超級為動機神体・ミロクサーヌ改の内部へ梯子を少し降りると、四畳半程の小部屋に辿り着いた。
「なんですか、このスペース?」
ぼんやりとした暗がりの中、航は早辺子に尋ねた。
機体に入る時も、人間の出入り口にしては随分大がかりなハッチだと感じた。
そのまま操縦室に着席出来れば良いものを、何故この様な空間が設けられているのか。
「此処には此処で重要な役割があるのですが、今は良いでしょう」
早辺子は航の質問をはぐらかした。
重要ではないことも確かなので、今は良いだろう。
「操縦席は此方で御座います。此処から『直靈彌玉』と呼ばれる、為動機神体の核部へと入るのです。前を操縦席『荒魂座』、後を副操縦席『和魂座』と呼ぶのですが、これらの名称は然程重要では御座いませんので忘れて頂いて結構です」
確かに、操縦席と副操縦席が何と呼ばれているか、という情報もどうでも良いだろう。
今回は早辺子が操縦し、航が同乗する、という話なので、それぞれ早辺子が前、航が後の席に乗り込んだ。
「脇に御座います二つの璧を掴んでください」
「こうですか? うおっ!?」
瞬間、航は奇妙な感覚に襲われた。
まるで深い海の底に沈んだ様な、それでいて全身が温かく包まれている様な、そんな心地だった。
「扇……じゃなかった、水徒端さん、これは……?」
「今、貴方の神為と機体が接続されました。操縦技能を身につければ、このまま私の補助を行うことが出来ます。しかし、今はただ御自身の感覚に身を任せて頂ければ宜しいかと」
成程、言われてみればまるで巨大な機体が自分の体と同化したような感覚だ。
同時に、体の自由を完全に別の誰かへ委ねているような、奇妙な心地良さを感じる。
航はふと、機体の上方に空が開けていると知覚した。
機体の肌感覚で、上から光が降り注いでいると分かったのだ。
「遠隔操作で出撃口を開きました。今から出ますよ、御覚悟を」
航に問い返す間も与えず、機体は物凄い速度で上昇して外へと飛び出した。
見渡すと足下には山野と、その隙間を縫う様に町村が見える。
だが、航はそれどころではなかった。
「ぐええ……」
あまりの速度に航の三半規管が負荷の許容量を超えたのか、一気に気分が悪くなった。
「水徒端さん、ごめんなさい。吐きそうです」
「仕方がありませんね。本日のところは試運転起動状態で徐行するのみと致しましょう」
流石に本来の性能を体感させるのは無理があると判断したのか、機体は山を縫うように空中を徐行し始めた。
「飛行具、異常無し。駆体動作、異常無し。兵装は割愛……」
早辺子は表向きの目的である機体の点検を淡々と進めていく。
何をしているのか航には理解出来なかったが、その間に少しずつ感覚を慣らすことが出来たのは有難かった。
「御気分は如何ですか、岬守様?」
「大分良くなりました」
「それは、宜しゅう御座います」
機体はUターンし、元の山へと戻っていく。
「為動機神体の操縦、決して一朝一夕で身に付くものではないと、御理解頂けましたでしょうか」
「よーく解りました……」
落ち着いてきたとはいえ、発進するだけで航は肉体的にも精神的にも相当疲弊してしまった。
同乗しただけでこうなのだから、自ら操縦するとなると大変なものだろう。
「屋渡が訓練で貴方を見限るまで約二週間は要するとして、雑用係に転向させ、為動機神体に触れられるまで数日間。つまり、三週間後の首領Д視察まで、名目上は残り二・三日といったところでしょうか。通常、その期間で乗り熟すのは不可能です」
「はい」
「ですが、もし仮に貴方に為動機神体操縦の思わぬ才能があり、首領Дの目の前で虎の子の機体を奪って脱出されてしまった、という筋書きになりますと、面白いとは思いませんか?」
「その体裁を整える為、前以て訓練しておくというわけですか……」
確かに、上手く行けば航達は狼ノ牙の手から逃れられるし、屋渡は首領に言い訳の効かない失態を演じることになる。
だが航は今、為動機神体操縦の難しさ、その一端を垣間見た。
「戦闘の才能は無いとのことですけど、こっちは才能ありますかね?」
「全く期待しておりませんが、自然な形で為動機神体に触れられる、そんな神為の乏しい候補は貴方しか居りません。ですので、かなり厳しい訓練になることを御覚悟くださいませ」
またしても神為の素質を貶された。
だが今、航にとって問題なのは、この怪物兵器を自ら乗りこなさなければならない、その技能を三週間で身につけなければならない、ということだ。
(気合いを入れなきゃならないな……)
そんな航の思いを載せ、為動機神体は格納庫へと戻っていった。
⦿
早辺子の操縦で為動機神体を初体験した航は、その後別の一室で飲み物を貰っていた。
「これは栄養ドリンクか何かですか? 何だか随分元気になった様な気がします」
「貴方達が初日に飲んだ薬『東瀛丸』の成分を薄め、幾らかの薬効を加えた水薬です。無から神為を強制的に目覚めさせる東瀛丸の効能をほんの僅かに含み、申し訳程度に神為を回復させるのです」
「つまり、ポーションのようなものですか」
「東瀛丸の濃度を増すのは何かと危険が伴いますので、この程度の回復効果でご容赦くださいませ」
元々、航は屋渡に吹き飛ばされて殆どの神為を失っていた。
彼が大きく疲弊していたのは、そういう事情もある。
故に、このサービスは有難かった。
「水徒端さん、因みにこの薬って在庫はどれくらいあるんですか?」
「御心配なさらずとも、三週間分は充分保ちますよ。毎日お飲みになりたいと申されますのも織り込み済みで御座います」
「毎日、か……」
航は窓から格納庫を覗いた。
相変わらず威容を見せ付ける『超級為動機神体・ミロクサーヌ改』を、明日から毎日操縦することになるのだ。
大変なことだが、少し心が躍りもする。
「しかし、今日みたいな偶然でも無ければ一緒に出歩くのは不自然なのでは?」
「どうせ屋渡は公転館になどというボロ旅館には泊まりませんから大丈夫ですよ。しかし、確かに他の方への言い訳は考えなければなりませんね」
「他の奴ら? あいつらがどうかしたんですか?」
早辺子の表情が少し曇った。
何やら、告げるのが心苦しいといった様子だ。
「私は昨日、貴方達が脱走を試みるであろう事は分かっておりました。屋渡から連絡を受けていたのです」
「何故屋渡から? この一週間、公転館には一度も来なかったのに」
「お分かりになりませんか?」
航は早辺子が躊躇った理由を察した。
「内通者、ですか」
「はい。どなたかは存じ上げませんが、貴方達の中に屋渡と通じている者が居るようです」
考えたくはなかったが、あり得ない話ではない。
無いにも等しい計画が昨日の時点で破綻したのは却って幸いだったかも知れない。
「あの、水徒端さん、こういうのはどうでしょう?」
「はい」
「名目上、僕達は狼ノ牙の見習いというわけですよね? だったら、水徒端さんが公転館を切り盛りするお手伝いをさせていただく、というのは……」
「つまり、家事や諸々の雑務を御一緒頂くと? 殿方の岬守様が?」
「別に、普通では?」
早辺子の反応は、彼女の考えが前時代的なのか、それとも皇國そのものがそうなのかは分からない。
一方、航は中学時代の経験から当然のことの様に思っている。
「承知しました。毎日の買い出しに御同行頂く、という名目で参りましょう」
女と二人で家事をする、となると、やはり航は魅琴のことを思い出す。
あの時の彼女も、航を助けようとしてそういう成り行きとなったのだ。
航は少し、早辺子に魅琴を重ねていた。
「方向性は整いましたね。後は毎日、昼は屋渡の訓練から脱落せぬ様に努めながら、夜は私と共に操縦訓練です。大変かとは存じますが、淡々と熟して頂ければ自然に計画は成就するでしょう」
「昼の訓練を頑張り過ぎて、見放される計画がパーにならないようにしないといけませんね」
「その心配は全く御座いませんから御安心を」
毒舌なところまで魅琴そっくりである。
「しかし、そう上手く行きますかね? なんか、都合良く考え過ぎな気がしますけど」
「と、仰いますと?」
「いくらなんでも、屋渡が思い通りに動くよう想定し過ぎじゃないですか、って事ですよ」
確かに、屋渡が航の才能を見限ることも、その結果として為動機神体に触れられる立場に転向を命じられることも、上手く行けば出来過ぎている。
だが、早辺子は自信ありげだった。
「そこは私がそれとなく屋渡を誘導しましょう。あの男は単純且つ怠け者ですからね。上手く陥れてご覧にいれますよ」
「本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。……私にお任せください。あの男、面倒なことは全て私に丸投げするのです。例えば、本日の様に候補者を放り出して私に丸投げしたりして……。ほとほと嫌になります」
航の席から見える早辺子の後頭部に、どこか影が差して見えた。
どうやら屋渡の身勝手に散々振り回された様だ。
「ですから、必ずやあの男を破滅へと導いて見せます。どうか大船に乗ったつもりでお任せくださいませ」
太鼓判を押す早辺子の姿がどこか遠くに見えた。
航はふと思い出す。
魅琴もまた、時折この様な雰囲気を纏うことがある。
何か裏を含んでいる様な、それでいて詮索を拒んでいる様な、そんな雰囲気だ。
だが、航の脳裡にふと別の疑問が割り込むように沸いた。
「ん? 候補者を放り出す? 屋渡が、今日ですか?」
「はい。なんでも、本日の訓練内容は岬守様の捜索とするようです。死体でも良いから、見付けて帰って来るまで公転館には決して入れるなと、屋渡から託けられましたよ」
瞬間、航は青褪めた。
「早く言ってくださいよ! 拙いですよこの状況!」
「御安心を。発見現場に書き置きを残しておきました。館の近くまでお送りしますので、適当な近所でお仲間と合流してください」
航は深く溜息を吐いた。
一瞬焦ったが、早辺子はその辺りも抜かりなく手配していたようで安心した。
「すみませんね、何から何まで……」
「いいえ、お構い無く」
航は薬を飲み干したコップの下げ場所を早辺子に尋ね、自分で片付けた。
今からお客様モードではなく通常モード、家事を共に担う意識に切り替えておきたかった。
⦿
帰りの廊下は心做しか行きより明るく見えた。
おそらく、脱出の展望が開けて気分が上を向いたからだろう。
「水徒端さん、ありがとうございます。貴女、良い人ですね」
例を受けた早辺子の背中は、どこか寂しそうに見えた。
「あまり他人を簡単に信用なさらぬ方が宜しいかと。姉の如く付け込まれますよ」
「信じますよ。貴女は知り合いに似ている」
航はこの時、はっきりと早辺子を美しいと感じた。
儚げな姿に、幸を願わずにはいられなかった。
早辺子はというと、呆れたように溜息を吐く。
「莫迦に付ける薬は御座いませんね」
何にせよ、一度頓挫した航達の脱出計画は、新たな歯車を得て再び回り始めた。
後はあの為動機神体が如く、力強く前進させるばかりである。