日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十六話『特別』 序

 (じん)(のう)の寝室は重苦しい空気に沈んでいた。

 先程までの、(じん)(のう)が目覚めた喜びが(うそ)の様だ。

 

 空気を変えたのは、第一皇子・()()(かみ)(えい)()の近衛侍女の一人、ゴシックスタイルの装束を身に(まと)った()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)

 彼女によって(もたら)された、第二皇子・(しやち)()(かみ)()()()(ほう)である。

 寝台(ベッド)の上の(じん)(のう)は沈痛な面持ちで(うな)()れ、傍らで父を見守っていた()()(かみ)は目を見開いて何度も(まばた)きをしていた。

 

「な……な……」

 

 動揺を隠せない()()(かみ)の様子を、クラシックスタイルのメイド服を身に纏ったもう一人の近衛侍女・(しき)(しま)()()()(あお)い顔で見ていた。

 彼女にとって、()()(かみ)の幸せを破壊するような情報を安易に伝えるのは(ごん)()(どう)(だん)である。

 そんな中、()()(かみ)は喉から出かかっていた言葉を(ようや)く吐いた。

 

「なんで?」

 

 それは普段の尊大な物言いからは想像も付かない、極めて直接的で口語的、そして単純な疑問詞だった。

 それだけ動揺しているということだろうか。

 

()()は国防軍だろう? それが前線に出ている? それにあの()(どう)()(しん)(たい)は……(きよつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・タカミムスビは(おれ)が作り出した(こう)(こく)軍最強の()(どう)()(しん)(たい)だぞ? ()()は乗り(こな)していた(はず)だ。なのにどうして? まるで意味が(わか)らんぞ!」

 

 (まく)()てる()()(かみ)、たじろぐ(しき)(しま)、不動の()(りゆう)(いん)

 そんな三人を横目に、(じん)(のう)は大きな溜息を吐いた。

 

(えい)()、やめよ。その者は長年(なんじ)に仕えてきた近衛侍女だ、皇族の死を(かた)(ちん)(なんじ)(たばか)るような不届き千万な愚行に興じるほど()()ではあるまい。()()の死は真実だろう」

 

 (じん)(のう)()()(かみ)(いさ)めた。

 静かに、厳かに――だがその声には少なからず悲嘆が込められていた。

 

「悪夢の理由も(わか)った。(かつ)て全てを(うしな)った、あの革命以来の身内の死……。だが、我が子は初めてだ……! あの時、この世の痛みと悲しみを味わい尽くしたとばかり思っていた……! しかし……息子とは……! 実の息子を喪うというのは……!」

「父上っ……!」

 

 (じん)(のう)の、小枝の様にか細い指が布団を強く(つか)む。

 そして、伏せていた顔が(しき)(しま)の方へと向けられた。

 

「二人共、済まぬが外してはくれぬか? (えい)()と、我が子と二人切りで話がしたい」

(かしこ)まりました」

 

 (しき)(しま)は一礼すると、再び()(りゆう)(いん)(いち)(べつ)して(そろ)っての退室を促す。

 ()(りゆう)(いん)も少し遅れて(うやうや)しく頭を下げ、(しき)(しま)に続いて寝室を出て、静かに扉を閉めた。

 そして(しき)(しま)()(りゅう)(いん)を問い質す。

 

「どういうつもりだ?」

 

 寝室の外、廊下へ出た(しき)(しま)()(りゆう)(いん)に険悪な空気が流れる。

 (しき)(しま)()(りゆう)(いん)に批難の目を向けた。

 対して、()(りゆう)(いん)は不敵に(ほほ)()みを浮かべている。

 

「主に隠し事をする訳にはいかないじゃなぁい?」

()(りゆう)(いん)殿、貴女(あなた)がそれを言うのか?」

「嫌だわ、なんのことかしら? 失礼しちゃうわぁ……」

 

 (とぼ)けてみせる()(りゆう)(いん)の態度に、(しき)(しま)は顔を(しか)めた。

 (しき)(しま)は今、相方に対して不信感で一杯だ。

 何より、()()(かみ)(えい)()に対して、彼の世界観を全肯定し夢に浸らせる接し方は(しき)(しま)よりも()(りゆう)(いん)の方が露骨である。

 その()(りゆう)(いん)が、()()(かみ)に対して不都合な現実を率先して告げた。

 

 基より、(しき)(しま)()(りゆう)(いん)のことを快く思っていない。

 それは()(りゆう)(いん)(しき)(しま)を邪魔に思っていることが透けて見えている裏返しでもあるが、もっと根本的な理由がある。

 ()(りゆう)(いん)()()(かみ)への()(かた)がわざとらしいのだ。

 それは()()にも、裏で何かを(たくら)んでいますと言わんばかりである。

 

「まあ、貴女(あなた)の心配事は解るわ、(しき)(しま)ちゃん」

 

 ()(りゆう)(いん)はそんな(しき)(しま)の内心を見透かした様に口角を上げた。

 

「でも、それは()(ゆう)というものよぉ……」

「余計な(うれ)いだと?」

「ええ。だって、知っているでしょう? あの()(かた)が、()()(かみ)様が何と呼ばれているか……」

 

 ()(りゆう)(いん)の言葉に、(しき)(しま)(どう)(もく)し、そして目を伏せた。

 苦い記憶の想起が鈍い痛みを生んだ様に、(わず)かに目を(すが)めた。

 

「絶対……強者……」

「そうよぉ。そしてその意味は、単に力の強さだけを意味するのではない」

 

 ()(りゆう)(いん)は扉の方へ視線を向けた。

 その向こう、(じん)(のう)の寝室に残された主は、父との話の中で何を思っているのだろうか。

 主の行く末に、何も心配は要らないというのか。

 

「成程……貴女(あなた)の言うことも(もつと)もだ……」

 

 (しき)(しま)は顔を顰めて納得させられた。

 彼女にとって、()()(かみ)(えい)()の強さ以上に説得力のある論理など存在しない。

 それを出されると、引き下がらざるを得ない。

 

()て、ところで(しき)(しま)ちゃん。少し手伝ってほしいことがあるのだけれど……」

「手伝う?」

「ええ……」

 

 ()(りゆう)(いん)は口元に笑みを保ったまま両眼を鋭く光らせ、腰に下げた刀に手を添えた。

 

(こう)(こく)(ため)、主君の為、斬ってあげないといけない()達が居るのよ」

「主君の為? そういうことならば(やぶさ)かではないが、無断で動くのか?」

「ちゃあんと事後報告はします。聞けば貴女(あなた)も納得するわぁ。これは大事なけじめだから……」

 

 (いぶか)しむ(しき)(しま)だったが、()(りゆう)(いん)が告げた名前と罪状を聞いた彼女もまた両眼に鋭い光を宿し、腰に下げた刀に手を添えた。

 

「あいわかった」

「流石(しき)(しま)ちゃん、()()(かみ)様が信を置く優秀な近衛、忠実な臣下だわぁ」

 

 二人は並んで廊下を歩いて行った。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 同じ頃、(こう)(こく)首相官邸。

 内閣総理大臣・()()()(ふみ)(あき)、遠征軍大臣・()(ごく)(やす)()、国防軍大臣・(こう)()(しげ)(ゆき)の三名は、一人の女に雷を落とされていた。

 

()(まえ)達は一体どこまで失態を重ねれば気が済むのですか!」

 

 第一皇女・()()(かみ)(せい)()が珍しく(もの)(すご)(けん)(まく)で怒りを(あら)わにしている。

 ()()(かみ)に伝わったのと同じ様に、彼女にも弟の訃報が入ったのである。

 

「開戦したその日には皇宮へ賊の侵入を許し陛下の()(いのち)を奪われかけ、更には(めい)()(ひの)(もと)(ちよう)(きゆう)に防衛線を突破されて統京へ上陸され、賊を逃がしてしまった。夜が明けては()()隊を(めい)()(ひの)(もと)本土へと向かわすも、(とつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・ツハヤムスビを撃破されて全滅。そして今度は、(こう)(こく)最強の機体である(きよつ)(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)・タカミムスビを(たお)され()()すらも死なせるとは……。この責任、()()()()()せるなどとは思っていませんね!」

 

 三人の閣僚はこの世の終わりの様な表情を浮かべて震えていた。

 皇族の怒りを買ってしまった彼らの政治生命は()(はや)終わったと言って良いだろう。

 それを裏付けるが如く、()()(かみ)の口から冷酷な宣告が下される。

 

()(まえ)達、明日にも辞任しなさい。どうせ両院から責任を追及されるのですからね。この国難時に国会を空転させるなど許されませんよ」

「総辞職、で御座いますか……」

 

 ()()()はがっくりと肩を落とした。

 彼にとって、思わぬ形で総理の座が舞い込んできたのは(ぎよう)(こう)だった。

 だが、それは僅か一週間という短命の政権に終わってしまった。

 貴族院を裏で牛耳る()()(かみ)(せい)()と表立って敵対して、政権を維持することは不可能なのだ。

 

「まったく……」

 

 ()()(かみ)(おお)()()に溜息を吐いた。

 その一挙手一投足が、三人の閣僚を整列させられた囚人の様に戦々恐々とさせる。

 既に政治的に終わった三人であるが、彼女の怒りは(なお)も彼らの首を真綿で締め付けているのだ。

 

「それにしても、新皇軍が陛下の(しん)()抜きだとここまでだらしがないとは……。まさか再びこの(わたくし)が力を振るう羽目になるとは思いませんでしたよ」

 

 三人は一様にびくりと身体を弾ませた。

 ()(ごく)が恐る恐る尋ねる。

 

「十三年ぶりに……殿下が戦場へ出られると……?」

「仕方が無いでしょう、この為体(ていたらく)ではね。()くなる上は嘗ての様にこの(わたくし)が直々に敵軍を余すことなく(じゆう)(りん)し、敵兵共を血祭りに上げてやります」

 

 ()()(かみ)(きびす)を返した。

 

「既に遠征軍の杜若(かきつばた)大将には伝えてあります。最早()(まえ)達の出る幕はありません。精々迅速に総辞職の手続を進めておきなさい」

 

 ()()(かみ)はそう言い残すと、首相官邸執務室を後にした。

 

 (しん)(せい)(だい)(にっ)(ぽん)(こう)(こく)には嘗て、()(どう)()(しん)(たい)の大軍や(ため)(どう)()(しん)(かん)の空間転移よりも恐れられた脅威の兵力があった。

 それは長い黒髪を(なび)かせ、学生服姿で優雅に戦場を(かつ)()する一人の少女だった。

 彼女は超常的な力を駆使し、如何なる精強な軍隊も全く寄せ付けず、(ほこり)一つ被らぬまま(せん)(めつ)に至らしめた。

 

 (こう)(こく)が世界戦を移動した先で敵対した各勢力は、()()(かみ)(せい)()を「最終(オメガ)兵器(ウェポン)超能力(サイキック)女子高生(スクールガール)」と呼び、畏怖と絶望の目を向けていた。

 今、嘗て時空を超えて世界を震え上がらせた妖艶なる両性具有(アンドロギュノス)の女が日本国へと牙を()こうとしていた。

 

 

 

  ⦿⦿⦿

 

 

 

 硫黄島での死闘から一夜明けた翌日、七月十五日水曜日。

 日本国国会議員会館の事務所で、(すめらぎ)(かな)()は喜びに拳を強く握り締めた。

 (さき)(もり)航の勝利と防衛の成功に(とど)まらない朗報が齎されたのだ。

 

「敵兵が第二皇子・(しやち)()(かみ)()()となると、搭乗していた機体は間違い無く(こう)(こく)の技術の粋を集めた特別機ね。これを殆ど破壊せずに()(かく)出来たのは大きい。スイゼイの生産は現在進行形のもので中止しましょう。特別機の技術を次の後継機に導入すれば()(ちら)の戦力は一気に増強される。運が向いてきたわ」

 

 珈琲(コーヒー)に口を付けて(ほく)()()(すめらぎ)の様子を、二人の秘書が不安げに見詰めている。

 ()()(きゅう)()に並んで長く彼女の下で働く(ばん)(どう)(あけ)()と、つい先日臨時で雇われた()(ずみ)(ふた)()である。

 

「しかし先生」

 

 (ばん)(どう)(すめらぎ)に疑問を呈する。

 

「敵皇族の戦死は日本にとってプラスなんでしょうか? なんだか怒りを買ってしまうような気がするんですが」

「逆に、戦意を喪失する可能性もある。こればかりは(ふた)を開けてみないと判らないわ」

 

 だが言葉の割に、(すめらぎ)は不敵な笑みに自信を(のぞ)かせている。

 

「ふふふ、でもそんなことは関係無いのよ。要は、相手の士気に関わらず戦いを諦めざるを得ない状況を作り出せば良いんだもの。その手は既に考えてあるのよ。スイゼイ後継機の大幅なパワーアップが見込める様になった今、その実現性も見えてきたわ」

「問題はそれまで我が国の防衛線が()つかですよね。前回の銀座や今回の硫黄島と、(さき)(もり)さんが参加した大事な戦いは勝ててますけど、それ以外の侵攻に対しては(さき)(もり)さんも対応し切れなくて、総合的な戦局は結構ギリギリで()(とど)まっている感じですし」

「スイゼイの戦果が思いの外良かったのも(うれ)しい誤算ね。撃破された一機も明日には修復完了し、一週間後には現在生産中の七機が新規に追加される。そこからは、(とよ)(なか)隊と(いけ)()隊が中心となってより効果的に本土を防衛してくれることが規定出来るわ」

「ま、その分国内の製造業が悲鳴を上げていますけどね。リソースの大部分を()(どう)()(しん)(たい)の生産に半ば強制的に向けさせている訳ですから、この竹篦(しっぺ)(がえ)しは厳しそうですよ」

「本土が攻撃されて生産拠点が破壊されるよりはマシと御理解頂いているわ。こういう時の為に、国家緊急事態の法制度を整備しておいて良かったといったところね」

「野党や左派メディア言論人からは()(ちや)()(ちや)(たた)かれてましたけどね」

 

 (すめらぎ)(ばん)(どう)の会話が弾むのは、それだけ(すめらぎ)がストレスを感じていて(ばん)(どう)も理解している証左である。

 しかし、彼女に弱音は許されない。

 基より、世界最強を目指す彼女はこの程度で弱音など吐くつもりなど無い。

 

()(ずみ)さん」

「は、はい!」

 

 突然(すめらぎ)から名を呼ばれ、(ふた)()は背筋を伸ばした。

 戦いで役に立てず、弱音を吐いて持ち場を変えて(もら)ったからには、()()で役に立ちたいという思いがある。

 (ふた)()は緊張と共に(すめらぎ)の言葉に耳を傾ける。

 

(さき)(もり)さんを始め、拉致被害者の皆さんと早急に話がしたいわ。何時に会えるかしら?」

「え、えと……」

 

 (ふた)()(すめらぎ)の要求に困ってしまった。

 

「あの、わかりません……。他のみんなはいつでも会えるでしょうけど、(さき)(もり)君はいつこっちに帰ってくるか……」

 

 航は戦いを終え、硫黄島で一夜明かした筈である。

 その後の帰還の予定を(ふた)()は把握していなかった。

 そんな彼女の不手際に、(すめらぎ)は小さく溜息を吐いた。

 

「大至急確認して頂戴。最速でいつ横田飛行場へ到着し、そこから此処へ来られる時刻をね。他の皆さんにはその時間に来ていただけるようにアポを取って」

「はい……」

 

 (すめらぎ)は大きく深呼吸し、席を立った。

 

「さあ、これから(ます)(ます)忙しくなるわよ! 此処が正念場、二人共気合いを入れなさい」

「は、はい!」

 

 (すめらぎ)(しつ)()(ふた)()は気を取り直す。

 一方、(ばん)(どう)は何やら誰かと電話をして驚き瞠目している。

 

「それは……一大事ですね。はい……はい……解りました、先生にもすぐに伝えます」

 

 何やら(ばん)(どう)の電話には不穏なニュースが齎されたらしい。

 

「どうかしたの、(ばん)(どう)?」

 

 電話を切った(ばん)(どう)(すめらぎ)が尋ねる。

 

「先生、()(じん)(かい)(いき)()(そう)(すい)からです。(こう)(こく)軍に潜入していたスパイと連絡が付かなくなったそうです」

「何?」

「それと、そのスパイから最後の連絡が入っていたそうですが、(こう)(こく)()(ごく)遠征軍相、(こう)()国防軍相が首相官邸で死体となって発見され、更に()()()首相も病院に搬送され意識不明だそうです」

「なんですって……?」

 

 突如(こう)(こく)に起きた異常事態。

 戦争中の両国の情勢に、不吉な横風が吹いていた。

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