日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十七話『神產巢日』 急

 先行した西(にしの)宮(みや)隊と芦(あし)屋(や)隊の混成部隊に続き、航(わたる)は豊(とよ)中(なか)隊と共に太平洋上を統(とう)京(きよう)へ向かっていた。

 部隊編成は航(わたる)の愛機「超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムヤマトイワレヒコ」とその後継機「超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・スイゼイ」七機の計八機である。

 豊(とよ)中(なか)隊との共闘は最(も)早(はや)毎度お馴(な)染(じ)みと言っても良いだろう。

 だが一つ様子が違うのは、航(わたる)の後部座席、即(すなわ)ち副操縦席「和(にぎ)魂(みたま)座(くら)」に一人の少女が坐(すわ)っていることだ。

 

「ふみゅう、先に行った人達、何かあったんでしょうかね……」

「兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん、やはり君(きみ)も感じたか……」

 

 雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)――幼い少女の姿をした彼女は、武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の手から逃れる途中に立ち寄った雲(くも)野(の)研究所で出会った双子の兄妹の片割れである。

 神(じん)皇(のう)の複製人間(クローン)としての肉体に魂を移された彼女は、その器に違わぬ強大な神(しん)為(い)を有し、更にそれを一日に一度だけ他者へ貸し出すことが出来る。

 一箇月前、皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)が航(わたる)に言った「日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)による神(しん)為(い)消耗の対策として手配した副操縦士」とは、彼女のことであった。

 

「しかし、よく付いてきたな。怖くはないのかい?」

「岬(さき)守(もり)航(わたる)さんの操縦なら大丈夫だって、兎(と)黄(よ)泉(み)は既に知っているです」

 

 彼女の同乗は初めてのことではない。

 開戦の夜、最初に搭乗して皇(こう)國(こく)へ乗り込んで皇宮へ辿(たど)り着(つ)いたのは、彼女の案内に依(よ)るところが大きい。

 そんな訳で、この組み合わせで再び皇(こう)國(こく)に乗り込むのは寧(むし)ろ原点に戻ったともいえる。

 

(勿(もち)論(ろん)、僕(ぼく)だって今回も死なせるつもりは無いさ。だが、気になるのは先遣隊の状況だ)

 

 航(わたる)は前方の友軍が突如として感知出来なくなったことを気にしていた。

 同時に、何か妙な胸騒ぎを感じている。

 

(不気味なのはこの妙な静けさだ。明らかに何か危険が待ち受けているのに、驚く程に何も感じない……)

 

 航(わたる)は一つ、麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)の言葉を思い出していた。

 

『居るのよね、神(しん)為(い)を抑えることも知らない間抜けが』

 

 再会した際、魅(み)琴(こと)が屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)に向けた辛辣な酷評である。

 

『お前の様に態(わざ)々(わざ)神(しん)為(い)を光(ひけ)らかす莫(ば)迦(か)は、御(お)爺(じい)様(さま)の組織にも裏切り者にも腐る程居たわ。お前は下(へ)手(た)糞(くそ)なのよ、神(しん)為(い)の扱いが』

 

 航(わたる)の額に冷や汗が滲(にじ)む。

 魅(み)琴(こと)の言葉、裏を返せば真の実力者は強大な神(しん)為(い)の脅威を感じさせないということだ。

 

「兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん、君(きみ)が来てくれて良かったかも知れない。恐ろしい敵が待ち受けている気がするんだ」

「はい、兎(と)黄(よ)泉(み)もそう思いますです」

 

 航(わたる)は敵と遭遇する前に兎(と)黄(よ)泉(み)から神(しん)為(い)を借りておいた方が良いと判断した。

 常に日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)を発動し、持てる全ての力を発揮出来る状態で進むべきだと。

 

「兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん、神(しん)為(い)を借りられるか?」

「勿論です!」

 

 兎(と)黄(よ)泉(み)から神(しん)為(い)の貸与を受けようとした、その時だった。

 不意に、航(わたる)達の上空から灼(しやく)熱(ねつ)の光が降り注いだ。

 一瞬にして、世界が紅(あか)い焔(ほのお)に包まれた様な感覚だ。

 

『此(こ)方(ちら)豊(とよ)中(なか)! 岬(さき)守(もり)さん、上だ!』

 

 豊(とよ)中(なか)一尉から通信が入った。

 しかし、航(わたる)も言われずとも解(わか)っている。

 天を覆い尽くす巨大な破壊力の塊――航(わたる)はその圧倒的脅威を既に知っている。

 

「この力……別次元の神(しん)為(い)……皇族か……!」

 

 航(わたる)の脳(のう)裡(り)に皇族達の顔が代わる代わる瞬く。

 その中で、敵として戦場に出て来てこれ程の巨大な暴を振るう者。

 第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)や第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)ではないだろう。

 神(しん)為(い)を失った神(じん)皇(のう)や第三皇女・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)でもないし、勿論戦死した第二皇子・鯱(しゃち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)も除外される。

 

(残るは第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)と第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)。そのうち日本国に対して特に敵対的なのは……)

 

 航(わたる)は背筋が凍(い)て付(つ)く感覚に襲われた。

 忘れもしない、脳裏に焼き付いた恐怖の美女の顔。

 

(あの女(ひと)が目の前に迫っているのか!)

 

 動揺する航(わたる)だったが、状況はそんな彼を待ってくれない。

 天を覆う紅(あか)い光の塊は目に見えて降下し始めていた。

 どうやらこのまま航(わたる)達を圧し潰(つぶ)すつもりらしい。

 

「岬(さき)守(もり)航(わたる)さん!」

 

 航(わたる)は背後の副操縦席から温かな光が自身に降り注ぐのを感じた。

 彼の知っている「神(しん)為(い)の貸与」とはどこか違う、己の中に別の何かが流れ込んで染み渡る様な感覚だった。

 

「これは……一体……?」

『説明は後です! 今はあれを!』

 

 兎(と)黄(よ)泉(み)の声が自分の中から呼び掛けてくる――航(わたる)は多少戸惑いを覚えつつも、彼女の言うとおりに日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)を発動させた。

 溢(あふ)れんばかりの神(しん)為(い)、これならば常時発動状態でも苦にならない。

 

(以前、狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)と戦った時とも全く違うこの力、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんが中に入ってきた様な感覚、もしかしてこれが……。いや、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃんの言うとおり、今は敵の攻撃をどうにかしないと……)

 

 カムヤマトイワレヒコは手に切断ユニット「韴(ふつの)靈(みたまの)劔(つるぎ)」を構えた。

 一月前、硫黄島防衛戦でタカミムスビから手に入れた新たな力である。

 

(あの規模だと金(きん)鵄(し)砲(ほう)じゃどうにもならない。ならばここは……!)

 

 航(わたる)は韴(ふつの)靈(みたまの)劔(つるぎ)を天に振り上げたカムヤマトイワレヒコを急上昇させた。

 丁度、空を覆う紅い光の塊に鋒(きつさき)を向けて機体を突っ込ませる形である。

 

『岬(さき)守(もり)さん、何を!』

「おおおおおおっっ!!」

 

 韴(ふつの)靈(みたまの)劔(つるぎ)が紅い光に突き立てられた、その瞬間、天を覆う塊に青白い雷光が飛び散り、奔(はし)り回り、轟(とどろ)いた。

 凄(すさ)まじい力と力のぶつかり合いにより、激しい衝撃が辺り一面を何度も何度も襲い、断続的に空間を揺らす。

 

「砕けろ!!」

 

 航(わたる)はそのままカムヤマトイワレヒコを紅い光の壁に突き入れる。

 轟く霹(へき)靂(れき)は壁の罅(ひび)割れとなり、遂(つい)には紅い塊を粉々に砕いた。

 砕け散ったその破片は火の礫(つぶて)となって太平洋に降り注ぐ。

 

『総員、回避行動!』

 

 雹(ひよう)の如く空から襲い掛かる紅い炎を、七機のスイゼイは光線砲や切断ユニットを駆使して躱(かわ)し続ける。

 海に落ちた火の玉は水面に溶ける様に消えていく。

 

『みんな耐えろ、耐え抜くんだ!』

 

 元は火星と同じ体積を持った巨大な火の玉である、降り注ぐ火の雨の量は本来一日二日で尽きるものではない。

 だが殆(ほとん)どの神(しん)為(い)は韴(ふつの)靈(みたまの)劔(つるぎ)が放った雷光によって消滅しており、その御(お)陰(かげ)でスイゼイ七機は数分の降雨を凌(しの)ぐだけで済んだ。

 航(わたる)達はどうにか途方も無い攻撃に耐え切り、生き延びることが出来た。

 

「みんな、大丈夫か?」

『なんとか助かった。だが今の攻撃で七機ともかなり損傷している』

「良かった……」

 

 航(わたる)は豊(とよ)中(なか)隊の無事に一(ひと)先(ま)ず胸を撫(な)で下(お)ろした。

 しかし、同時にこれから待ち受けている敵を思うと、このまま同行させるのは危険だとも考え始めていた。

 

「みなさん、言い難(にく)いですが、ここから先は僕(ぼく)一人で行かせてもらえませんか?」

『何? どういうことだ?』

「多分、これまでにない恐ろしい敵が待ち受けています。今の攻撃はその一端に過ぎない。こう言っては難ですが、多分僕(ぼく)しか生き残れない……」

 

 おそらく、豊(とよ)中(なか)隊を始めとした自衛官は皇族の脅威を誰一人として知らない。

 そんな状態で戦っても為(な)す術(すべ)無く殺されるだけだろう。

 前方の先遣隊から気配が消えたのも、そういうことだと容易に察せられる。

 

『そんな相手に貴方(あなた)一人で行かせろと言うのか? 国民を守るべき我々が、民間人の貴方(あなた)を……』

「御(お)言(こと)葉(ば)ですが豊(とよ)中(なか)隊長、今の僕(ぼく)は貴方(あなた)の指揮下で動く特別警察特殊防衛課の一員です。昨日今日任に就いたばかりの新米ですが、職務として此(こ)処(こ)へ来ています」

 

 暫(しば)し通信が途絶える。

 豊(とよ)中(なか)も迷っているのだろう。

 これが航(わたる)で無ければ「生意気に勇敢ぶるな」とでも一喝していたところだろうが、誰よりも戦果を挙げている航(わたる)の言葉は決して軽くない。

 

 と、その時航(わたる)は別の気配を感じた。

 ハワイの方面から七機の敵が接近してくる。

 

「みんな、後だ!」

『解っている! 総員、背後から敵! 戦闘準備!』

 

 東から襲来した七機の超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が襲来した。

 此(こ)方(ちら)が巨大な火の玉に対処していた隙に回り込んでいたらしい。

 ミロクサーヌ零式とは明らかに違う、新型の超(ちよう)級(きゆう)だ。

 航(わたる)はその姿にどことなく見覚えがあった。

 

「あれは……ガルバケーヌ……!」

『南鳥島で動員された新型だ! 厄介な相手だが……!』

 

 ガルバケーヌ――航(わたる)がミロクサーヌ改で初めての為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)戦を行った相手である。

 武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の土(は)生(ぶ)十(と)司(し)暁(あき)との一戦は、此方に不利な条件が重なっていたものの、引き分けに持ち込むのがやっとだった。

 その強力な兵装と堅固な装甲は今も印象に残っている。

 

 スイゼイと敵、それぞれ七機が交戦状態に入った。

 

『布哇(ハワイ)を叩(たた)けとの命令だが、此処で全員葬ってしまえばそれまでよ!』

『この新型超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ガルバケーヌ弐(に)式(しき)をミロクサーヌ零(れい)式(しき)と同じと思うなよ!』

 

 これまで皇(こう)國(こく)の最新鋭機として運用されていたミロクサーヌ零(れい)式(しき)は機動力重視のミロクサーヌ型を元にしてガルバケーヌの長所を取り込んだ高性能機であったが、この戦争ではカムヤマトイワレヒコに力負けするなど、馬力や火力に難が見られた。

 しかし、今回新たに導入された新型超(ちよう)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・ガルバケーヌ弐(に)式(しき)は火力重視のガルバケーヌ型を元にしてミロクサーヌの長所を取り込むことで、欠点の力不足を克服している。

 南鳥島の戦いでも、スイゼイを七機のうち六機撃破した難敵である。

 

『岬(さき)守(もり)さん! さっきの話、了解した!』

 

 航(わたる)に豊(とよ)中(なか)からの通信が入った。

 

『此処は我々が食い止める! 貴方(あなた)の退路は確保するから、少しでも駄目だと思ったら迷わず戻って来い!』

「ありがとうございます!」

 

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを西へ向かわせた。

 

(みんな、どうか御武運を……!)

 

 航(わたる)は豊(とよ)中(なか)隊を信じ、敢(あ)えて彼らの気配から感覚を閉ざした。

 ここから先の相手、他のことを気にしていて勝てはしないだろう。

 

「兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん、行くぞ!」

『はい! 大丈夫です、兎(と)黄(よ)泉(み)が付いていますから!』

 

 航(わたる)がこれからすべきこと、先(ま)ずはこの先に待ち受ける敵、第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)の駆る絶(ぜっ)級(きゅう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムムスビを突破し、そして皇(こう)國(こく)は統(とう)京(きよう)に上陸する。

 そして皇宮に再びカムヤマトイワレヒコを臨場させ、寝室で眠る神(じん)皇(のう)の身柄を確保する。

 

 極めて困難な任務だが、この一戦に日本国の存亡が懸かっていることは間違いない。

 航(わたる)はカムヤマトイワレヒコを加速させた。

 

「さあ、この戦争を終わらせるぞ!」

 

 遥(はる)か西方ではカムムスビも此方に接近している。

 皇(こう)國(こく)顕現で地殻変動し、様変わりした太平洋を両機が飛んでいる。

 変わり果てた島(とう)嶼(しよ)の位置関係、現在ではハワイから統(とう)京(きよう)を結ぶ一直線上にウェーク島とその諸島が存在する。

 このまま運べば、接敵の地点はミッドウェー島の上空となるだろう。

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