八月十三日夜、武装戦隊・狼ノ牙の首魁「首領Д」は皇國各地の叛逆組織に「連合革命軍」の結成と一斉蜂起の指示を伝達した。
これを受け、八月十四日の深夜から未明、朝にかけて大小様々な組織が各地で叛乱を起こした。
日本国との戦争に力を裂いていた皇國軍はこれに対処し切れず、各州に領地を持つ侯爵以上の貴族が私兵団を用いて鎮圧に任る。
しかし、正規軍と比べて練度の低い彼らが矢面に立ったことで、連合革命軍は為動機神体の鹵獲に成功し、更に勢力を増していった。
八月十四日午前七時、日本国でいう大阪府と奈良県に該当する浪華州の旧一桐領が陥落、更に三十分後には藤稿州の旧鷹番領が陥落した。
両家は共に、狼ノ牙による拉致被害者に叛逆容疑を着せて追討しようとした際に当主が死亡し、世継ぎがおらず断絶状態に陥っていた旧六摂家である。
皇國にとってこれの何が拙かったかというと、この二家の邸宅には超級為動機神体が安置されていた為、連合革命軍が遂には新たな超級を手に入れてしまったのだ。
更に、午前のうちに日本国でいう京都府、愛知県、滋賀県に該当する皇都府、愛智州、中京州が相次いで陥落。
ここまで来ると皇國も鎮圧に正規軍を本格的に投入し始めたが、最早連合革命軍の勢力はそう簡単に捻じ伏せられるものではなくなっていた。
結局この日、皇國軍は連合革命軍の手に落ちた領土を取り戻すことが出来ず、一進一退、泥沼の抗争は日が落ちても日付が変わっても続いていった。
そして八月十五日午後四時、連合革命軍は遂に首都統京へと足を踏み入れた。
統京は皇國の人口の三割が集中している大都市圏であり、突出した経済圏であり、おまけに言うまでも無く政治の中心である。
この都市で為動機神体戦が繰り広げられるのは皇國に甚大な被害をもたらす厄災であった。
国防軍は戦力の思い切った展開が出来ず、素人集団を相手に思わぬ苦戦を強いられている。
とはいえ、流石に正規軍が投入されて一日も経てば連合革命軍の攻勢も後退を始めていた。
また、為動機神体の確保を大貴族からの鹵獲に頼らなくてはならなかった彼らは、当然に全ての人員に行き渡らせている訳ではない。
大部分の戦士達は白兵にて国会議事堂や省庁を目指し、道中で略奪を繰り広げていた。
「なんということだ。まさかたった一日でこんなことになるとは……」
薔薇の花を携えた長身の貴公子が、すっかり様変わりした夕刻の都市風景の中に佇みながら怒りに歯噛みした。
第二皇女・龍乃神深花の侍従、侯爵令息・灰祇院在清である。
彼の後には更に二人、帯刀した長身の美女――第一皇子・獅乃神叡智の近衛侍女・敷島朱鷺緒と貴龍院皓雪、更に近衛兵達が控えている。
彼らは龍乃神からの命を受け、獅乃神も合意の下で連合革命軍の目標となる国会議事堂と公官庁を守る任務に就いたのだ。
「道成寺、愚かにも動いてしまったか。やはり他人ばかり矢面に立たせてきた男、未だに革命が成就出来るとでも思っている。自分達が何者を敵に回しているのか、何も解ってはいないのだ」
敷島は刀の柄を握り締めた。
元々は武装戦隊・狼ノ牙と行動を共にする革命戦士だった彼女である、何か思う処と悲壮な覚悟があるのだろう。
「灰祇院殿、国会議事堂は私に任せてくれ。奴らは必ずそこに現れるだろう。斯くなる上は、この私が道成寺を斬る」
「畏まりました、御婦人。私は内務省へ向かいましょう。貴龍院殿は大蔵省へ、他省庁は近衛兵に任せます。とはいえ途中までの道は同じですから、暫くは共闘ということになりそうですね」
灰祇院と敷島は互いに精悍な顔付きで頷き合った。
一方で、貴龍院は他人事の様に冷めた表情で明後日の方角に顔を向けている。
(面倒臭いわねぇ……)
貴龍院もまた、刀の柄に手を添える。
しかし、彼女は敷島の様に思い詰めた心からその行動を取ったのではない。
視線を周囲に巡らせ、彼方此方で暴れる連合革命軍の狼藉に目を遣る姿は、まるで逃げ道を探しているかの様だ。
「敷島ちゃん、灰祇院君、私は我慢が出来ないわぁ……」
「貴龍院殿?」
「どういうことです?」
腑に落ちない様子の敷島と灰祇院だが、貴龍院はそんな二人を顧みずに舌舐めずりをして一歩踏み出した。
「だって、皇國の地は神皇陛下からの預り物であり、将来的には私達の主である獅乃神様が受け継ぐべきものよぉ? それを我が物顔で荒らし回る不逞の輩、捨て置くなど耐え切れないじゃない……」
貴龍院は刀を抜いた。
「どの道、あの仔達は私達の行く手を阻んでいるわ。この私が彼らを斬り伏せて道を空ける。二人はその隙に各々の守るべき場所へと向かって頂戴」
「待て、貴龍院殿!」
敷島の制止を聞かず、貴龍院は凄まじい速度で略奪を繰り広げる連合革命軍の方へ懸けていった。
「アハハハハ!! 蝗さん達、こっちで一緒に遊びましょう!」
遠くで斬られた暴徒の血飛沫が上がる。
敷島は溜息を吐いた。
「やれやれ、毎度勝手な……」
「敷島殿、一先ず貴龍院殿の言うとおりに我々は我々で皇國の為に戦いましょう」
彼らもまた、それぞれの目的地へ向けて走り出した。
⦿⦿⦿
一方で、この蜂起を促して動乱を起こした張本人たる武装戦隊・狼ノ牙の最高幹部「八卦衆」達は高層集合住宅の一室から動いていなかった。
「ふぅむ、やはりそうとんとん拍子には都合良く運ばんね」
窓の外で繰り広げられる戦闘を横目に、首領Дが呟いた。
しかし、彼も同室する八卦衆達も何ら慌てている様子は無い。
参謀役の久地縄が現状を冷静に分析する。
「連合革命軍は各地を占領し、遂には統京に入ったものの、皇國も正規の国防軍を投入し鎮圧に本腰を入れ始めました。こうなっては折角同盟を組んだ他組織も長くは保ちますまい。全滅は時間の問題かと……」
「だろうね」
首領Дは髭の奥で口角を上げ、歪んだ笑みを浮かべた。
「つまりは予定通り。勢力を温存した我々『武装戦隊・狼ノ牙』が連合革命軍の筆頭として揺るぎない地位を得たということ。内ゲバという革命後の不安要素は消えたという訳だ」
「とはいえあまり欲を掻いて待ち過ぎると、同盟軍が敗退してしまっては革命そのものが不可能になりますよ」
「うむ、頃合いだろう」
鎖の引かれる音と共に、人としての尊厳を踏み躙られた少女の体が崩れる。
折り曲げられた状態で固定された肘と膝と股関節、一度倒れたら起き上がることもままならない。
狛乃神嵐花は藻掻きながら呻き声の合間に豚の様な鼻音を漏らしていた。
「愈々君に役立ってもらう時が来たようだ。我輩は何も、個人的な趣味だけで君にこのような格好をさせている訳ではないのだよ」
首輪の鎖を引く首領Дが、狛乃神の脇腹を踏み付けた。
口と鼻から苦痛の声が漏れる。
「今、君は我輩に対して完全なる隷属状態にある! そして我輩にはその様な、管理下に置いた者の神為を自分のものとして預かり、任意の相手に必要に応じて分配する能力があるのだ! 神為が使えない状態になっていようが、関係無くね! つまり、どういうことか!」
狛乃神の体が薄らと光を放ち、光は首領Дの脚を伝って吸収されていく。
『第三の術識神為・雌作務下』
首領Дの体が赤く、眩くも禍々しい光に覆われている。
彼は溢れる力に酔いしれるかの様な、恍惚の表情を浮かべている。
「ふはははは、素晴らしい! これが! これが皇族の神為というものか! 偶々血筋が良かっただけの小娘がこれ程の力を秘めていようとは、それ自体が人民への大罪といえよう! 今から我輩が世の為人の為に相応しい使い方をしてやる!」
赤い光は更に強さを増し、部屋中、更には周囲全体、統京、果ては皇國全土まで拡がった。
『第二の術識神為・神威詐無』
光が収まった。
同時に、外で戦っていた為動機神体のうち一方が突然停止した。
交戦相手の機体から射撃を受け、爆発を起こして部屋の窓硝子を割る。
「狛乃神嵐花、君に絶望的な事実を教えよう。今、我輩はこの時の為に身に付けた能力を使った。ずばり、我輩が許可する者以外に神為の使用を禁ずる能力だ。しかもその効果範囲は可変で、神為の大きさに比例して広範囲に亘る。この意味が解るかね?」
首領Дだけでなく、この場に集う八卦衆四人も一様に不気味な笑い声を漏らす。
これこそが彼らの切り札、皇國を一気に転覆する為に温存していた脅威の力である。
「皇族の神為を得た今、本来はこの建物の大きさが精々だった効果範囲は比べものにならぬ程に拡大された! 只今より、皇國内で神為を使えるのは我輩達を含めた連合革命軍の戦士達のみ! 神為に依存した皇國と貴族社会、その権力支配構造は一瞬にして終わりを告げたという訳だ! 後は政府に止めを刺し、皇族や貴族をあるべき姿に還すのみ!」
外の景色は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
次々と超級為動機神体が撃破されていく。
神為が使えなくなれば、為動機神体を動かすことすら出来なくなる。
皇國軍は一気に総崩れとなったのだ。
「どうだ! これが我輩の能力だ! 真に人民を指導するに相応しい力! 強者による権力構造を覆す、偉大なる我輩の力だ!」
首領Дは八卦衆の一人・逸見樹を指差した。
「さあ同志逸見! 君の能力で我々全員を国会議事堂へ飛ばし給え! 我輩から必要に応じた神為を分配された今ならば容易い筈だ!」
「ええ、承知しましたァン」
狛乃神も含め、この部屋に居た者達は忽然と姿を消した。
『術識神為・把巣家把背体下』
これこそが彼らの余裕の理由である。
国の中枢を占拠するなど、いつでも出来たのだ。
今、革命動乱は佳境に入ろうとしていた。
⦿⦿⦿
国会議事堂では、既に何名かの賊が侵入していた。
東瀛丸を持つ貴族院議員や軍高官出身の一部軍閥議員は兎も角、主に学歴を背景として立身出世してきた学閥議員達は無力なもので、既に何人かの死者を出している。
だが、この場の連合革命軍は既に投降目前である。
というのも、現在の皇國に於いて最強の戦力が敷島に先んじて辿り着いていたからだ。
「甲烏黝卿! 十桐綺葉卿! 公殿零鳴卿! 丹桐士糸卿! 摂関家当主の錚々たる顔触れ! 最高位の貴族の名に違わぬ圧倒的御力!」
男女四人の公爵がこの場をほぼほぼ制圧していた。
神為は家柄や血筋によってその力を増す為、皇國でも最上位の貴族たる摂関家の当主は孰れも皇族を除いては圧倒的な神為を有するのだ。
「この甲、父程に差別的ではないがそれでも貴賤を違える者共には容赦せん」
「紅共め、性懲りも無く暴れおって。全員、覚悟せぇ」
「某は姉とは違う。皇國に揺るぎ無い忠誠を尽くし、神皇陛下の敵を討つ」
「また愚かな罪を重ねようというのですか。やれやれ、度し難いですな……」
この四人が揃ったからにはもうこの場は安全である――そこに居る議員達の誰もがそう思った。
だがその時、突如として摂関家当主達と貴族院議員達の足下がふらついた。
まるで何か、力を吸い取られたと言った様相だ。
「莫迦な! これは神為が……吸われる!」
「くっ、一体どういうことじゃ?」
「この面妖なる術識神為は、彼奴しか居ない!」
「くっ……!」
今、皇國中の臣民達が気力を奪われている。
ここへ来て、武装戦隊・狼ノ牙が皇國中の神為を奪ってしまったのだ。
力を失った公爵達は困惑した表情を浮かべていた。
そして僅かの時間が遅れ、六人の男女が突如として議会の議長席に現れた。
首領Дこと道成寺太・久地縄元毅・屋渡倫駆郎・沙華珠枝――彼らは不敵な笑みを浮かべつつ議員達を見上げている。
逸見樹だけは不在だった。
「やあ諸君、おはよう。突然だが皇國中の神為は我輩の手に預からせてもらった。今後は神為の使用には我輩からの許可を取って受け取り給え。尤も、今後などという大層なものがあればの話だがね」
突然の来訪と神為の喪失に、この場に居た殆どの貴族達や議員達大変な戸惑いと恐怖を感じていた。
そんな彼らに、首領Дは高らかに宣言する。
「さあ、真・八月革命を始めようか。社会形態の行き着く果ての、狗の民族の末路というものを見せてやろうではないかね!」
今、皇國の政治体制は最大の危機に見舞われていた。