日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

220 / 399
第六十六話『特別』 破

 時は前日、七月十四日の夜に遡(さかのぼ)る。

 第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)の去った首相官邸では、辞職を勧告された小(お)木(ぎ)曽(そ)首相の前で、彼と同じ運命を告げられた伯爵・鬼(き)獄(ごく)遠征軍相と縞(こう)田(だ)国防軍相が言い争っていた。

 

「鬼(き)獄(ごく)! 何故(なぜ)貴様の無能に私(わたし)まで巻き込まれなければならないんだ!」

「無能だと!? 『金(こん)色(じき)の機体』に好き放題に本土まで乗り込まれた貴様が言えた柄か!」

「その時点で陛下が恢(かい)復(ふく)するまで侵攻を延期しておけばこんなことにはならなかった!」

「だったらもっと断固として反対すれば良かったのだ!」

 

 七十を過ぎた――それにしては若作りだが――二人の男が気が狂った様な金切り声をぶつけ合う姿はあまりにも無(ぶ)様(ざま)で見苦しい。

 そんな二人を、小(お)木(ぎ)曽(そ)はなんとか抑えようと声を掛ける。

 

「あの、二人共……」

「貴方(アンタ)は黙っていなさいよ!」

「首相がこんな男を留任させるから私(わたし)がね!」

「こっちの台詞(せりふ)だこの野郎!」

「黙れ盆(ぼん)暗(くら)貴族が!」

 

 鬼(き)獄(ごく)と縞(こう)田(だ)はとうとう取っ組み合いの喧(けん)嘩(か)を始めてしまった。

 とても両軍の最上級高官とは思えない醜態である。

 

 そんな二人の間に、遂に小(お)木(ぎ)曽(そ)の身体が割り込んだ。

 否(いな)、二人の間を裂く様に小(お)木(ぎ)曽(そ)の身体が倒れ込んだ。

 

「え?」

「小(お)木(ぎ)曽(そ)総理……?」

 

 床に突っ伏した小(お)木(ぎ)曽(そ)の身体は小刻みに痙(けい)攣(れん)している。

 あまりに突然の事態に、鬼(き)獄(ごく)も縞(こう)田(だ)もすっかり我に返ってしまっていた。

 

「小(お)木(ぎ)曽(そ)総理! どうしたのですか!」

「莫(ば)迦(か)鬼(き)獄(ごく)! 救急車を呼ばんか!」

「その必要はありませんわ」

 

 動揺する二人に一人の背の高い女が歩み寄る。

 日本刀を抜いたゴシックロリータ服の女――第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)の近衛侍女・貴(き)龍(りゆう)院(いん)皓(しら)雪(ゆき)である。

 予期せぬ来訪者、それも見るからに物騒な姿の彼女を見た二人は声を引(ひ)き攣(つ)らせて後(あと)退(ずさ)る。

 

「救急車は既に手配してあるわぁ。小(お)木(ぎ)曽(そ)総理にはまだ裁可していただかなければならない案件があるからねぇ。明日の辞任を数日先延ばしにする為(ため)、入院してもらうことにしたのよぉ。病院で昏(こん)睡(すい)状態になっては自分で辞任は出来ないでしょう? ま、入院中に件(くだん)の裁可が済んだらそのまま癌(がん)で死んでもらいますけど」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は恐ろしい能力を持っている。

 それは小(お)木(ぎ)曽(そ)に死に繋(つな)がる病を植え付け、そして死期をも都合良く操作せしめるものだ。

 更に、貴(き)龍(りゆう)院(いん)は刀身を二人に向けた。

 

「でも貴方(あなた)達には今此(こ)処(こ)で死んでもらうわぁ」

「なっ!? 貴(き)龍(りゆう)院(いん)殿、貴女(あなた)は御自分が何をしているのか解(わか)っているのですか!」

「このような狼(ろう)藉(ぜき)、獅(し)乃(の)神(かみ)殿下が御(お)許(ゆる)しになるとでも!?」

 

 二人の閣僚は蒼(あお)い顔で壁を背にしていた。

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は白い歯を見せて笑い、一瞬にして縞(こう)田(だ)の胸を刃で貫いた。

 

「かはっ……!!」

「獅(し)乃(の)神(かみ)様は弟君の薨(こう)去(きよ)に御(ご)宸(しん)念(ねん)を大変悪くされましたわ。その責を問うているのよぉ」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)が刃を引き抜くと、縞(こう)田(だ)は噴水の様に鮮血を撒(ま)き散(ち)らして倒れた。

 紅(あか)い血に塗れた彼女は鬼(き)獄(ごく)の方へと冷酷な視線を向ける。

 

「ヒィィィッ!!」

 

 鬼(き)獄(ごく)は恐怖から錯乱して駆け出した。

 しかし、貴(き)龍(りゆう)院(いん)はまたしても一瞬で間合いを詰め、彼の両脚を斬り落としてしまった。

 

「ギャアアアアッッ!!」

 

 縞(こう)田(だ)と同じく鮮血を噴き出させて転げ回る鬼(き)獄(ごく)は、尻餅を付いた状態となって貴(き)龍(りゆう)院(いん)を蒼い顔で見上げた。

 

「お待ちを! お待ちください! 貴女(あなた)は私(わたし)を御(ご)存(ぞん)知(じ)ないでしょうが、私(わたし)は本当の貴女(あなた)を知っています!」

「伯爵・鬼(き)獄(ごく)康(やす)彌(み)。私(あたくし)の同志、鬼(き)獄(ごく)魅(み)三(さぶ)郎(ろう)だった男の息子でしょう? 今は私(あたくし)が与えた閏閒(うるま)三(みつ)入(なり)という名前だけれどねぇ」

「でしたらっ……でしたらお待ちください! 私(わたし)はまだ……まだ貴女(あなた)のお役に立てます!」

「これだけの無能を曝(さら)しておいてよく言えるわねぇ」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)が刃を構える。

 

「私(わたし)はっ! 私(わたし)は父の、持国天様のお役に立とうと誠心誠意努めて参りましたっ! それは広目天様、貴女(あなた)に尽くしてきたということですっ! 私(わたし)はずっと貴女(あなた)の為にっ……!」

「なら死になさぁい。私(あたくし)も三(みつ)入(なり)君も、貴方(あなた)なんか要らないわぁ」

「そんな!! お助けください!! 貴(き)龍(りゆう)院(いん)様!! 広目天様!! 告(つげ)雪(ゆき)媛(ひめ)様!!」

 

 必死の命乞いも虚(むな)しく、鬼(き)獄(ごく)は貴(き)龍(りゆう)院(いん)に首を刎(は)ねられた。

 飛び散る鮮血の中、貴(き)龍(りゆう)院(いん)は不快気に顔を顰(しか)める。

 

「息子だからと喋(しやべ)り過ぎよ、三(みつ)入(なり)君……」

 

 貴(き)龍(りゆう)院(いん)は勢い良く刀を振り、血(ち)飛(し)沫(ぶき)を壁に打ち付けた。

 

 

 

  ⦿⦿⦿

 

 

 

 皇(こう)國(こく)首相官邸で鬼(き)獄(ごく)伯爵が殺された頃、遠征軍参謀本部では二人の男女が一室で卓を挟んで坐(すわ)っていた。

 どこか気品と威厳のある顔立ちの女は杜若(かきつばた)光(みつ)穂(ほ)大将、大柄な男は掛(かけ)井(い)克(かつ)也(や)中将である。

 開戦以来、軍の侵攻作戦は全く上(う)手(ま)く行っておらず、難しい情勢に高官の二人が厳しい表情を浮かべるのも当然ではある。

 だが、二人が直面しているのは戦局とは全く別の事態であった。

 

「妙だとは思わないかしら、掛(かけ)井(い)中将?」

「何がでしょう?」

 

 杜若(かきつばた)は鋭い眼で掛(かけ)井(い)を睨(にら)み、掛(かけ)井(い)は冷や汗を掻(か)いている。

 

「抑(そもそ)も、何故皇(こう)國(こく)はこれほど明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の軍に苦しんでいる?」

「やはり敵もまた日本、大和民族の魂が一筋縄ではいかんのでしょう」

「それは否定しないわ。しかし、『金(こん)色(じき)の機体』といい壱(いっ)級(きゅう)といい、抑も何故彼らは為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)を導入し、運用出来たのだと思う?」

 

 掛(かけ)井(い)は机の下で手を動かしている。

 腰に下げた銃を探っているのだ。

 彼は杜若(かきつばた)が何を言いたいのか、概(おおむ)ね察していた。

 

「仰(おつしや)りたいことが測りかねますが」

「為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦には神(しん)為(い)が必要となる。つまり、それを身に付ける為の薬剤『東(とう)瀛(えい)丸(がん)』が。しかし、東(とう)瀛(えい)丸(がん)は皇(こう)國(こく)社会秩序の根幹を担う国家機密。生産技術と設備は厳重に秘匿・制限され、極一部の臣民にしか触れることが出来ない筈(はず)だ。東(とう)瀛(えい)丸(がん)だけではない。先日捕虜になった水(み)徒(と)端(はた)早(さ)辺(え)子(こ)嬢は神(しん)為(い)を無力化する『扶(ふ)桑(そう)丸(がん)』を飲まされている筈」

 

 杜若(かきつばた)の足下で硬い音が鳴った。

 軍刀の鞘(さや)を床に当てた音だろう。

 二人の間に不穏な空気が流れている。

 

「東(とう)瀛(えい)丸(がん)にしても扶(ふ)桑(そう)丸(がん)にしても、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)は一体どこから手に入れたのだろうな?」

「大将殿はどうお考えなのです?」

「思い出すのは六年前に武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が起こした叛(はん)乱(らん)の鎮圧だ。あの時、軍や官僚機関の内部に奴(やつ)らの間諜(スパイ)が相当数入り込んでいたと判明した。奴らはその筋から東(とう)瀛(えい)丸(がん)生産設備の情報を得、碧(あお)森(もり)州(しゅう)は霜(しも)北(きた)半島の隠れ家に持ち去ったと聞く。ならば今回も同じ様に、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の間諜(スパイ)が紛れ込んでいると考えるのが妥当だろうな……」

 

 その瞬間、掛(かけ)井(い)は机の下から素早く腕を出し、杜若(かきつばた)へ銃口を向けた。

 だが杜若(かきつばた)もそれを読んでいたかの如く机を蹴り上げ、銃を持った掛(かけ)井(い)の腕にぶつけて怯(ひる)ませる。

 

「ぐっ!」

「掛(かけ)井(い)貴様、やはり明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の間諜(スパイ)だな!」

 

 杜若(かきつばた)は軍刀を鞘から抜いて掛(かけ)井(い)に振るった。

 しかし掛(かけ)井(い)の姿は既にその場から消えていた。

 

「バレては仕方が無い」

 

 掛(かけ)井(い)の銃口が杜若(かきつばた)の後頭部に押し当てられる。

 今の一瞬で、彼は背後に回り込んでいたのだ。

 消音された銃が杜若(かきつばた)の頭を撃ち抜き、彼女の身体はその場に打ち捨てられた様に倒れた。

 

「俺(おれ)は日本国秘密政治結社・崇(す)神(じん)會(かい)の掛(かけ)井(い)だ。お察しの通り、全ては俺(おれ)が組織の指令で日本へ横流ししていた。バレたのは迂(う)闊(かつ)だが、貴女(あなた)の死を機に遠征軍のトップに立つのも悪くはないかも知れないな」

 

 掛(かけ)井(い)は涼しい顔で銃を腰に下げようとする。

 だがホルダーに仕(し)舞(ま)いかけたところで、そのまま再び銃を抜いた。

 まだ彼には警戒すべき理由があった。

 それは部屋の扉を開け、ゆっくりと歩み入ってきた。

 

「杜若(かきつばた)大将を殺したのか……男爵がお嘆きになるだろうな」

「第一皇子近衛侍女・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)……」

 

 背の高いメイド服に帯刀した女・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)である。

 その正体は嘗(かつ)て狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に身を寄せた男爵令嬢・水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)であり、杜若(かきつばた)とは剣術の師弟として面識があった。

 杜若(かきつばた)光(みつ)穂(ほ)は新華族男爵家の長女であり、弟に家督を譲って軍で身を立てた女傑だった。

 敷(しき)島(しま)は水(み)徒(と)端(はた)家の長女として古くから杜若(かきつばた)と親交があり、彼女に尊敬の念を抱いていた。

 

「皇(こう)國(こく)の為、不届きな間諜(スパイ)を斬らせてもらう」

 

 敷(しき)島(しま)は日本刀を抜いた。

 修身院の高等部時代には全皇(こう)國(こく)の頂点に立ち、その後は革命戦士として、更には近衛侍女として磨かれ振るわれ続けた剣が掛(かけ)井(い)に向けられようとしていた。

 

「そうはいかん! 俺(おれ)はまだまだ日本の為に働かなくてはならん!」

 

 掛(かけ)井(い)はその場で跳び上がった。

 ただ跳び上がっただけでなく、彼の身体は宛(さなが)ら護謨(ゴム)鞠(まり)の様に変形し、弾む様な勢いを付けて天井に衝突、跳ね返って更に加速する。

 

「魅(み)琴(こと)御(お)嬢(じよう)様(さま)が命懸けで切り開いてくださった勝機、逃す訳にはいかんのだ!」

 

 掛(かけ)井(い)の能力、それは全身の護謨(ゴム)化である。

 その体は異常な弾性を獲得し、目にも留(とど)まらぬ速度での移動、エネルギーの伝(でん)播(ぱ)による銃弾速度の大幅な向上、そして打撃はおろか斬撃にさえも耐える柔軟性といった特性で攻守両面に於(お)ける強さを発揮するのだ。

 

「刀などで俺(おれ)は斬れんぞ!」

「どうかな?」

 

 加速を繰り返した掛(かけ)井(い)は敷(しき)島(しま)に突進を仕掛ける。

 対する敷(しき)島(しま)は刀を構え、迎撃の態勢だ。

 能力の相性は掛(かけ)井(い)に優勢――そう思われた。

 だが衝突の直前、掛(かけ)井(い)の胴部に一本の光の筋が浮き上がる。

 

「斬る!」

 

 敷(しき)島(しま)の刃が翻った。

 掛(かけ)井(い)の身体は胴体で真二つとなり、敷(しき)島(しま)の背後で泣き別れした上半身と下半身が跳ねる。

 

「莫迦な……! 何故……」

「私(わたくし)の能力が生み出す光の筋は約束された未来の切断面だ。筋に刃を通せば、対象物の性質とは無関係に切断された未来が実現する。この世に私(わたくし)に斬れぬものなど殆(ほとん)ど無い。皇族方でもない限り、私(わたくし)の刃を防ぐことなど出来んのだ」

 

 敷(しき)島(しま)は刀身の血を拭き取り、鞘に刀を納めた。

 真二つになった掛(かけ)井(い)は白目を剥(む)いて絶命している。

 斯(か)くして、部屋には二人の軍人の死体が横たわった。

 

「偉大なる皇(こう)國(こく)に仇(あだ)なす者には死あるのみ。その原則を曲げる慈悲は私(わたくし)の剣に無い。それが出来るのは極々限られた尊き御(お)方(かた)のみ……」

 

 敷(しき)島(しま)は部屋から出て遠征軍参謀本部を後にした。

 日本国は貴重な情報源をまた一人喪(うしな)ってしまった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。