(かみ)(かい)()(いん)はやや足早にその場から歩き去って行った。

 

(かい)()(いん)め、病み上がり早々に知った風な口を……」

 

 (しやち)()(かみ)は小さく悪態を吐いた、吐かずにはいられなかった。

 妹を見る(かい)()(いん)の眼に、その言葉の真意を(かい)()()てしまったからだ。

 

「分を(わきま)えろ、(たわ)けが」

 

 (しやち)()(かみ)の不快感とは、自らの心のざわつきを見透かされた羞恥心に他ならなかった。

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