皇國顕現によって、ウェーク島はハワイ・統京間の統京寄り三分の二の地点に移動している。
その上空で、一機の皇國特別機が日本国超級シキツヒコ十機を前にしていた。
特別機の操縦士は皇國第一皇女・麒乃神聖花である。
彼女はシキツヒコに取り囲まれ、十三年前のことを思い出していた。
「懐かしいですね。纏わり付く殺意、漂う死の馨り、荒ぶ戦場の風……」
これまで神聖大日本皇國は様々な時空へと移動し、異なる世界の日本を吸収すべく戦争を繰り返してきた。
その中で、特に強力な敵と認めた国に対しては当時女子高生だった彼女が直々に戦場へ出て蹂躙するのが慣わしであった。
例えばこの世界の米国がそうであったように、強大な覇権国家であれば皇國の誇る超級為動機神体であれど撃破されぬとも限らない。
米国がある意味幸運であったのは、この世界に転移してきた時には麒乃神聖花が既に政治家に転身しており、戦場へ出なくなって久しかったことだろう。
『最終兵器超能力女子高生』
何処かの世界線の覇権国家であった或る帝国は、自分達を一瞬にして凋落させた彼女のことを畏怖を込めてそう呼んだ。
世界最強を誇った最新兵器を素手で解体し、軍事拠点を謎の念動力で灰燼に帰す悪夢に襲われたその国では、以後黒いセーラー服が心的外傷の象徴として禁忌となった程である。
「ふふふ、久方振りに初恋の相手と巡り逢った様な気分でしょうか……。さあ、此方へ来て私と踊りましょう。悲鳴が奏でる管弦楽と断末魔の地獄絵図に彩られた、殺戮の舞踏を!」
麒乃神の高揚する気分を体で表すが如く、彼女の登場する特別機は両腕を引き拳を握り締めて構えた。
嘗ての戦いと彼女の様子が異なるのは、この機体に搭乗しているという点だ。
十三年前は生身で戦場を闊歩していたが、今回は彼女の為に拵えられた特別機を駆って自衛隊の前に立ち塞がる。
絶級為動機神体・カムムスビ――それがこの特別機の名前である。
甲公爵家先代当主の甲夢黝や水徒端男爵令嬢の水徒端早辺子などが代表として挙げられるように、皇國の上流階級の中には為動機神体の操縦技能を体得している者が少なくない。
第一皇女・麒乃神聖花もその一人で、末級為動機神体を操り皇奏手を脅迫したこともあった。
とはいえしかし、彼女の操縦技術そのものは皇國最強の操縦士・輪田衛士や第二皇子・鯱乃神那智には遠く及ばない。
それどころか、輪田隊の囃子鐵男中尉や鯱乃神隊の枚辻磊人少尉など、正規の皇國軍人の方が遥かに高い技量を持つ。
現に、彼女は相対する敵部隊の超級為動機神体・シキツヒコが放つ光線砲を為す術無く中てられてしまっている。
何度も、何度も、集中砲火が機体を蜂の巣にする勢いで浴びせられる。
「無駄ですよ」
しかし、カムムスビはビクともしない。
掠り傷一つ付かない様子に只ならぬ異変を感じたのか、十機のシキツヒコは斉射を中止して周囲を旋回し始める。
『なんだこいつは……? 威勢良く飛び出して来た割には全く動かん』
『だがシキツヒコの射撃に怯む様子も全く無い。不気味な敵だぜ……』
困惑する敵機操縦士、自衛隊の西宮一尉と芦屋一尉の声が神為に乗って伝わる。
麒乃神はそれを聞いて北叟笑んだ。
「これは実に私向きの、私ならではの良い機体ですね。皇太子殿下の明晰なる頭脳、全く以て素晴らしいと言う他ありません……」
皇國三機目の特別機――その装甲はやはり例に漏れず並外れて堅固なのか――否、実は違う。
カムムスビの装甲は寧ろ、旧式のミロクサーヌやガルバケーヌにすら劣る紙同然の代物である。
それどころか、通常の操縦士では真面に戦えない機動性しか備わっておらず、おまけに兵装すら一切存在しない。
女性的な形状は神々しくも妖艶な姿で魅せるが、造形の美しさばかりであまりにも見かけ倒しの機体なのだ。
そう、造形美だけは皇國の技術力の粋を集めた傑作である。
それは稀代の芸術家が心血を注いだ神像を彷彿とさせる程に。
即ち、外見に高い神性を宿しているといえよう。
そしてこれこそが、カムムスビという機体の神髄であり、麒乃神が操縦して初めて発揮される恐ろしさなのだ。
『撃って駄目なら斬り掛かれ!』
十機のうち芦屋隊の五機が一斉にカムムスビに飛び掛かる。
光線砲が駄目なら、より高い出力を持つ切断ユニットで破壊しようという腹だ。
「ですから無駄です。御前達如きの力に皇族たる私の神為を破れる筈が無いでしょう!」
シキツヒコ五機の切断ユニットは、カムムスビに衝突した瞬間に粉々に砕け散った。
それはガラスどころか飴細工を彷彿とさせる脆さであった。
『なっ!? こいつは、この機体は……!』
『どうした、芦屋!』
『この機体、装甲じゃない! 神為に守られている!』
『なんだと!? そんな訳が無いだろう! 超級為動機神体には神為無効化の機能が備わっているんだぞ!』
西宮が狼狽えるのも無理は無い。
しかし、彼らは知らなかった。
皇族の神為はその強大さ故に脆弱な制約を受け付けない。
光を透過する筈の水であっても、遙かな深海は常闇に鎖されてしまう様に。
あまりに巨大な電力を受けてしまうと、絶縁体であっても消し炭となってしまう様に。
度を超した力に対しては、小賢しい能力的制限など全くの無意味なのだ。
「絶級為動機神体・カムムスビの役割は武器でも防具でもありません。圧倒的な神為を誇る、皇族たる私にその様なものは一切不要。身を守るならば己の力で事足りる。寧ろこの私が脆弱なる機体を損傷から守っているのです。御前達如きではどうにもなりませんよ」
そう、カムムスビ自身に防御力は殆ど無い。
しかし、その機体は操縦士である麒乃神聖花の神為に守られている。
機体が操縦士を守るのではなく、操縦士が機体を守るという、一見して本末転倒の設計思想。
ではこの機体は何の為に存在するのか、何故わざわざ麒乃神はこのような為動機神体を駆るのか。
「冥土の土産に見せてあげましょう! この私の新たなる力、カムムスビの何たるかを!」
麒乃神の全身が激しい光を放つ。
それは彼女を覆うカムムスビに伝播し、全高三十六米の造形美の結晶から全方位に閃光が瞬いた。
刹那の光、しかしその後に残ったのはカムムスビ唯一機であった。
カムムスビを取り囲んでいたシキツヒコ十機は、凄まじい光の一撃に跡形も無く消滅してしまったのだ。
「カムムスビの造形美によって備わる機体の神為、それによって強化された私の神為に因って恐怖も苦しみも無く逝けたのです。感謝しなさい……」
絶級為動機神体・カムムスビの役割、それは操縦士である麒乃神聖花の神為に機体の神為を掛け合わせ、何倍にも強化する増幅器なのだ。
唯でさえ圧倒的な麒乃神の力が更に増強されては、最早手が付けられる相手など皇國外に存在するかどうか……。
「私の愛弟那智を殺した『金色の機体』、葬り去るのは同じ為動機神体が相応しい。それでいて、撃つのは皇族たる私の象徴『神為』の力……。まさに私の気分と完全に合致します。実に素晴らしい……」
麒乃神はカムムスビの力を加えた新たなる力の試し撃ちに満足していた。
と、そこへ彼女の背後から十五機の超級為動機神体が追い付いてきた。
南鳥島の戦いから導入された新型機である。
『殿下、遅くなりました、申し訳御座いません』
「いいえ、構いませんよ。丁度肩慣らしも済んだところです」
十五機は主に、硫黄島や南鳥島で生き残った兵達で構成された志願者達の特別部隊である。
軍人ではない麒乃神は自身の部隊を持たず、彼女自身も必要としていなかったが、名誉挽回を願う彼らが自ら申し出たのだ。
輪田や弟を慕う者達が隊長の無念を晴らしたいと言うのなら、麒乃神もそれを無下にはしない。
「扨て、暫しの後に敵の第二陣がやって来るでしょう。この私が一機残らず鎧袖一触に砕いてやりますが、恐れを成した臆病者が逃げぬとも限りません。御前達は南北二手に分かれ、敵の拠点と思しき布哇島へと回り込みなさい。性懲りも無く皇國に刃向かった元覇権国家に思い知らせ、敵の退路を断つのです」
『ははっ、仰せのままに、殿下』
超級十五機は八機と七機に分かれ、カムムスビを置いて先へと進んだ。
取り残された麒乃神は一人、前方の敵を感知して北叟笑む。
「ふふふ、では私は挨拶代わりに一発お見舞いしてやりましょうか……」
カムムスビの右腕が振り上げられた。
宣誓の姿勢にも見えるが、手首は大きく反らされている。
空に翳された掌から、紅い光が天に向かって放たれた。
その瞬間、世界は麒乃神聖花という女が持つ力の余りの脅威に対し、この世の終わりの様に慄いた。
⦿⦿⦿
日本時間、八月十三日午前二時頃、気象衛星ひまわりが突如として撮影不可能の状態に陥った。
丁度その頃は自衛隊が戦争終結に向けた作戦実行中である。
戦いの影響でシステムに不具合が起こったのかと、報せを受けた気象庁の職員に緊張が奔ったという。
だが、その本当の原因を知ったのは防衛省の職員だった。
本土と離島に配置された敵機探知の職員達は皆一様に戦慄を覚えた。
特に、多くの人員で今も本土への侵攻に備えている横田基地の騒乱は一際だった。
「なんだ……この常軌を逸した巨大なエネルギー体は……?」
「気象庁から問い合わせが来ています! ひまわりの様子がおかしい、画像が撮影出来ないと!」
「出来なくて当然だ!」
焦燥に駆られた拳が机を打ち付ける。
「今、太平洋上空に巨大なエネルギーの球体が浮かんでいる……。いや、これは球体というより『天体』だ……! ひまわりの映像はそいつの存在で完全に遮られている……!」
「皇國の……大量破壊兵器でしょうか……?」
「それにしてもやり過ぎだ……。エネルギー体の大きさは半径約三四〇〇キロ……。殆ど火星と同じ大きさの巨大なエネルギーの塊で何を攻撃しようというんだ……」
「火星と同じ大きさの『天体』……。もし、そんなものが落ちてきたとしたら……!」
青褪める彼らの脳に、よく通る女の声がおどろおどろしく響く。
『右眼ノ禊・涕愛』
皇國本土を目指す航や自衛隊に、人知を超えた巨大な衝撃が襲い掛かろうとしていた。