為動機神体には機体に悪影響を及ぼす波動を相殺する機能が備わっている。
これは人型の形状のまま超音速の飛行を可能にするだけでなく、レーダーなどによる探知も完全に防いでしまう。
この機能に因って、為動機神体の探知は視覚や聴覚、或いは触覚などといった人間の五感、更にはそれらを超えた第六感に頼らざるを得ない。
それ故、為動機神体同士の戦いでは侵攻側の上陸を防ぐことが非常に難しい。
感覚では、余程優れた能力が無い限り敵機の正確な位置を割り出し辛いからだ。
これは緒戦に於いて、日本国は首都東京に大いなる災いを齎した。
『せやけど、今はその探知の精度が上がっとる。なんでやと思いますか、岬守さん?』
日本国と皇國に挟まれた海「皇海」上を飛行しつつ、超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコ内の航は同行する自衛隊の川西一徳三佐に関西弁で問い掛けられた。
「探知員の人数を増やしたから……ですか?」
『それもあります。一人一人の感知した位置情報は曖昧でも、そのデータが多ければ推定はより正確になりますからね』
「つまり、もっと他に理由がある、と?」
『はい。ずばり最大の改善は探知の拠点を増やしたことです』
そこにこそ、今回航と川西隊の七名が防衛に出撃した最大の理由があった。
『梅田一佐は上と掛け合うて、太平洋側の離島に存在する防衛基地のうち三箇所に神為を身に付けた自衛官を派遣し、皇國から飛来しよる敵機の情報を先行して感知する態勢を整えました。その三拠点とは奄美大島、父島、そして硫黄島です。南鳥島は皇國から近過ぎるっちゅうことで断念しています』
航は背筋に冷たいものが拡がる気持ちがした。
今回、敵が迫っているという硫黄島はどうやら敵機の襲来を探知する重要拠点らしい。
此処が敵に占領されるという意味は重大だった。
『もし、敵が硫黄島に上陸し、基地を占領してしもうたら、敵機探知能力に重大な支障を来す。しかもそれだけやなく、最悪なんは敵がその事実、離島の基地を探知の拠点にしていることを知ってまう可能性が高いことです。そうなってまうと、敵は他の離島を積極的に狙ってくるでしょう。つまり、今のレベルの攻勢を防ぐことは出来なくなる。本土はあっちゅう間に敵機によって蹂躙されてまうでしょう』
梅田健次郎一佐としては、考えられる戦力を可能な限り投入して、何としてでも硫黄島上陸の前に敵機を撃破したい状況だった。
「させませんよ、そんなこと」
『よっしゃ、その意気や。そして安心してください。貴方のことは絶対に死なせません』
航は自分に言い聞かせる様に宣言した。
今まで全員を生還させている川西三佐の言葉も頼もしい。
だが航の言葉は不安の表れでもあった。
(この感覚……ヤバい奴が来ているかも知れない)
朧気ながら、航は敵機の中に一際大きな存在感を気取っていた。
過去の嫌な経験が複数絡み合い、まだ見ぬ彼方から異様な不気味さを受信していた。
為動機神体そのものの気配は数日前に戦った特級為動機神体・ツハヤムスビと似る。
その内部からは、嘗て帰国直前に戦った皇族、第三皇女・狛乃神嵐花を思わせる威圧感が認められる。
(この桁違いの神為……まさか……)
航は二日前、早辺子との交戦中に言われたことを思い出した。
次は皇族軍人である第二皇子・鯱乃神那智が相手になると、確かに早辺子はそう言っていた。
疑惑が確信に変わっていく。
どうやら早くも予告の時が来たのだ。
「とはいえ、やるしかない」
航は揺るがない、揺らぐ訳にはいかなかった。
手に汗握る緊張と死闘の覚悟を胸に、航は川西隊の壱級十機と共に硫黄島へ向かった。
⦿⦿⦿
一方、極級為動機神体・タカミムスビに搭乗した鯱乃神は、友軍として超級為動機神体・ミロクサーヌ零式を二十機引き連れて硫黄島へ向かっていた。
「来たな、『金色の機体』、岬守航!」
皇族特有の強大な神為を持つ鯱乃神は、次元の違う感知能力で遥か遠方から迎撃に向かって来る敵の正体を正確に見抜いた。
航がこれ程までの敵の正体を朧気に感じる程度であったのに対し、如何に鯱乃神の神為が規格外か解る。
「総員、戦闘準備。二五〇秒後に敵機と遭遇する。敵は超級『金色の機体』と壱級十機。一時の方向に旋回し迎え撃つ」
『了解しました』
特別機一機と超級二十機が一時の方向に向きを変えた。
鯱乃神は敵の位置すらも正確に見抜いている。
更に、双方の戦力差は日本国側に圧倒的に不利であった。
『殿下、意見具申いたします』
「囃子中尉、どうした」
『どうやら殿下は金色の機体との一騎打ちを御所望とお見受けします。この場は二手に分かれ、分隊は方向転換し本土への上陸を目指すのは如何でしょう。敵壱級のうち何機かは誘き寄せられるでしょう』
「駄目だ。気持ちは有難いが任務の成功が最優先だ」
鯱乃神とて、輪田を超える為にも輪田が一人で対峙し斃せなかった「金色の機体」と一人で戦いたい想いは否めない。
しかし、彼は同時にそんな私情を軍人としての任務に優先する男ではなかった。
だが彼を取り巻く状況は普段と少し違う。
『行かせてやれば良いではありませんか、殿下』
『輪田隊の奴ら、今更になって怖じ気付いたんですよ』
『金色の機体には輪田少佐だけでなくこいつらの仲間も為す術無くやられた訳ですからね』
鯱乃神の部下である鯱乃神隊の華族軍人達が元輪田隊の兵達を侮辱し始めたのだ。
売り言葉に買い言葉で、元輪田隊も反論する。
『寧ろお前らに雑魚を譲ってやろうというのが解らねえのかよ』
『俺達が金色の機体をお前らに譲る訳ねえだろ』
鯱乃神は頭を悩ませた。
すぐにでも戦闘は開始されるというのに、味方内で不和を起こしている場合ではない。
「仕方が無い……囃子中尉、君が言い出したことだ、元輪田隊は君の進言通り本土へ向かえ。目標へは鯱乃神隊のみで向かう」
『……承知しました』
囃子を始めとした元輪田隊の十機が更に方向を変えて離脱した。
(私は何をやっているんだ……。輪田への対抗意識が部下に伝播して隊内の不和を招き、「金色の機体」への執着を看破されて指揮に支障を来してしまうとは……)
ここから先、鯱乃神は元々の己の部下のみで戦いに挑むことになる。
だが隊内の精神状態としては元輪田隊の面々と共にしたことで悪くなっている。
これは上層部の采配ミスと言えよう。
(まあ過ぎたことを悔やんでも仕方が無い。要は私が「金色の機体」を斃せば良いのだ)
鯱乃神は決戦に備えて気を引きしめ、前方に注意を向けて様子を探る。
すでに衝突まで一分も無いだろう。
愈々、彼にとって待ちに待った試練の時が訪れるのだ。
しかし、すぐに鯱乃神は二つの違和感を察知した。
まず、前方の敵機部隊の動きがおかしい。
それに、その遥か先からもう一部隊飛来している。
「囃子中尉、其方の前方から新手が近付いている。おそらくは超級七機」
『承知しました。お任せください、横槍は決して入れさせません』
「いや、それだけではない。どうやら一機、其方に誘き寄せられている」
『僅か一機ですか。作戦通りですが、舐められたものですね』
「いや、違う!」
この時、既に鯱乃神隊は敵影を目視で確認していた。
それは相手側にとっても同じだろう。
鯱乃神が先んじて受け取った違和感を部下達も知ることとなっている。
『おい、金色の機体の姿が無いぞ!』
『どういうことだ? 壱級十機だけで我々の相手をする気か?』
『舐めおって!』
鯱乃神隊のうち七機が命令を待たずに速度を上げた。
経験の薄い操縦士が駆る格下の機体相手とあって、勝ちを確信して意気揚々と突っ込んでいったと行った様子だ。
三機だけは冷静に鯱乃神に続いている。
「汎用機では『金色の機体』は荷が重い。何も出来ずに殲滅されかねんな。枚辻少尉、この場は任せる。私は囃子達の後を追う!」
『わ、解りました!』
激突まで残り十数秒といった状況下で、鯱乃神は自機「極級為動機神体・タカミムスビ」の進路を急旋回させた。
「何を考えている『金色の機体』、岬守航! この私に恐れを成したか! それとも、壱級で充分などと愚弄しているのか!」
斯くして、硫黄島近隣の上空では壱級十機と超級十機が火花を散らそうとしていた。
⦿⦿⦿
一方、自衛隊側ではギリギリで敵が動いてくれたことに川西三佐が一人安堵していた。
「どうにか上手いこと行ったみたいやな。みんな、あとは今まで通り、死なんように回避重視で隙を窺って気張りや!」
『はい!』
結論から言うと、土壇場で航にこのような指示を出したのは川西だった。
まず、敵が二手に分かれたことを察知したのは航であった。
その情報を受けた川西は、同時に新型試作機を受け取った豊中隊や池田隊が追い掛けてきたという情報を掴んだ。
これを受け、一つの賭けに出たのだ。
日本国にとって真に最悪の事態とは、別れた敵部隊の一部が本土、それも東京に上陸してしまうことである。
カムヤマトイワレヒコが島嶼防衛に出ている状態で上陸を許してしまうと銀座の時以上の被害になりかねない。
頼みの綱は後から出撃した新型試作機七機だが、本土に向かった十機に対して数的不利という不安要素は否めない。
そこで、川西は敢えてカムヤマトイワレヒコを本土に向かった分隊の追撃に向かわせた。
そうして、絶対に防がなくてはならない分隊の進行に対して前後から挟み撃ちする形を取った。
更に、もう一つの目論見は、敵のうち様子の違う大型一機を残る敵部隊から引き離すことだ。
敵がカムヤマトイワレヒコを警戒していない筈が無く、妙な動きがあれば放っておかないだろうという算段は付いていた。
(ま、追ってくれんかったら俺らは一巻の終わりやったけどな。それに十機対十機でも壱級と超級やと不利なんは変わらへん。しかし俺らさえ持ち堪えたら、まずは敵の分隊を新型と超級で挟み撃ち、続いてあのごっつい特別機を各個撃破して合流してもらえるっちゅう訳や。で、持ち堪えるんやったら俺らの得意分野やで)
硫黄島の東約七十キロの上空で、自衛隊機壱級十機と皇國機超級十機が既に戦闘を開始していた。
しかし、自衛隊側からは殆ど攻撃していない。
只管に回避に専念している。
「良し、ええで。このまま奴らを硫黄島にだけは行かせるな」
『了解です、川西三佐!』
そんな遣り取りの最中、早速痺れを切らした敵超級のうち二機が急旋回して硫黄島へと進路を取った。
自衛隊機はそれを見逃さず、空かさず狙撃。
二機は迂闊にも敵に後を見せ、あっさりと撃墜されてしまった。
「よっしゃよっしゃ。いつもどおり、この調子で我慢比べや」
斯くして、日本戦争の行く末を占う重要な一戦「硫黄島防衛戦」の火蓋が切られた。