東京都より南方約三百キロメートル、伊豆諸島は八丈島のやや南。
この空域で日本国と皇國の、もう一つの軍事衝突が起きていた。
交戦勢力は日本国自衛隊の豊中隊・池田隊混成部隊――超級為動機神体・スイゼイ七機と、皇國遠征軍の元輪田隊――超級為動機神体・ミロクサーヌ零式十機である。
日本国としては超級新型試作機のお披露目であり、またこの部隊を抜かれると敵の本土上陸が避けられない為敗ける訳にはいかず、皇國としては先の侵攻に失敗した輪田隊の名誉挽回の為にも是非とも戦果が欲しい、そんな一戦だった。
戦いの序盤、新型機の慣れない操縦感に戸惑う自衛隊は、早々に池田隊の寺田章平三尉が被撃墜、辛うじて操縦室「直靈彌玉」ごと脱出することは出来たものの、戦線からは脱落してしまった。
しかしその後は意地を見せ、新型機の性能もあって皇國の正規軍と互角以上に戦い、半数の五機を撃墜して数的に逆転した。
『くっ、おのれ……!』
敵の指揮を執っていた隊長機が、豊中大洋一尉のスイゼイと刃を交える。
豊中は敵の猛攻をどうにか凌ぎつつ、反撃の隙を窺っている。
『この囃子鐵男中尉、輪田隊の名誉に懸けて貴様らなんぞに敗けはせん!』
大口を叩くだけあって囃子の技量は敵部隊の中でも頭一つ抜けており、自衛隊で最高の操縦士である豊中であっても容易に勝てる相手ではなかった。
他は恩田聡二尉・剣持或人二尉・求来里美乃三尉・黒山理恵三尉の四人が、それぞれの相手と互角以上に渡り合っている。
『豊中、池田機が援護する!』
豊中と同格の池田照史一尉が囃子機を光線砲で狙って撃った。
囃子機は後方へ回避、その隙に豊中の放った追撃の光線砲が機体の右腕を撃ち抜いた。
『くっ、このままでは埒が明かん……!』
『囃子隊長、此処は一旦退きましょう。当初の目的は例の島の占拠だった筈』
友軍の進言を受けた囃子機は、豊中機と池田機の射撃を躱しながら攻め倦ね、決断を渋る様に飛び回っている。
そんな中、豊中隊・恩田二尉の光線砲と池田隊・黒山三尉の切断ユニットがそれぞれ敵機を貫き、撃破の爆炎を唸らせた。
これで皇國軍は残り三機、十機から七機を撃墜されたことになる。
大方の形勢は決したと言えよう。
『囃子隊長!』
『……已むを得ん!』
三機のミロクサーヌ零式はスイゼイから距離を取り、南方へ転回して飛び去っていった。
つまり、この場は自衛隊側の勝利である。
『こちら剣持。豊中一尉、撤退した敵は再び硫黄島へ進路を取った模様』
剣持二尉の報告を受けた豊中はすぐさま決断を下す。
「こちら豊中。これより敵機を追跡する。絶対に奴らを硫黄島へ上陸させるな」
『こちら池田。これより池田機・黒山機は寺田三尉と敵兵生き残りの直靈彌玉を回収し、横田基地へと帰還する。豊中隊、後は任せた』
斯くして、四機の超級為動機神体・スイゼイが敵を追って南へ飛んだ。
両軍は一分と経たない間に青ヶ島上空を通過し、岬守航と鯱乃神那智が死闘を演じている硫黄島を目指す。
⦿⦿⦿
硫黄島、神の視座より見守られる戦いは決着の時を迎えようとしていた。
「おおおおおッッ!!」
超級為動機神体・カムヤマトイワレヒコを駆る岬守航は、新たなる韴靈劔を振り上げて吼えた。
既に乾き切った雑巾を捻じ切らん勢いで一滴を抽出するが如く、全身全霊の叫びと共に最後の力を振り絞る。
(出し尽くせ、全てを! 器が空なら内壁を削ってでも力を練り出せ! 身体よ、魂よ、言うことを聞けぇッ!)
渾身の刃が極級為動機神体・タカミムスビに振り下ろされようとしていた。
しかし、カムヤマトイワレヒコの動きは一瞬止まる。
やはり、三度目の日神回路発動で航は限界を遙かに超えていたのだ。
鬼気迫る表情の航は、心臓から末梢の汎ゆる血管が切れるくらいに全身の力を込める。
(生きて帰れと言われただろうが! お前の愛しの魅琴様に! 御主人様の命令は絶対なんだよぉぉっっ!!)
鬼気迫るという言葉すらも、今の航は役不足だった。
遂に止めの刃が敵機に向けて振り下ろされる。
逆に鯱乃神那智から見れば絶体絶命の状況だ。
「うわあああああっっ!!」
鯱乃神は絶叫した。
直前、タカミムスビは全ての兵装を破壊されて反撃の手段を喪っている。
最早、機体の如何なる機能もこの一撃を凌ぎ操縦士の身を守ることは出来ない。
ふと、鯱乃神は自分の手足が震えていることに気が付いた。
(武者震い!? 何故こんな時に? いや、これは死の恐怖か! 最初から恐れていたのか私は! 何か! 何か無いのか! 助けて兄様!!)
絶望の中、タカミムスビにカムヤマトイワレヒコの刃が届く、まさにその時だった。
鯱乃神の生存本能は無意識下で最後の抵抗を試みる。
突如、カムヤマトイワレヒコの機体が大きく仰け反った。
宛ら、強烈な突風が全身に衝撃を叩き付けたかの様だ。
カムヤマトイワレヒコ内部の航は全身から血を噴き出させながら操縦席「荒魂座」の背凭れに身体を叩き付けられた。
力みすぎて本当に血管が切れたのか――否、そうではない。
何が起きたのか、航は即座に察した。
(神為!)
皇族特有の強大な神為、鯱乃神は自身のそれをエネルギーに変えて放出して攻撃したのだ。
常人ならば超級為動機神体の装甲で無効化されてしまうが、その絶大さ故に吸収し切れなかった破壊力が機体を仰け反らせ、更には内部の航にまで貫通ダメージを与えた。
(一瞬意識が飛んだ! 確りしろ!)
航は気合いで体勢を立て直し、最後の攻撃を続行する。
しかし、神為の破壊圧は二発目、三発目と容赦無くカムヤマトイワレヒコと航に浴びせられ、装甲と生命力を削っていく。
「ぐぅぅっ……!」
航はカムヤマトイワレヒコを踏み止まらせるだけで精一杯だった。
もう剣を振り下ろすだけで終わりなのに、前方からの圧力によって微動だに出来ない。
(この土壇場まで来てこんな厄介な奥の手を残していたとは……! 鯱乃神那智、なんて底力だ……!)
一方で、鯱乃神からすればこれは単なる悪足掻きで、事態は一切打開出来ていない。
タカミムスビは鯱乃神が持つ皇族特有の強大な神為を操縦の前提としており、数々の機能を使うだけで膨大な神為を消耗するのだ。
常人にとっては無尽蔵でも皇族の中では決して大きくない彼の神為は、既に敵機を斃し切れない程に弱まっていた。
このまま神為が尽きると、待っているのは敵の刃による確実な死だ。
(糞ォ、操縦席は……直靈彌玉の荒魂座は何処だ……!)
鯱乃神は神為の放出を一点集中させ、敵機内の航を直接狙って起死回生を図る。
航の位置を特定すべく、全ての感覚を研ぎ澄ます。
(見付けた! 其処だァッ!!)
航を捉えた鯱乃神は渾身の神為を振り絞り、必殺の一撃を放とうする。
強大な神為に因って極限まで研ぎ澄まされた知覚能力は、寸分違わず撃つべき場所を見据えていた。
……皇族特有の、他と隔絶した神為によって、鯱乃神の感覚はまさに究極のレベルまで高められてしまっていた。
嘗て激戦が行われたこの場所、硫黄島での死闘の中で。
「なん……だ……?」
突如、鯱乃神の視界に白い靄が掛かり、照準をぼやけさせる。
それらは人の形、殺意に満ちた兵士の姿を模っていく。
「うわああああっっ!! 何だ貴様らは!!」
彼の妹・狛乃神嵐花は、皇族特有の強大な神為で岬守航と虎駕憲進の対話をはっきりと見届けた。
此処へ来て彼は、嘗てこの地で散った兵士達の姿に視界を塞がれてしまった。
これでは狙いを付けられない。
そしてそれ以上に、突然の出来事に鯱乃神は錯乱して戦うどころではなかった。
「く、来るなぁぁっっ!!」
鯱乃神の攻撃が止んだ。
カムヤマトイワレヒコに降り掛かっていた圧力が消え、束縛が解放された。
自由になった航は最後の力を振り絞り、今度こそ韴靈劔を敵機目掛けて振り下ろす。
「オオオオオオオッッ!!」
「あああああああっっ!!」
刃はタカミムスビの肩口から胸へと打ち付けられ、装甲を抉って操縦室・直靈彌玉に食い込んだ。
全ての力を込めた渾身の一撃ですら、皇國最強の為動機神体を完全に斬り裂くには至らず、カムヤマトイワレヒコはそこで完全に動きを止めた。
「が……は……!」
だが刀身は内部の鯱乃神まで届き、丁度機体と同じ様に、身体を肩口から腹部に掛けて押し潰していた。
鯱乃神は虚ろに放心した表情で、自身に突き立てられた刃に寄り掛かる様に力無く項垂れた。
「はぁ……はぁ……」
力を使い果たした航もまた操縦室「荒魂座」で前屈みに崩れ落ちた。
カムヤマトイワレヒコの機体も光を収め、戦いの終わりへ向けて支えを失った様にタカミムスビの上に倒れ込んだ。
神の眼でのみ全容を知り得た戦いは、今此処に決着を見た。