日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第七十話『黄昏時の天空へ捧げる讃美歌』 急

 回廊を進む(じん)(のう)は、傍らに転がる遺体と酸鼻な血の匂いに顔を(しか)めていた。

 だが動揺は見せず、あくまで威厳に満ちた(たたず)まいで歩いていく。

 

(だい)(かく)()(なんじ)もか……」

 

 (じん)(のう)()に一人の壮年男の遺体が映った。

 侍従長・(だい)(かく)()(つね)(さだ)

 長年皇族に仕え続けた、(じん)(のう)にとって忠臣の筆頭格である。

 

(じん)(のう)陛下自らお出ましか……」

「とうとう実物にお目に掛かれるとは、感無量だね」

 

 そんなところへ、二人の男女が対面から歩いてきた。

 

(なんじ)らは?」

「『()(じよう)()(さそり)()』の『(しち)(よう)(しゆう)』、(くさ)()()(みつ)(ろう)だ」

「同じく、(つく)()()()(おおかみ)()(きば)(しゆ)(りよう)Д(デー)に言われて、貴方(あなた)を迎えに来たという訳だよ」

 

 (くさ)()()(みつ)(ろう)(つく)()()()の二人は(じん)(のう)の眼前に迫り、小柄な彼を見下ろす。

 しかし(じん)(のう)は眉一つ動かさない。

 

「迎えに来たと申したか。成程、大儀である」

「何だと、(おれ)達に『大儀』だと?」

(やつ)の所へ無事行けるとも限らんのでな。道中は(なんじ)らが(ちん)を守るのであろう?」

(ぼく)達を護衛扱いとは……。いや、(むし)()(りつ)()かな」

「うむ、案内してもらおうか……」

 

 (くさ)()()(つく)()は互いに顔を見合わせた。

 

「本当に良いのか? これから自分に何が待ち受けているか、(わか)らない貴方(あなた)ではないだろう」

「何か(さい)()に望みがあるなら、聞いてやらない程無慈悲ではないよ。(ぼく)(くさ)()()もね」

「今、(なんじ)らに望むとすれば一つしか無かろう」

 

 (じん)(のう)は窓から外へと目を遣った。

 

「この混乱に巻き込まれる臣民がこれ以上出ないようにして欲しい、ただそれだけである」

「そうか……」

 

 (くさ)()()は目を閉じた。

 

(つく)()(しゆ)(りよう)Д(デー)に連絡出来るか?」

「どうする気だ?」

(じん)(のう)の処刑は天空上映で全世界に(しら)せるつもりだと聞く。その間、連合革命軍には戦いをやめて(じん)(のう)の最期を見届けるように通達してもらうんだ」

 

 (つく)()(どう)(もく)した。

 

「本気か?」

「お前の言うとおり、(おれ)達は最後の望みを聞かない程無慈悲ではない。ここで約束を違えてしまえば、()(ちら)の正義が失われる」

「有難い」

 

 (じん)(のう)は小さく(ほほ)()んだ。

 (つく)()が電話端末を取り出し、()()かに連絡を入れる。

 

(つく)()(じか)(だん)(ぱん)(おれ)からしよう。お前は能力で通路を開いておいてくれ」

「能力は(きみ)に付与することも出来るのだが……。まあ良い、解った」

 

 (つく)()から(くさ)()()に電話が渡された。

 

(なんじ)の能力で(どう)(じよう)()(もと)へ直通出来るというわけか……」

「そうだ。既に第二皇女と第三皇子も案内している」

()()(けん)()が……。成程、娘息子は助けてもらいたかったが、そういう訳にもいかんらしいな」

「心苦しいが仕方ないんだ。新しい社会に禍根を残す訳にはいかないからね」

 

 (つく)()は窓に手を掛けた。

 窓硝子(ガラス)に光が満ちる。

 

「これでこの窓は隠し通路になった」

「そうか。(なんじ)()(かげ)で安全に最期の花道を歩めそうだな」

 

 (じん)(のう)が窓を開くと、その先には暗闇の通路が続いていた。

 そこへ足を踏み入れる前に、(つく)()に向けて振り向く。

 

「頼みも聞き入れてくれた礼に、(ちん)(なんじ)らの話を聞こうではないか。(なんじ)らの抱えた苦しみ、切望をな」

(ぼく)達は強(しや)が弱者を虐げることの無い、平等な社会を作る(ため)に戦っている。それ以上の理由はないよ」

「それは大義であって動機ではないだろう? (なんじ)らをその大義に至らせた事情を(ちん)()いておきたいのだ」

 

 (くさ)()()が電話を終えた。

 

(つく)()、何も話す必要は無い」

(くさ)()()……」

「ふ、今更情に訴えて助かろうなどと思ってはいない。ただ、今(ちん)に出来る礼がこの程度だと思っただけだ」

 

 (くさ)()()は小さく(ため)(いき)を吐いた。

 

「行くぞ」

 

 三人は(つく)()の作った通路へ入っていった。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 夕刻の日が西の空だけでなく地上を焼いているかの様に、大都市(とう)(きよう)(ほのお)に包まれていた。

 混乱は収まるどころか、鎮圧に(あた)った治安組織が次第に劣勢に立たされ、更に(こん)(めい)を極めていく。

 有力貴族の邸宅に侵入した連合革命軍の暴漢が(とう)(えい)(がん)を手に入れ、(しん)()を身に付けてしまったのが痛い。

 

 燃え盛る炎の脇では、国防軍や警官隊、貴族の私兵、そして暴漢や市民が()(まみ)れで倒れている。

 まさに地獄絵図、そこには死と痛みと悲しみが(ひろ)がり、悲鳴と怒号に包まれていた。

 

 省庁の近辺でも、警官隊と暴漢が衝突している。

 銃声と火炎瓶が飛び交う傍ら、一人の女がバラバラの死体となって転がっていた。

 ゴシックロリータ服の千切れた残骸に火が()き、肉の切り口から(こぼ)れた血が光に色めく。

 第一皇子の近衛侍女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)の首が切断され、白目を()いていた。

 

 が、零れていた血液が不自然に動き、細切れになっていく。

 まるで(むし)の群の様だ。

 更に、()(りゆう)(いん)の眼球が()()リと動いた。

 この異様な状況に、側で戦いを繰り広げる者達は誰一人として気付いていない。

 

 ()(りゆう)(いん)の血は無数の(あか)蜘蛛(くも)となってバラバラの肉片に群がる。

 そしてそれらは(あか)い糸を吐き、体を(つな)()わせていく。

 

「ん……」

 

 元通りに(つな)がった()(りゆう)(いん)の体は頭を抱えて起き上がった。

 この段階になって、(ようや)く暴漢や警官隊の一部にこの異様な事態に気が付く者が現れた。

 次第にそれは一人、また一人と伝わり、彼らは戦いをやめて()(りゆう)(いん)の姿に目を奪われる。

 

「ふぅ、やってくれたわねぇ……」

 

 ()(りゆう)(いん)は落ちていた日本刀を拾うと、暴漢や警官隊を見て不気味に微笑んだ。

 

「今のを見られた以上、一人として生かしておく訳には行かないわぁ」

 

 ()(りゆう)(いん)の一(にら)み、暴漢と警官隊は逃げる間もなくその場に皆倒れ伏した。

 同時に、()(りゆう)(いん)は力を使い果たしたのかふらついて膝を突く。

 

「これだけの人数を同時に心臓()()させるのは……()(すが)に体力を使うわね。血も失っているし、後始末は任せようかしら……」

 

 ()(りゆう)(いん)は懐から電話を取りだし、何処かへ掛ける。

 

「もしもし、(せい)()()君? 一つお願いがあるのだけれど……」

『どうしたんだい、()(ひめ)(さま)? 大変そうだね』

「ええ。貴方(あなた)の手駒が少々やり過ぎたようでね、『裏の力』を使っちゃったのよ。痕跡を消しておいてくれると助かるわ」

『成程ね、解ったよ』

 

 ()(りゆう)(いん)は電話を終えると、来た道を戻り始めた。

 今、彼女を見守るものは誰も居ない。

 (こう)(こく)のどの勢力とも別の思惑の下、彼女は闇に動き始めようとしていた。

 ()しくも太陽は西へと落ちていく……。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (こう)(こく)国会議事堂・衆議院本会議場。

 ()(きゆう)()(どう)()(しん)(たい)が突き破った天井から夕刻の空が(のぞ)いている。

 そこに、議場の様子が映し出されていた。

 どうやら処刑の準備は(ばん)(たん)と言ったところらしい。

 

 議員や貴族、そして二人の皇族が壁際に並ばされていた。

 (ただ)一戦っていた(しき)(しま)も、二人の皇族を人質に取られつつ五人を相手に満足な戦いをすることなど出来ず、膝を突いて(うな)()れ、肩で息をしていた。

 そんな(しき)(しま)に、(かつ)ての仲間である(こん)(ごう)(さとる)が蹴りを入れた。

 

「ぐっ!」

「様ァ無いな、()()(はた)(とき)()(かど)の立場を(うらや)んでももう遅いぞ。皇族に近い侍女で選ばれ得たのがあいつだけだった。貴様も()()(かみ)(えい)()に敗れてすぐに首領の下へ()(さん)じていれば、間諜(スパイ)として使われる余地は充分あったのだが、心が折れた貴様は完全に裏切る道を選んだ。やはり首領の見立ては正しかった。所詮貴様は(ぜい)(じやく)な貴族の()(じよう)(さま)よ」

「脆弱というのは正しいな……。だが、それでも貴様らに与するのは二度とごめんだ」

 

 (しき)(しま)(こん)(ごう)を睨み上げ、無理に笑って見せた。

 

(こん)(ごう)、そういう貴様は()(どう)()(しん)(たい)に乗らんのか? 貴様は土生(はぶ)以上の操縦士だった。それを見込まれて()(じよう)()(さそり)()(しち)(よう)(しゆう)(ばつ)(てき)されたことを誇りに思っていた(はず)

「フン……」

 

 再び(こん)(ごう)の蹴りが(しき)(しま)に入り、(しき)(しま)は転倒した。

 

(いや)()か、()()(はた)。というより負け惜しみか。確かに(おれ)は六年前に土生(はぶ)と組んで、そして敗けた。あの忌々しい()()(ひろ)(あきら)にな。それ以来、(なお)()()(だま)に入ることを体が受け付けなくなった。だが、そんなことは()(はや)どうでも良い。革命が終わり、日本人という(いぬ)の民族が国家を失えば、()(どう)()(しん)(たい)そのものがこの世から消えるんだ」

 

 議長席の横穴の奥から小さな足音が聞こえる。

 どうやらまた皇宮から誰かが到着したようだ。

 

(しん)()という概念すら、この世から消える。さあ、血筋によって強者が弱者を虐げる制度を築き上げた、忌々しい悪魔の到着だ」

 

 横穴から三人の男女が姿を現した。

 (しち)(よう)(しゆう)(くさ)()()(みつ)(ろう)(つく)()()()、そして二人に連れられ、全ての(はん)(ぎやく)(しゃ)の怨敵である(しん)()の体現者、(じん)(のう)が。

 

「おお、久し振りだね(ひろ)(とも)ォ!」

 

 (どう)(じよう)()が歓喜の声を上げて(じん)(のう)に歩み寄った。

 

(ちん)(なんじ)と面識など無い筈だが?」

「ところがどっこい、実はあるんだよねえ! 我輩から奪った苟且(かりそめ)(みかど)生活はどうだった? 思い出話を語ってみたまえよ。(きみ)の無意味な人生をな、ハハハハハ」

「うむ、やはり別人だな……」

 

 (じん)(のう)の登場に、議員や貴族達は一様に(うつむ)いている。

 これから起こる絶望的な事態から目を背ける様に。

 

「別人? おやおや、どうやら薄々察してはいるが、どうしても認めたくないといった様子だね。結局(きみ)は我輩に敗けたのだよ。この()(たい)の大英傑・(どう)(じよう)()(きみ)()にねェ!」

(どう)(じよう)()(きみ)()……。あの男は逆賊ながら確かに傑物だった。理想を掲げ国を()り、(まつりごと)()ける業を背負って(かじ)を取る気骨のある男だった。その男が(ちん)との勝敗に(こだわ)る筈も無し。(なんじ)とは似ても似つかんよ」

 

 (じん)(のう)は後ろ手を組み歩み出て、議場の中央から全体を見上げる。

 これから処刑の運命を待つにも(かか)わらず、その姿は堂々としたものだ。

 

「皆、面を上げよ。この場にて起こること、目を背けること(まか)()らん」

「良い事を言うじゃないか」

 

 (どう)(じよう)()(じん)(のう)の正面に立ち、拳銃に銃弾を込める。

 

(きみ)の言うとおりだ。長きに(わた)り君臨し続けた尊き血筋とやらが絶えるところ、全(こう)(こく)臣民がその眼に焼き付けるべきだ。(もち)(ろん)、その後で同じことが起こる(めい)()(ひの)(もと)の民も。そして日本国家の終わりという慶事を(たまわ)る全世界の人民も!」

 

 狂気の笑い声が議場に響き渡る。

 だが(じん)(のう)はどこまでも静かで、涼やかで、対比として(はしゃ)(どう)(じよう)()の姿が只管(ひたすら)滑稽なものとして浮かび上がってしまっていた。

 

(どう)(じよう)()よ、道中で(なんじ)の部下達から色々と聞かせてもらった。その上で、今の(なんじ)の行いは(ひど)く的外れであると言っておこう」

「関係無いよ。これから(きみ)達全員を人民裁判に掛け、人道に対する罪で処刑するのだから」

「裁判と()ったか。それはどのような法規に従って行われるのだ?」

「法律など強者の都合に過ぎん。もう一度言うが、(きみ)達は普遍的な道徳的真理に基づいて人道に対する罪で裁かれるのだよ」

「つまり、(なんじ)が法となり(なんじ)が裁くということか……」

「解らん奴だね。法ではなく、真理だ。正義と言い換えても良い」

 

 (じん)(のう)は溜息を吐いた。

 

「真理、正義か……。(ちん)がそれによって裁かれる(いわ)れなど無い、とは言わん。人の身でそれを(つかさど)るなど甚だ()()がましきことだからだ。今の(なんじ)の様にな。()(よう)な裁きを下すは唯、天のみ。その審判が()()(よう)になるかは、これから(わか)るであろう」

 

 (どう)(じよう)()は眉を顰めた。

 

「天命というやつかね。(きみ)達は二言目にはいつもそれだ。()()が出るよ。(きみ)が帝位に返り咲けたのも天の意思とでも言うつもりかね? 記紀神話の様に……」

 

 (どう)(じよう)()の口調は酷く(あざけ)る様な、皮肉に満ちたものだった。

 ならばこれから貴様が裁かれるのもまた天の意思だろうと、そう言いたいのだろう。

 対して、(じん)(のう)は懐かしむ様に小さく笑う。

 

「それは分からぬ。神武聖帝の様に、天命を授かったという実感は持てなんだからな。だがそうであるならば……」

 

 (じん)(のう)蟀谷(こめかみ)から汗が伝う。

 それに息も荒い。

 (そもそ)も、(しん)()無き彼は大還暦の老人であり、しかも長く伏せっていて体調も万全で無い筈なのだ。

 だが、(じん)(のう)は語り続ける。

 

「そうであるならば(ぎよう)(こう)、幸甚の至りと言う他あるまい。八十一年前の皇紀二六〇五年、西暦でいうところの一九四五年、(ちん)は人の身から神として君臨するに至った。誠、臣民に恵まれたと言う他無い。これ程の運命の祝福、感謝に言葉も見付からぬ」

「それは本心かね?」

「うむ。事()()に至って、漸くその問に心から(うなず)くことが出来る」

 

 (じん)(のう)の表情に力は無く、支配者としての威厳は消え去っていた。

 だが(いつく)しみに満ちた、全てを()()れる様な穏やかな微笑みを浮かべている。

 (どう)(じよう)()はそんな彼に対し、(ぞう)()に満ちた表情と共に銃口を向けた。

 

「ならば地獄で亡者相手に君主ごっこに興じると良い。先程この銃に込めたのは鉛玉ではない。(きみ)を撃ち殺すのは『銀の銃弾』こそ()(さわ)しい。この瞬間を長年待っていたぞ。全世界に見せ付けられながらに全ての歴史に(ざん)()し、全人民にその死に様を(さら)すが良い!」

「死に様を曝す、か……。それは(やぶさ)かではないが、(なんじ)に殺されてやる訳にはいかんな。臣民による(しい)(ぎゃく)など、あの時だけで充分だ。これ以上(ちん)(せき)()に大逆を犯させる訳にはいかぬ」

 

 (じん)(のう)はゆっくりと両目を閉じた。

 その瞬間、議場の空気が明らかに変わった。

 誰もが奇妙な感覚に、違和感に包まれていた。

 

 (じん)(のう)は静かだった。

 嘗て無い静けさと涼やかさに満ち満ちていた。

 呼吸音も、心臓の鼓動音すらも()いでしまったかの様に。

 やがて、後手に組んでいた両腕が力無くぶら下がり、(まっ)()ぐ上がっていた顔が項垂れた。

 

「ま、まさか……」

 

 (どう)(じよう)()は動揺を隠せず口を開いた。

 倒れていた(しき)(しま)が駆け寄り、恐る恐る(じん)(のう)の様子を確かめる。

 顔付きを、反応を、そして脈拍を確かめる。

 そして一歩離れ、沈痛な面持ちで首を振った。

 

「御臨終だ。(よわい)百二十、大往生だろう……」

 

 (じん)(のう)(おおとり)()(かみ)(だい)()、崩御――突然の事態に、議場の誰もが(ぼう)(ぜん)とする他無かった。

 議員も、貴族も、二人の皇族も、叛逆者も、(どう)(じよう)()ですら言葉を失っていた。

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