日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十七話『神產巢日』 序

 皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)の事務所に残され、戦争を終わらせる作戦目的を聞かされた岬(さき)守(もり)航(わたる)は、その途方も無い内容に全身の血管が開き、心臓から勢い良く送り出される血液の巡りを感じていた。

 皇(こう)國(こく)本土への上陸、神(じん)皇(のう)の身柄確保――つまり皇(すめらぎ)は今とは逆に日本国側が皇(こう)國(こく)の本土へと進攻すると言っているのだ。

 

(確かにこのままじゃ埒(らち)が明かないだろうな……)

 

 これまでの戦い、日本国が防戦一方なのは航(わたる)も感じている。

 だが確かに、神(じん)皇(のう)の返還を交渉材料にすれば、彼の神(しん)為(い)に依存して恢(かい)復(ふく)を待っている皇(こう)國(こく)は日本国の要求を呑まざるを得ない。

 

 皇(すめらぎ)の眼(め)に鋭い光が宿っている。

 一筋縄ではいかない作戦であることは火を見るより明らかだ。

 実際、航(わたる)が前回上陸した時は魅(み)琴(こと)と彼女を助けた雲(くも)野(の)幽(ゆ)鷹(たか)を連れ帰るので精一杯だった。

 しかし、そうでもしなければ停戦は困難であるということも解(わか)る。

 

「魅(み)琴(こと)ちゃんが神(じん)皇(のう)の暗殺に成功していれば、皇(こう)國(こく)社会が保(も)たなくなるまで只管(ひたすら)守勢のまま耐えるという選択もあった。しかし暗殺に失敗し孰(いず)れは恢(かい)復(ふく)してしまう以上、その前に賭けに出るしかないのです」

「ああ、そうですよね……」

「ただ、それでもあの娘(こ)が希望を繋(つな)いでくれたことに間違いは無い。そしてもう一人、彼も……」

 

 皇(すめらぎ)は小瓶の頭を指で撫でた。

 

「先程も言いましたが、東(とう)瀛(えい)丸(がん)は非常に貴重です。崇(す)神(じん)會(かい)にも生産の技術はあるようですが、一錠生成するだけでかなりの期間を要する。そういう意味で、亡き虎(こ)駕(が)さんがこの東(とう)瀛(えい)丸(がん)を持ち帰っていなければ自衛官の操縦士を確保することは出来なかった……」

「そうですか……」

 

 航(わたる)は複雑な気分だったが、幾分か救われた気がした。

 皇(こう)國(こく)に奔(はし)った虎(こ)駕(が)はその過(あやま)ちを悔いて自ら命を絶ったが、その選択が結果として東(とう)瀛(えい)丸(がん)の小瓶を入手させ日本国に齎(もたら)したのだ。

 

「虎(こ)駕(が)さんが皇(こう)國(こく)に魅力を感じてしまった気持ちも正直解ります。強い国家には眼を眩(くら)ませる魅力があり、これまでも多くの日本国民が力の誘惑に誑(たぶら)かされてきました。しかし、国民の幸福と尊厳を守るのは法と秩序・自由と民主主義の論理で統治される国家であると、私(わたくし)達の日本国は信じています。一方で神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)は、究極ともいえる力の論理が支配する国家です。彼らの支配を受(う)け容(い)れたとき、私(わたくし)達が守り続けたものは音を立てて崩れることでしょう。私(わたくし)達は何としても勝たなければなりません」

 

 皇(すめらぎ)の言葉に航(わたる)は思い出す。

 

 確かに、皇(こう)國(こく)には世話になった恩人達も多く居る。

 屹(きつ)度(と)多くは善良な者が占めているのだろう。

 

 だが、その善良な者達がふとした拍子で力に脅かされる場面もまた目撃してきた。

 大貴族の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)によって警察署が襲撃され、多くの善良な者が犠牲になった。

 航(わたる)のことを助けてくれた一人の女性が、大貴族に虐げられていた。

 

 また、善良な者達自身が異常な支配の論理を内面化しているということも度々感じられた。

 航(わたる)を助けてくれた者達が、社会秩序にとって危険だと判断した相手を始末すると言い出したり、皇族による実質的な自殺の強要に疑問を持たなかったり……。

 

 挙げ句の果てに、航(わたる)自身も支配者の横暴によって汚され、殺されかけさえした。

 日本国が皇(こう)國(こく)に吸収されたとき、航(わたる)の慣れ親しんできた平穏な日常はそのような形に歪(ゆが)められてしまうだろう。

 

「そう……ですね……」

「ですから、作戦を成功させる為(ため)に汎(あら)ゆる手を尽くします。まず、皇(こう)國(こく)への上陸は皇(こう)海(かい)側、つまり日本国から直接南東へ下(くだ)るのではなく、一度太平洋側に迂(う)回(かい)して首都統(とう)京(きよう)へ向けて北西に上ります」

「随分と回りくどいですね……」

「神(じん)皇(のう)の身柄確保となると、奇襲によって電撃的に実行する必要がありますからね。そこで、環太平洋諸国と連携し、拠点を転々と移動しながら秘密裏に作戦地点へと戦力を集めます」

 

 日本国は元々中露の脅威に備えて環太平洋諸国と協力関係を築いてきた。

 加えて、皇(こう)國(こく)がこの世界に顕現して太平洋上に鎮座した際、周囲の島(とう)嶼(しよ)は地殻変動によって強制的に移動させられている。

 その暴挙が生活や経済活動に何の悪影響も与えていない筈(はず)も無く、巻き込まれた地域の対皇(こう)國(こく)感情は最悪と言っても足りない程なのだ。

 作戦の協力を得る目途は充分だろう。

 

「それともう一つ、日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)についてです」

「はい。凄(すさ)まじい力だと思います。あれが無ければ今頃僕(ぼく)は銀座や硫黄島で死んでしまっていたでしょうから」

「ですが、神(しん)為(い)の消耗が著(いちじる)しいという大きな欠点がある」

 

 それは航(わたる)も百も承知である。

 現にその消耗が激しく、一晩眠って回復しなければならなかったからこそ、昨日硫黄島へ向けて出撃した帰りが今日になってしまったのだ。

 

「作戦中にはどんな事態に見舞われるか分かりませんし、その時に日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)の使い過ぎで真(まと)面(も)に動けないとなっては困ります。そこで貴方(あなた)に、作戦時の副操縦士を手配しましょう。貴方(あなた)にとって、大いなる助けとなる副操縦士を……」

 

 作戦に向けた懸念点が詰められていく。

 愈(いよ)々(いよ)、この争乱は大きな転換点を迎えようとしていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 七月十五日以降、超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)スイゼイ導入の効果もあり、日本国はやや戦局を押し返し始めた。

 航は十五日こそ出撃することなく休めたものの、十六日と十七日は十三日と同じく一日に五戦を熟(こな)すことになった。

 

 七月十八日、硫黄島防衛戦で破損していたスイゼイ一機の修繕が完了。

 寺(てら)田(だ)章(しょう)平(へい)三尉も復帰し、豊(とよ)中(なか)隊に四機、池(いけ)田(だ)隊に三機に配備されて東西の防衛に割り当てられる。

 超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコはこの日より四日間、一日に三・四回出撃し、防衛に貢献。

 

 七月二二日、七機のスイゼイが追加で配備される。

 また、鹵(ろ)獲(かく)した極(きょっ)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・タカミムスビの分析結果の中間報告より、スイゼイ後継機の開発に着手。

 スイゼイの生産は残り六機を最後に停止することが決定された。

 カムヤマトイワレヒコはこの日二回出撃した。

 

 七月二三日、カムヤマトイワレヒコ最後の防衛出撃。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)は停戦に向けた特別作戦の為に修繕すべく出撃停止となる。

 彼の撃墜数はこの時点で百機を突破している。

 

 七月二五日、カムヤマトイワレヒコを抜きにした最大規模の防衛戦「南鳥島の戦い」が勃発。

 皇(こう)國(こく)の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ミロクサーヌ零(れい)式(しき)二十三機の侵攻によって南鳥島航空基地は壊滅的損害を受けた。

 日本国側は再度の硫黄島侵攻を懸念し、超(ちよう)級(きゆう)スイゼイ十四機、壱(いつ)級(きゆう)二十五機を投入し、南鳥島航空基地の奪還を図る。

 

 戦闘は熾(し)烈(れつ)を極め、スイゼイ三機と壱(いつ)級(きゆう)十機を失いながらもどうにかミロクサーヌ零(れい)式(しき)を撃退。

 しかし皇(こう)國(こく)側は新型超(ちよう)級(きゆう)二十二機を追加投入。

 自衛隊はどうにか一機を撃破するも壱(いつ)級(きゆう)全機とスイゼイ四機を失い、一時硫黄島への撤退を余儀無くされる。

 

 翌二六日、皇(こう)國(こく)は占領した南鳥島より新型超(ちよう)級(きゆう)十四機で硫黄島への再侵攻を開始。

 スイゼイ七機を後退させ駐留していた自衛隊は、戦力差二倍以上の敵に対して再度防衛出動し、負けられない戦いに挑む。

 日本国はこの事態に対し、特別作戦に向けた輸送の準備に入っていたカムヤマトイワレヒコの投入を検討するが、自衛隊はスイゼイ七機で皇(こう)國(こく)新型超(ちよう)級(きゆう)を南鳥島まで撤退させ、そのまま南鳥島奪還の為の再上陸に臨んだ。

 結果、スイゼイは最後の一機を残して破壊されてしまったものの、戦いは日本国側が辛勝した。

 

 翌二七日、日本国はスイゼイの最終ロット六機を追加導入。

 最初の任務として、南鳥島の戦いで破壊されたスイゼイに搭乗していた操縦士十三名と同機の直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)・破損部品を回収した。

 

 七月二九日、スイゼイ三機を載せた護衛艦「ひゅうが」が宮崎県細(ほそ)島(しま)港よりインドネシアはジャカルタ港へ出港。

 また、翌三十日には残る四機も護衛艦「かが」による運搬が開始される。

 

 七月三一日、日本国は新型超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・シキツヒコ十機を配備。

 同日中に三機が護衛艦「いせ」に積載され、出港した。

 

 八月一日、更に四機のシキツヒコが護衛艦「いずも」に積載され、出港。

 

 八月二日、久(く)住(ずみ)双(ふた)葉(ば)を除く特別警察特殊防衛課の臨時職員が契約を更新し、東(とう)瀛(えい)丸(がん)を飲む。

 岬(さき)守(もり)航(わたる)はその足で宮崎県細(ほそ)島(しま)港へと移動し、新型護衛艦「あめつち」にてシキツヒコ三機及びカムヤマトイワレヒコと共に特別作戦に向けて移動を開始する。

 尚(なお)「あめつち」には航(わたる)の他にも豊(とよ)中(なか)隊を初めとした作戦に参加する操縦士達も同乗している。

 

 八月三日、日本国は本土防衛用のシキツヒコを五機追加配備。

 

 八月四日、ジャカルタ港へ護衛艦「ひゅうが」「いせ」が到着。

 

 八月五日、護衛艦「ひゅうが」「いせ」がパプアニューギニアはポートモレスビーに向けて出港。

 

 八月七日、護衛艦「いずも」「かが」そして「あめつち」がジャカルタ港へ到着。

 

 八月八日、護衛艦「いずも」「かが」「あめつち」が出港。

 

 八月九日、護衛艦「ひゅうが」「いせ」がポートモレスビーに到着。

 

 八月十二日、護衛艦「いずも」「かが」「あめつち」がポートモレスビーに到着。

 超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコ、スイゼイ七機、シキツヒコ十機が特別作戦に向けアメリカ合衆国ハワイのパールハーバー・ヒッカム統合基地に移動する。

 日付変更線を越え、現地時刻の八月十一日午前四時に同基地到着。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 ハワイ時刻、八月十二日木曜日午前六時三○分、自衛隊は皇(こう)國(こく)首都統(とう)京(きよう)上陸に向けて動き出した。

 先行して十機のシキツヒコが出撃。

 航(わたる)のカムヤマトイワレヒコや豊(とよ)中(なか)隊のスイゼイは少し遅れて出撃する作戦である。

 

 シキツヒコ十機に搭乗するのは新規に配属された西(にしの)宮(みや)和(かず)彦(ひこ)一尉の率いる西(にしの)宮(みや)隊五名と芦(あし)屋(や)守(まもる)一尉率いる芦(あし)屋(や)隊五名である。

 彼らの任務は後続の豊(とよ)中(なか)隊七名及び航(わたる)が恙(つつが)無(な)く神(じん)皇(のう)の身柄を確保出来るように洋上の敵機を排除すること、謂(い)わば露祓いだ。

 想定通りに事が運べば、到着予定時刻は皇(こう)國(こく)時刻の八月十三日午前五時過ぎ。

 八機の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が朝焼けを背にした神(こう)々(ごう)しき威容を以(もつ)て皇(こう)國(こく)首都統(とう)京(きよう)へと上陸し、早朝の人も少ない時間帯のうちに皇宮は宮殿へ臨(りん)着(ちゃく)。

 そのまま神(じん)皇(のう)の寝室へ押し入り目標の身柄を確保することになるだろう。

 

 西(にしの)宮(みや)隊と芦(あし)屋(や)隊は本土防衛に残った尼(あまが)崎(さき)隊と共に七月二七日から防衛戦に参加。

 南鳥島の戦いには間に合わなかったものの、その後八月一日までの防衛に貢献している。

 不利な壱(いつ)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)で戦い抜いてきただけあって、豊(とよ)中(なか)隊や池(いけ)田(だ)隊も一目置く実力者達である。

 

「なんだ、この気配、圧力は……?」

 

 ウェーク島付近を飛行する西(にしの)宮(みや)一尉は奇妙な感覚に襲われた。

 因(ちな)みに、ウェーク島は皇(こう)國(こく)顕現の影響で大きく東に位置が移動した島の一つである。

 この島の他にもハワイ以西の殆(ほとん)どの島嶼が移動しており、位置は二〇二〇年九月より前と大きく異なる。

 

『此(こ)方(ちら)芦(あし)屋(や)。前方に敵影視認。新型超(ちよう)級(きゆう)と思われる。総員、戦闘準備』

 

 芦(あし)屋(や)一尉が連絡した敵影は西(にしの)宮(みや)も感じている。

 しかし、彼が感じているのはもっと別の、恐ろしく強大な何かである。

 

「此方西(にしの)宮(みや)。総員、下方を警戒せよ」

『下方? 海しか無いぞ?』

 

 芦(あし)屋(や)は疑問符を投げ掛けたが、西(にしの)宮(みや)が脅威を感じているのはまさに海の下からだった。

 その時、彼らの脳内によく通る女の声が響き渡る。

 

『皇(ひめ)女(みこ)聖(せい)花(か)辞(こと)別(わ)きて白(まを)さく、今(いま)し天(あめの)命(みわざ)の大(おほ)戦(いくさ)の最(さ)中(なか)、勁敵(かたき)が抵抗(さまたげ)中(なか)中(なか)に激(はげ)しく、遂(つひ)には帝都(みやこ)をも侵(おか)さんと思(おも)ひ上(あ)がる有(あり)様(さま)。当(まさ)に皇(すめら)国(みくに)の稜威(いつ)に係(かか)る甚(いた)く由(ゆ)々(ゆ)しき戦局(なりゆき)にし有(あ)れば、吾(あ)が力(ちから)の限(かぎ)りを傾竭(つく)し敵(かたき)を屠(ほふ)り事(こと)向(む)けしめむとなも思(おも)ほし食(め)す。厳(いつく)しき天(あめ)地(つちの)開(ひらくる)闢(のはじめ)の参(みつ)柱(はしらの)大(おほ)神(かみ)、弥(いや)高(たか)に降(こう)鑑(かん)し、其(そ)の明(めい)験(げん)発(はっ)顕(けん)し給(たま)ひ、速(はや)けく神(かみつ)州(しま)が禍患(わざはひ)を禳(はら)ひ除(のぞ)き、聖業(みわざ)を成(なし)遂(と)げしめ給(たま)へと白(まを)さく』

 

 海面が激しい光を放つ。

 それはまだ薄暗い早朝の海上を真白く塗(ぬ)り潰(つぶ)す程に凄まじい光だった。

 

「なんだこれは……!」

『総員、敵襲に備え!』

 

 シキツヒコ十機の前方で激しい水(みず)飛(し)沫(ぶき)が上がった。

 何か巨大な、全高三十六米(メートル)の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が彼らの目の前に離水したのだ。

 それは何(ど)処(こ)か女性的な造形の機体だった。

 

『起動しなさい! 絶(ぜっ)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムムスビ!!』

 

 停戦に向けた作戦の前に立ちはだかったのは、久しく現れていない三機目の特別機だった。

 操縦士は第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)、この機体は一月程前に仕様を指示された、彼女の為の恐るべき機体である。

 今、最悪の敵が自衛隊に牙を剥(む)こうとしていた。

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