日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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幕間十一『修身院』

 皇(こう)國(こく)に於(お)いて、多くの有力貴族の子女は修(しゆう)身(しん)院(いん)と呼ばれる学校に通っている。

 特に、皇族は全員がこの教育機関で初等教育と中等教育を受けており、第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)と第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)は中等教育修了後も修(しゆう)身(しん)院(いん)大(だい)學(がく)へと進学している。

 因(ちな)みに、皇(こう)國(こく)の義務教育制度は概(おおむ)ね六・五制となっており、五歳で初等教育機関の尋常小學校に入学し、大學への進学を考える者は中等教育機関の中學校四年時に高等學校へ進級する、という過程を経る。

 結果として、皇(こう)國(こく)の大學へは日本国と同じく最低年齢十八歳で入学することになるが、教育は一年多く受けていることになる。

 

 末妹の第三皇女・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)もまた、兄姉達に続いて修(しゆう)身(しん)院(いん)に初等科から通っている。

 しかし、高等科へ進級した頃から次第にその素行が問題視されるようになっていた。

 校則無視の派手な染髪や化粧、改造制服などは序の口で、皇族の権威を笠(かさ)に着て独裁者の如く振る舞い、教師すらも服従させてやりたい放題だった。

 

 皇紀二六八六年、即(すなわ)ち西暦二〇二六年は三月、春(はる)爛(らん)漫(まん)の季節に、高等部二年への進級を目前に控えた狛(こま)乃(の)神(かみ)は、家族の前で肩を竦(すく)めて正座させられていた。

 眼前には五人の兄姉、そして父が厳しい顔をして雁(がん)首(くび)を並べている。

 この日、彼女の学年末試験の結果を議題に急(きゆう)遽(きよ)家族会議が開かれることになったのだ。

 

「嵐(らん)花(か)、御(お)前(まえ)はこの一年、一体何を学んできたのですか?」

 

 第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)が答案用紙を卓上に並べ、狛(こま)乃(の)神(かみ)に突き付けた。

 見るも惨(さん)憺(たん)たる点数の数々、正真正銘の赤点美事に揃(そろ)えたり、である。

 そのうちの一枚を第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)が拾い上げた。

 

「ううむ、これは根本的に授業内容を理解出来ていないな。俺(おれ)が教えてやるのも吝(やぶさ)かではないが、一年の初めかそれ以前から学び直さねばなるまい。まだ追試があるとはいえ、余程気合いを入れて学び直さねば落第となってしまうぞ」

「兄様は意欲ある秀才に教えるのは得意でも、嵐(らん)花(か)の如き落ち零(こぼ)れに教えるのは不可能でしょう」

「何よ! 鯱(しやち)兄(にい)様(さま)なんて高等科に進級しなかった癖に!」

「嵐(らん)花(か)、那(な)智(ち)は軍の士官学校で輪(わ)田(だ)の嫡男らと首席を争っています。己のやりたいことばかりに感(かま)け、勉学を疎(おろ)かにする御(お)前(まえ)とは違うのですよ」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)はふてくされた様に顔を背けた。

 

「ふむ、嵐(らん)花(か)よ……」

 

 神(じん)皇(のう)が口を開いた。

 全員の視線が彼に集まる。

 

「ええ!? もう御(お)父(もう)様(さま)が出てくるの?」

「流(さ)石(すが)に、娘の将来に支障を来しそうな議題で聖(せい)花(か)に任せ切りで我関せずという訳にも行くまい」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は化粧を厚塗りした顔を引き攣らせる。

 神(じん)皇(のう)はそんな娘に厳しい目を向けて語り始めた。

 

「嵐(らん)花(か)よ、人の上に君臨する者にはそれに見合った品格が必要である」

「はい……」

「爾(なんじ)が流行発信の仕事上、校則違反の装いに特別目(め)溢(こぼ)しされていることは聞き及んでおる。故に、学校側が認める限りはそれをとやかく言うつもりは無い。しかし、聖(せい)花(か)も言うようにそれは学徒の本分を充分に修めることが前提である」

「はい……」

「若(も)し学業を疎かにするならば、爾(なんじ)の振る舞いは忽(たちま)ちのうちに品格に欠けたものとして白眼視の的となるであろう。そして、実は貴種にとって最後の拠(より)所(どころ)となるものこそがこの『品格』というものなのだ。それを弁(わきま)えねば、爾(なんじ)の不始末は皇族そのものに破滅の種を撒(ま)きかねぬ」

「はい……」

 

 極めて珍しい神(じん)皇(のう)直々の説教に、狛(こま)乃(の)神(かみ)は唯々諾々と頷(うなず)くことしか出来なくなっていた。

 しかし、神(じん)皇(のう)は不意に表情を少し緩めた。

 

「だが嵐(らん)花(か)よ、朕(ちん)は一方で、或(あ)る筋からこのような話も聞き及んでおる」

「え?」

「爾(なんじ)の成績を憂(うれ)えた或る教師が皇族に取り入ろうと考え、二学期の成績を贔(ひい)屓(き)しようとしたそうだな。だが、爾(なんじ)はその教師を厳しく叱り付けた。曰(いわ)く『自分は抑(そもそ)も成績の良(よ)し悪(あ)しに関わらず高貴なる者である』『不要なる下(げ)駄(た)を履かせて下民の争いと同じ舞台に上げようなど言(ごん)語(ご)道(どう)断(だん)』『成績などあるがままに付けるが良い』と。偶(たま)々(たま)、その現場を学友に見られていたとか……」

「あ……」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は思い出した。

 その人物には口外しないように忠告した筈(はず)だ。

 或る劇団に所属している女生徒だった。

 

「あの女、私(わたし)様(さま)に逆らうなんて……」

「高貴なる者に対する爾(なんじ)の認識は兎(と)も角(かく)として、皇族としての矜(きよう)持(じ)は持ち合わせているらしいな」

 

 神(じん)皇(のう)は劇団に所属する第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)を一(いち)瞥(べつ)して微(ほほ)笑(え)んだ。

 

「龍(たつ)姉(ねえ)様(さま)、態(わざ)々(わざ)言わなくて良いし……」

「あはは、ごめんごめん」

「因みに、嵐(らん)花(か)の学級では虐(いじ)めの類が即座に発見されて止められていたのは御(ご)存(ぞん)知(じ)ですか? 僕(ぼく)の知り合いの女学生が弟を救われたと嵐(らん)花(か)に感謝していましたよ」

「ちょ、蛟(みずち)兄(にい)様(さま)まで!」

 

 第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)突如の乱入に、狛(こま)乃(の)神(かみ)は赤面して慌てふためく。

 

「学級を支配して良いのは自分だけ、自分の与(あずか)り知(し)らぬところで別の支配を作ろうとするのは許さない、だそうです」

「そ、そうそう! 別に虐めは駄目だとか、そういうのじゃないから!」

「はっはっは、成程成程。王者としての自負心も持ち合わせていたか。そこは爾(なんじ)の美点であるな」

 

 神(じん)皇(のう)の愉快気な笑い声で、家族会議から糾弾会の様相はすっかり失(う)せた。

 しかし、そんな空気を第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)が締める。

 

「ですが、それは勉学の免責理由になり得ません」

「聖(せい)花(か)の言うことも尤(もつと)も。爾(なんじ)の矜持が今、落第の危機となって降り掛かっておるのだからな。これは重く見ねばならん。故に、爾(なんじ)には二つ言い付ける」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)の言葉を受け、神(じん)皇(のう)は狛(こま)乃(の)神(かみ)に二本の指を立てて差し出した。

 

「一つ、追試には必ず合格せよ。一つ、以後欠点を取る勿(なか)れ。一方でも守れねば、今の仕事を続けること罷(まか)り成(な)らん」

「はぁい……」

「言っておきますが、本来ならば退學させて縁談を進めても良い事態ですからね。御(お)父(もう)様(さま)の寛大なる始末に海よりも深く感謝なさい」

 

 狛(こま)乃(の)神(かみ)は意気消沈して溜息を吐いた。

 そんな彼女に、第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)が尋ねる。

 

「嵐(らん)花(か)よ、どうしても仕事を続けたいのか?」

「麒(きりん)姉(ねえ)様(さま)のような大人の色気や気品も、龍(たつ)姉(ねえ)様(さま)のような凜(り)々(り)しさや格好良さも無いから、自分は可(か)愛(わい)さを極めようかなー、って……」

「成程、それで近頃は見る度に派手になっていったのか」

「派手とか、獅(しし)兄(にい)様(さま)には言われたくないんですけど……」

「俺(おれ)のは全部自前だぞ」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)は巨体を見せびらかす様に踏ん反り返って笑った。

 その脇で、第二皇子・鯱(しゃち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)が答案用紙を拾い上げる。

 

「嵐(らん)花(か)、そういうことならばまずは追試を乗り越えねばな。私(わたし)が訓練の合間に勉強を見てやろう」

「うぅ、まさか鯱(しやち)兄(にい)様(さま)に教えを請うことになるなんて、最悪……」

「言っておくが私(わたし)は厳しいからな。二度と生意気な口が利けんようにみっちりと絞ってやろう」

「うひいぃ……」

 

 家族会議は終わり、そこには明るい団(だん)欒(らん)があった。

 これは物語が動き出す少し前の話である。

 僅(わず)か三箇月足らずの後に、岬(さき)守(もり)航(わたる)らが武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)によって皇(こう)國(こく)へと拉致され、彼ら皇族の運命も大きく変わって時流に巻き込まれていく。

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