日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

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第七十一話『総神』 破

 第三皇子・(みずち)()(かみ)(けん)()の侍女・(とき)()(かど)竜胆(りんどう)は宮殿を駆け回っていた。

 切迫感に(あお)()めた表情で血()になって探し求めているのは、第一皇子・()()(かみ)(えい)()の姿である。

 

(いず)()にっ、(いず)()にいらっしゃるのですか()()(かみ)殿下!」

 

 主を裏切り、(どう)(じよう)()(もと)(はし)った彼女が()()(かみ)に会いたい理由、それは(どう)(じよう)()の命令で()()(かみ)を国会議事堂へ連れて行く(ため)……ではなかった。

 (どう)(じよう)()に銃を向けられた瞬間から、彼女の心は()(はや)(おおかみ)()(きば)から離れている。

 (こと)()()に至って、(どう)(じよう)()が自分のことを使い捨ての道具としか見ていないと(わか)らない彼女ではない。

 もっと早く気付くべきであったが、それでも彼女はこの機会に乗じて(おおかみ)()(きば)から逃げようとしていた。

 

「こうなってはもう(わたくし)に残された道は……! ()()(はた)()()()と同じく()()(かみ)殿下の慈悲深き()(こころ)にお(すが)りするしか……!」

「あらあら、それは困るわねぇ、(とき)()(かど)ちゃん……」

 

 焦燥に駆られた(とき)()(かど)は声の方へ勢い良く振り向いた。

 絶望に腰を抜かした彼女が目の当たりにしたのは、刀を抜いて自身に迫り来る見知った女の姿だった。

 (しき)(しま)(なら)()()(かみ)のもう一人の近衛侍女・()(りゆう)(いん)(しら)(ゆき)が冷徹な笑みを浮かべて彼女に迫っていた。

 

「き、()(りゆう)(いん)様! どうか、どうかお助けください! こんなつもりじゃなかったんです! ほんの火遊びだったのですよ!」

「あらあら、何のことかしら? さっぱり話が見えないのだけれど、貴女(あなた)何か取り返しの付かないことでもやらかしたのぉ?」

 

 よく考えてもみれば、(とき)()(かど)の裏切りを知っているのは現在国会議事堂に集められている者達だけである。

 その現場に居なかった()(りゆう)(いん)がそれを知っている(はず)が無いのである。

 しかし、()(りゆう)(いん)の眼は全てを見透かした様に冷酷な光を宿している。

 尋常ならざる、この世の理から外れた異様な力の気配が彼女の瞳の奥に宿っていた。

 

「どうか話を! (わたくし)()()(かみ)殿下に()()()()させてください! 話せば(きつ)()お解り頂けるんです!」

「ええ、そうでしょうねぇ……」

 

 言葉とは裏腹に、()(りゆう)(いん)は容赦無く刀を振るった。

 胴部を()()()けに斬られた(とき)()(かど)は、虚空に縋る様に手を伸ばしてその場に倒れ伏した。

 追い打ちとばかりに、()(りゆう)(いん)の刃がそんな彼女の背中に突き立てられる。

 

「だから困るのよ。これ以上あの()(かた)()(とぎ)(やく)が増えては(たま)ったものじゃない。貴女(あなた)は此処で大人しく朽ち果てなさぁい」

 

 (とき)()(かど)の死体は瞬く間に腐敗して崩れ落ち、分解されて消えてしまった。

 

()て、(あたくし)もあの御方を探さないとね……」

 

 ()(りゆう)(いん)は両目を皿の様に見開くと、(はる)か遠くの空間に眼を凝らした。

 それはまるで、千里の果てに見通して何かを追っているかの様な(たたず)まいだ。

 程無くして、()(りゆう)(いん)は白い歯を見せて笑った。

 

「遠くへ行っていなくて助かったわ……」

 

 ()(りゆう)(いん)は刀を(さや)に収め、懐から電話を取り出す。

 

「もしもし、(みつ)(なり)君? 貴方(あなた)の能力で、すぐ(あたくし)を今から言う場所に送りなさい」

 

 電話が終わると、()(りゆう)(いん)の目の前の空間に黒い穴が開いた。

 ()(りゆう)(いん)(ちゆう)(ちよ)無くその中へと足を踏み入れる。

 彼女がその穴を潜り、抜け出た先は皇宮の門の前だった。

 

 そこでは彼女の主・()()(かみ)(えい)()が数人の賊に囲まれていた。

 例によって、()()(かみ)は一歩も動いていないにも(かか)わらず、賊は一瞬で(こな)()(じん)になって消し飛んでしまう。

 そこへ、彼の背後から()(りゆう)(いん)が歩み寄る。

 

「……()(りゆう)(いん)か」

()()(かみ)殿下、申し訳御座いません」

 

 ()(りゆう)(いん)は胸に手を当てて(ひざまず)く。

 ()()(かみ)はそんな彼女に背を向けて尋ねた。

 

(なれ)(しき)(しま)(かい)()(いん)と共に賊の討伐へ向かったのではなかったか?」

「はい。しかしお恥ずかしながら、貴方(あなた)様に御報告しなければならないことが出来てしまいました」

「それは父上のことか」

()(よう)に御座います。しかし(はん)(ぎやく)者共は陛下の偉大なる崩御に立ち会って(なお)、その(ひね)くれた暴虐の心を改めようとせず、多くの議員や貴族、挙げ句には貴方(あなた)様の()(てい)(まい)までもが身の危険に(さら)されております。対して()(ちら)(しん)()を封じられ()(すべ)無く、最早貴方(あなた)様の()(ちから)にお縋りするしか無い状況に御座います」

「ふむ……」

 

 ()()(かみ)は西へと目を遣った。

 丁度、国会議事堂の方角である。

 

「あいわかった。この(おれ)が直々に収めに参るとしよう」

「殿下、先程賊を(ちゆう)(さつ)なさったのは、(かつ)て狩りをなさった際の()(わざ)ですね?」

「うむ。父上は(おれ)(しん)()を使わせたくなかったようなのでな。かといって肉体の力を振るうのもやり過ぎてしまう。だからこの様に、極限まで小規模に抑えた筋肉の収縮で空気を圧縮して飛ばす程度のやり方しか心得ていないのだ」

「でしたら殿下、是非(しん)()を御解禁なさってください。(しん)()であれば、意図無き不要な破壊は生じませんわ」

「そうか。成程、父上も好きにせよと(おつしや)っていたし、試してみても良いかも知れんな……」

 

 ()()(かみ)はそう(つぶや)くと、その場から(こつ)(ぜん)と姿を消した。

 後には唯一人、()(りゆう)(いん)だけが取り残されている。

 跪いたままの彼女は下を向き、邪悪に(ゆが)んだ笑みを隠していた。

 

(つい)に我が主が天を握った。(かみの)(すめら)は去り、(まの)(みかど)が来る。そして程無くして、(すべ)ての絶対なる(かみ)となりて三千世界に君臨する! うふふふふ、アハハハハハハ!!」

 

 時代が動いた。

 夜の闇が迫る世界に、魔女の不気味な笑い声が待ち受ける厄災を暗示する様に響き渡っていた。

 

 

 

⦿⦿⦿

 

 

 

 (こう)(こく)国会議事堂、衆議院本会議場。

 (どう)(じよう)()は腕を組み、(いら)()ちを体に表していた。

 

「遅いね、(とき)()(かど)君は……。恐れを成して逃げたか……」

 

 元々、彼は(とき)()(かど)を大して当てにしていない。

 とはいえ、部下が自分の下を離れるのは気分が良くないことも確かだ。

 

「ならば、仕方が無い。同志(くさ)()()、同志(つく)()、今一度皇宮へ戻り、()()(かみ)(えい)()を連れて()(たま)え」

 

 (どう)(じよう)()が指名したのは、(じん)(のう)をこの場に連行してきた(くさ)()()(みつ)(ろう)(つく)()()()だった。

 二人は()(じよう)()(さそり)()の中でも革命に強い(こだわ)りを持ち、その揺るぎ無い信念は(どう)(じよう)()の信頼を得ている。

 叛逆を見限った(しき)(しま)ですら、二人のことは今でもそこまで悪く思ってはいない。

 その(くさ)()()(つく)()なら、(とき)()(かど)の様に戦禍を恐れたりせず、(どう)(じよう)()の意に沿うだろうと、そう思われた。

 

「断る」

 

 だが、意外にも(くさ)()()の口から出たのは拒否の言葉だった。

 (どう)(じよう)()は目を(すが)め、(つく)()に視線を移す。

 

(ぼく)も御免だね」

 

 (つく)()の答えも(くさ)()()と同じだった。

 (どう)(じよう)()は歯を()いて激しい憤怒の表情を見せる。

 

(きみ)達、どういうつもりだね?」

(しゆ)(りよう)Д(デー)(おれ)達はもう貴方(あなた)の言うことは聞けないと言っている」

「何だと?」

(ぼく)達ははっきり理解したんだよ。昔は()(かく)、今の貴方(あなた)にあるのは(じん)(のう)(こう)(こく)臣民への憎しみだけだってね」

 

 (くさ)()()(つく)()は強い意志に満ちた眼で(どう)(じよう)()(まつ)()ぐに見据えていた。

 

「ヤシマ政府が敗け、(じん)(のう)が勝った理由はそこにあったのだろう。(おれ)達が対話した(じん)(のう)は、過去にあれだけの目に遭いながら、少なくとも臣民を愛そうとしていた」

(ぼく)達が革命を志したのは人民に真の解放と(ふく)(いん)(もたら)す為だ。人民を憎む者にそれは()()ない」

「正直、(じん)(のう)何故(なぜ)民衆の心を(つか)み、政権を奪還したのか、我々が民衆を味方に付けられなかったのかが今は()く解る」

「今更『陛下』とは呼べないが、最早彼と敵対し続ける道は選べない。多分、多くの(こう)(こく)臣民はもっとずっと以前から(じん)(のう)に対して同じ(おも)いだったのだろう。だから、(じん)(のう)や皇族は慕われ、我々は罵声を浴びせられ続けた……」

 

 二人の言葉に、(どう)(じよう)()は額に青筋を浮かべて怒りに震えていた。

 

(いぬ)に……(いぬ)に堕したか……!」

 

 (どう)(じよう)()は拳銃に鉛玉を込めた。

 そんな彼の前に、参謀役の()()(なわ)(げん)()が慌てた様子で進み出る。

 

「首領、天空上映中です! 身内で()め続けるのは得策じゃない! (ひと)()ず、二人のことは議員共と一緒に壁際に並ばせましょう!」

 

 (どう)(じよう)()は舌打ちし、(くさ)()()(つく)()から目を背けた。

 二人は()()(なわ)に促され、壁際に向かって階段を昇っていく。

 

「二人共、少し頭を冷やして考え直せ。どうあっても革命は止まらん。ここまで来て無駄死にすることは無い。首領に誠心誠意お()びするのだ」

()()(なわ)さん、貴方(あなた)はどう思っているのだ?」

貴方(あなた)だって、本当は解っているんじゃないか?」

 

 ()()(なわ)は言葉を詰まらせた。

 彼もまた、(おおかみ)()(きば)(はつ)()(しゆう)の中では比較的良識的な人間である。

 革命への思いが(ずい)(いち)であるからこそ、(どう)(じよう)()と共に生まれ変わってまで協力し続けてきたのだ。

 だがそれは同時に、(どう)(じよう)()への強い信頼の表れでもあった。

 

(わたし)は……首領に付いていく。彼こそが日本人を導くに()(さわ)しい真の革命者なのだ」

 

 そんな()()(なわ)()()に、(くさ)()()(つく)()()(もの)が落ちた表情で見つめ合っていた。

 

(つく)()、お前が同じ想いで良かった」

「これまでの努力は水の泡だけど、汚水に変わるよりは良かったと思うよ」

(おれ)は不思議と悔いは無いんだが、お前はどうだ?」

(ぼく)もだよ。一人だとまた違ったかも知れないけどね」

 

 二人で納得し合っている(くさ)()()(つく)()は兎も角、(どう)(じよう)()がそれで収まった訳ではない。

 彼は()()(かみ)を連れてくる人間として、別の者に白羽の矢を立てようとしていた。

 

「最早(つく)()の能力は頼れんか……。ならば同志()()! (きみ)の能力で()()(かみ)(もと)へ飛び、連れてくるのだ!」

「は、はい!」

 

 (はつ)()(しゆう)の一人・()()(いつき)――この女装男の能力は、知った顔の許へ瞬時に移動出来るというものだ。

 彼ならば確かに、確実に()()(かみ)を捕捉出来るだろう。

 

 だがその時、一陣の風が議場を吹き抜けた。

 連合革命軍の叛逆者達も議員達も皇族貴族も、皆一点に気を()かれる。

 風は議場の真中最上部に向かって空気の流れを作っていた。

 次第にそれは、はっきりと視認できるようになっていく。

 

「あ……あ……」

 

 (しき)(しま)(おび)えに怯えた恐怖の表情、()()った絶望を顔中に貼り付けてその場所を見上げていた。

 (やが)て、金色と銀色、二色の雲が渦を巻き、その一点に集中し始める。

 

「まさか……(たつ)(ねえ)(さま)、これは……」

「ああ……」

 

 二人の皇族も何かを察知して眼を凝らす。

 

()(はな)よ、我は今、貴様に同情しておるよ」

「何?」

 

 摂関家当主の一人、女公爵・(とお)(どう)(あや)()が側の()(はな)(たま)()に話し掛ける。

 彼女もまた、表情を(こわ)()らせている。

 他の摂関家当主、(きのえ)()(くろ)()殿(でん)(ふる)(なり)()(どう)(あき)(つら)も同様だ。

 

「やはり貴様はあの時我に(くだ)っておくべきじゃった。基より(かな)わぬ夢を諦める機を逸してしまったのじゃ。こうなってはもう終わりじゃ。そして我らもどうなるか……最早誰にも予想は付かん」

 

 ()(はな)は首を(かし)げた。

 一方で、()(どう)は震えた声で呟く。

 

「あの御方が目覚めてしまった……! 『絶対強者』第一皇子・()()(かみ)(えい)()殿下が……! 新たなる(じん)(のう)陛下として覚醒してしまった……!」

 

 彼ら、(こう)(こく)の上流階級の者達は知っていた。

 亡き先代(じん)(のう)(おおとり)()(かみ)(だい)()以上に敵対してはならない存在を。

 

『絶対強者』――それは第一皇子・()()(かみ)(えい)()が父親を差し置いて呼ばれていた二つ名である。

 

 雲が弾け、(すさ)まじい破裂音にも似た(ごう)(おん)が議場に鳴り響いた。

 

 それと共に、二一六(センチ)(きよ)()がその場に姿を(あらわ)した。

 

 その男は見目形からして既に次元の違う唯一無二の特殊性をこれでもかと示していた。

 

 二(メートル)は優に超えるであろう長身に、(よろい)の様な筋の塊を(まと)った肉の摩天楼。

 

 絹糸の様に(なび)く長髪と、(こま)やかに整った(しょう)()が、白金色に(きら)めいている。

 

 茶金色に艶立つ肌に(いろど)られた顔は身震いする程に美しい。

 

 左右色違いの、(りゅう)(りょく)(しん)()()には()(どもえ)の様な瞳孔が穿(うが)たれている。

 

 唇は青みを薄らと帯びており、その下に雪色の歯が(のぞ)いている。

 

 (からす)()()が施された袖無しの長い上着は、よく見ると白金(プラチナ)の毛波が光沢を散らせている。

 

 所々から(かい)()()える(きょう)(じん)な筋肉を宿した肌には、無駄毛が一本も見られない。

 

 まるで神話の世界樹の様に(おお)しく、()(とぎ)(ばなし)の魔王の様に(うるわ)しく。

 

 誰よりも異様で、幻想的な姿をした男が、刹那にして辺りの空気を支配した。

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