日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

221 / 399
第六十六話『特別』 急

 時を戻し、七月十五日の昼過ぎ。

 帰還して昼食を済ませた岬(さき)守(もり)航(わたる)は、拉致被害者達と共に皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)防衛大臣兼国家公安委員長の事務所に招かれた。

 

「急な呼び出し、誠に申し訳御座いません」

 

 先行して到着していた根(ね)尾(お)弓(きゆう)矢(や)と白(びやく)檀(だん)揚(あげ)羽(は)、そして皇(すめらぎ)の側に付いている久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)と伴(ばん)藤(どう)明(あけ)美(み)に見守られながら、航(わたる)達は普段よりも多く用意された椅子に腰掛けた。

 

「本日皆さんにお越しいただいたのは他でもありません。皆さんの今後のことを私(わたくし)の口からきちんと話しておかなければならないと考えたからです」

 

 繭(まゆ)月(づき)百(ゆ)合(り)菜(な)が最初に首を傾(かし)げた。

 

「既にその話は済んでいるのでは? 私(わたし)達が東(とう)瀛(えい)丸(がん)を服用したのは十二日前の七月三日、狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)から脱出して不時着した川の畔(ほとり)から中一日で出発した朝のこと。つまりその二八日後の七月三一日で東(とう)瀛(えい)丸(がん)の効果が切れて神(しん)為(い)が無くなるまでホテルで待機し、その後身体を検査して異常が無ければ帰宅する手(て)筈(はず)と聞いていますが……」

 

 航(わたる)も概(おおむ)ね繭(まゆ)月(づき)と同じ事を疑問に思った。

 しかし皇(すめらぎ)の方に目を遣(や)ると、皇(すめらぎ)の脇に控える者達の表情はそれぞれの形で何かを示(し)唆(さ)している。

 根(ね)尾(お)はばつが悪そうに厳しい顔を航(わたる)達に向け、白(びやく)檀(だん)は自分の境遇に対する諦観を忍ばせた呆(ほう)け顔を下に向け、伴(ばん)藤(どう)は戦々恐々と皇(すめらぎ)を見詰め、そして双(ふた)葉(ば)は冷めた視線を皇(すめらぎ)に向け、それぞれの態度で航(わたる)達にとって良くない話を予感させる。

 

(成程、そういうことか……)

 

 航(わたる)はこれから話される内容を何となく察した。

 

「まずはお聴きしましょう」

「恐縮です」

 

 皇(すめらぎ)は小さく息を吐いて語り始めた。

 

「初めに御礼申し上げます。先日は銀座の防衛戦にご参加いただき、誠にありがとうございます。岬(さき)守(もり)さんに至ってはその後も何度も為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)で出撃いただき、度重なる皇(こう)國(こく)の侵攻から我が国を守っていただきました。皆様の活躍には感謝してもし切れません」

「はい……」

 

 頭を下げる皇(すめらぎ)に対し、航(わたる)は返す言葉を少し迷った。

 航(わたる)が超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコで度々防衛に出ているのは、帰国した夜に彼女から頼まれた結果である。

 麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)を救う為(ため)の選択として、航(わたる)自身の意思で決めたことではあるが、それは皇(すめらぎ)の目(もく)論(ろ)見(み)通りだということも承知していた。

 つまり、あまり長々と礼を言ってはまたあの時の様に変な合意をさせられかねないが、一方で皇(すめらぎ)が航(わたる)達の帰国に尽力した恩人であることも事実なので、無体な態度を取るわけにもいかなかった。

 

「お役に立てたなら幸いです」

「大いに助かっています。私(わたくし)達だけでなく、日本そのものが。扨(さ)て、そのように大変な御貢献をいただいている貴方(あなた)達ですが、民間人の立場で戦闘に参加してしまうのは私(わたくし)達だけでなく貴方(あなた)達御自身の立場をも危うくしかねません。その為、貴方(あなた)達の行為に法的な根拠を与え、無用ないざこざを防がなければならない。国家の要請で国家を守る為に戦った者達に対して、国家には果たすべき責任と尽くすべき仁義があると私(わたくし)は考えます」

 

 皇(すめらぎ)は伴(ばん)藤(どう)に目で合図し、航(わたる)達拉致被害者達に書類を配らせた。

 何やら契約書の様だが、後は判を押すだけの状態まで仕上がっている。

 そしてもう一つ、掌(てのひら)サイズの手帳の様なホルダーがそれぞれ差し出された。

 

「これは……?」

「貴方(あなた)達に与える新しい身分に関する契約書と、身分証です」

 

 航(わたる)はホルダーを拾い上げ、中を開いた。

 所属と名前が記されたカードが挟まれている形は、警察手帳を彷(ほう)彿(ふつ)とさせる。

 事実、それは警察手帳に近いかもしれない。

 

「特別警察特殊防衛課?」

「皇(こう)國(こく)との衝突に備えて法整備し、新設した組織と部署です。今年の六月に施行されました。御(ご)存(ぞん)知(じ)の様に皇(こう)國(こく)の勢力が上陸した場合、貴方(あなた)達の様な神(しん)為(い)の使い手が対処しなくてはなりません。その為の組織です。主に神(しん)為(い)の絡んだ犯罪・有事を取締り、治安を守ることを目的とした組織。場合によっては自衛隊の指揮下に入り、神(しん)為(い)兵器――即(すなわ)ち為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)に搭乗して戦闘を行うことも出来る」

 

 航(わたる)が計釈書に目を通す傍ら、他の二人も身分証を手に取った。

 

「かっけー……!」

 

 虻(あぶ)球(く)磨(ま)新(しん)兒(じ)は無邪気に喜んでいる。

 死んだ彼の父親が警察だったこともあり、その感動も一(ひと)入(しお)なのだろう。

 一方で繭(まゆ)月(づき)は怪(け)訝(げん)な表情を浮かべ、ホルダーを卓上に置き契約書を読み始めた。

 

「日付は……今日ではないのですか?」

 

 社会人である繭(まゆ)月(づき)は、契約日が七月十五日ではなく二日になっていることを見逃さなかった。

 皇(すめらぎ)は平然と答える。

 

「特別警察特殊防衛課の任期は一箇月です。これは国家による統制強化を危惧した野党の要求を呑(の)み、事態が収束した場合に速やかに組織を解散する為の措置です。しかしながら、今日契約開始にしてしまうと待機期間が終わってから二週間も国家の管理下に置いてしまうことになり、これは好ましくありません。そこで契約の開始日を、龍(たつ)乃(の)神(かみ)殿下から合流場所の連絡があり、身柄確保の目(め)処(ど)が立った七月二日としました。これは可能な限り早期に解放しようという日程です。指揮命令者は課長の根(ね)尾(お)。A班は貴方(あなた)達に白(びやく)檀(だん)と久(く)住(ずみ)さんを加えた五人、B班は崇(す)神(じん)會(かい)の残り構成員八人となっています」

 

 航(わたる)は契約書を何度も繰り返し読んでいた。

 どうやら、開戦の夜に皇(こう)國(こく)へ乗り込んだこともその後戦ったことも、特別警察として自衛隊の指揮下で動いたことにしてもらえるようだ。

 だが一つ、航(わたる)には気掛かりがあった。

 

「有効期限が八月二日……」

「政府として、契約開始日を貴方(あなた)達の生存を確認した日程よりも遡(さかのぼ)ることは出来ませんでした。待機期間より二日延びてしまうことは御容赦ください」

「ええと、七月三一日の二日後……なんですね」

 

 航(わたる)は一旦皇(すめらぎ)の目を見た。

 揺るぎない表情からは隠されたいとは読み取れない。

 次に、双(ふた)葉(ば)の様子を窺(うかが)う。

 やはり皇(すめらぎ)を見る双(ふた)葉(ば)の視線は皇(すめらぎ)に何か後ろめたいことがあると示唆している。

 

 双(ふた)葉(ば)は何か知っている。

 そして二つの日程を整合したとき、或(あ)る疑念が湧き上がってくる。

 

「皇(すめらぎ)大臣、七月三一日に待機期間が終わるのは東(とう)瀛(えい)丸(がん)の効果が切れるからですよね?」

「はい、その通りです」

「特別警察契約の有効期限はその二日後」

「ええ、仰(おつしや)る通り」

「契約終了後、身分証はどうすれば良いですか?」

「最終日に此(こ)方(ちら)へ返却しにお越しください」

 

 航(わたる)は皇(すめらぎ)の執務机の上に置かれた小瓶に目を遣った。

 見覚えのある、というより忘れようのない小瓶だった。

 虎(こ)駕(が)憲(けん)進(しん)が自殺に使用した、東(とう)瀛(えい)丸(がん)の入っていた小瓶である。

 彼の遺体と共に帰国して紛れ込み、どういう経緯か皇(すめらぎ)の手に渡ったということだろう。

 

(そういうことだな)

 

 航(わたる)と皇(すめらぎ)の視線が再び交わった。

 全てを察した航(わたる)に、皇(すめらぎ)は鋭い視線を返している。

 

「皇(すめらぎ)大臣、あまり僕(ぼく)を見(み)縊(くび)らないでください」

 

 視線が航(わたる)に集まった。

 しかし皇(すめらぎ)には動じる様子は無い。

 

「東(とう)瀛(えい)丸(がん)の効力が斬れてしまった場合、再服用には中一日空けなくてはなりません。だから僕(ぼく)らは狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)から脱出した際に一度効果が切れ、川の畔(ほとり)で二泊しなければならなかった。そして待機終了日、即ち東(とう)瀛(えい)丸(がん)の効果が切れる日から二日後に特別警察の任期が切れ、身分証を返しに此(こ)処(こ)へ来いと仰る……。大臣、貴女(あなた)の狙いはそのタイミングで僕(ぼく)らにその机の上にある東(とう)瀛(えい)丸(がん)を再服用させ、契約延長を持ち掛けることですね?」

 

 航(わたる)の問いに皇(すめらぎ)は答えない。

 だが眉根を寄せて目を閉じる根(ね)尾(お)や冷めた目を逸(そ)らす双(ふた)葉(ば)の反応から、その問いが図星であったことは推し量れる。

 皇(すめらぎ)が肝心なことを隠したまま話を進めようとしたのはこれが初めてではなく、黙って騙(だま)される航(わたる)ではなかった。

 航(わたる)は椅子から立ち上がり、執務机の方へと歩いた。

 

「岬(さき)守(もり)さん?」

 

 皇(すめらぎ)は珍しく戸惑った調子で航(わたる)に呼び掛けた。

 そんな彼女を余(よ)所(そ)に、航(わたる)は小瓶から東(とう)瀛(えい)丸(がん)を一錠取り出すと、皆の目の前で飲んで見せた。

 

「なっ……!?」

 

 根(ね)尾(お)・双(ふた)葉(ば)・繭(まゆ)月(づき)が驚いて声を上げた。

 声を上げなかったのは皇(すめらぎ)と伴(ばん)藤(どう)――皇(すめらぎ)は表情を変えず、伴(ばん)藤(どう)は瞠(どう)目(もく)している。

 

「くくっ……」

 

 唯一、新(しん)兒(じ)は嬉(うれ)しそうに笑っていた。

 航(わたる)の行動を彼だけは純粋に気に入ったらしい。

 

「皇(すめらぎ)大臣、僕(ぼく)の出番が終わっていないのは解(わか)っています。為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)による防衛の体制が整うまで日本の守りを繋(つな)ぐのが僕(ぼく)の役割だった筈(はず)だ。だったら僕(ぼく)は可能な限り戦い続ける。その為には、東(とう)瀛(えい)丸(がん)が切れて戦えない日なんてあっちゃいけない」

 

 航(わたる)は七月十二日から十四日の三日間で七回に亘(わた)って出撃している。

 皇(こう)國(こく)の侵攻はそれだけ激しく、本来ならばこの瞬間にも出撃要請が来ておかしくない。

 航(わたる)が一日の空白期間を作りたくないと考えるのも当然だった。

 

「東(とう)瀛(えい)丸(がん)は服用して十日後から二十日後の期間内に再服用すれば効果を途切れさせずに持続出来る。だったら十二日後の今日飲んで、その十八日後の契約期限に再服用すれば八月三十日まで効果を途切れさせずに維持出来る。そうでしょう?」

 

 手に持った小瓶に航(わたる)の顔が歪(ゆが)んで映っている。

 航(わたる)はその屈折した虚像に亡き虎(こ)駕(が)の姿を重ねていた。

 

「約束したんですよ、あいつを皇(こう)國(こく)じゃなくて日本で眠らせるって。誓ったんですよ、あいつに日本を滅ぼさせたりしないって」

「成程、どうやら貴方(あなた)の覚悟を見誤っていたようですね。お詫(わ)びいたします」

 

 皇(すめらぎ)は徐(おもむろ)に立ち上がった。

 

「しかし、今や東(とう)瀛(えい)丸(がん)は非常に貴重で、此方にも考えがあります。以後、勝手な判断で服用しないでください」

「はい、すみません……」

 

 航(わたる)は執務机の上に小瓶を置き直した。

 皇(すめらぎ)は改めて皆に言い聞かせる。

 

「概ね岬(さき)守(もり)さんが仰ったとおりです。場合によっては皆さんに契約延長をお願いすることもあるかも知れません。無論皆様の御意志を尊重いたしますが、どうかよく御(お)考(かんが)えください。根(ね)尾(お)、白(びやく)檀(だん)、虻(あぶ)球(く)磨(ま)さんと繭(まゆ)月(づき)さんをホテルまでお送りしなさい。岬(さき)守(もり)さんにはもう少し話があります」

 

 根(ね)尾(お)と白(びやく)檀(だん)は皇(すめらぎ)の指示に従い、新(しん)兒(じ)と繭(まゆ)月(づき)を連れて退出した。

 それを見届け、皇(すめらぎ)は執務机の椅子に座り直した。

 

「伴(ばん)藤(どう)、貴女(あなた)は久(く)住(ずみ)さんを連れてB班の方へ説明に行きなさい」

「えっ? び、B班ってあの秘密政治結社の崇(す)神(じん)會(かい)ですよね? あの、秘密裏に神(しん)為(い)による殺し合いの技術を磨き、内部分裂して廻(かい)天(てん)派(は)とかいう過激派テロ組織すら生んだあの崇(す)神(じん)會(かい)? 私(わたし)があんな人達と話すんですか?」

「そうよ。寧(むし)ろこの機会だから、一層のこと完全に政府の管理下に置いてしまうの。そうすれば、任期が切れた時に解散させて組織を消滅させることも出来るでしょう」

「いや、あのですね……先生の狙いは解りましたけど、問題は私(わたし)があの人達と交渉するんですかっていう……」

「良いからさっさと行きなさい」

「ひーん、話そうとしても問答無用で取りつく島も無い!」

 

 伴(ばん)藤(どう)は追われる様に双(ふた)葉(ば)を連れて部屋を出て行った。

 

「扨て、これで本当に大事なお話が出来ますね」

 

 皇(すめらぎ)は背筋を伸ばし、改めて航(わたる)と向き合った。

 

「大事なお話?」

「ええ。これは貴方(あなた)だけに話しておきたかった。日本国を背負って命懸けで戦った娘を救うべく、この戦争に身を投じる選択をしてくださった貴方(あなた)だけに……」

 

 只(ただ)事(ごと)ではない雰囲気に、航(わたる)の胸に緊張が宿った。

 

「どういったお話ですか?」

「ずばり、この戦争の終わらせ方についてです」

 

 航(わたる)は自身の心臓が強く脈打つのを感じた。

 

「目途が……あるのですか?」

「ええ。この状況では極めて限られますが……」

「その方法とは……?」

 

 航(わたる)は固(かた)唾(ず)を呑んで皇(すめらぎ)の答えを待つ。

 そして皇(すめらぎ)の口が開く。

 

「皇(こう)國(こく)本土に為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の部隊を上陸させ、神(じん)皇(のう)の身柄を確保します。作戦には是非貴方(あなた)のご協力を仰ぎたい……」

 

 彼女から出た展望に、航(わたる)は気が遠くなる思いがした。

 しかし、一方で航(わたる)は力強く拳を握ってもいた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。