日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

21 / 399
第七話『為動機神体』 破

 ロボットの形は簡単に述べると、無骨な甲(かっ)冑(ちゅう)を身に着けた古代の武人が雷神の鼓を背負った様な姿をしていた。

 両手にはそれぞれ、砲口の様な大筒を備えた籠(こ)手(て)が拵(こしら)えられており、また左腰には太刀の様な装備が見える。

 他にも、頭部や胸部、脚部にも何らかの攻撃、防御機能が備わっているように思える。

 

 正(まさ)しく、ロボットアニメから飛び出してきた様な威容に圧倒された航(わたる)は、柵に掴(つか)まったまま言葉を失っていた。

 荒ぶる武威を纏(まと)った巨大な武人に見下ろされ、射(い)竦(すく)められたような気分だった。

 しかし、決して悪い気はしない。

 そんな航(わたる)に対し、早(さ)辺(え)子(こ)がロボットについて解説する。

 

「全高二十八米(メートル)『超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改』で御座います。正規軍に於(お)いて主力機として運用されております二大機、高機動型のミロクサーヌと重火装型のガルバケーヌのうち、前者を鹵(ろ)獲(かく)して独自に改造を加えたもののようですね」

 

 航(わたる)も、皇(こう)國(こく)が大小様々なロボットを兵器として運用していることは知っていた。

 ニュースの映像で、高校の頃に戦った二足歩行ロボットを彷(ほう)彿(ふつ)とさせる型のものを見た時は驚いた。

 だが、嘗(かつ)て米国を蹂(じゅう)躙(りん)した最大級のロボットを、自らの眼で見た衝撃は比較にならないものだった。

 

「私(わたくし)はこの『為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)』と呼ばれる機械の操縦技能を軍の訓練で体得しておりまして、定期的な整備を任されているのですよ。主に、試運転機動状態で不具合が無いか確認するといった程度ですがね」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の解説は巨大ロボットに眼(め)を奪われた航(わたる)の耳にあまり入っていない。

 それを悟ったのか、早(さ)辺(え)子(こ)は溜(ため)息(いき)を吐い(つ)た。

 

「宜(よろ)しければ、この後私(わたくし)と御同乗いたしますか?」

「良いんですか!?」

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)が少し身を引く程の勢いで反応した。

 満天の星空の様に眼を輝かせる航(わたる)に、早(さ)辺(え)子(こ)は薄目で呆(あき)れている。

 

「どうやら、男性が斯(か)様(よう)な物をお好きなのは明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)でも変わらない様ですね。結構なことです。何せ、孰(いず)れは貴方(あなた)御自身で操縦して頂かなければなりませんので」

「マジか……。マジか……! マジですか? マジですか!?」

 

 航(わたる)は興奮を抑えられず、巨大ロボット――超(ちょう)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ改と、早(さ)辺(え)子(こ)の引いた顔を交互に見た。

 航(わたる)は今、精神的には小学生時代へ回帰していた。

 

「僕(ぼく)にも操縦出来るんですか!?」

「今すぐに、という訳には参りませんが、条件さえ整えば訓練次第で自在に操れるようになりますよ」

「条件?」

「『為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)』の『為(い)動(どう)』とは、神(しん)為(い)に因(よ)って動かすことを意味します。『機(き)神(しん)体(たい)』とは機械仕掛けの神の体。即(すなわ)ち、己が体の深遠に坐(おわ)す内なる神に対して、己自身が内なる神となり威力を振るう為(ため)の、外なる体(たい)躯(く)とでも言いましょうか。操縦するには、神(しん)為(い)を自身の内から外の機体へと滞りなく届けなくてはなりません。これにはそれなりの神(しん)為(い)を発揮して頂く必要があるのです。現状の岬(さき)守(もり)様ではまず不可能ですね」

 

 つまり、今日より屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)から課せられる筈(はず)だった訓練を進め、必要最低限の神(しん)為(い)を発揮出来るようにならなければ話にならないということだろう。

 航(わたる)は一転、気が重くなった。

 

「マジか……マジか……」

「貴方(あなた)達のお気持ちを鑑みますと、今すぐにでもここから自由になりたい、というのも充分理解出来ます。しかし、私(わたくし)と致しましても何の見返りも無く協力しろと言われましても出来かねます。その為の準備期間として、何(なに)卒(とぞ)、御勘弁を」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)に詫(わ)びられて、航(わたる)は彼女に対する見返りの話を思い出した。

 そういえば「屋(や)渡(わたり)を追い落とす計画」の話は途中だった。

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の首(しゅ)魁(かい)である「首(しゅ)領(りょう)Д(デー)」なる人物に近付く為、屋(や)渡(わたり)にその男へ何の言い訳も出来ない失態を演じさせる、といく狙いがあるのだった。

 

「唯(ただ)単に盗んで脱出するだけじゃ駄目ってことですよね?」

「然(さ)様(よう)で御座います。その為にはいくつかの御(お)膳(ぜん)立(だ)てをしなくてはなりません。先(ま)ず、屋(や)渡(わたり)の判断で貴方(あなた)にこのミロクサーヌ改を操縦させること」

「それ、滅(め)茶(ちゃ)苦(く)茶(ちゃ)厳しくないですか……?」

 

 目の前に佇(たたず)む兵器の脅威は一目で解(わか)る。

 そんなものを、自身に反感を持つ人間に任せるなど、真(まと)面(も)な思考が出来ればまずあり得ないだろう。

 しかし、早(さ)辺(え)子(こ)には自信があるようだ。

 

「先程、私(わたくし)が『試運転起動状態で整備を任されている』とお話しした事を覚えていますか?」

「え? あ……」

「やはり、お聴き頂けておりませんでしたか」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)に溜息を吐かれ、航(わたる)は申し訳無い気分になった。

 巨大ロボットを目の当たりにして子供の様に燥(はしゃ)いで、自分の問題を蔑(ないがし)ろにしていたことが堪(たま)らなく恥ずかしい。

 

「すみません……」

「簡単に説明いたしますと、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)には安全装置が備わっているのです。ただ搭乗しただけでは『試運転起動状態』といって、真面に性能を発揮出来ない制限が掛かる仕様になっているのですよ。そこから更に強い神(しん)為(い)で『実戦起動状態』に持って行かなくては、屋(や)渡(わたり)程の実力者にとって脅威にならないのです。ですから、岬(さき)守(もり)様に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)をお任せしても安心だ、と思わせれば良いのです」

「成程……。ん?」

 

 一つ、航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)の説明に引っ掛かりを覚えた。

 

「一寸(ちょっと)待ってください。それって、要は僕(ぼく)が屋(や)渡(わたり)に舐(な)められているってことですか?」

「ええ。私(わたくし)の見たところ、岬(さき)守(もり)様が一番適任かと。私(わたくし)の計画では、先ず貴方(あなた)達の誰かを屋(や)渡(わたり)に見限らせる。それを見越して、その方を雑用係として私(わたくし)の下へ配置換えするように言い含めておく。そうすれば、私(わたくし)は屋(や)渡(わたり)の指示でその方に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の整備を教えられる、という訳です。十中八九、選ばれるとすれば岬(さき)守(もり)様でしょう。今日二人切りになれたのは渡りに船で御座いました」

 

 航(わたる)は更に引っ掛かりを覚え、首を傾(かし)げる。

 

「あの、つまり僕(ぼく)が一番屋(や)渡(わたり)に見限られ易(やす)い、と?」

「はい。岬(さき)守(もり)様に戦闘員としての見込みが無いことは明らかですので」

 

 とうとうはっきりと言われてしまった。

 

「僕(ぼく)、羆(ひぐま)倒してるんですけど……」

「あの程度の獣(けだもの)を相手に散々手(て)子(こ)摺(ず)った挙げ句、止めを刺せませんでしたね。一撃の重さも、虻(あぶ)球(く)磨(ま)様や椿(つばき)様の方が遙(はる)かに上で御座いましたよ。お気付きになりませんでしたか?」

 

 確かに思い出してみると、航(わたる)は連続攻撃で羆を圧倒していたかの様であったが、裏を返せば決定打に欠いていたということになる。

 最後に伸すことが出来たのは、その直前に虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)と椿(つばき)陽(よう)子(こ)のコンビネーションが奇麗に決まったからだ。

 

「見込み無し、か……」

「戦闘員になりたかったのですか? 狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の革命戦士に?」

「いや、それは全然、なんですが、やっぱり男としては面と向かって『戦いの才能が無い』って言われると一寸傷付くんですよね……」

「然様で御座いますか。では、第二の条件ですが……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は軽く流して話を続ける。

 振り向いて、入り口の傍らに掛けられた七曜表(カレンダー)を指差した。

 

「本日、六月十日。丁度三週間後に、首(しゅ)領(りょう)Д(デー)の視察予定が御座います。直近で目標として頂きたいのは、この日を脱出決行日の候補とすること」

「七月一日か……」

 

 航(わたる)は七曜表(カレンダー)に薄く記された日付を凝視した。

 今月だけ辛抱すれば良い、と考えれば僥(ぎょう)倖(こう)だが、不安要素もある。

 

「それまでの訓練で、必要最低限の神(しん)為(い)は身に着けておかないといけませんね」

「はい。ですが、操縦の訓練は近い内に行えますので御安心ください」

「そうなのですか? さっき今の僕(ぼく)に操縦は無理だと仰(おっしゃ)ってましたが」

「熟練者の補助があれば可能なのですよ。不足分の神(しん)為(い)は補えますので」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は七曜表(カレンダー)の真下に備え付けられていたスイッチを押した。

 それは丁度昇降機(エレベーター)のボタンの役割を担っており、柵の向こうへ足場が降りて来る。

 

「本日は、私(わたくし)が操縦いたします」

「先ずは感覚に慣れたいですしね」

「いいえ、本日の貴方(あなた)の神(しん)為(い)では乏し過ぎて補助すら出来ませんので」

 

 またしても早(さ)辺(え)子(こ)の言葉の刃が航(わたる)の心を刺した。

 

「言い直します。結構傷付きます」

「然様で御座いますか。心理的な要因ならば克服の見込みは御座いますので、そこまで気を落とされることも無いですよ」

「心理的な要因?」

「神(しん)為(い)を発揮するには己の中に神を見(みい)出(だ)さなければなりませんからね。卑しい心根や、極端な劣等感情をお持ちの場合は不利なのです。特にそれらが複合したとなると……」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)は続きを言(い)い淀(よど)んだ。

 航(わたる)が完全に落ち込み、床に手を付いていたからだ。

 幼馴染の麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)に対する強い劣等感情に根差した度し難い性癖の持ち主である航(わたる)は、条件にぴたりと当(あ)て嵌(は)まっている。

 

「慰めたつもりでしたが、逆効果だったようですね。まあ、つまりますところ貴方(あなた)は狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の革命戦士など到底似合わないということですよ。ここに居(お)られるべき御(お)方(かた)ではないのです」

「そう……ですか……」

 

 昇降機が到着した。

 

「では、搭乗しに行きますよ。三週間はあっという間です。気をお引き締めください」

「はい……」

 

 航(わたる)は落胆した気持ちのまま早(さ)辺(え)子(こ)の後に続いて昇降機に乗った。

 

「何としても脱出してくださいませ。如(い)何(か)に美辞麗句を並べようと、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)は外道の組織です」

「それは……能(よ)く解っていますよ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)に言われるまでも無い。

 二(に)井(い)原(はら)雛(ひな)火(び)の犠牲がいの一番にそれを思い知らせてくれた。

 

「特に屋(や)渡(わたり)は下衆の極みです。拉致の際、貴方(あなた)を相手に彼の部下が失態を演じたと聞き及んでおりますが、その後彼ら二人がどうなったか、ご存じですか?」

「え?」

「総括と呼ばれる制裁を受け、死体は羆の餌となりました。昨日最終試験として戦って頂いた、あの羆ですよ」

 

 早(さ)辺(え)子(こ)の言葉に、航(わたる)はやりきれない思いを抱いた。

 自分を酷(ひど)い目に遭わせた連中の一味とはいえ、関わり合いになった人間が無残な死を遂げたと聞かされるのは胸に来るものがある。

 

「そういうことですので、これより三週間は死に物狂いで目標を達成してくださいませ」

「解りました」

 

 昇降機が二十数米(メートル)上方の足場に到達した。

 丁度、壁伝いにミロクサーヌ改の首の後ろまで伸びている。

 

「では、参りましょうか」

 

 航(わたる)は早(さ)辺(え)子(こ)に続き、機体の後までやってきた。

 早(さ)辺(え)子(こ)が機体に手を翳(かざ)すと、彼女の体と機体が光を帯び、ハッチとなっている首の後の装甲がゆっくりと開いた。

 二人はこの巨大なロボットの内部へと入っていく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。