日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第七十一話『総神』 序

 (じん)(のう)がその生涯を終える様子は空に映し出され、全世界がその(さい)()を目の当たりにすることとなった。

 日本国は丁度昼間、二人の人物が病室の窓からその様子を見守った。

 ベッドの上の(うる)()()(こと)と、彼女の見舞いに来ていた()()(きゆう)()である。

 

(じん)(のう)が……死んだ……」

 

 ()(こと)が小さく(つぶや)いた。

 その瞬間は、自分が命と引き換えに辿(たど)()(はず)だった人生の究極目標であった。

 しかし結局自分には()せず、小物の(はん)(ぎやく)者集団が最後の仕上げだけを持っていこうとしたが、寸でのところで本人の勝ち逃げに終わった。

 

(わたし)が言うのも難だけれど、間違い無く(こう)(こく)の一時代を築き、安定を保つ精神的な支柱だった。彼が(うしな)われることでこれからの(こう)(こく)(こん)(めい)の時代を迎える。そして、それは世界に波及するでしょうね……」

「だが、これで我が国は首の皮一枚(つな)がった、とも言えるだろう」

 

 窓際の()()も空を見上げて言った。

 

(おれ)は確信する。日本国民には日本国を存続させる不可侵の権利があるのだ。それは世界のどの国も変わらないだろう。その権利は世界の安定の(ため)に犠牲にされて良い類のものではない。(さき)(もり)君や自衛隊は、それを守る為に戦っている」

 

 ()()()(こと)の方へ振り向いた。

 

「そして、それを可能にしたのが(きみ)だ」

「そう言ってもらえると……救われますね……」

 

 空には今も(こう)(こく)の衆議院本会議場の様子が映されている。

 事態はまだ終わっていない。

 しかし、突然の事態に叛逆者集団は明らかに()(ろた)えていた。

 

「結局、(じん)(のう)は器が違ったのよ……」

 

 ()(こと)()()める様に言った。

 

(わたし)との戦いで(じん)(のう)(しん)()を失い、それが崩御の遠因になったのは事実。しかし彼はそれをも、自らの死をも利用し、『誰にも殺されず天寿を全うする』ことで自らを不可侵の存在として、()いては(こう)(こく)臣民を罪無き者として確立させ、(じん)(のう)という存在を聖なる者として完成させてしまった。()(はや)それは誰にも打ち崩すことは出来ない……」

「だがそれは同時に、(こう)(こく)が失った物の大きさも意味している」

「ええ、まさに巨星が()ちたと言えるでしょう……」

 

 敵ながら(じん)(のう)の存在、その偉大さは認めざるを得ない――それは()(こと)()()双方に共通する思いだった。

 しかし、繰り返すが事態は(いま)だに収束していない。

 二人は引き続き、窓の外、大空に映し出された(こう)(こく)の成り行きを見守り続ける。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (こう)(こく)の国会議事堂、衆議院本会議場。

 処刑を目前にした(じん)(のう)の突然の大往生に、(しゆ)(りよう)Д(デー)こと(どう)(じよう)()(ふとし)は激しく憤慨していた。

 

「なんだこれは! (ひろ)(とも)は我輩の手で命を(もつ)て罪を償うべきだったのに!」

 

 (どう)(じよう)()の拳銃が六発の銃弾を(じん)(のう)の遺体に撃ち込んだ。

 不完全燃焼の怒りが(どう)(じよう)()の顔にへばり付き、呼吸を(あら)らげている。

 (かつ)(じん)(のう)に国家を奪い返された(どう)(じよう)()(きみ)()の転生として、自らの手で(じん)(のう)を殺さなければ収まらなかったのだろう。

 

「し、首領、落ち着いてください」

 

 そんな(どう)(じよう)()を、もう一人の転生者である()()(なわ)(げん)()(なだ)める。

 前世の()()(なわ)()(ずみ)の時代から、彼は(どう)(じよう)()の参謀役である。

 彼の言葉だけはいつも(どう)(じよう)()を説得出来る。

 

「結果的に(じん)(のう)は死に、(やつ)の支配体制は終わったのです。後は革命をやりきってしまえば、我々の新しい時代が来ます」

「ああ、そうだったね……」

 

 (どう)(じよう)()は無理な作り笑いを浮かべた。

 ()()(なわ)の言葉を頼りに自分を()()()()納得させた、そんな(こわ)()った笑みだった。

 

「この場に居ない皇族は……第一皇子・()()(かみ)(えい)()だけか」

 

 (どう)(じよう)()がその名前を出した瞬間、議場に(ただ)ならぬ緊迫感が行き渡った。

 誰かが何かを言った訳ではないが、その場に居ればすぐに肌で感じられる程白地(あからさま)に空気が変わった。

 

「し、()()(かみ)様を……()()に……?」

 

 (しき)(しま)()()()が恐怖に顔を()()らせている。

 (いや)、彼女だけではない。

 議員達も、閣僚達も、摂関家当主達も、そして皇族たる(たつ)()(かみ)()()(みずち)()(かみ)(けん)()ですらも緊張の面持ちを浮かべていた。

 

「い、一体どうしたと言うんだ……?」

(しゆ)(りよう)Д(デー)、そう真に受けることはありませんよ」

 

 ()(じよう)()(さそり)()(しち)(よう)(しゅう)の一人・(こん)(ごう)(さとる)が強がって(どう)(じよう)()に進言する。

 

(きつ)()、この場に皇族が全員集められ、(いよ)(いよ)その血筋が絶えることを恐れているのです。ならば一刻も早く、現実を思い知らせてやることが肝要かと……」

「そ、そうだね」

 

 (どう)(じよう)()(みずち)()(かみ)の侍女・(とき)()(かど)竜胆(りんどう)を指差した。

 

「では、(とき)()(かど)君。同志(つく)()が繋げた通路を今一度通り、第一皇子をこの場に連れて来(たま)え」

「わ、(わたくし)がですか!?」

 

 (とき)()(かど)は驚いて動揺の声を上げた。

 

(たつ)()(かみ)(みずち)()(かみ)両殿下をお連れしたのだから充分でしょう?」

「いやいや、(きみ)はまだ我々の同志となって日が浅い。それに裏切り者には前例があるから、念には念を入れて信用を確かめておきたいのだよ。我々と共に体を張って革命に尽くすという信用をね」

 

 (とき)()(かど)の額から大量の汗が流れる。

 そんな彼女に、(しき)(しま)が問い掛ける。

 

(とき)()(かど)殿、今更(おそ)(おのの)いているのか。(じん)(のう)陛下までもがお亡くなりになった今の今になって。だったら貴女(あなた)はどういうつもりで(みずち)()(かみ)殿下を裏切ったのだ」

 

 (しき)(しま)は第一皇子・()()(かみ)(えい)()の近衛侍女として、(とき)()(かど)が第三皇子・(みずち)()(かみ)(けん)()と主従を越えた仲となり心を通わせていたと知っていた。

 その彼女が(おおかみ)()(きば)(はし)ったことは未だに信じられない。

 

(わたくし)に言えたことではないが、皇族への叛逆、国家への叛逆は決して軽くないぞ」

「だって、この国の皇族も貴族もみんな下らない人間ばかりなんですもの!」

 

 (とき)()(かど)(ろう)(ばい)しながらも自分に言い聞かせる様に(わめ)いた。

 

「みんなみんな、どんなに偉ぶっても上の権威には何一つ逆らえない臆病者の腰巾着ばかりじゃないですか! (いぬ)の民族とは言い得て妙! そんな中、(じん)(のう)陛下にすら長年(あらが)い続けた(どう)(じよう)()様こそが真の漢! 彼に比べれば、(みずち)()(かみ)殿下なんて精神薄弱(くそ)()()(なめ)(くじ)坊やだわ! (わたくし)は自分の(みい)()した男と自分の人生を歩みたかった! 一生家の都合に縛られて家が決めた相手と添い遂げるなんて(まっ)(ぴら)()(めん)だったんです!」

 

 (とき)()(かど)()(ぐさ)(みずち)()(かみ)は顔を伏せ、(しき)(しま)は苦虫を()(つぶ)した様な表情を浮かべた。

 

「それで選んだのがよりにもよって(どう)(じよう)()か……。いや、お互い男を見る目がないな」

貴女(あなた)と一緒にしないでくださる? (どう)(じよう)()様は皇族に勝ったのですよ!」

 

 (しき)(しま)を侮蔑に満ちた険しい顔で(にら)み下ろす(とき)()(かど)だったが、そんな彼女に(どう)(じよう)()は容赦無く現実を突き付ける。

 

「ならばその我輩の意向に従い、()()(かみ)(えい)()を連れて来給え」

「い、いやあの……。それとこれとは話が別というか……。この状況で連合革命軍が(この)()(へい)と戦う皇宮に戻るのは、連合革命軍に敵と間違われて殺されるかも……」

「ふむ、それならば仕方が無いね」

 

 (どう)(じよう)()は拳銃に銃弾を込め、(とき)()(かど)に銃口を向けた。

 

「今(いぬ)の民族として死ぬのと、革命戦士としての使命を全うするのと、何方(どちら)を選ぶかね?」

「ヒッ!?」

 

 (とき)()(かど)(あお)()めた。

 普段、(しん)()を身に付けている状態ならばまだしも、それを(どう)(じよう)()の思うがままにされる現状で、(しん)()を取り上げられて銃撃されると、()(すが)に死んでしまう。

 

「わ、分かりました! 行かせていただきます!」

 

 (とき)()(かど)は議長席に開いた通路へと逃げ込むように駆け込んだ。

 

「では彼が到着するまでの間、我々は少しずつ(ごみ)掃除をしておこうではないかね」

 

 (どう)(じよう)()を始め、(おおかみ)()(きば)()(じよう)()(さそり)()の最高幹部、連合革命軍の賊達は壁際に並べられた議員達に邪悪な視線を向けた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 少し時を(さかのぼ)る。

 

「待て! 父上、行くな!! 行くなアアアアアッッ!!」

 

 悲痛な叫びが皇宮を激しく揺さぶる。

 しかし、その声に(じん)(のう)が振り返ることはなかった。

 声の主、第一皇子・()()(かみ)(えい)()(じん)(のう)の寝室で(うつむ)く他無かった。

 

 唯、俯いていた。

 (すさ)まじい嘆きの声を響かせた後にも(かか)わらず、(すす)()く声も素振りも全く無い。

 下を向く()()(かみ)(うそ)の様に静かだった。

 異様な平常が周囲の空気から真夏の熱を奪っている。

 

 ゆっくりと、()()(かみ)は顔を上げた。

 秀麗な切れ長の目から涙の跡が薄らと伸びているが、その表情には少しの悲しみも残っていない。

 彼は(ただ)(ただ)無表情に虚空を見ていた。

 

「行ってしまったか……」

 

 ()()(かみ)はそのまま寝室を出て、回廊を歩いて行く。

 彼が向かい、立ち止まったのは、その隅に(こしら)えられた小さな区画だった。

 厠へ続く一画、洗面所の前で立ち止まった彼は、淡々とした仕草で顔を(すす)いだ。

 水を拭き取り、何事も無かったかの様に再び回廊を歩く。

 

 ()()(かみ)は既に父の思惑と結末を悟っていた。

 しかし(せい)(かん)な顔付きには離別の悲しみなど一片たりとも見えない。

 一つ小さく息を吐くと、色違いの(そう)(ぼう)に決意の灯を(とも)す。

 彼は唯、すべきことだけを見据えていた。

 

 父・(じん)(のう)は全臣民が見守る中で崩御を迎えるつもりなのだろう。

 それは父が誰の謀略によっても処されず、誰の罪科によっても害されなかったという結末を見せ付ける為に違いない。

 父は(こう)(こく)臣民の純潔を守る為に、寿命による自然死に達するのだ。

 ならば、その崇高なる意志は尊重しなければならない。

 

 問題はその後だ。

 その後の(こう)(こく)を、彼は父から託されたのだ。

 

「行くか……」

 

 ()()(かみ)は階段を降り、宮殿を出ようとしていた。

 その時、一人の男が彼の前に()(ふさ)がる。

 二一六(センチ)の彼に迫らんとする非常に大柄な、色黒で筋骨隆々とした男だった。

 体格的には肉薄していると言って良いだろう。

 

「第一皇子・()()(かみ)(えい)()だな」

(なれ)は?」

()(しま)(せき)(しよく)(かく)(めい)(ぐん)(にのまえ)(けん)()だ。目的は唯一つ、皇族貴族の皆殺しよ」

 

 ()(しま)(せき)(しよく)(かく)(めい)(ぐん)(どう)(じよう)()の誘いに乗って連合革命軍に参加した叛逆勢力の一つで、(にのまえ)(けん)()はその中でも(ずい)(いち)の戦士である。

 だが、彼は(どう)(じよう)()のやり方に反発を覚えていた。

 

(どう)(じよう)()の奴は皇族の公開処刑に(こだわ)っている様だが、(おれ)に言わせれば()()()()しい。それに、このままではうちの組織ごと(おおかみ)()(きば)の傘下に入ってしまう。そうさせない為にも、奴らの言いなりにはならないとここらではっきりと示す必要がある」

「それで、どうするつもりなのだ?」

 

 自らの(てのひら)に拳を打ち付ける(にのまえ)に対し、()()(かみ)は特に構えるでもなく平然と(たたず)んでいる。

 対する(にのまえ)(ぞう)()に満ちた眼で()()(かみ)(にら)()けていた。

 

「知れたこと! (じん)(のう)の次は後継者の貴様だ! 貴様の近衛侍女には一月前、同志を殺されているのでな!」

 

 (にのまえ)は一瞬にして()()(かみ)の背後に回り込み、両腕で首を極める。

 ()()に屈強な相手であろうと、(しん)()で強化された(にのまえ)の腕力に掛かれば、()ず間違い無く首が()()れるであろう。

 だが、()()(かみ)は平然としたまま佇んでいる。

 (しん)()の輝きも全く無いまま、(けい)(どう)(みやく)を絞め落とそうとする(にのまえ)の剛力を意に介さず虚空を見詰めている。

 

「くっ、貴様もまた(そもそ)も素の(りょ)(りょく)が超人的な類か」

 

 (にのまえ)は歴戦の戦士であり、(うる)()()(こと)()()(かみ)(せい)()(いち)(どう)(すえ)麿(まろ)(しき)(しま)()()()といった、(しん)()に頼らずとも並外れて(きよう)(じん)な人間を知っている。

 何を隠そう、(にのまえ)自身がその一人だ。

 そして、だからこそ(にのまえ)はそういった相手に対しても対策を持っている。

 

「ならば我が(じゅつ)(しき)(しん)()を受けるが良い! 我が腕力は一秒ごとに十割増加するのだ!」

「そうか。(なれ)がそのつもりなら好都合だ」

 

 (にのまえ)()()(かみ)の首を絞める。

 十秒、二十秒、一分、二分……。

 しかし、()()(かみ)は全く堪える様子が無い。

 それどころか、(にのまえ)に対して何やら語り掛け続ける始末だった。

 

 (にのまえ)の顔は次第に恐怖の色に染まっていく。

 そして(つい)に、(にのまえ)の腕は増加した腕力に耐え切れなくなって()()れた。

 腕を抱えてその場に伏せる(にのまえ)は、どうやら心までも完全に折れてしまった表情で()()(かみ)を見上げる。

 

「何なんだ……何なんだ貴様は……!」

「聴く耳持たずか。ならば詮方も無し……」

 

 次の瞬間、(にのまえ)の体は強烈な突風を受け、挽肉(ミンチ)となって血液と臓物を()()らした。

 ()()(かみ)は終始微動だにせず、また一切の(しん)()を使っていない。

 異様な現象を起こした当の本人は、(うれ)いを帯びた眼で変わり果てたその姿を見下ろしていた。

 

「残念だ。後で葬ってやらねばな。だが今は……」

 

 ()()(かみ)(にのまえ)の残骸に背を向け、その場をゆっくりと歩き去った。

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