日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十八話『個人的仇敵』 破

 凄(すさ)まじい水(みず)飛(し)沫(ぶき)を上げ、カムヤマトイワレヒコが海中から飛び出した。

 航(わたる)は再び恐るべき敵、皇(こう)國(こく)第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)の駆る絶(ぜつ)級(きゆう)為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)・カムムスビと対(たい)峙(じ)したが、すっかり平常心を取り戻している。

 

『流(さ)石(すが)にあの程度の攻撃では墜(お)ちませんか。今まで皇(こう)國(こく)の名だたる英雄を退けてきた男です、そう来なくては……』

「殺意の塊みたいな攻撃をしてきておいて、よく言う……」

 

 航(わたる)は考える。

 おそらく、敵の攻撃を回避する手段は無い。

 これまで二回受けた様に、相手が攻撃してきた瞬間に鏡の障壁を形成して衝撃を和らげる以外の対処法は無いだろう。

 だとすると、そう何発も耐えられるような威力ではない。

 

(既にかなりガタが来ているからな、機体も僕(ぼく)自身も……)

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)が解放した神(しん)為(い)の塊は凄まじい破壊力で、鏡の障壁によって衝撃を軽減して尚(なお)も深刻な爪痕を残している。

 機体は全身の装甲がボロボロになり、そして航(わたる)もかなり出血している。

 対して、麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)は余裕の佇(たたず)まいである。

 状況は圧倒的に不利、力の差は歴然といった様相であった。

 

(銀座や硫黄島みたいな長期戦は多分無理だ。一回か二回の交錯で一気に決着を付けないと、確実にやられてしまう)

 

 しかしながら、航(わたる)にとって明るい見通しもある。

 ある一点に於(お)いて、航(わたる)の方が圧倒的に有利とも言える。

 

 というのも、これまで麒(き)乃(の)神(かみ)は神(しん)為(い)による攻撃しか繰り出してきていない。

 先例でいうと鯱(しゃち)乃(の)神(かみ)那(な)智(ち)の場合、それは最後の手段として使ってきた自らの力だ。

 裏を返せば、為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の操縦士としては極力使いたくない攻撃なのだ。

 最初からそれに頼ってきたということは、要するに麒(き)乃(の)神(かみ)は為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)操縦士として戦いに来たのではない。

 

(あの女(ひと)は多分、本来は生身で戦うタイプなんだ。操縦技術はそこまで高くない筈(はず))

 

 航(わたる)は機体の腕の光線砲を敵機に向けた。

 一つ確かめたいことがあったからだ。

 カムヤマトイワレヒコは現在、日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)の発動状態にあり、強化された光線砲「金(きん)鵄(し)砲(ほう)」は通常とは比較にならない凄まじい破壊力を誇る。

 そして重要なのは、光による攻撃であるが故に発射を見てからでは絶対に回避出来ないということだ。

 

(だが動く気配を見せない。中(あた)ってもどうということはないって感じだ。相当耐久力に自信があるらしい)

 

 航(わたる)は光線砲を発射せず、砲口を敵機に向けたまま機体を突っ込ませる。

 

「試させてもらう。今の僕(ぼく)とカムヤマトイワレヒコにどこまでの力が出せるか!」

 

 カムヤマトイワレヒコはカムムスビと衝突する寸前で急転換し、ジグザグに飛行して攪(こう)乱(らん)を図る。

 しかしカムムスビは微動だにしない。

 好きな様に撃つが良い、とでも言いたげだ。

 

「舐(な)めやがって。だが、そういうことなら遠慮無くやらせてもらう!」

 

 航(わたる)は砲口に意識を集中し、機体との同調を深めていく。

 通常の操縦では余計な神(しん)為(い)を消耗しない為(ため)に、機体との同調は性能を充分に発揮出来る程度に留(とど)めるのが基本なのだが、今は兎(と)黄(よ)泉(み)との融合によって日(ひの)神(かみ)回(かい)路(ろ)を発動して尚大きな余裕がある。

 そこで、より大きな神(しん)為(い)を込めて金(きん)鵄(し)砲(ほう)の威力を限界まで高めようというのだ。

 

(まだ上がる……! まだ行ける……!)

 

 為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)の光線砲はパルスという光の一周期に微弱な神(しん)為(い)を込め、それを一秒間に千兆という単位で重ねて絶大な威力を発揮するという原理を持っている。

 これは、一発一発に込める神(しん)為(い)が一定数を超えると敵の装甲に無効化されてしまう為、途方も無い数によって補わなければならないからだ。

 だが今、皇族級の神(しん)為(い)による戦いでは無効化機能が意味を成さない。

 つまり、一発に込める神(しん)為(い)の量を上げても問題無いのだ。

 

(金(きん)鵄(し)砲(ほう)の周波数は僕(ぼく)の感覚で百京(エクサヘルツ)に達する。それの一発一発に神(しん)為(い)無効化を貫通する規模の神(しん)為(い)を込める!)

 

 航(わたる)は可能な限り出しうる最高の破壊力を目指し、より神(しん)為(い)と周波数を高めていく。

 余り威力を出し過ぎると機体そのものが保たない。

 耐久力を加味しつつ、限界の出力を探る。

 そして遂(つい)に、その時が来た。

 

「ここだ!!」

 

 これまでに無い凄まじい力の奔流がカムヤマトイワレヒコの腕の砲口から放たれた。

 世界を包む眩(まばゆ)い光で二機の為(い)動(どう)機(き)神(しん)体(たい)が結ばれる。

 

「行けえええエエッッ!!」

 

 航(わたる)は放出を続行する。

 通常、一回の射撃で光を放つ時間はほんの一瞬である。

 だが今、航(わたる)は金(きん)鵄(し)砲(ほう)を可能な限り長くカムムスビに照射し続けていた。

 考え得る最大級の火力で敵機に破壊したかったのだ。

 

『肉癢(こそば)ゆい』

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)の声が航(わたる)の脳を揺さぶる様に響き渡った。

 そして次の瞬間、航(わたる)とカムヤマトイワレヒコを激しい衝撃が襲う。

 麒(き)乃(の)神(かみ)の神(しん)為(い)が解放され、力の塊となってぶつけられたのだ。

 

「ぐああああああッッ!!」

 

 間一髪、航(わたる)は鏡の障壁で防御したものの、一瞬意識が飛ぶ程のダメージを負ってしまった。

 そしてなにより、巨大な光線砲で悲鳴を上げていた機体の腕が今の攻撃で粉々に破壊されてしまっていた。

 

「くっ、しまった……!」

『残念でしたね。中々の出力でしたが、その程度では私(わたくし)の神(しん)為(い)を破ることなど出来ません。同時に、漸(ようや)く得心しましたよ』

 

 カムムスビがカムヤマトイワレヒコの方を向いた。

 

『其(そ)方(ちら)の機体の操縦室、直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)の中で満(まん)身(しん)創(そう)痍(い)となっている御(お)前(まえ)の姿は既に捕捉しています。ですが、御(お)前(まえ)の中にはもう一人、極めて陛下と近い存在が居ますね。おそらく、陛下の複製人間(クローン)と融合することで御(お)前(まえ)は私(わたくし)と渡り合えるまでに神(しん)為(い)を高めたのでしょう。そして、それはあの麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)という小娘が陛下を打ち倒し得た理由でもある』

「くっ……!」

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)は航(わたる)の力の出所を看破していた。

 

『しかし、哀(かな)しいかな御(お)前(まえ)の神(しん)為(い)は彼女とは程遠い。加えて、複製(クローン)体もあの夜よりは神(しん)為(い)で劣っている別個体でしょう。麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)が陛下に匹敵する神の領域に達したのと同じ行為に及んでも尚、私(わたくし)とどうにか戦える程度の領域にしか達しなかった……』

「ああ、そうだよ……」

 

 航(わたる)は血と混ざり合った冷や汗に片目を閉じた。

 この麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)、長い年月の間遠(とお)離(ざか)っていたとはいえ、かなり戦いの場数を踏んでいるだけあって、洞察力は中々のものである。

 

『扨(さ)て、今の御(お)前(まえ)の心境を当ててあげましょう。私(わたくし)の攻撃にそう何発も耐えられない御(お)前(まえ)は、短期決戦でけりを付けようとしている。ですがその為に必要な火力が足らず、どうしたものかと攻め倦(あぐ)ねている、といったところでしょうか……』

「くっ……!」

『更にもう一つ、御(お)前(まえ)が勝負を焦る理由。抑(そもそ)も御(お)前(まえ)達は皇(こう)國(こく)に上陸しようとしていますが、仮に上陸したとして占領するような力はありません。では、何が狙いなのか。おそらくは政府中枢か、或(ある)いはそれに準じた、攻略が皇(こう)國(こく)にとって致命的な目標を奇襲しようとしている。時間帯が早朝であるのものその為。だから事を進めるには余り時間を掛けられない、違いますか?』

 

 麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)は航(わたる)だけでなく、日本国そのものの思惑までほぼ読み切っている。

 航(わたる)は敵の正体を冷静に見られる様になって、得体の知れない恐怖感の奥に隠されていた真の脅威をはっきりと認識した。

 霧が晴れて全体像が見えるようになったことで初めて見える恐ろしさもあるのだ。

 

「一筋縄じゃいかないってことか……」

 

 航(わたる)はこの難敵を斃(たお)す術を捻(ひね)り出(だ)すべく脳をフル回転させる。

 しかしそんな彼に、麒(き)乃(の)神(かみ)は意外なことを言ってきた。

 

『困っているようですね。助けてあげましょうか?』

「何?」

 

 突然の言葉に、航(わたる)は目を細めて訝(いぶか)しんだ。

 

「どういうことだ?」

『一度は愛してやった好(よしみ)です。今私(わたくし)に降(くだ)れば許してやらぬでもないですよ。那(な)智(ち)を殺された恨みはありますが、互いに国家の命運を賭けた戦いの中でのこと。私(わたくし)に忠誠を誓い、御(お)姉(ねえ)様(さま)と呼び、欲しがる腰を厭(いや)らしく繰(く)錬(ね)らせて媚(こ)びるならば、夜(よ)伽(とぎ)役として飼ってやろうではないですか』

 

 ぞくり、と航(わたる)の全身に怖(おぞ)気(け)が奔(はし)った。

 おそらくこれは、航(わたる)の心的外傷(トラウマ)を再び想起させて萎縮させる駆け引きだろう。

 

「ふざけているのか、こんな時に……」

『私(わたくし)はいつでも大真(まと)面(も)目ですよ。勿(もち)論(ろん)、御(お)前(まえ)がやり難(にく)くなるようにとの策略でもありますが、でも御(お)前(まえ)が乗るなら筋は通しましょう。御(お)前(まえ)のことが惜しいという気持ちは偽らざるものですからね』

 

 航(わたる)は固(かた)唾(ず)を呑(の)み、そして口角を上げて笑みを作った。

 

「正直に言いましょう。僕(ぼく)は貴女(あなた)が畏(おそ)ろしい。戦わずに済むならどんなに良いか……。それに、貴女(あなた)の強引すぎるアプローチに少しも心が時めかなかったか、と問われれば嘘(うそ)になる。あんな風に、あそこまではっきりとした形で求められたのは初めてだった。どこまでも上から、力尽くで、此(こ)方(ちら)の意思などお構い無しに……。あれは……素敵だった。実を言うと貴女(あなた)のような女性は僕(ぼく)の好みのタイプなんですよ。だから、貴女(あなた)の甘言に乗ってしまいたいと、縋(すが)り付(つ)いて命乞いしてしまいたいという思いは否定出来ない……」

『岬(さき)守(もり)航(わたる)さん? 何を言っているですか?』

『ほう……』

 

 兎(と)黄(よ)泉(み)は困惑し、麒(き)乃(の)神(かみ)は声を弾ませる。

 だが航(わたる)は既に尻を叩(たた)かれている。

 その絶対的な主に逆らうなど、裏切るなどあり得ない。

 

「でも、僕(ぼく)を支配するのは貴女(あなた)じゃない。貴女(あなた)は僕(ぼく)の女王様になれない!」

『フン……』

 

 一転して、麒(き)乃(の)神(かみ)の声に不快感が混じる。

 その反応に畏れはあるものの、航(わたる)は敢(あ)えてもう一度宣言した。

 

「僕(ぼく)を折れるのは魅(み)琴(こと)だけだ!」

 

 航(わたる)は愛する者を胸に、改めて闘志を奮い立たせる。

 行くも地獄、引くも地獄――ならば地獄を突き進む中で活路を見(みい)出(だ)すしか無い。

 

『女王様にはなれない、ですか。抑も私(わたくし)は内親王であって女王ではないのですが……。成程、結構!』

 

 一方、振られた麒(き)乃(の)神(かみ)は激(げつ)昂(こう)した。

 

『ならばもう二度と問いません。この場で死になさい!』

 

 神(しん)為(い)による痛恨の一撃が航(わたる)を襲った。

 激しい衝撃に機体は大きく吹き飛ばされたが、それ以上に全身の損傷が深刻である。

 機体は既に片腕がもげ、残された腕と片足の膝下がケーブルで辛うじて吊(つ)るされている状態だ。

 最(も)早(はや)真面に戦える状態ではなかった。

 

「うぅ……」

『御(お)前(まえ)は、いや御(お)前(まえ)達明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)は愚かな選択をしました! 自国自民族が行き詰まっている状況に対し、余りに無頓着! 御(お)前(まえ)達だけでなく、どの世界線でも日本人は己に流れる清き血を腐らせる家畜の安寧に浸りきっている! その先に真の未来はありません! 大和民族の誉れを滅ぼさんとする世界の悪意に抗(あらが)うべく、汎(あら)ゆる日本が団結する大(おお)日(やま)本(と)の新世界秩序が必要なのです! それを築けるのは最早私(わたくし)達、神(しん)聖(せい)大(だい)日(につ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)のみ! この歴史的大偉業に力添え出来る栄誉を何故(なぜ)受(う)け容(い)れないのですか!』

 

 カムムスビが体勢を立て直したカムヤマトイワレヒコに肉薄する。

 

「余計なお世話だって言ってんだよ!」

『ならば御(お)前(まえ)達に守れるのですか! 日本人の権益を! 栄光を! 名誉を! 精神を! 文化を! この世界へ来て私(わたくし)達が御(お)前(まえ)達の現状を調べなかったでも思いますか? たった一度の敗戦で世界を変えるべく戦う気概を失い、言われるがままに尊厳を差し出し、されるがままに矜(きよう)持(じ)を踏(ふ)み躙(にじ)られてきたのが御(お)前(まえ)達でしょう!』

 

 航(わたる)は機体を回避させ、カムムスビの背後に回り込む。

 

『皇(こう)國(こく)は違います! 臣民の栄誉を守る為ならば世界を敵に回すことさえ厭(いと)わない! 国家の道理を通す為ならば世界を壊すことさえ躊(ため)躇(ら)わない! その力と覚悟のある私(わたくし)達こそが汎(はん)世(せ)界(かい)的(てき)大(おお)日(やま)本(と)連(れん)盟(めい)の盟主に相(ふ)応(さわ)しい! それこそが神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)の崇高なる大義!』

 

 カムムスビが再びカムヤマトイワレヒコの方を向いた。

 仕掛けてくる予感がする。

 航(わたる)にとって、絶体絶命のピンチである。

 

 否、航(わたる)はこの瞬間を待っていた。

 攻撃を繰り出そうとする瞬間にこそ、最大の隙が生まれるものだ。

 カムヤマトイワレヒコの肩から何か細い紐(ひも)状(じよう)の、喩(たと)えるならば「木の蔓(つる)」にも似た何かが生える。

 

『何!?』

 

 木の蔓は機体の腕を繋(つな)ぎ合(あ)わせ、日本刀状の切断ユニット「韴(ふつの)靈(みたまの)劔(つるぎ)」を振るう。

 刃がカムムスビの胸部に打ち当てられ、麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)が潜む操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」が剥(む)き出(だ)しになった。

 

「だから、そんなのには乗れないんだよ。貴女(あなた)は切って捨ててくれたが、日本国には日本国の積み重ねってやつがある」

 

 剣から凄まじい雷光が放たれ、カムムスビの直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を直撃した。

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