日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

238 / 399
第七十二話『鎮圧』 破

 皇(こう)國(こく)国会議事堂から狼(おおかみ)ノ(の)牙(きば)が去り、議員達は解放された。

 道(どう)成(じよう)寺(じ)の能力は依然として継続している為(ため)、三日間は神(しん)為(い)の戻らない日々が続くが、獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)の神(しん)為(い)が解禁された今、皇(こう)國(こく)は寧(むし)ろ力強く蘇(よみがえ)るであろう。

 しかし、それでもこの場の者達は浮かない表情を並べていた。

 自身の無事を素直に喜べない、といった空気が蔓(まん)延(えん)していた。

 

 理由は二つある。

 

 一つは、神(じん)皇(のう)を筆頭とする三人の皇族の死である。

 神(じん)皇(のう)は皇(こう)國(こく)にとって、正統なる君主として簒(さん)奪(だつ)者の絶望的な統治から臣民を解放すべく、自身を迫害した国に戻ってきた有難き聖人であり、超常的な力の根源として今日の栄光を築き上げてきた偉大なる英雄であった。

 また、彼は子女に品格ある生き方を諭しており、若いながら子女もまたそれに応え続けたと思われている。

 神(じん)皇(のう)も二人の皇女も、皇(こう)國(こく)中から広く敬愛を集めていた。

 彼らが喪(うしな)われたことは哀(かな)しみの極みであろう。

 

「神(じん)皇(のう)……陛下……」

 

 摂関家当主の一人、女公爵・十(とお)桐(どう)綺(あや)葉(は)は小さな体を震わせ、両目から大粒の涙を零(こぼ)していた。

 取(とり)分(わ)け彼女は神(じん)皇(のう)に対して並々ならぬ思い入れがあり、筆舌に尽くし難い感情が溢(あふ)れ出(で)ているのだろう。

 十(とお)桐(どう)はそれで精一杯で、他のことに思い煩わされている場合では無い、と言った様子だ。

 

「麒(きりん)姉(ねえ)様(さま)……」

 

 第三皇子・蛟(みずち)乃(の)神(かみ)賢(けん)智(ち)は父の死だけでなく、第一皇女・麒(き)乃(の)神(かみ)聖(せい)花(か)に対しても黙(もく)祷(とう)し、強い哀悼の意を捧(ささ)げていた。

 蛟(みずち)乃(の)神(かみ)は麒(き)乃(の)神(かみ)からの覚えが一際良く、幼い頃から非常に可(か)愛(わい)がってもらっていた。

 身勝手な振る舞いに思う処(ところ)はあったろうが、それでも掛け替えのない家族に変わりなかった。

 それは第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)もまた同じ想(おも)いであろう。

 

「嵐(らん)花(か)……」

 

 加えて、第三皇女・狛(こま)乃(の)神(かみ)嵐(らん)花(か)の死も二人の心に影を落とす。

 一番下の妹である彼女は、それ故に皇族皆から可愛がられており、彼女も兄姉をよく慕っていた。

 小(こ)莫(ば)迦(か)にする様な軽口を叩(たた)くことがあったのも、一種の愛情表現だったのだろう。

 まだ十六歳の彼女まで犠牲になったことは、実に傷ましい結果である。

 

 だがもう一つ、この場の者達には重大な懸念があった。

 それは圧倒的な力で叛(はん)逆(ぎやく)者を鎮圧し、この場を解放した第一皇子・獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)である。

 

「全世界に知らしめてしまった……。天空上映で、叛逆者鎮圧の様子を……」

 

 事態が収束を迎え、冷静になって冷や汗を掻(か)いているのは内閣総理大臣・都(つ)築(づき)廉(れん)太(た)郎(ろう)である。

 端から見て、獅(し)乃(の)神(かみ)が七曜衆や連合革命軍の雑(ぞう)兵(ひよう)、そして逸(へ)見(み)樹(いつき)に対して行ったのは一方的な虐殺と見られても何ら不自然ではない。

 治安部隊ならまだしも、彼は次期神(じん)皇(のう)、明日の国家元首である。

 その獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)に殺(さつ)戮(りく)者の印象が根付いてしまうのは、国家の体面上あまりにも拙(まず)過ぎる。

 

 懸念はそれだけではない。

 恐ろしいのは、獅(し)乃(の)神(かみ)の心の切り替えや重大な決断があまりにも早過ぎるということだ。

 彼は父や肉親の死に際しても殆(ほとん)ど悲しむ素振りを見せず、実質的に命を奪った賊と独り善がりな論理で対話を試みさえした。

 そしてそれが不可能と見(み)做(な)すや、相手を殺害することに一切の躊(ため)躇(ら)いを見せなかった。

 

 大丈夫なのか、この御(お)方(かた)の双肩に皇(こう)國(こく)の未来を託しても――政治のことを少しでも考える者は、皇(こう)國(こく)の未来に強い不安を感じずにはいられまい。

 強固な貴族社会という側面が強く、忘れられているかも知れないが、皇(こう)國(こく)は立憲君主制を布(し)く民主主義国家なのである。

 

 そんな周囲の者達の憂(うれ)いも露知らぬといった様子で、獅(し)乃(の)神(かみ)は或(あ)る二人の許(もと)へ歩み寄る。

 

「汝(なれ)ら二人は叛逆者一味だな?」

 

 議場には地(ち)上(じよう)ノ(の)蠍(さそり)座(ざ)の七(しち)曜(よう)衆(しゆう)から日(くさ)下(か)部(べ)光(みつ)郎(ろう)と月(つく)夜(よ)萌(も)以(え)が残されている。

 二人は議員達と共に壁際に並ばされていた。

 他の者達との微妙な距離感、議員とも貴族とも異なる空気感から、彼らの立場は凡(おおよ)そ見当が付く。

 

「ああ。地(ち)上(じよう)ノ(の)蠍(さそり)座(ざ)・七(しち)曜(よう)衆(しゆう)が一人、日(くさ)下(か)部(べ)光(みつ)郎(ろう)だ」

「同じく、月(つく)夜(よ)萌(も)以(え)。貴方(あなた)の父親をこの場へ連れて来たのは僕(ぼく)達だ」

「このまま逸(へ)見(み)さんの様に誅(ちゆう)殺(さつ)するならそうしてくれ」

「右に同じ。今更見逃してくれと懇願するつもりは無いさ」

 

 二人には最(も)早(はや)抵抗の意思など無かった。

 彼らは神(じん)皇(のう)を此(こ)処(こ)へ連行する途中、対話を通じて感化されていた。

 それで道(どう)成(じよう)寺(じ)に異を唱えたことで、裏切り者として処刑を待つ身となったのだ。

 どの道死を待つばかりだった二人は、既に己の運命を受(う)け容(い)れていた。

 

「まあ、そう早まることもあるまい」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)は仰々しく両腕を拡(ひろ)げた。

 

「議員達と同じく並ばされていたこと、逸(へ)見(み)の能力で移動していないことから、汝(なれ)らの立場は見当が付く。己の在り方を悔いたというならばそれに報いてやるのが仁義というものだ」

 

 日(くさ)下(か)部(べ)と月(つく)夜(よ)はきょとんとした表情を浮かべている。

 獅(し)乃(の)神(かみ)の言葉は、先程の容赦の無い裁断とは打って変わって穏健なものだった。

 叛逆者を確定死罪に処す皇(こう)國(こく)の方針としては不適当な程に。

 

「俺(おれ)達は国家への叛逆を企(くわだ)てた一味だ。その過去は変わらない」

「貴方(あなた)は先程、僕(ぼく)達の罪は死刑か誅殺しか無いと仰(おつしや)っていた筈(はず)だが?」

「汝(なれ)らの場合は些(いささ)か事情が異なる」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)は僅(わず)かの間、何かを思い悩む様に眉根を寄せた後、すぐに頬(ほお)を緩めて笑顔を花咲かせた。

 それはまるで、何か素晴らしい案を思い付いたかの様な表情の変化であった。

 

「そうか、そうだったのだ。皇(こう)國(こく)に於(お)いて『叛逆者は確定死罪』というのは、前々から随分と無情に過ぎると思っていた。崇高なる徳を持つ慈悲深き父上と、和の心を持つ情け深き日本人の作った制度として、違和感を禁じ得なかった。だが、これはそういうことだったのだ。『叛逆者は確定死罪』、即(すなわ)ち、叛逆者でなくなった者は恩赦しても良いのだ」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)が突然打ち上げた解釈に、議場からは響(どよ)めきが上がった。

 

「成程成程、予(かね)てより『何も殺すことは無い』とは思っていた。『叛逆者・水(み)徒(と)端(はた)早(そ)芙(う)子(こ)』のことも『近衛侍女・敷(しき)島(しま)朱(と)鷺(き)緒(お)』として生まれ変わらせて側に置いた。今考えると、余は初めからそういうつもりだったのだ。点と点が線で繋(つな)がったぞ」

 

 一人頷(うなず)いて謎の納得をしている獅(し)乃(の)神(かみ)だったが、議員達はそれどころではなかった。

 特に、内閣総理大臣の都(つ)築(づき)は慌てた様子で「天空上映を止めさせろ」と怒号を飛ばす。

 次期神(じん)皇(のう)がこのような調子であることは、ある意味で先程の衝撃的な誅殺の様子よりも世界に示したくはない。

 それに、彼の解釈が今(いま)尚(なお)皇(こう)國(こく)全土で巻き起こっている連合革命軍暴動と鎮圧の現場に届いたとしたら、両陣営からどう思われるだろうか。

 

「良し、余は決めたぞ!」

 

 そんな周囲の混乱を尻目に、獅(し)乃(の)神(かみ)は高々と腕を上げる。

 

「今この時より三日間、自ら投降した叛逆者に対しては余の即位に伴う恩赦を約束しよう! 死刑のみの国家叛(はん)逆(ぎやく)罪(ざい)ではなく、より軽い罪で済ませるのだ!」

「お、お待ちください!!」

 

 都(つ)築(づき)が堪(たま)らず、獅(し)乃(の)神(かみ)の許へと息を切らせながら駆け寄った。

 

「その様なことをこの場で宣言なさると、現場の統(とう)率(そつ)と社会の法秩序が著(いちじる)しく乱れます!」

 

 議員や貴族達は怯(おび)えて真青(まっさお)になった。

 獅(し)乃(の)神(かみ)叡(えい)智(ち)を怒らせてはならない、敵に回してはならないというのは、皇(こう)國(こく)上流階級の常識である。

 彼に諫(かん)言(げん)した結果どうなるかは、考えただけでも恐ろしいのだ。

 都(つ)築(づき)はよく勇気を出したと言える。

 

 滝の様な汗が都(つ)築(づき)の額から頬を伝い、顎から首筋に流れる。

 固(かた)唾(ず)を飲む彼の頭には間違い無く死が過(よぎ)っているだろう。

 

「確かに、それは困るな」

 

 意外にも、獅(し)乃(の)神(かみ)は物分かりが良かった。

 

「では、誠に遺憾だがやめるか……。この二人も折(せつ)角(かく)解(わか)ってくれたのだから、どうにかしてそれに報いてやりたかったのだが……」

 

 都(つ)築(づき)の顔は益(ます)々(ます)蒼(そう)白(はく)になった。

 これでは都(つ)築(づき)が獅(し)乃(の)神(かみ)を望まず翻意させた形になってしまう。

 また、次期神(じん)皇(のう)たる者がこうも軽々しく言ったことを撤回してしまうのも、頗(すこぶ)る悪印象である。

 図らずも、都(つ)築(づき)は二重の意味で次期神(じん)皇(のう)を貶(おとし)めたことになる。

 

 おそらく、獅(し)乃(の)神(かみ)に悪意は無い。

 だが、君主が備えるべき思慮深さにも欠けている。

 

「畏れながら、獅(し)乃(の)神(かみ)様」

 

 その時、第二皇女・龍(たつ)乃(の)神(かみ)深(み)花(か)の侍従である灰(かい)祇(ぎ)院(いん)在(あり)清(きよ)が本会議場に入場し、獅(し)乃(の)神(かみ)に申し出てきた。

 彼は臣籍降下した元皇族の出で現在の皇族とも家族ぐるみの付き合いがあり、そして獅(し)乃(の)神(かみ)に対しても恐れず物を言える数少ない人物だ。

 

「皇(すめら)尊(みこと)に特赦の大権が定められていたのは神(しん)和(わ)憲法の話です。現在の皇(こう)國(こく)に於いて、神(じん)皇(のう)や皇族は憲法上・法規上に定められた存在では御座いません。仮に特赦が成されるとすれば、内閣による超法規的措置が必要となり、現実的ではないのです」

「ふぅむ、成程……」

 

 灰(かい)祇(ぎ)院(いん)は嘗(かつ)て、獅(し)乃(の)神(かみ)のことを「対話が出来る人物」「無理を言う人物ではない」と評している。

 実際、獅(し)乃(の)神(かみ)は引き下がっている。

 

「では都(つ)築(づき)よ、汝(なれ)には内閣総理大臣として為(な)せる範囲で、余の願いを聞いてほしい」

「は、ははっ。この都(つ)築(づき)の力で出来ることでしたら、誠心誠意御奉公いたしましょう。何なりとお申し付けください」

「なに、そう畏(かしこ)まらずとも良い」

 

 獅(し)乃(の)神(かみ)は両腕を開け、肩の力を抜くように促している。

 

「言うまでも無いことだが、今の皇(こう)國(こく)は尋常ならざる状況にある。先(ま)ずは一刻も早く叛(はん)乱(らん)を鎮め、破壊された国土を復興し、臣民の生活に日常を取り戻さなければならぬ」

「はは、無論、心得ております」

「うむ。そこで汝(なれ)に願いたいのだが、この未(み)曾(ぞ)有(う)の事態に全臣民が心を一つにして全力を傾けるよう汝(なれ)から政府として働きかけ、またその意志が遺憾なく復興に繋がるよう、汝(なれ)が主導して統制を確固たるものとしてもらいたいのだ」

 

 都(つ)築(づき)は瞠(どう)目(もく)した。

 何(な)故(ぜ)なら今の言葉は、都(つ)築(づき)として心強いものだったからだ。

 次期神(じん)皇(のう)が復興に国家として注力し、余計な色気を極力出さないように願っている。

 これは都(つ)築(づき)にとって非常に好都合なことだった。

 

「そうなりますと……当分は明(めい)治(じ)日(ひの)本(もと)に軍を差し向けている場合ではありませんな……」

「かも知れんな。基より、日本人同士で争うというのは哀しいことだ」

「新たなる神(じん)皇(のう)陛下は……そう御(お)望(のぞ)みですか……」

「うむ」

 

 都(つ)築(づき)は元々、開戦に対しては慎重派だった能(のう)條(じょう)緋(ひ)月(づき)の意向を受けた外務大臣であった。

 つまり、前総理の小(お)木(ぎ)曽(そ)文(ふみ)章(あき)が開戦に踏み切ったことを苦々しく思っていたのだ。

 

「畏まりました。この都(つ)築(づき)、陛下の御(み)心(こころ)のままに……」

 

 都(つ)築(づき)は深々と獅(し)乃(の)神(かみ)に頭を下げた。

 斯(か)くして、皇(こう)國(こく)の長い長い一日が終わろうとしていた。

 神(じん)皇(のう)が代替わりし、皇(こう)國(こく)の新しい時代が始まる。

 そしてそれは、戦争の相手である日本国にとっても極めて大きな転換点であった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。