日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第六十九話『革命』 序

 岬(さき)守(もり)航(わたる)が目を覚ましたのは作戦失敗の翌日だった。

 知らないベッド、知らない天井、馴(な)染(じ)まない空気――航(わたる)は気が付いてすぐ「ああ、またか」と感じた。

 左を向くと、隣のベッドで雲(くも)野(の)兎(と)黄(よ)泉(み)が死んだ様に眠っている。

 

(この感覚、この二箇月で何回目だ? 戦いで力を使い果たして気絶して、覚えの無い場所で目を覚ます……。もうこれで最後にしたいもんだ……)

 

 上体を起こした航(わたる)の許(もと)へ一人の自衛官が歩み寄ってきた。

 求(く)来(く)里(り)美(よし)乃(の)三尉、このシチュエーションで彼女が来るのも硫黄島の時と同じだ。

 あの時は豊(とよ)中(なか)大(たい)洋(よう)一尉も一緒だったが。

 

「求(く)来(く)里(り)三尉……」

「お目覚めのようで、何よりです」

 

 航(わたる)は求(く)来(く)里(り)から事の顛(てん)末(まつ)と今後の話を聞かされた。

 今は一(ひと)先(ま)ず、ハワイで待機して次の指令を待っている状態らしい。

 

「すみません、力になれなくて……」

 

 航(わたる)は布団の上で拳を握り締めた。

 今回の作戦は日本国の命運を賭けたものだった。

 しかしそれに失敗してしまっては、いったいどうやって停戦に持っていけば良いのだろう。

 航(わたる)は先行きの不安から暗(あん)澹(たん)たる心持ちになっていた。

 

「いいえ。毎度言っている気がしますが、それは此(こ)方(ちら)の台詞(せりふ)です」

 

 求(く)来(く)里(り)は首を振った。

 

「こんな、国運を賭けた作戦の成否が貴方(あなた)一人の双肩に懸けられていたこと自体が私(わたし)達(たち)の不(ふ)甲(が)斐(い)無(な)さなんです。私(わたし)達こそ、貴方(あなた)の力になる義務があったのに……」

「今までは……そうだったかも知れません……」

 

 航(わたる)は小さく溜息を吐いた。

 

「けど今は僕(ぼく)も国家を守る責を負ってしまっているんです。だからもう、皆さんのお客さんではいられない。自分一人の肩の荷ではなくても、共に支える義務があった。でも作戦には失敗した上、敵に此方の魂胆がバレてしまった。もう同じ作戦は使えない」

 

 海に沈む夕日が窓から差し込んでいる。

 落日は遙(はる)か西へと世界を燃やす。

 

「そういえば、カムヤマトイワレヒコはどうなりましたか? 直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)は無事ですか?」

「カムヤマトイワレヒコの直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)は無傷で回収されました。しかし、機体は海の底へ沈んでしまった……」

「そうですか……」

 

 為(ため)動機神体の操縦室「直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)」は、機体を再生する際の要となる核部である。

 因(よ)って、今回のような海戦の後でも回収出来るように、水に浮く設計となっている。

 だが鋼鉄の塊である機体は当然沈んでしまう。

 カムヤマトイワレヒコは直(なお)靈(ひ)彌(み)玉(だま)を無傷で回収されたということで、神(しん)為(い)さえ足りれば理論上再生は可能だが、常人が身に付けられる程度の神(しん)為(い)では再生に数(すう)ヶ(か)月(げつ)単位の期間を要する。

 

「すぐには……直りませんよね……」

「まあ、終わったことにいつまでも囚(とら)われていても仕方が無いですよ、岬(さき)守(もり)さん」

「求(く)来(く)里(り)さん……」

 

 求(く)来(く)里(り)の言うことも尤(もつと)もだ。

 過ぎたことを悔やんでも結果が変わる訳ではない。

 ならばそれよりも、自分に出来ることを探すべきだろう。

 

「次の作戦が決まったらその時は僕(ぼく)も力になります。カムヤマトイワレヒコが無くても、他の機体に乗ることだって出来ますから」

「心強いです。でも今は体を休めてくださいね」

 

 航(わたる)の胸の痞(つか)えは求(く)来(く)里(り)と話すうちにすっかり溶けてしまった。

 そうだ、まだ終わった訳ではない。

 皇族の麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)を止められたことは間違い無く大きな成果だ。

 何より、日本国がここまで戦える状況を整える為に命懸けで絶望に抗(あらが)った麗(うる)真(ま)魅(み)琴(こと)のことを思えば、航(わたる)にも勇気と力が湧いてくる気がした。

 

「ありがとう、兎(と)黄(よ)泉(み)ちゃん……」

 

 航(わたる)は隣のベッドで眠る兎(と)黄(よ)泉(み)に小さく呼び掛けた。

 生き延びられたのは間違い無く彼女の御(お)陰(かげ)だ。

 今までには無かった力を使ったということは、彼女もまた航(わたる)や日本国の為に努力してくれたのだろう。

 その感謝も一(ひと)入(しお)だった。

 

「求(く)来(く)里(り)三尉、岬(さき)守(もり)さんも目覚めたのか」

 

 そこへ、自衛官がもう一人やって来た。

 剣(けん)持(もち)或(ある)人(と)二尉――彼もまた豊(とよ)中(なか)隊に所属する顔(かお)馴(な)染(じ)みだ。

 彼はタブレット端末を手に、何やら深刻な表情をしている。

 

「どうかしたんですか?」

「二人共、これを見てくれ」

 

 剣(けん)持(もち)は航(わたる)の膝にタブレットを置いた。

 航(わたる)と、彼の肩越しに求(く)来(く)里(り)も画面を覗(のぞ)き込(こ)む。

 そこにはニュースの動画が映されていた。

 

『神(しん)聖(せい)大(だい)日(にっ)本(ぽん)皇(こう)國(こく)、全土で叛(はん)乱(らん)軍が一斉蜂起か』

 

 動画のタイトルにはそんなことが書かれていた。

 

「よくある陰謀系のデマ動画ですか?」

「二尉、自衛官がそういうの見てるって知られたら逆の陰謀論系に餌を与えちゃいますよ?」

「いや、能(よ)く見てくれよ二人共。このアカウント、大手メディアのニュース番組公式だ」

 

 剣(けん)持(もち)の言うとおり、確かに航(わたる)達にも覚えがある番組名だった。

 

「てことはこれ、それなりに信用出来る情報筋ってことですよね」

「ああ、何か皇(こう)國(こく)で動きがあったことは事実だろう」

 

 航(わたる)は渋い顔を浮かべた。

 皇(こう)國(こく)の叛(はん)逆(ぎやく)勢力というと、航(わたる)には碌(ろく)な印象が無い。

 このタイミングであの「武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)」が、航(わたる)達を拉致して死者まで出したあの組織が何かをやらかそうとしているとすると、絶対に酷(ひど)い事を企(たくら)んでいる筈(はず)だ。

 

「あいつら、戦争の混乱を利用して政府転覆するつもりなのか……?」

 

 航(わたる)はタブレットに映る廃(はい)墟(きよ)の航(わたる)空写真を見詰め、眉根を寄せて指を絡めた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 時は皇(こう)國(こく)時間の八月十三日午後七時に遡(さかのぼ)る。

 丁度、日本国で皇(すめらぎ)奏(かな)手(で)防衛大臣兼国家公安委員長が記者会見を行っている頃だ。

 

 統(とう)京(きよう)のとある高層集合住宅(タワーマンション)の一室で、電視(テレビ)に映る彼女の会見映像を数人の男女が見守っていた。

 彼らは武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)の最高幹部「八(はつ)卦(け)衆(しゆう)」達。

 首領補佐からの情報で皇(こう)國(こく)に混乱が起こると教えられ、叛乱の機を窺(うかが)うべくこの場所に潜み続けていたのだ。

 

「聞いたかね、彼女の言葉を?」

 

 加特力(カトリック)神父の様な黒服を着た胡(う)散(さん)臭(くさ)い髭(ひげ)の男、首(しゆ)領(りよう)Д(デー)こと道(どう)成(じよう)寺(じ)太(ふとし)は記者会見の内容に北(ほく)叟(そ)笑(え)む。

 電視(テレビ)には丁度、過剰な戦果発表に疑問を呈されて会見を打ち切り、逃げる様に去る皇(すめらぎ)の姿が映し出されていた。

 

「この状況、あの時代によく似ているとは思わんかね? ヤシマ人民民主主義共和国の建国前夜、八月革命勃発の切(きっ)掛(かけ)になった世界大戦敗戦と……」

「確かに……」

 

 参謀役の壮年男・久(く)地(ち)縄(なわ)元(げん)毅(き)が顎に手を当てて頷(うなず)いた。

 

「皇(こう)國(こく)の前身、神(しん)和(わ)維新政府も日露戦争や世界大戦の序盤は優勢だった。しかし、一つの海戦を切掛に戦局は引っ繰り返り、以後立て直されることは無かった。そしてイケイケだった政府は件(くだん)の海戦に於(お)ける敗北を受(う)け容(い)れず、戦果を都合良く捻(ね)じ曲(ま)げ逆転させた出(で)鱈(たら)目(め)な発表を行った。これは神(しん)和(わ)政府の愚かさの象徴と言えるでしょうね」

 

 首(しゆ)領(りよう)Д(デー)と久(く)地(ち)縄(なわ)が注目したのは、会見の主題が「重要な作戦の中止」だった点だ。

 皇(すめらぎ)はあくまで中止であると言い張るが、実際は失敗だったということは火を見るより明らかだ。

 このような言い換えは、今までの日本国の発表には見られなかった。

 つまり、日本を名乗る二つの国の戦争は、確かにこれまで日本国側が優勢であったが、この戦いを機に戦局が反転する可能性が高い――二人はそう踏んでいるのだ。

 

「やはり、神(じん)皇(のう)が伏せってしまったことが相当の痛手だったのでしょうな。皇(こう)國(こく)が敵国を一箇月も降伏に追い込めない時点で、相当弱っていることは明白だった」

「だがそれもここまでということだろうね。ここから先、皇(こう)國(こく)にとって困難な状況は収束に向かうだろう」

 

 首(しゆ)領(りよう)Д(デー)は電視(テレビ)の電源を切ると、八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の同志達に振り向いて白い歯を見せた。

 

「だが、もう充分だ。そうだろう、同志久(く)地(ち)縄(なわ)」

「ええ。八(や)社(おと)女(め)首領補佐から動乱の予兆を聞かされて以来、ずっと全国の反政府勢力と接触してきました。既に首領の合図一つで彼らは一つの叛乱軍として一斉蜂起します。加えて、遠征軍と国防軍双方の最高戦力が喪失、更には第一皇女まで神(しん)為(い)を失って入院している始末。機は熟したと見るべきでしょう」

 

 皇(こう)國(こく)には武(ぶ)装(そう)戦(せん)隊(たい)・狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)だけでなく大小様々な叛逆組織があり、久(く)地(ち)縄(なわ)は開戦以来その足で大同盟締結に東奔西走してきた。

 彼の術(じゅつ)識(しき)神(しん)為(い)は「対象の素(す)性(じよう)を隠し、周囲の人間に認識させない」という極めて隠(おん)密(みつ)行動に向いた能力であり、八(はつ)卦(け)衆(しゆう)は敵だらけの皇(こう)國(こく)内を自由に移動出来るのだ。

 

「面白くなってきたな」

 

 八(はつ)卦(け)衆(しゆう)の紅一点・沙(さ)華(はな)珠(たま)枝(え)は厚化粧した顔を歪(ゆが)ませて笑う。

 一度は六摂家当主とも対話した彼女だったが、その胸中には貴族を頂く皇(こう)國(こく)社会への憎(ぞう)悪(お)が変わらず燃えている。

 

「宜(よろ)しい!」

 

 首(しゆ)領(りよう)Д(デー)は高らかに宣言する。

 

「只(ただ)今(いま)、この時を以(もつ)て狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)を中心とした叛逆組織の大同盟『連合革命軍』結成を宣言する! 明日、八月十四日には全国で一斉に蜂起し、弱り切った皇(こう)國(こく)を叩(たた)きのめす! そして明後日、八月十五日! 国会議事堂に省庁、大貴族邸宅、そして皇宮に我らが攻め入り『真・八月革命』を成(じよう)就(じゆ)させるのだ!」

 

 狂気を孕(はら)んだ声が部屋に響いた。

 それを受けてか、押し入れの中で何かが動いて扉を激しく叩く。

 首(しゆ)領(りよう)Д(デー)は狂気をそのままに扉へと目を遣った。

 

「おやおや、どうやら雌(めす)狗(いぬ)が痺(しび)れを切らしてきたらしい。同志逸(へ)見(み)、開けてやりなさい」

「はぁい」

 

 女装をした細身の優男・逸(へ)見(み)樹(いつき)が押し入れの扉に手を掛け、勢い良く開いた。

 

「うふふ、良い格好ね、第三皇女殿下」

 

 押し入れの中で暴れていたのは、開戦直前に航(わたる)達と戦って神(しん)為(い)を失ったところを狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)に捕えられた第三皇女・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)だった。

 四肢は肘と膝と股関節を折り曲げた状態で拘束固定され、肘膝立ちの四(よ)つん這(ば)いを強要されている。

 身に着けていた衣服はボロボロで、下着が破れた姿は全裸以上に見(み)窄(すぼ)らしい。

 おまけに全頭マスクに鼻フックとボールギャグを付けられて汁を垂らし、首輪で繋(つな)がれた姿は差し詰め虐待された犬といった様相である。

 

「嗚呼(ああ)、なんて無(ぶ)様(ざま)な姿なのかしら。こんな格好で毎日首(しゆ)領(りよう)Д(デー)に可(か)愛(わい)がっていただけるなんて、私(あたし)、とっても羨(うらや)ましくって興奮してきちゃう……」

「心外だね。君(きみ)のことも毎日色々してやっているだろう。この厭(いや)らしい欲張りさんが」

 

 逸(へ)見(み)は両頬に手を当てて恍(こう)惚(こつ)とした表情を浮かべている。

 屹(きつ)度(と)、日々の痴態を思い出しているのだろう。

 首(しゆ)領(りよう)Д(デー)はそんな彼を横目に、押し入れに繋がれた首輪の鎖を外した。

 

「さあ、明後日は愈(いよ)々(いよ)君(きみ)に働いてもらおうじゃないかね! 先(ま)ずは君(きみ)が狗(いぬ)の民族に相(ふ)応(さわ)しい姿をお披(ひ)露(ろ)目(め)し、全皇(こう)國(こく)臣民に手本を見せるんだ! なあに、恥ずかしがることはないよ。君(きみ)の兄姉や御父上も皆最終的には君(きみ)と同じ姿になるんだからね!」

 

 首輪を引かれた狛(こま)乃(の)神(かみ)は藻(も)掻(が)いて抵抗するが、神(しん)為(い)を失った今の彼女は一人のか弱い少女に過ぎない。

 壮年とはいえ大柄な首(しゆ)領(りよう)Д(デー)に力で敵(かな)う筈も無く、縛られた手足をバタつかせながら寝台(ベツド)へと引(ひ)き摺(ず)られていく。

 

「クク、そうだ。君(きみ)も居たんだったね」

 

 首(しゆ)領(りよう)Д(デー)は寝台(ベツド)の傍らで一人居心地悪そうに佇(たたず)む男に声を掛けた。

 

「君(きみ)に言いたいことは色々とあるが、今は少しでも戦力が欲しい。八(や)社(おと)女(め)首領補佐からも悪いようにはしないよう言われているし、処分は当分棚上げとしよう。明後日の働きによっては全て水に流しても良い」

「首領……!」

 

 男は目を見開いた。

 

「それともう一つ、皇(こう)國(こく)を革命した後はもう一つの狗(いぬ)の民族の国にもその火を延焼させよう。その際、明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)の抵抗勢力は君(きみ)に任せても良いと思っている」

「明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)……!」

「会いたい狗(いぬ)が居るだろう?」

「はい、是非……!」

 

 男は歓喜に震えていた。

 

「期待しているぞ、同志屋(や)渡(わたり)」

 

 屋(や)渡(わたり)倫(りん)駆(く)郎(ろう)の蛇の様な目が禍(まが)々(まが)しく光った。

 それは復(ふく)讐(しゆう)者特有の執念の光である。

 

「待っていろォ……! 岬(さき)守(もり)航(わたる)ゥ……!」

 

 斯(か)くして、人知れず皇(こう)國(こく)で革命の動乱が花を咲かせようとしていた。

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