日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

213 / 399
第六十五話『薨去』 序

 東京都より南方約三百キロメートル、伊(い)豆(ず)諸島は八丈島のやや南。

 この空域で日本国と皇(こう)國(こく)の、もう一つの軍事衝突が起きていた。

 交戦勢力は日本国自衛隊の豊(とよ)中(なか)隊・池(いけ)田(だ)隊混成部隊――超(ちよう)級(きゆう)為(ため)動機神体・スイゼイ七機と、皇(こう)國(こく)遠征軍の元輪(わ)田(だ)隊――超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)十機である。

 日本国としては超(ちよう)級(きゆう)新型試作機のお披(ひ)露(ろ)目(め)であり、またこの部隊を抜かれると敵の本土上陸が避けられない為敗ける訳にはいかず、皇(こう)國(こく)としては先の侵攻に失敗した輪(わ)田(だ)隊の名(めい)誉(よ)挽(ばん)回(かい)の為にも是非とも戦果が欲しい、そんな一戦だった。

 

 戦いの序盤、新型機の慣れない操縦感に戸惑う自衛隊は、早々に池(いけ)田(だ)隊の寺(てら)田(だ)章(しよう)平(へい)三尉が被撃墜、辛うじて操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」ごと脱出することは出来たものの、戦線からは脱落してしまった。

 しかしその後は意地を見せ、新型機の性能もあって皇(こう)國(こく)の正規軍と互角以上に戦い、半数の五機を撃墜して数的に逆転した。

 

『くっ、おのれ……!』

 

 敵の指揮を執っていた隊長機が、豊(とよ)中(なか)大洋一尉のスイゼイと刃を交える。

 豊(とよ)中(なか)は敵の猛攻をどうにか凌(しの)ぎつつ、反撃の隙を窺(うかが)っている。

 

『この囃(はや)子(し)鐵(てつ)男(お)中尉、輪(わ)田(だ)隊の名誉に懸けて貴様らなんぞに敗けはせん!』

 

 大口を叩(たた)くだけあって囃(はや)子(し)の技量は敵部隊の中でも頭一つ抜けており、自衛隊で最高の操縦士である豊(とよ)中(なか)であっても容易に勝てる相手ではなかった。

 他は恩(おん)田(だ)聡(さとし)二尉・剣(けん)持(もち)或(ある)人(と)二尉・求(く)来(く)里(り)美(よし)乃(の)三尉・黒(くろ)山(やま)理(り)恵(え)三尉の四人が、それぞれの相手と互角以上に渡り合っている。

 

『豊(とよ)中(なか)、池(いけ)田(だ)機が援護する!』

 

 豊(とよ)中(なか)と同格の池(いけ)田(だ)照(てる)史(ふみ)一尉が囃(はや)子(し)機を光線砲で狙って撃った。

 囃(はや)子(し)機は後方へ回避、その隙に豊(とよ)中(なか)の放った追撃の光線砲が機体の右腕を撃ち抜いた。

 

『くっ、このままでは埒(らち)が明かん……!』

『囃(はや)子(し)隊長、此(こ)処(こ)は一旦退きましょう。当初の目的は例の島の占拠だった筈(はず)』

 

 友軍の進言を受けた囃(はや)子(し)機は、豊(とよ)中(なか)機と池(いけ)田(だ)機の射撃を躱(かわ)しながら攻め倦(あぐ)ね、決断を渋る様に飛び回っている。

 そんな中、豊(とよ)中(なか)隊・恩(おん)田(だ)二尉の光線砲と池(いけ)田(だ)隊・黒(くろ)山(やま)三尉の切断ユニットがそれぞれ敵機を貫き、撃破の爆炎を唸(うな)らせた。

 これで皇(こう)國(こく)軍は残り三機、十機から七機を撃墜されたことになる。

 大方の形勢は決したと言えよう。

 

『囃(はや)子(し)隊長!』

『……已(や)むを得(え)ん!』

 

 三機のミロクサーヌ零(れい)式(しき)はスイゼイから距離を取り、南方へ転回して飛び去っていった。

 つまり、この場は自衛隊側の勝利である。

 

『こちら剣(けん)持(もち)。豊(とよ)中(なか)一尉、撤退した敵は再び硫黄島へ進路を取った模様』

 

 剣(けん)持(もち)二尉の報告を受けた豊(とよ)中(なか)はすぐさま決断を下す。

 

「こちら豊(とよ)中(なか)。これより敵機を追跡する。絶対に奴(やつ)らを硫黄島へ上陸させるな」

『こちら池(いけ)田(だ)。これより池(いけ)田(だ)機・黒(くろ)山(やま)機は寺(てら)田(だ)三尉と敵兵生き残りの直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を回収し、横田基地へと帰還する。豊(とよ)中(なか)隊、後は任せた』

 

 斯(か)くして、四機の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・スイゼイが敵を追って南へ飛んだ。

 両軍は一分と経(た)たない間に青(あお)ヶ(が)島(しま)上空を通過し、岬(さき)守(もり)航(わたる)と鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)が死闘を演じている硫黄島を目指す。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 硫黄島、神の視座より見守られる戦いは決着の時を迎えようとしていた。

 

「おおおおおッッ!!」

 

 超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコを駆る岬(さき)守(もり)航(わたる)は、新たなる韴(ふつの)靈(みたまの)劔(つるぎ)を振り上げて吼(ほ)えた。

 既に乾き切った雑巾を捻(ね)じ切(き)らん勢いで一滴を抽出するが如く、全身全霊の叫びと共に最後の力を振り絞る。

 

(出し尽くせ、全てを! 器が空なら内壁を削ってでも力を練り出せ! 身体よ、魂よ、言うことを聞けぇッ!)

 

 渾(こん)身(しん)の刃が極(きよつ)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・タカミムスビに振り下ろされようとしていた。

 しかし、カムヤマトイワレヒコの動きは一瞬止まる。

 やはり、三度目の日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)発動で航(わたる)は限界を遙(はる)かに超えていたのだ。

 鬼気迫る表情の航(わたる)は、心臓から末(まつ)梢(しよう)の汎ゆる血管が切れるくらいに全身の力を込める。

 

(生きて帰れと言われただろうが! お前の愛(いと)しの魅(み)琴(こと)様に! 御主人様の命令は絶対なんだよぉぉっっ!!)

 

 鬼気迫るという言葉すらも、今の航(わたる)を評するには不十分だった。

 遂(つい)に止めの刃が敵機に向けて振り下ろされる。

 逆に鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)から見れば絶体絶命の状況だ。

 

「うわあああああっっ!!」

 

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は絶叫した。

 直前、タカミムスビは全ての兵装を破壊されて反撃の手段を喪(うしな)っている。

 最(も)早(はや)、機体の如(い)何(か)なる機能もこの一撃を凌(しの)ぎ操縦士の身を守ることは出来ない。

 ふと、鯱(しゃち)乃(の)神(かみ)は自分の手足が震えていることに気が付いた。

 

(武者震い!? 何故こんな時に? いや、これは死の恐怖か! 最初から恐れていたのか私(わたし)は! 何か! 何か無いのか! 助けて兄様!!)

 

 絶望の中、タカミムスビにカムヤマトイワレヒコの刃が届く、まさにその時だった。

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)の生存本能は無意識下で最後の抵抗を試みる。

 突如、カムヤマトイワレヒコの機体が大きく仰(の)け反(ぞ)った。

 宛(さなが)ら、強烈な突風が全身に衝撃を叩(たた)き付(つ)けたかの様だ。

 

 カムヤマトイワレヒコ内部の航(わたる)は全身から血を噴き出させながら操縦席「荒(あら)魂(みたま)座(くら)」の背(せ)凭(もた)れに身体を叩き付けられた。

 力みすぎて本当に血管が切れたのか――否(いな)、そうではない。

 何が起きたのか、航(わたる)は即座に察した。

 

(神(しん)為(い)!)

 

 皇族特有の強大な神(しん)為(い)、鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は自身のそれをエネルギーに変えて放出して攻撃したのだ。

 常人ならば超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の装甲で無効化されてしまうが、その絶大さ故に吸収し切れなかった破壊力が機体を仰け反らせ、更には内部の航(わたる)にまで貫通ダメージを与えた。

 

(一瞬意識が飛んだ! 確(しつか)りしろ!)

 

 航(わたる)は気合いで体勢を立て直し、最後の攻撃を続行する。

 しかし、神(しん)為(い)の破壊圧は二発目、三発目と容赦無くカムヤマトイワレヒコと航(わたる)に浴びせられ、装甲と生命力を削っていく。

 

「ぐぅぅっ……!」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを踏(ふ)み止(とど)まらせるだけで精一杯だった。

 もう剣を振り下ろすだけで終わりなのに、前方からの圧力によって微動だに出来ない。

 

(この土壇場まで来てこんな厄介な奥の手を残していたとは……! 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)、なんて底力だ……!)

 

 一方で、鯱(しやち)乃(の)神(かみ)からすればこれは単なる悪(わる)足(あ)掻(が)きで、事態は一切打開出来ていない。

 タカミムスビは鯱(しやち)乃(の)神(かみ)が持つ皇族特有の強大な神(しん)為(い)を操縦の前提としており、数々の機能を使うだけで膨大な神(しん)為(い)を消耗するのだ。

 常人にとっては無尽蔵でも皇族の中では決して大きくない彼の神(しん)為(い)は、既に敵機を斃(たお)し切れない程に弱まっていた。

 このまま神(しん)為(い)が尽きると、待っているのは敵の刃による確実な死だ。

 

(糞(くそ)ォ、操縦席は……直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)の荒(あら)魂(みたま)座(くら)は何処(どこ)だ……!)

 

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は神(しん)為(い)の放出を一点集中させ、敵機内の航(わたる)を直接狙って起死回生を図る。

 航(わたる)の位置を特定すべく、全ての感覚を研ぎ澄ます。

 

(見付けた! 其(そ)処(こ)だァッ!!)

 

 航(わたる)を捉えた鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は渾身の神(しん)為(い)を振り絞り、必殺の一撃を放とうする。

 強大な神(しん)為(い)に因(よ)って極限まで研ぎ澄まされた知覚能力は、寸分違わず撃つべき場所を見据えていた。

 ……皇族特有の、他と隔絶した神(しん)為(い)によって、鯱(しやち)乃(の)神(かみ)の感覚はまさに究極のレベルまで高められてしまっていた。

 嘗(かつ)て激戦が行われたこの場所、硫黄島での死闘の中で。

 

「なん……だ……?」

 

 突如、鯱(しやち)乃(の)神(かみ)の視界に白い靄(もや)が掛かり、照準をぼやけさせる。

 それらは人の形、殺意に満ちた兵士の姿を模(かたど)っていく。

 

「うわああああっっ!! 何だ貴様らは!!」

 

 嘗(かつ)て彼の妹・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)は、皇族特有の強大な神(しん)為(い)で岬(さき)守(もり)航(わたる)と虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)の最期の対話をはっきりと見届けた。

 此(こ)処(こ)へ来て彼は、嘗てこの地で散った兵士達の姿に視界を塞(ふさ)がれてしまった。

 これでは狙いを付けられない。

 そしてそれ以上に、突然の出来事に鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は錯乱して戦うどころではなかった。

 

「く、来るなぁぁっっ!!」

 

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)の攻撃が止(や)んだ。

 カムヤマトイワレヒコに降り掛かっていた圧力が消え、束縛が解放された。

 自由になった航(わたる)は最後の力を振り絞り、今度こそ韴(ふつの)靈(みたまの)劔(つるぎ)を敵機目掛けて振り下ろす。

 

「オオオオオオオッッ!!」

「あああああああっっ!!」

 

 刃はタカミムスビの肩口から胸へと打ち付けられ、装甲を抉(えぐ)って操縦室・直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)に食い込んだ。

 全ての力を込めた渾身の一撃ですら、皇(こう)國(こく)最強の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を完全に斬り裂くには至らず、カムヤマトイワレヒコはそこで完全に動きを止めた。

 

「が……は……!」

 

 だが刀身は内部の鯱(しやち)乃(の)神(かみ)まで届き、丁度機体と同じ様に、身体を肩口から腹部に掛けて押(お)し潰(つぶ)していた。

 鯱(しやち)乃(の)神(かみ)は虚(うつ)ろに放心した表情で、自身に突き立てられた刃に寄り掛かる様に力無く項(うな)垂(だ)れた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 力を使い果たした航(わたる)もまた操縦室「荒(あら)魂(みたま)座(くら)」で前(まえ)屈(かが)みに崩れ落ちた。

 カムヤマトイワレヒコの機体も光を収め、戦いの終わりへ向けて支えを失った様にタカミムスビの上に倒れ込んだ。

 神の眼でのみ全容を知り得た戦いは、今此処に決着を見た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。