日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

218 / 346
幕間十一『修身院』

 (こう)(こく)()いて、多くの有力貴族の子女は(しゆう)(しん)(いん)と呼ばれる学校に通っている。

 特に、皇族は全員がこの教育機関で初等教育と中等教育を受けており、第二皇女・(たつ)()(かみ)()()と第三皇子・(みずち)()(かみ)(けん)()は中等教育修了後も(しゆう)(しん)(いん)(だい)(がく)へと進学している。

 (ちな)みに、(こう)(こく)の義務教育制度は(おおむ)ね六・五制となっており、五歳で初等教育機関の尋常小學校に入学し、大學への進学を考える者は中等教育機関の中學校四年時に高等學校へ進級する、という過程を経る。

 結果として、(こう)(こく)の大學へは日本国と同じく最低年齢十八歳で入学することになるが、教育は一年多く受けていることになる。

 

 末妹の第三皇女・(こま)()(かみ)(らん)()もまた、兄姉達に続いて(しゆう)(しん)(いん)に初等科から通っている。

 しかし、高等科へ進級した頃から次第にその素行が問題視されるようになっていた。

 校則無視の派手な染髪や化粧、改造制服などは序の口で、皇族の権威を(かさ)に着て独裁者の如く振る舞い、教師すらも服従させてやりたい放題だった。

 

 皇紀二六八六年、(すなわ)ち西暦二〇二六年は三月、(はる)(らん)(まん)の季節に、高等部二年への進級を目前に控えた(こま)()(かみ)は、家族の前で肩を(すく)めて正座させられていた。

 眼前には五人の兄姉、そして父が厳しい顔をして(がん)(くび)を並べている。

 この日、彼女の学年末試験の結果を議題に(きゆう)(きよ)家族会議が開かれることになったのだ。

 

(らん)()()(まえ)はこの一年、一体何を学んできたのですか?」

 

 第一皇女・()()(かみ)(せい)()が答案用紙を卓上に並べ、(こま)()(かみ)に突き付けた。

 見るも(さん)(たん)たる点数の数々、正真正銘の赤点美事に(そろ)えたり、である。

 そのうちの一枚を第一皇子・()()(かみ)(えい)()が拾い上げた。

 

「ううむ、これは根本的に授業内容を理解出来ていないな。(おれ)が教えてやるのも(やぶさ)かではないが、一年の初めかそれ以前から学び直さねばなるまい。まだ追試があるとはいえ、余程気合いを入れて学び直さねば落第となってしまうぞ」

「兄様は意欲ある秀才に教えるのは得意でも、(らん)()の如き落ち(こぼ)れに教えるのは不可能でしょう」

「何よ! (しやち)(にい)(さま)なんて高等科に進級しなかった癖に!」

(らん)()()()は軍の士官学校で()()の嫡男らと首席を争っています。己のやりたいことばかりに(かま)け、勉学を(おろ)かにする()(まえ)とは違うのですよ」

 

 (こま)()(かみ)はふてくされた様に顔を背けた。

 

「ふむ、(らん)()よ……」

 

 (じん)(のう)が口を開いた。

 全員の視線が彼に集まる。

 

「ええ!? もう()(もう)(さま)が出てくるの?」

()(すが)に、娘の将来に支障を来しそうな議題で(せい)()に任せ切りで我関せずという訳にも行くまい」

 

 (こま)()(かみ)は化粧を厚塗りした顔を引き攣らせる。

 (じん)(のう)はそんな娘に厳しい目を向けて語り始めた。

 

(らん)()よ、人の上に君臨する者にはそれに見合った品格が必要である」

「はい……」

(なんじ)が流行発信の仕事上、校則違反の装いに特別()(こぼ)しされていることは聞き及んでおる。故に、学校側が認める限りはそれをとやかく言うつもりは無い。しかし、(せい)()も言うようにそれは学徒の本分を充分に修めることが前提である」

「はい……」

()し学業を疎かにするならば、(なんじ)の振る舞いは(たちま)ちのうちに品格に欠けたものとして白眼視の的となるであろう。そして、実は貴種にとって最後の(より)(どころ)となるものこそがこの『品格』というものなのだ。それを(わきま)えねば、(なんじ)の不始末は皇族そのものに破滅の種を()きかねぬ」

「はい……」

 

 極めて珍しい(じん)(のう)直々の説教に、(こま)()(かみ)は唯々諾々と(うなず)くことしか出来なくなっていた。

 しかし、(じん)(のう)は不意に表情を少し緩めた。

 

「だが(らん)()よ、(ちん)は一方で、()る筋からこのような話も聞き及んでおる」

「え?」

(なんじ)の成績を(うれ)えた或る教師が皇族に取り入ろうと考え、二学期の成績を(ひい)()しようとしたそうだな。だが、(なんじ)はその教師を厳しく叱り付けた。(いわ)く『自分は(そもそ)も成績の()()しに関わらず高貴なる者である』『不要なる()()を履かせて下民の争いと同じ舞台に上げようなど(ごん)()(どう)(だん)』『成績などあるがままに付けるが良い』と。(たま)(たま)、その現場を学友に見られていたとか……」

「あ……」

 

 (こま)()(かみ)は思い出した。

 その人物には口外しないように忠告した(はず)だ。

 或る劇団に所属している女生徒だった。

 

「あの女、(わたし)(さま)に逆らうなんて……」

「高貴なる者に対する(なんじ)の認識は()(かく)として、皇族としての(きよう)()は持ち合わせているらしいな」

 

 (じん)(のう)は劇団に所属する第二皇女・(たつ)()(かみ)()()(いち)(べつ)して(ほほ)()んだ。

 

(たつ)(ねえ)(さま)、わざわざ言わなくて良いし……」

「あはは、ごめんごめん」

「因みに、(らん)()の学級では(いじ)めの類が即座に発見されて止められていたのは()(ぞん)()ですか? (ぼく)の知り合いの女学生が弟を救われたと(らん)()に感謝していましたよ」

「ちょ、(みずち)(にい)(さま)まで!」

 

 第三皇子・(みずち)()(かみ)(けん)()突如の乱入に、(こま)()(かみ)は赤面して慌てふためく。

 

「学級を支配して良いのは自分だけ、自分の(あずか)()らぬところで別の支配を作ろうとするのは許さない、だそうです」

「そ、そうそう! 別に虐めは駄目だとか、そういうのじゃないから!」

「はっはっは、成程成程。王者としての自負心も持ち合わせていたか。そこは(なんじ)の美点であるな」

 

 (じん)(のう)の愉快気な笑い声で、家族会議から糾弾会の様相はすっかり()せた。

 しかし、そんな空気を第一皇女・()()(かみ)(せい)()が締める。

 

「ですが、それは勉学の免責理由になり得ません」

(せい)()の言うことも(もつと)も。(なんじ)の矜持が今、落第の危機となって降り掛かっておるのだからな。これは重く見ねばならん。故に、(なんじ)には二つ言い付ける」

 

 ()()(かみ)の言葉を受け、(じん)(のう)(こま)()(かみ)に二本の指を立てて差し出した。

 

「一つ、追試には必ず合格せよ。一つ、以後欠点を取る(なか)れ。一方でも守れねば、今の仕事を続けること(まか)()らん」

「はぁい……」

「言っておきますが、本来ならば退學させて縁談を進めても良い事態ですからね。()(もう)(さま)の寛大なる始末に海よりも深く感謝なさい」

 

 (こま)()(かみ)は意気消沈して溜息を吐いた。

 そんな彼女に、第一皇子・()()(かみ)(えい)()が尋ねる。

 

(らん)()よ、どうしても仕事を続けたいのか?」

(きりん)(ねえ)(さま)のような大人の色気や気品も、(たつ)(ねえ)(さま)のような()()しさや格好良さも無いから、自分は()(わい)さを極めようかなー、って……」

「成程、それで近頃は見る度に派手になっていったのか」

「派手とか、(しし)(にい)(さま)には言われたくないんですけど……」

(おれ)のは全部自前だぞ」

 

 ()()(かみ)は巨体を見せびらかす様に踏ん反り返って笑った。

 その脇で、第二皇子・(しゃち)()(かみ)()()が答案用紙を拾い上げる。

 

(らん)()、そういうことならばまずは追試を乗り越えねばな。(わたし)が訓練の合間に勉強を見てやろう」

「うぅ、まさか(しやち)(にい)(さま)に教えを請うことになるなんて、最悪……」

「言っておくが(わたし)は厳しいからな。二度と生意気な口が利けんようにみっちりと絞ってやろう」

「うひいぃ……」

 

 家族会議は終わり、そこには明るい(だん)(らん)があった。

 これは物語が動き出す少し前の話である。

 (わず)か三箇月足らずの後に、(さき)(もり)(わたる)らが()(そう)(せん)(たい)(おおかみ)()(きば)によって(こう)(こく)へと拉致され、彼ら皇族の運命も大きく変わって時流に巻き込まれていく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。