日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

214 / 345
第六十五話『薨去』 破

 (はや)()(てつ)()中尉以下三名、(こう)(こく)遠征軍の(ちよう)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)三機が進路を変え、北方から硫黄島を目指していた。

 無論、後から追い掛ける敵には気付いている。

 

(後方の敵は四機。数的優位を保ちながら最低限の戦力で追って来たか……)

 

 まだ敵とは充分な距離がある。

 しかし、少しでも詰まると射程に入る(ため)、速度を緩められない状況だった。

 故に、途中の海上で発見した(しやち)()(かみ)隊の華族軍人達の(なお)()()(だま)()()てて行かざるを得ない。

 

「六機もやられたのか……(なお)()()(だま)が残っているのは……三個か」

『ざまぁねえぜ、情けない』

『おいおい、(おれ)達も人のことは言えんだろ』

「そうだな……」

 

 (はや)()は二つの嫌な予感を覚えていた。

 一つは、今後日本国が()(どう)()(しん)(たい)操縦の技能を上げ、更に()(ごわ)くなるであろうこと。

 そしてもう一つは、この先の硫黄島で待ち受ける状況が悪いことだ。

 

「殿下、どうか御無事で……」

 

 目的地へ近付くにつれ、(はや)()の心臓は鼓動を早めていた。

 何かが彼に事態を告げているかの様だ。

 

 間も無く、北硫黄島上空。

 金色の機体と(しやち)()(かみ)隊の交戦が移動し、残る四機のミロクサーヌ(れい)(しき)が撃墜された区域に、元()()隊の三機が接近していた。

 と、その時である。

 (はや)()の元に、一見の通信が入った。

 

(はや)……()中……尉……』

「その()(こえ)は、まさか……殿下……?」

 

 (はや)()が驚いたのは、(しやち)()(かみ)らしき声が随分と弱っており、まるで風前の灯といった調子で(かす)れていたことだ。

 彼は最悪の事態を予感した。

 

「殿下! 今何方(どちら)ですか? 直ちに救出へ向かいます!」

『いや、()せ……。(わたし)はもう……駄目だ……』

 

 (しやち)()(かみ)の言葉に(はや)()は眉を(しか)めた。

 皇族らしからぬ弱気さが、既に手遅れであることを確信させる。

 彼の胸に悲痛な後悔が襲い掛かる。

 

「申し訳御座いません……! (わたし)が……あんなことを提案したばかりに……!」

『決断したのは……(わたし)だ……。それよりも……頼みがある……』

「頼み……ですと……?」

 

 (はや)()が疑問に思ったと同時に、一機のミロクサーヌ(れい)(しき)が彼らの隊列に加わった。

 (しやち)()(かみ)が敗北したからには、他の(しやち)()(かみ)隊機も全て撃墜されていると思われたが、意外にも一機残っていたらしい。

 (いな)、その機体もまた間違い無く撃墜された(はず)だった。

 

『こちら(ひら)(つじ)。すみません、殿下を()(まも)りすることが出来ませんでした……』

(ひら)(つじ)少尉? どういうことだ?」

(わたし)が……(わたし)(しん)()が……(ひら)(つじ)の機体を……再生させた……』

 

 (ひら)(つじ)(らい)()少尉――(しやち)()(かみ)隊で隊長に次ぐ実力者の彼は、(わたる)との戦いの末に撃墜されていた。

 辛うじて(なお)()()(だま)を脱出させることは出来たものの、戦闘不能に陥って海上に浮かんでいた、筈だった。

 そんな彼の機体を、(しやち)()(かみ)(さい)()(しん)()を使って再生させたのだ。

 

()く聴け、(はや)()中尉……。(ひら)(つじ)少尉を復活させたのは、任務継続の為ではない……。君達四機で可能な限りの(こう)(こく)兵を回収し、撤退してもらう為だ……』

「何を……! 貴方(あなた)様の無念を無駄には出来ません! (ひら)(つじ)少尉が復帰してくれれば百人力だ! 目標の島、意地でも手に入れます!」

『駄目だ……。それでは他の者達が助からん……』

 

 華族軍人は誇り高い。

 生きて敵の虜囚となるくらいならば死を選ぶだろう。

 また、彼らは()()(はた)()()()が捕虜となった事実を既に把握している。

 つまり、日本国が(しん)()を無力化して抵抗を封じる「()(そう)(がん)」を持っていることも推察出来ていた。

 

『どんな手を使っても良い……。一人でも多く生かして帰れ……。(きみ)達が生きて帰ることは、この戦いの経験を持ち帰るということだ……。それは机上の情報処理とは比較にならん価値が有る……。(きみ)達が生きていることに……それそのものに……それだけで価値が有るのだ……』

 

 (はや)()は悲痛に表情を曇らせた。

 ()下には目標としていた硫黄島、その陸上に重なり合った金色の機体とタカミムスビが見える。

 それはまさに、(しやち)()(かみ)が撃破されてしまった姿に違いなかった。

 

(はや)()中尉、敵と交渉しましょう』

 

 (ひら)(つじ)の提案だった。

 (はや)()もそれしか無いと思っていた。

 戦うことも出来なくはない。

 だが、背後より迫る敵は決して楽な相手ではなく、命は保証されない。

 

(殿下は我々を生かそうと……!)

 

 (はや)()は恥を忍ぶ決意をした。

 

(めい)()(ひの)(もと)軍各機、応答されたし。()(ちら)(こう)(こく)軍・(はや)()(てつ)()中尉」

 

 (はや)()(わら)にも(すが)る思いで、自衛隊機に友軍の回収と撤退を持ち掛けた。

 そんな中、(しやち)()(かみ)の通信が、消え行く様な独り言が(とう)(とう)と続く。

 

『この戦いは……両国の戦争に()けるほんの一部に過ぎない……。今回は……島の占領を諦める……。だが、今回だけだ……。(こう)(こく)は無敵であり、戦争目的は(いず)れ必ず果たされるだろう……。我々は勝利へ向かい進み続ける……。(ただ)今回は……少しばかり回り道をするだけだ……』

 

 (こう)(こく)の四機は旋回し、残る九人の回収へと向かった。

 自衛隊機から攻撃する様子は無い。

 どうやら交渉は()()れられたらしい。

 

 (こう)(こく)軍は硫黄島を諦めて撤退する代わりに、生き残った兵を回収する。

 自衛隊はそれを()えて追わない。

 

『これは退却ではない……。勝利へ向かう進路を変える……転進……である……』

 

 (しやち)()(かみ)の通信はここで途絶えた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 胸に致死の鉄塊を突き立てられた(しやち)()(かみ)は、せめて一人でも多くの部下を帰還させる為に(ひら)(つじ)機を再生させたことで、残された(しん)()をほぼ全て使い果たしてしまった。

 辛うじて(はや)()機と通信し、最期の意志を伝えることは(かな)ったものの、終わりの方には(ほとん)(うわ)(ごと)の様な状態で(つぶや)くことしか出来なかった。

 

 今、(しやち)()(かみ)の感覚は全てが遮断され、意識は闇の中へと沈み込んでいる。

 臨終の世界、自分の内側だけが全ての世界、()(はや)外界のことは知る由も術も無い。

 そんな彼の(もと)(あらわ)れたのは、(うれ)いに()れた眼をした父の姿だった。

 

()()よ……、もう(あれ)と、(えい)()と己を比べるのはやめよ』

 

 (しやち)()(かみ)は思い出した。

 これは、軍隊に行くと言った夜に父の寝室へと呼ばれて語られた言葉だ。

 

『軍へ行くのは良い。(なんじ)の決意表明には(なんじ)の美点が()く出ておった。(なんじ)は己を甘やかさぬ男だ。皇族の地位に甘えず、己を(ひた)()きに磨き続けられる男だ。(ちん)はそんな(なんじ)のことを、(えい)()(せい)()と変わらず誇りに思っておる』

()(もう)……(さま)……」

 

 そうであった、確かそんなことを言われたのだった。

 父の言うことも(わか)る。

 現に、その予言は当たってしまったと言うことだろう。

 

『だが(なんじ)(えい)()と己を比較してしまうが故に、自分を愛せずに苦しみ続けておる。何事も過ぎたるは毒だ。己に厳し過ぎる基準を、無理難題を課して生き急ぐべきではない。(なんじ)の自己否定は、孰れ(なんじ)を破滅へと駆り立てるであろう。願わくは少しでも、(ちん)(いと)()(なんじ)の愛を向けてはくれぬか。(なんじ)()(とど)まれるように……』

 

 (しやち)()(かみ)は父へ向かって(ほほ)()んだ。

 どこか自嘲的で、諦めに満ちた笑みだった。

 

(申し訳御座いません。(わたし)()(もう)(さま)(いい)()けを守れませんでした……)

 

 (しやち)()(かみ)には(つい)に、父の言葉は届かなかった。

 父の上げた美点も、(しやち)()(かみ)に言わせれば世界一恵まれた環境によって与えられた、持っていて当たり前の資質に過ぎない。

 それでは駄目なのだ。

 彼は何としても、皇族としての生まれに無関係な価値が欲しかった。

 

(しかし、手に入らなかった……。結局(わたし)()()を超えられなかった)

 

 そう、(しやち)()(かみ)は己にとって価値のある人間になれなかった。

 最強の()(どう)()(しん)(たい)操縦士になれなかった以上、自分は軍人としてもまた無価値。

 そんな男の為に、部下達が犠牲になることなどあってはならなかった。

 ()()なら、彼らは自分とは違うのだから。

 

 この世には二種類の人間が居る。

 命に代えてでも大事を成して初めて生きるに値する人間と、初めから生きる価値のある命を持って生まれてきた人間だ。

 平民も、士族も、華族でさえも、生まれてきたこと自体が尊く、初めから生きる価値を持った命である。

 父は言わずもがな、皇位を継ぐべき命として生まれてきた兄も、皇族を指導すべく最初に生まれてきた姉も、父の一大事には父に代わって(こう)(こく)を支えることが出来る(しん)()を備えて生まれてきた弟妹も、初めから生きる価値を持った命である。

 

 ただ自分だけは、命に代えてでも大事を成さねばならなかった。

 生きるに値しなかった命が消える、それがこの結末なのだ。

 

(だから(わたし)が死ぬ、それは良い。それは仕方の無いことだ……)

 

 しかし、(しやち)()(かみ)は一つだけ気に入らなかった。

 それは()()(ひろ)(あきら)を超えるべく戦った相手・(さき)(もり)(わたる)のことである。

 

(貴様は今まで、何人殺した?)

 

 実のところ(わたる)はこれまで、直接的には誰の命も奪っていない。

 生身の戦いでも(ことごと)く止めを差し切れてはいないし、()(どう)()(しん)(たい)での戦いでも撃墜した機体からは全ての操縦士が脱出している。

 

(戦場に出ながら、命を奪うことなく軍事的成果だけ手に入れる……。それがどうにも気に入らん……)

 

 故に、(しやち)()(かみ)はある意味で満足していた。

 自分の命を(もつ)て、(かたき)から不殺(ころさず)を奪うことが出来るのだ。

 (さき)(もり)(わたる)は今(ようや)く、戦いの業を背負ったと言えるだろう。

 (ある)いは、本来踏み込むべき間合いに()()()まれた、と。

 

(精々修羅の道を(まい)(しん)するが良い。そして、(わたし)と同じく破滅へ転落するのだ。(こう)(こく)に刃向かう以上、行き着く先は敗北と死だけなのだからな……)

 

 いつの間にか(しやち)()(かみ)の目の前から父・(じん)(のう)の姿が消えていた。

 (いよ)(いよ)命の(ともし)()が消えるのだ。

 闇に沈んでいた彼を(まばゆ)い光が包み込んでいく。

 

(兄様……)

 

 (しやち)()(かみ)が最期に思い浮かべたのは、最も思い悩まされてきた兄のことだった。

 だが、そこには憎しみも嫉妬も無かった。

 死に際して己を包んでいた(よど)みが()()ち、裸の素直な心だけがあった。

 

「ずっと兄様が(うらや)ましかった……。兄様に()(さわ)しい弟になりたかった……。こんなことを言ったらまた困らせてしまうかな……。また()えたら、その(とき)は謝らなきゃ……」

 

 その言葉は呟いたのか、(はた)(また)思い浮かべただけだったのか。

 ()(かく)、それを最期に彼は事切れた。

 (しん)(せい)(だい)(にっ)(ぽん)(こう)(こく)第二皇子・(しやち)()(かみ)(やす)(とも)、二十五歳にして硫黄島に死す。

 自らの価値を盲目に追い求めて生き急いだ、あまりにも短い生涯だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。