日本と皇國の幻争正統記   作:坐久靈二

245 / 346
第七十四話『絶え間なく降る愛の詩(前編)』 急

 二人が向かったのは遊園地だった。

 実は(わたる)、今まで(ほとん)ど来たことが無かったりする。

 (わたる)(うっす)らと覚えているのは、まだ()(こと)と出会っていない幼稚園の頃、まだ両親が離婚していなかった頃に連れられた記憶くらいのものだ。

 

「定番のデートスポットの一つだけど、だからこそ(きみ)と来てみたかったんだけど、どうかな……?」

「そうね、良いんじゃない?」

 

 澄まして答える()(こと)だが、口角に期待感が隠し切れていない。

 

「あのさ、実は(ぼく)、幼稚園の頃以来なんだけど、(きみ)は?」

(わたし)は生まれて初めてよ」

 

 どう考えてもワクワクしている。

 それが証拠に、入場した()(こと)は足早にジェットコースターへと向かっていた。

 

「興味があるのよね、絶叫マシンなどと呼ばれるご大層な遊具に。果たしてこの(わたし)を絶叫させる程のものがあるのかしら……」

「え? 待っていきなり? ()(すが)にもうちょっとウォーミングアップというか、段階踏まない?」

 

 尻込みする(わたる)の手を()(こと)が引っ張っていく。

 早い時間帯だった(ため)か、それ程待ち時間も長くはなかった。

 

「もっと他の所を楽しんでからにしない?」

「何をビビってるのよ?」

 

 確かに、(わたる)が経験してきた戦いの中で絶叫マシン以上の速度と恐怖などあまりにもありふれていた。

 しかし、それは戦いに身構えているからこそ耐えられる話であって、日常の何ということのないシチュエーションでは話が別だ。

 

「ぎょええええエエッッ!!」

 

 なので、(わたる)は情けない叫び声を上げてしまっていた。

 一方で()(こと)はというと。

 

「イエーイ!」

 

 意外と楽しんでいた。

 普段のイメージとはかけ離れているが、澄ましたままでいる程ノリが悪くはないらしい。

 

「おわあああああっっ!!」

五月蠅(うるさ)ーい!」

「死ぬうううううっっ!!」

雑魚(ざこ)がーっ!」

 

 そんなこんなで、二人はジェットコースターの他にも次々に絶叫マシンを乗り継いでいった。

 後半になって音を上げる(わたる)()()()()付き合わせる()(こと)は、まさにドSの面目躍如だった。

 

「も、もう無理……休ませて……」

「うーん、確かに結構お昼の時間も過ぎちゃったわね。ご飯にしましょうか」

 

 (ようや)く絶叫地獄から解放される――(わたる)は胸を()()ろした。

 どうもこの二・三時間で二・三日絶食したくらいに消耗した気がする。

 そんなわけで、二人はレストランへと向かった。

 

()て、()ずは()()に入りましょう」

「え? 先ず?」

 

 席に着いた二人はメニューを選び、注文を伝える。

 そして料理が運ばれてくるのだが……。

 

「やっぱりそうなるのか」

「病院食は本当に少なくて……」

 

 次々と運ばれてくる料理を、()(こと)は矢継ぎ早に食べ尽くしていく。

 (すさ)まじい(けん)(たん)振りは相変わらずであった。

 

「言っとくけど、割り勘にも限度があるからね?」

「ちゃんと自分で払うわよ」

 

 ()(こと)はこの後も二件目、三件目とレストランを(はし)()し、各所で大量に注文をする。

 ただ、()(かげ)(わたる)もゆっくりと休むことが出来た。

 これならばこの後の予定も問題無く(こな)せそうだ。

 

「じゃ、行きましょうか」

「もう良いのかい?」

「ええ。満足したわ」

 

 食事を終えた二人は、花壇庭園へと向かった。

 既にアトラクションでは遊び尽くしてしまった為、二人でゆったりと落ち着いて景色を楽しもうと、(わたる)が提案した。

 

「別に、(わたし)は疲れていないけれど?」

(ぼく)が疲れたんだよ……」

「だらしがないわねえ」

 

 わかっていたことだが、体力では到底(かな)うべくもなかった。

 

「まあ良いわ。(わたる)が考えたプランなのに(わたし)が引っ張り過ぎちゃったところもあるし」

「そうだよ全く……」

「それに、こういうのも悪くないわ。良い香りね……」

 

 ゆっくりと、花々の香りに身を委ねる()(こと)

 (わたる)はそんな彼女の姿に安らぎを覚えていた。

 

 何をするでもなく、ただ目の前にある美しい光景をじっくりと味わうこと。

 それは何かと慌ただしく動いてばかりの現代に()いて、「時間」という名の支配的資源を(ただ)(ただ)浪費するという、ある種究極の(ぜい)(たく)である。

 この空間で、愛する人と共に(ただ)過ごすだけの、無為な時間。

 それこそが掛け替えのない一時であった。

 

「次は……観覧車にでも乗るか」

「それも良いわね」

「本当に? 退屈だったら言ってくれて良いんだよ?」

「退屈でも良いの。貴方(あなた)と一緒ならそれも……」

 

 どうやら()(こと)も同じ気持ちらしい。

 二人の心は確かに(つな)がっている、そんな気がした。

 

 そんなこんなで、二人は遊園地で閉園までの時間をマスコットキャラクターと写真を撮ったり、噴水を楽しんだり、観覧車で夕暮れの景色を楽しんだりしながら、まったりと過ごした。

 

「ああ、楽しかったわ。また行きたいわね」

「そうだね。でも次はもう少し加減してくれると助かるかな」

「うふふ、そうね。最初から少し飛ばし過ぎたかなって、流石にちょっと思う(ところ)はあるわ」

「それは良かった」

「次はもっとたっぷり、時間いっぱい使って貴方(あなた)の情けない反応を(たの)しむのも悪くないわね」

「結局ドSじゃないか……」

 

 遊園地から出た二人は夕食へと向かう。

 (わたる)としては少しお(しや)()な店を選んでみたつもりだったが、()(こと)にしてみれば案の定量が足りなかったらしく、大衆向けのファミリーレストランの方に長居してしまった。

 その細い体の何処(どこ)にそれだけ食べる余裕があるのかと不思議で仕方が無いが、()(こと)は最初から何もかも不思議な少女だったので今更だろう。

 

「じゃあ次はカラオケに行こうか」

「あら、意外と健全じゃない。カラオケボックスで一夜明かすのね」

 

 心做しか、()(こと)の顔が機嫌を悪くしたように見える。

 その態度が(わたる)の心を(かえ)ってドギマギとざわつかせる。

 

「いや、その……。別に徹カラって決まってる訳じゃないから……」

「じゃあ、何処で泊まるの?」

「そ、それは……」

 

 ()(こと)は意地悪く、()(わく)(てき)(ほほ)()んでいた。

 

「じゃあ終電まで! 終電まで歌うよ!」

()()()したわね。最初から泊まりの予定なんだから、今更照れなくても良いのに」

 

 (わたる)()(こと)()(らか)われながら、近場のカラオケボックスに入った。

 

「飲み物取ってくるね、何が良い?」

「オレンジジュースお願い」

 

 (わたる)()(こと)を部屋に残し、ドリンクバーに飲み物を()みに行った。

 部屋に戻ると、()(こと)は丁度端末を操作し終えたところだったらしい。

 どんな曲を入れたのかと画面に目を遣ったが、同時に派手な演出が流れる。

 

「さ、採点ゲーム?」

「ええ、チャンスをあげようかと思って」

 

 ()(こと)はマイクを手に、不敵な笑みを浮かべていた。

 その(たたず)まいは、(おお)()()に言えば歴戦の剣客を思わせる。

 

「ち、チャンス?」

貴方(あなた)、確か言っていたわよね? 『今に見ていろ、()(づら)()かせてやる』って……」

 

 あれは確か、(たか)(つがい)(よる)(あき)との戦いで足止めを食らった夜のことだった。

 そういえば、(わたる)はそんな独り言を()(こと)に聞かれた気がする。

 そして、思い出した。

 昔の()(こと)は、何かにつけて(わたる)と勝負事をするのが好きだった。

 

「成程、久々に勝負しようか」

「ええ、掛かってらっしゃい。先攻は譲るわ」

「よーし、美声を聴かせてやろう」

 

 (わたる)は得意な曲を入れ、意気揚々と歌に臨んだ。

 結果は八十四点だった。

 

「微妙ね」

()()()いな。さ、(きみ)の番だよ」

 

 採点画面が終わり、()(こと)の入れた曲が流れ出す。

 

「軍歌かよ……」

()(じい)(さま)が好きでね」

 

 だが、恐ろしく()()かった。

 人体を知り尽くしている彼女は、歌声のコントロールも完璧なのだ。

 ()()れする様な美声が、勇ましい()を朗々と歌い上げる。

 採点結果が出ると、(わたる)(あき)れかえってしまった。

 

(ぼく)、こういう本格採点で百点満点って初めて見たよ……」

「ま、こんなところね」

「勝たせる気が無さ過ぎる……」

「当然でしょう」

 

 ()(こと)は朗らかな笑みを咲かせた。

 その両眼には、はっきりと(わたる)の姿が映し出されている。

 

(わたし)はね、(わたる)のことをコテンパンに負かしたいの。(あら)ゆる分野で、()(ちや)()(ちや)に、徹底的に、完膚無きまでに、容赦無く」

(ひど)い女だ……」

「だって、(わたる)が悪いのよ。あんな生意気なことを言うんだもの」

 

 ()(こと)の手が(わたる)の手を握る。

 

「たった一つだけ、(わたし)がどうしても勝てないものが貴方(あなた)にはあるんでしょう?」

「あ……」

 

 そう、(わたる)()(こと)を連れ帰る際に言い聞かせた。

 ()(こと)(わたる)に喫した、たった一つの敗北――結局は自分を嫌わせることが出来なかったという、今この時を二人で過ごすことに繋がった決定的な勝敗である。

 

 この瞬間、(わたる)の中に(かつ)て無い(いと)しさが込み上げてきた。

 今、(わたる)()(こと)の行動の全てを理解し、そしてそれを余さず抱き締めたいと感じていた。

 そんな(わたる)に、()(こと)はこの世の者とは思えない程の美しい笑みを満面に(たた)えて、桃源郷に浸る様な(こわ)(いろ)(わたる)に語る。

 

「だったら何度でも何度でも、(わたる)(わたし)に勝てるのはそれだけなんだって思い知らせるの。だから(わたる)は、ずっとそのたった一つの栄光に(すが)()いていなさいね。手放したら絶対許さないから」

 

 (わたる)は改めて己が恋情への確信を深めた。

 やはり、()(こと)のことが好きだ。

 ()(こと)とデートして良かった、付き合って良かった、告白して良かった、好きになって良かった。

 

 (うる)()()(こと)という女性と出会えて本当に良かった。

 (わたる)はそんな(ばん)(かん)の思いを胸に、深く(うなず)いた。

 

「ああ、ずっと大切にするよ」

「ふふ、よろしい」

 

 ()(こと)は続けてもう一曲入れた。

 

(ぼく)の番は?」

「勝利の報酬よ」

 

 勝手な物言いだが、(わたる)は悪くない(おも)いがした。

 今、この感情に浸り込むには、一曲丸ごと勝利宣言されるのも一興かも知れない。

 

「それに、聴いてほしいの。これはね、唯一()(じい)(さま)()(とう)(さま)が両方とも好きだった歌」

 

 曲が始まった。

 聞いたことがない歌だが、歌謡バラードらしい。

 流麗で繊細で、それでいて何処か確固たる芯を感じさせる旋律だ。

 

 

『夢に見た人へ』

 

 

 夢で抱きしめた光が

 胸の中照らしている

 あなたはわたしの太陽

 きっと特別な人

 

 

 かけがえのない日々は

 青空ばかりじゃなくて

 嵐に連れ去られた

 大切なものもあった

 

 思い通りにいかず

 くじけそうなときには

 あなたがかけてくれた

 言葉が力になった

 

 守りたいものがある

 伝えたいことがある

 だから今歌うの

 希望を紡ぐの

 

 愛を確かめた夜が

 切なさをわたしに宿し

 やがては新しい朝を

 もっと輝かせる

 

 

 ああ、(はる)かな未来を歩む

 わたしとあなたへ届けたい

 (おお)()()の鳴き声と共に

 (やま)(ざくら)が散るその前に

 

 流れゆく川の水

 いつまでも途絶えずに

 澄みわたり続けて

 明日を運ぶの

 

 夢で抱きしめた光が

 胸の中照らしている

 あなたはわたしの太陽

 きっと特別な人

 

 夢で出会ったあなたと

 手を取って歩きだす

 昨日から続く明日へ

 ずっとずっといつまでも

 

 

「おお……」

 

 (わたる)はすっかり聴き入っていた。

 この歌詞に()(こと)が自分の心境を乗せ、(わたる)に伝えたのだとしたら……。

 

「しんみりさせるのはちょっと早かったかしらね……」

「いや、耳が幸せだよ」

「ありがとう」

 

 こうして二人は終電まで歌い続け、一日目のデートを終えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。